14:I'm better off alone
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11月27日火曜日、午後12時。
姉川は捜査本部のカウンターチェアに着いていた。
夜戸のコーヒーが飲みたかったが、不在時間のため、温かいミルクティーを飲みながら手帳を開いている。
ツクモがカウンターテーブルに飛び乗った。
「何見てるさ?」
「『カバネ』の立場になって、隠れ家にするならどこかピックアップしてたの。地下はほとんど調べた。さすがに同じところには現れないか…」
範囲は広くなったとはいえ、地上はまだ隠れられそうな場所はいくつもある。
いちから探すのは手間がかかるが、面倒なんて言っていられない。
「あっちは、連れ込んだ一般人をたくさん抱えているはず。一軒家に隠すのは難しい。だったら、もっと広い場所をアジトに…。ううん、言いなりにしてるなら、隠すというよりか、隠れてもらってるのかも…。一か所に固めてる可能性は……」
頭を抱えて突っ伏す。
ツクモは疲れた頭を撫でた。
ツクモは前足までモフモフでやわらかい。
「みんなで意見を出し合えばいいさ」
「そんなこと言ってられないよ。足立さんも森尾君もいない。空君は足立さんの身代わり。夜戸さんは仕事。日中、トコヨで活動できるのはウチとツクモだけ…」
「…明菜ちゃんも、お父さんいないのに、仕事なんて…」
「……相談は今はお休みしてるみたいだけど、事件が起こる前に予約をとっていた裁判は、放り出すわけにはいかない…。あと、半分以上は、『カバネ』メンバー探しをしてると思う。心中、穏やかじゃないはずだよ」
捜索中、夜戸はクラミツハの探知区域外でシャドウに出くわして戦うこともあった。
『ここはまだ調べてないんですから、クラミツハの範囲から出ないでください』
『深追いは禁物さ。相手は4人さっ』
『……わかった』
目を逸らし、素直とは言いづらい頷きだった。
「はぐれて、もしつかまったりでもしたら、連絡手段もなくて足立さんの二の舞…。夜戸さんも頭ではわかっているんだろうけど…」
目に見えて、不安定だ。
足立が連れ去れられて、明日で1週間が経とうとしている。
「『カバネ』のひとりでもわかれば、手がかりはあるんだろうけど…」
わかっているのは、羽浦ういの一人だけ。
調べてみれば、両親が捜索願を出していた。
彼女に友人はいない。
隠れるあても現実にはなかった。
出没しそうな駅を張り込んでみても、相手も警戒しているのかなかなか尻尾をつかませない。
磔事件が落ち着いたのはいいことだが、手かがりがなければまたいずれ始めるだろう。
待っている余裕はない。
「Q…、O…、Y…。……Q………」
手帳に『カバネ』のイニシャルを横に何度か書いてみる。
中でも、Qがどうしても気になった。
暗号のようなこれを解けば、何かにたどり着く気がした。
Qがリーダーなのだから、尚更…。
Qの文字ひとつに集中することにした。
「Q…」
外国の名前だとしても、限りがある。
会話をしたこともあるが、流暢な日本語から、外国人である可能性は低そうだ。
単純に思いつく単語を手帳に走らせる。
「Question(クエスチョン)、Quick(クイック)、Quiet(クワイエット)…」
英単語の数は、他のイニシャルほど多くはない。
それでも書き連ねていくと途方もない気持ちになった。
「うう…。暗号とか、クイズとか、なぞなぞとか嫌い…」
くじけそうになった。
再びツクモが頭を撫でる。
「リーダーの特徴、他に覚えてないさ?」
「たぶん女…。ウチが嫌いなタイプ。リーダー面っていうか、女王様面なのが……」
言いかけて、手帳に“Queen”と書きこんだ。
だからなんだ、とため息が漏れる。
「くえーん?」
「ちがうちがう。クイーン。女王様ってこと。トランプとか、Qって書かれたカードがあるでしょ」
ツクモのそのまま読みに小さく噴き出した。
「くえーんって。ふふっ。「こんな物、くえん」みたいな……………」
姉川の表情がみるみると強張る。
鼓動が大きく跳ねあがり、何かがストンと体に落ちた気がした。
「あー…、そっか。そっか…。そっか…!」
ブクブクと膨らむ気持ちを抑えつける。
勢いよく席を立ち、ミルクティーを一気飲みしてから手帳をつかみ取った。
「ハナっち?」
「夜戸さんとこ行かないと! 今は…、裁判中かな? 範囲外だし、駅まで繋げて!」
電車に乗って、直接裁判所まで出向いて夜戸を待つしかない。
一刻も早く伝えたいことがあった。
「わ、わかったさ」
ツクモは手前の扉を、言われた通りの場所に繋げる。
「それじゃ!」
姉川は飛び出し、駅前の不動産屋のドアから出ると、そのすぐ近くのコンビニの監視カメラからケータイを使ってウツシヨに戻った。
ロータリー前の交差点に移動する。
信号待ちしている間、ケータイを取り出して夜戸の電話にかけると、コール音が何度も繰り返され、“おかけになった電話は…”と声が聞こえてから切った。
「やっぱり裁判中…」
メールを送ろうと、メール画面に切り替える。
信号を待っていた人波が動き出した。
青に切り替わったようだ。
横断歩道を歩き、反対側の人ごみを避けながら駅へと向かう。
メールの送信文は出来上がった。
あとは送るだけ。
送信ボタンを押そうとした。
その時、
「!?」
横から通行人の女性に奪われ、持ち逃げされる。
「ちょ!? ちょっと!?」
走り去る後ろ姿から、OL姿の若い女性だと見てわかった。
「いきなりなにすんの!」
追いつけるスピードだ。
姉川は追った。
女性は駅の中にある婦人用トイレに逃げ込んだ。
後ろ姿は見逃さない。
立てかけられてある清掃中の看板を通過してトイレに入る。
入って左側は大きな鏡と手洗い場、右側に個室トイレが3つ。
うちの手前の1つが閉まっていた。
「……今すぐ出て来てウチのケータイを返すか、駅員さん呼び出されるか…、どっちがええの?」
苛立ち混じりにピンクのドアに向かって声をかける。
施錠されたゆっくりと開いた。
「!?」
飛び出したのは、先程の女ではなかった。
理解した時には、伸ばされた大きな手に首をつかまれ、勢いをつけて背後の壁に押し付けられる。
「大人しくしてればよかったのに。寿命を縮めたなぁ」
Yだ。
「…か…っ」
「お気に入りのぬいぐるみも助けてくれねーよ…。見えてねーんだ。トイレにカメラがあったら犯罪だろぉ? さっきの女? ああ、オレの信者だ…」
バキッ、と姉川のケータイが踏み砕かれる。
姉川は歯を食いしばり、Yの手首を両手でつかみ、抵抗して脚を蹴った。
しかし、虚しい衝撃しかない。
「お前の目ぇ、本当に虫唾が走るぜ…。欲望に駆られてた目の方がまだマシだったのになぁ…」
「…ッ…ッッ」
「メール見たぜぇ…。余計なことに気付きやがって…。まだまだ楽しみたいんだ、こっちはぁ…。足立も仲間に引き入れて…、Qは反対するだろうが…、あの女…夜戸明菜もこっちに引き入れるつもりだ…」
「…!?」
「お前、一緒にいて気付かなかったか? 才能あるんだよ、あの女…。目を見てわかった。運命だと思った…。オレは一目惚れだよぉ…。もっともっともっと現実に絶望させて…、温かく迎え入れてやる…!」
興奮でYの手が震えている。
姉川の中に、激しい嫌悪と怒りが湧き上がった。
「…ッあ…んたらとは…ちがう…! 夜戸…さんも…っ、あだ…ちさんも…ッッ」
「これから一緒になるんだよ。骨の髄までなぁ」
Yの左手に握られた小型ナイフが光る。
現実の刃物だ。
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