14:I'm better off alone
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11月22日木曜日、午前7時。
夜戸は、自室のベッドの上に座り、握りしめたリボルバーを見下ろしていた。
落合が拾った、足立のリボルバー。
足立が、羽浦のペルソナが放った矢で射抜かれた拍子に、落としたようだ。
グリップを握ると、ズシリとくる重さが手に伝わる。
「おねーちゃん…」
自室のドアの向こうから聞こえた声に、リボルバーを枕の下に隠した。
開かれたドアから妹の月子が入ってくる。
「ねむれないの?」
心配そうに顔を覗き込んできた。
夜戸は、小さな頭を撫でる。
「眠ったらね、うるさいの…」
「うるさい?」
「うん…。声が…」
“己が儘に…”
“我が名は………”
責めるように、あの声が頭の奥に響く。
「だいじょうぶだよ…。月子がいるから…」
月子は、夜戸を抱きしめようと両腕を広げた。
夜戸は首を左右に振る。
月子の目がゆっくりと見開かれた。
「おねーちゃん?」
「ごめんね…。月子…。ありがとう」
ベッドからおりて月子の横を通過し、カーテンも開けずに部屋を出てリビングへと向かう。
リモコンを手に取り、カウンターキッチンに移動する前にテレビをつけた。
ニュースは昨日までの出来事を放送している。
夜戸は緊張していた。
“続いてのニュースです…”
道草親子の件だった。
21日の未明に出頭してきたのだ。
行方不明の裁判関係者も保護され、命に別状はないとのことだった。
道草小景は裁判関係者拉致の容疑で逮捕されたことが報道される。
息子の道草シキを匿っていたことも。
(息子を匿っていた件に関しては、親族だと免除されるんだっけ…)
もしも道草小景の裁判を担当した時のことを考える。
ニュースは肝心の内容を報道していない。
速報で入ってもいい頃だ。
安堵の息をついて、朝食の用意に取り掛かる。不思議と頭は冴えていた。
「おねーちゃん、本当にだいじょうぶなの?」
月子がリビングに顔を出した。
「うん。…お皿出すの手伝って」
「わかった」
夜戸は、手につかんだ、用意したコーヒーカップを見下ろす。
(足立さん…)
足立が拘置所を脱獄したというニュースは、流れなかった。
時間は昨日に遡る。
地下水路を無事に脱した夜戸達。
ツクモが道草小景のペルソナを食べてウツシヨに戻したあと、足立を除いた一行は捜査本部に戻ってきた。
時刻は午前4時過ぎ。
夜戸と姉川はカウンター席に着き、森尾と落合はテーブルの席に着いていた。
誰も言葉を口にしない。
目も合わさない。
ツクモは気まずい雰囲気にそわそわしながら、テーブルに飛び乗る。
「み…、みんな……」
「……知ってたのか?」
言い出したのは、森尾だ。
夜戸、姉川、落合の視線が森尾に集中する。
「……足立のこと…、全員…知ってたのか…? あいつが、人を殺したって…」
無言は肯定と受け取った。
森尾は舌を打ち、ドンッ、とテーブルをコブシで叩く。
ツクモがびっくりして転んだ。
「何で…!」
「何でて、わかっとるやろ!?」
姉川がさらに大きな声で怒鳴りつける。
「…ウチらのせいにしないで。森尾君だって、足立さん本人から聞こうともしなかったじゃない…」
「それは……」
怖かった。
時折見せる、足立の影が。
これ以上踏み込むな、と警告しているように思った。
「森尾君のことを足立さんに話したのはあたしよ。…足立さんのことも、あなたに話せばよかった…。フェアじゃないことをしたのは、あたし…」
いずれこうなることは、どこかでわかっていたはずだった。
それでも、あの居心地のいい空間を壊したくなかった。
「夜戸さん…」
森尾は、振り返らずに頭を垂れている夜戸の背中を見つめた。
夜戸の視線の先には、地下水路を脱出する前に落合が拾って捜査本部のカウンターテーブルに置いた、足立のリボルバーがある。
森尾は、今まで聞いたことがなかった、夜戸の叫びを思い出す。
「ね、ねえ…、どうするさ…。アダッチーが連れていかれたってことは、このままだと、脱獄扱いになるさ…?」
使い回しの監視カメラの映像だけでは、見回りの刑務官の目は誤魔化せない。
朝には点検があり、それで足立の不在がバレてしまうだろう。
現実が騒ぎになってしまう。
足立の罪が重くなるのは必至だ。
「こっちも大きな問題ね。足立さんのパネルでも置いとく?」
姉川は真面目な顔で答えた。
「作れるの?」
夜戸も真面目に聞いた。
「2人とも冷静になるさっ」
見兼ねたツクモがつっこんだ。
落合はゆっくりと立ち上がり、長髪のカツラをつかみ、取り去った。
全員がぎょっと見上げる。
「…ボクが、透兄さんの代わりになるよ」
カツラの下は、カツラと同じ色であるオレンジカラーの短髪だ。
カツラを取っただけで印象がガラリと変わった。
「背は、透兄さんより少し低いけど、気になる程度じゃない。ちょっとの間なら…」
立ち上がった森尾は声を上げる。
「空! 本気で言ってんのか!? バレたらお前だってただじゃ済まねーんだぞ!? お前がそんなことする必要なんてねェ!」
「…そんな悲しいこと言わないで…。兄さん…」
切なげに目を伏せる落合に、森尾ははっとした。
姉川は席を立ち、落合の肩をつかんだ。
「早く足立さんを見つけるから…」
落合は目を合わせて頷く。
「華姉さんも、身代わりに協力して。コスプレ、得意でしょ? できるだけ透兄さんに似せてほしいんだ」
「うん。任せて」
「……………」
森尾はぐっと歯を食いしばり、コブシを握りしめた。
「森尾君」
夜戸の声に、顔を上げた。
夜戸は背を向けたままだ。
「…迷ってるなら、来なくてもいい」
「!」
「明菜ちゃん!?」
突き放すような言い方に、ツクモは驚いた。
落合と姉川も夜戸に振り向く。
「責めてるわけじゃない。森尾君の境遇は知ってるし、「受け入れて」とは言わない。無理強いもしない。相手は平気で人を傷つけることに躊躇なんてしないだろうし、迷いを付け込まれれば、簡単に殺される…。捜査本部に参加したくないなら、ペルソナをツクモに食べてもらえばいい」
森尾は黙り込んだ。
目は夜戸の背中から外せない。
また沈黙が続いた。
ようやく夜戸が席を立つ。
リボルバーを大事に胸に抱えていた。
手前の扉へと歩く。
「どうして、あたしじゃなかったの…」
小さな独り言を残し、夜戸は捜査本部から出て行った。
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