00-7:I don’t know what to do anymore
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図書室は開いていた。
なのに、誰もいない。
本は相変わらず床に散らかったままだ。
「先輩、これ持ってきてよかったんですか?」
あたしは頭に被された長い黒髪のヅラを外し、メガネをかけてない、見慣れない先輩に突き付けた。
このヅラ、もしかして演劇で使われてたものでは。
「あとで返しとく」
「あたしもあとで服返さないと」
エプロンドレスをカバンに詰めこんだまま持ってきてしまった。
「メガネまで…」
「僕も顔バレてるから」
自分のメガネをあたしにかけさせることで、先輩自身も顔でバレなくて済んだようだ。
「やりすぎじゃないですか?」
「助けてあげたのにその言い草はないと思うけど」
「あの、無駄にキラキラさせてたしつこい人ですか」
「ウザいくらいにキラキラしてた奴ね」
悪意のこもった言い方だ。
「夜戸さんが隣の教室に行ってる間、ずっとどうやって誘おうか狙ってたよ。こっちはすごい目つきで睨まれるし」
「あんな人知りません」
「賭けにされてたんだって。かわい…、容姿がいいのに無表情で男も知らなそうな君を落とせるかどうかって。君はまったく動じてなかったね。こっちとしてはいい気味だった」
嬉しそうに悪い顔してるなぁ。
「引き離してくれてありがとうございます」
「夜戸さんも気を付けなよ。賭けのことも知らないようだったし。どこに目をつけてんのさ」
呆れながら、先輩がいつもの席に行こうと背を向けて歩き出す。
「だって、あたし、先輩しか見てませんでしたから」
先輩がころんだ。
メガネ、今あたしがかけててよかった。
「先輩?」
「誰だよこんなとこに本放置してんのっ」
本につまづいて転んだようだ。
がばっと起き上がって本を蹴飛ばす。
「そうそう、文化祭が終わったら片付けようと思ったんですよ」
「ほっときなって」
立ち上がった先輩は、制服を軽く叩く。
「でも先輩みたいにこける人、いるかもしれませんから」
「…メガネ返して」
先輩からメガネを取り上げられる。
視界が少し楽になった。
まだ面倒な生徒がいるかもしれないし、それまで暇つぶしとして本の片づけをすることになった。
先輩も渋々手伝ってくれる。
「劇、見ましたよ。先輩探しのついでに。どこにいたんですか?」
「舞台裏。一応、終わるまではいないといけなかったから」
「どれも初めて聞く物語ばかりでした」
「白雪姫も知らなかったの?」
「はい」
床に落ちた本を次々と拾っていき、高くて届かない場所は先輩に任せた。
「で、感想は?」
「白雪姫もそうでしたが、みんな王子様と結ばれたり結ばれなかったり。白雪姫って、物語の終わりに王子様が出てきますけど、何の掘り下げもなくいきなり結ばれるのは…」
正直、腑に落ちなかった。
「そもそも、死んで幾日か経ってるわけでしょう? 死体の状態がよかったからってキスなんてしますか?」
「あれね、個人的に調べてみたら、王子は死体収集家って説もあるらしいよ」
「じゃあ、白雪姫はゾンビってことですか?」
「なるほど。一度死んで生き返ってるわけだから、考え方によってはそうなるのか」
「状態が悪化して腐った死体になっても、受け入れてくれる人がいるなら、白雪姫も嬉しくて好きになるかもしれませんね。あたしに恋愛はわかりませんけど」
テーブルに放置された本を手に取る際に窓から下を見ると、何組ものカップルが下校していた。
文化祭をきっかけに付き合い始めたカップルも中にはいるのかもしれない。
奥の本棚に片付けている時だ。
ドアが開く音が聞こえた。
「誰もいないよ」
「ラッキー。閉めちゃおっか」
女子生徒と男子生徒の声だ。
鍵が閉められる音に、あたしは狼狽えた。
閉めてどうするの。
不意に先輩に二の腕をつかまれて引っ張られる。
2人分の足音が、奥の本棚から2つ手前の本棚で立ち止まった。
小さな笑い声が聞こえる。
ネクタイが解かれる音まで。
「え」
思わず声が出そうになった。
「確認してから始めろよ」
先輩は宙を睨み、低い小声を出す。
「先輩、どうしよう」
まるでこちらが盗み聞きしているみたいで居心地が悪い。
一度、持っていた本を床にそっと置いた。
「顔見られないように走るしかないんじゃない?」
事が起きる前に、図書室を飛び出せばいいわけだ。
「!」
「よし」と奥の本棚に背をもたせかけた先輩。
その上には、アンバランスに積み上げられた5冊の分厚い本が揺れていた。
「先輩!」
「!?」
咄嗟に伸ばした両手で先輩のブレザーをつかみ、こちら側に思い切り引く。
その時、かかとが何かを踏んだ。
あたしが床に置いた本だ。
受け身をとろうにも、両手は先輩をつかんだままだ。
支えを自ら失い、あたしは背中から床に倒れた。
ドサドサッ、と先輩目掛けて落下しそうだった本も落ちる。
「何!?」
「チッ。いいとこだったのに。誰かいるのか?」
2人の足音が近づいてくる。
あたしはそんなの気にしている余裕なんてなかった。
目の前に、先輩の顔が。
「きゃ!?」
「先客…!!」
先輩と抱き合う形で倒れていた。
見方によってはそちらより発展しているスタイルだ。
「不潔~!!」
「あ、待てよ!!」
ツッコミどころのある悲鳴とともに、女子生徒が図書室を飛び出し、男子生徒もそれを追いかけた。
息が顔にかかる。
ほんのりとコーヒーの香りがする。
鼻先が先輩のメガネに当たった。
心臓がうるさい上に破裂しそうだ。
なにこれ。
どうしたらいいの。
先輩がどいてくれない。
あたしの手足も緊張で動かない。
メガネ越しの先輩の瞳から目が逸らせなかった。
もうどうしていいかわからない。
どちらかの喉が鳴る。
距離が離れると思いきや、さらに近づいてきた。
待って。
先輩。
足立先輩。
待って。
待って待って待って待って。
「誰かいるのか!?」
ドアが勢いよく開けられた。
「あれ? 本が片付いてる…」
足音がやってくる。
「お前ら、何してるんだ?」
やってきたのは、強面の体育の男性教師だ。
朝によく校門前に立っている。
「本が散らかってたもので…」
あたしと先輩は、本を元の位置に戻していた。
平静を装うのに必死で手元が微かに震える。
なんとなく、ホッとしたような。
なんとなく、寂しいような。
「おう。感心だな」
あとで、その教師がジュースを奢ってくれた。
「…そろそろ帰ろっか。夜戸さん」
「そう…ですね」
さっきのことなんてなかったかのように、いつもの先輩が話しかけてくれる。
でも、お互いにしばらく視線が合わせられなかった。
貰ったりんごジュースの缶を開けて口にする。
甘い、りんごの味。
白雪姫を思い出し、触れそうだった自身の唇に手を添えた。
棺ですやすやと眠りについていた白雪姫は、あんな切羽詰まった緊張感なんて知らないだろう。
.To be continued