00-7:I don’t know what to do anymore
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結局、足立先輩と会えないまま、休憩時間を過ごしてしまった。
教室に戻り、またあのエプロンドレスに着替え、文化祭が終わる夕方まで務める予定だ。
「夜戸さん夜戸さん」
「!」
注文を伝えに言った時、同じクラスの店員班の女子生徒に手招きで呼ばれた。
「何?」
女子生徒は近づきこちらに、なぜか頬を紅潮させ、声を抑えてカフェと化した教室の中を指さす。
「あそこのお客さんが、あなたに注文とってもらいたいって」
胸が微かに躍った。
期待したからだ。
けれど、教室に足を踏み入れて「あの人」と教えられ、見た瞬間、期待が萎むどころか、パンッと弾けてなくなった。
「いらっしゃいませ」
席にはすでに座っている。
他校の生徒のようだ。
制服から、ここより偏差値の高い高校だと察する。
有名な生徒なのか、店員どころかキッチンにいるはずの女子生徒達まで教室を覗き込んでヒソヒソと話していた。
抑えているが、黄色い声まで混ざっている。
サッカー部、エース、背が高い、頭がいい、金持ち、かっこいい、モデルのスカウト、推薦入学決定…。
ヒソヒソの中から聞こえるワードを耳で拾う。
うわ、先輩が毛嫌いしそうな人間だ。
そうでなくてもクラス中の男子が嫌悪の視線を向けている。
「ご注文はお決まりですか?」
「君」
うっとうしい髪をわざとなびかせ、指でさされた。
なぜか女子生徒達から喚声が上がる。
「はい?」
言ってる意味がわからない。
「あの、ご注文…」
長い脚をこれみよがしに真っ直ぐ伸ばしてから組み替えた。
だからなんでいちいち騒ぐの、女子生徒達。他のお客さんに迷惑がかかるよ。
できるだけ目立たず流れるような学生生活を送りたいあたしは、これ以上の注目はやめてほしかった。
協調性って難題過ぎる。
あたしも黄色い声を上げて騒げばいいのか。
なんとなくというか、いやいや無理無理。
「このあとヒマしてる? よかったら一緒に文化祭のあとも遊ばない? この辺、あまり来ないから案内してほしくてさ」
もう女子達の声は以下省略しよう。
「あたしもこの辺りはあまり知らないので、お役に立てそうにないです。あと、遅くなると父に叱られますから」
「えー、君のところって門限あるの? お嬢様? そんなの適当に嘘ついちゃっていいじゃない。青春を損してるよ。案内はムリなら俺の学校の近くまで遊びに行こう。いっぱい遊び場があるんだ」
青春の損得を考えたことなんて一切ない。
口に出したかった。
「2人きりが緊張するなら、お友達が一緒でもいいからさ。こっちも人数そろえるし」
行く気はさらさらない。
余計な一言のせいで他の女子生徒達が妙な期待を抱いてしまったではないか。
ざわつきの色が変わる。
私は夜戸さんの隣の席だから、夜戸さんと話したことがあるから、衣装の気つけをやってあげたから…。
この人が発言するまで微塵も考えた事なかったのに、線引きし始めた。
「すみませんが、別の誰かを誘ってください」
断ってから踵を返す。
「あ、君…」と呼ばれたが、スルー。
他の子たちはもったいなさげな顔を向けるが、こちらも気付かないフリをしてスルー。
誰が話しかけるかという話題に切り替わった。
みんな勝手だ。
先輩の書いた『面倒苦祭』って言葉は今使う時なのでは。
ドロドロしたものが胸の内に湧いて汚そうとする。
図書室に行きたい。
「ちょっと、そこの店員さん」
教室を出て行こうとした際、掛けられた声に止まる。
「注文とってほしいんだけど」
振り返ると、口を尖らせながら頬杖をつき、反対の手の指でトントンとテーブルを叩く足立先輩が座っていた。
「先輩…。来てくれたんですね」
文化祭の当日まで頑なに首を縦に振らなかった先輩が。
「声大きいよ。覗くだけだったのに、サービス券もらって引きずり込まれたんだよ…。何アレ怖い」
先輩がブレザーのポケットから取り出してテーブルに置いたのは、水色の紙に黄色の文字で『コーヒー100円割引』と記載されたサービス券だった。
店の前を通る店員の子が配っているものだ。
積極的な子は、そのままお客さんを引き込んでしまう。
「ってことで、コーヒー1つ。飲んだら帰るから」
先輩はぶっきらぼうに言ってサービス券を渡してきた。
「はい」
受け取ったあたしは隣の教室へと移動する。
「コーヒー1つ入りました」
「はーい」
提供しているコーヒーは、コーヒーサーバーを使用している。
コーヒー担当の男子生徒が、キャニスターに入った粉末コーヒーを、サーバーにセットしたドリップペーパーにスプーンで入れていく。多い気がした。
「…あの」
「ん?」
数分後、あたしはトレーにコーヒーを載せて教室に戻った。
周りの空気にうんざりしている先輩。
遅れてすみません。
「先輩」
「遅いよ」
「お待たせしました」
白いカップに入れた温かいコーヒーを出した。
一応、スティックシュガーとミルクをつけておく。
「…市販のペットボトルのコーヒー?」
「ちゃんとコーヒーサーバーで作ってます」
いいからどうぞ、と手を差し出すと、先輩が一口飲んだ。意外そうな表情が一瞬だけ。
スティックシュガーに手を伸ばしかけたが、ブラックのまま少しずつ飲んでいる。
「……何?」
「いえ。味はどうですか?」
「…それなり」
美味しい、と思ってくれたかもしれない。
先輩はコーヒーを飲んだら教室を出てしまった。
ごちそうする、と言ったからあたしの奢り。
カップが軽い。
カラだ。
あたしの胸の内も同じくらい軽くなっていた。
文化祭の終わり時間が近づいてきた。
声をかけてきた他校の男子生徒はまだいる。
他の女子生徒達を囲っていた。
あたしは目を合わせないようにする。
時間がきた。
背後で椅子から誰かが立ち上がる音が聞こえた。
急ぎ足で制服に着替えにいく。
2階のトイレで着替え、また3階の教室に戻ってエプロンドレスを返さないといけない。
できれば戻りたくなかった。
おそるおそるトイレを出る。
階段をのぼるための角を曲がった時だ。
「いた」
「!!」
背後から声が聞こえた瞬間、目の前が真っ暗になる。
頭に何かを被せられた。
「じっとして」
抵抗しようとしたけどやめた。
安心する声が降ったからだ。
視界が戻り、顔を見上げる前にメガネをかけさせられた。
手首をつかまれ、引っ張られて2人で廊下を歩く。
「さっきの子、どこ行った? 帰った? はぁ~。つまんね」
その際に、しつこかった男子生徒とすれ違った。
あたしは気付かれずに、先輩と図書室に向かった。
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