00-7:I don’t know what to do anymore
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兄が高校生になって少ししてから、兄が入院した。
原因はわからない。
制服姿で自室で倒れているのを、叔父が発見して救急車を呼んだ。
命に別状はなかったらしいが、意識は不明。
あたしは母に連れられて一緒に見舞いに何度も行った。
兄が目覚めたのは、それから3ヶ月後だ。
小学生のあたしは兄に抱き着こうとしたが、父に止められた。
兄の雰囲気が変わったのは、退院してからだ。
口を利かなくなってしまった。
父や母には短く返すだけ。
高校生の兄は、中学生の頃と比べ、友人を連れてくることはなかった。
部屋にこもり、勉強ばかり。
開け慣れたはずのドアが、触れてもいないのに重く感じられた。
別人のような兄。
他人のようで少し怖かった。
それからしばらくして、兄は自ら命を絶った。
兄の部屋は、あたしが高校生になった今でも、綺麗に片付けられたままだ。
仏壇は、家の1階の玄関から右横にある和室にあった。
遺影は、中学生時代の兄の写真。
その頃の写真しか、笑っているものがなかった。
10月1日月曜日、早朝。
リビングに入り、朝食の用意を始める。
テレビをつけた。
キッチンカウンターに入り、冷蔵庫から朝食の材料を取り出し、フライパンに油をひいてガスコンロの火をつける。
スクランブルエッグを作るために卵を溶いて、温まったフライパンに流し込んだ。
テレビを見ると、一軒の住宅が映されていた。
周りには警察関係者が集まっている。
事件現場で起きたのは、一家無理心中らしい。
「…!」
画面の下に表示される亡くなった一家の名前を見て、「あれ?」とデジャヴのような引っ掛かりを覚えた。
“亡くなったのは、夫の朝霧昇さん、妻の朝霧旬子さん、長女の朝霧ひよさん…”
「……………」
いつ見たかは覚えてないが、同じ苗字がこちらも同じく無理心中をしてニュースで流れていた気がする。その時の住宅は、一家無理心中のあと、内側から放火されたとか。
“家族を殺して自分も…。どういう心境なのでしょうか。痛ましい…。前にもありましたね”
亡くなった一家に何があったかはわからない。
家庭的に追い詰められたわけでもなさそうだ。
憶測だけが飛び交っている。
そのやり取りはどこの放送局を見ても、なんとなく不快を覚える時間だ。
死人に口なしだからといって、真実もわからないのに、想像だけで語って視聴者の共感を得ようとするところ。
……まあ、弁護士も同じか。
あたしも将来、依頼人の口から聞いたことを代弁し、助言し、納得がいくように、依頼人を良く見せるために、傍聴者や裁判官に語らなければならない。
依頼人から嘘の代弁を依頼されるかもしれない。
仕事だから、やるしかない。
弁護士に真実はいらない、なんて誰が言ったっけ。
どこの本で読んだっけ。
焦げ臭いにおいがする。
「うわ」
卵が焦げた。
急いで火を切って、手遅れな卵を皿に移す。
テレビ画面はいつの間にか、先程の重苦しいムードから、晴れやかな顔をしたお天気お姉さんに代わっていた。
“10月スタートは全国的に気持ちの良い秋晴れとなるでしょう~”
あんなにこやかな顔して仕事をしている自分の将来像が、ひとかけらも想像できなかった。
ふと、10月スタート、で思い出す。
今日から衣替えだ。
まだ少し暑いかもしれないけど、ジャケットを着るのを忘れないでおこう。
あれだけうるさかった蝉の声は聞こえない。
夏は終わったんだと実感した。
なんとなく、寂しい気持ちになった。
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