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※短編「遅れて登場する菊田さん」の続きです。所々少しいかがわしいです。
「んん……」
左半身の違和感で意識がぼんやりと浮上した。ジンジンと痛痒い不快感が腕と腰骨辺りにある。ああ、暫く寝返りを打ってなかったから痺れたのか、と目を閉じたままの真っ暗闇で思った。しかし肝心の体が動かない。寝起きだからと言っても寝返りひとつも打てないなんて。まさか金縛り……!?一瞬焦ったけれど、背中と全身を包む体温と体重でどうやら違うらしいということに気がついた。杢太郎さんの腕ががっちりと背中に回されて、身動きができない。うっすらと目を開けたら一面肌色で、布団の中でとくとくと杢太郎さんの鼓動がむき出しの素肌越しに伝わってくる。すーっと落ち着いた深い呼吸音がすぐそこから聞こえて来るから、まだ杢太郎さんは夢の中なのだろう。どうにかして寝返りを打てないものかと、痺れと気怠さの残る体でもぞもぞと腕の中で動いてみたものの、更にきつく抱き寄せられ、鎖骨の下で鼻が押しつぶされた。
「うっ」
思わず漏れ出た声も杢太郎さんには届いていないようだ。苦しい。重い。普段こんなにも杢太郎さんの重量や力を感じることがないから、正直驚いていた。いつもどれだけ抑えてくれているのだろう。抱き枕のように足も腕も一緒に抱き込まれてしまっているので、文字通り手も足も出せない。
「ちょ、っと」
起きて、と杢太郎さんの体ごと自分の体を揺らした。ゆさゆさと、芋虫か何かのような動きで抵抗している自分の滑稽さに心が折れそうだった。
「ん……ナマエ……」
もう無理、と音を上げそうになった時、酷く掠れた声が聞こえて来た。
「くるし……」
「……あ、わるい」
ふっと腕の力が和らいで、のしかかっていた体重もなくなった。はぁ、と解放されたことで息を大きく吐いて、ごろんと寝返りを打った。長く拘束され痺れていた左半身に血流が巡って、感覚が戻ってくるのが良く分かる。助かった。
「痛かったか」
「んん……大丈夫」
今度は控えめに杢太郎さんが背中にくっついてきた。ゆるゆると髪の毛を梳かれるのが心地良くて、目蓋が重くなっていく。まだアラームは鳴っていないし、もう少し寝てしまおうかなんて思っていたら、髪を掻き分け露わになった項にちゅうっと唇が押し付けられて体がびくっと跳ねた。
「ちょっと、んっ……」
振り返ろうとしたら肩を押さえられ、杢太郎さんが髪やうなじや首筋にキスを散らしながら段々と下へと移動していく。ただ唇が触れるだけでなく、時折軽く吸い付いてくるのが起き抜けの体に響く。特に、まだ少しジンジンしている左半身からは、吐息さえもが鋭い刺激のように伝わってくる。もう鎮火したと思っていた昨夜の炎が、またチリッと燃え始めていくような感覚があった。
「も、く……ぁっ……」
横向きだったのが段々とうつぶせになっていき、最後は杢太郎さんが肩を押してきて覆いかぶさるように耳元に唇を寄せてきた。さっきとは違ってあまり体重は感じない。けど、逃げ出すこともできない。
「なぁ、いいか」
「だ、め……はくぶつかん、行く……」
ずっと前から約束していたのに、今流されたら絶対に予定が流れてしまう。そのために昨夜だっていつもよりは手加減してもらったのに。
「ナマエ」
もう一度、食い下がるように耳に柔らかい感触が当たってきたので「はくぶつかん……銃……」と、目をぎゅっと瞑って単語だけ絞り出した。胸に上がってきていた手がピタリと止まった。
「……そうだったな」
微かな笑い声交じりで杢太郎さんが私の髪をわしゃわしゃと撫で回し、こめかみにキスを落としてきた。その動作に先ほどまでのいやらしさはなくて、内心ほっとしていた。これ以上来られたら多分押し負けていた。
「今日はあんまり後ろが開いた服着るなよ」
「え?」
とんっ、とんっと指先が肩甲骨や背骨の辺りを何度か押してきた。「どういう意味?」と聞いてみても、杢太郎さんからは笑顔が返ってくるだけで、特に追加の説明もなく先にベッドから出て行ってしまった。
私がその意味を知ったのは、1時間後、下ろし立てのワンピースのファスナーを上げようと鏡に背中を向けた時だった。
*
「銃の歴史」と一ヶ月前にも見た大きなポスターが貼ってある正面入口を通って、受付で大人二人分の料金を支払った。前回は美術館で、今回は博物館。こんなに短いスパンでこういう所に来たことはあまりなかったので、何だか急に文化人になったような気がする。
「杢太郎さんが好きなナガンあると良いね」
「そうだな」
すました顔をしているけど、ちょこっとだけ頬が緩んでいる。やっぱり楽しみにしてたんだ。
土曜日の午前中で、中は前回の美術館よりは少し混雑していた。それでもちゃんと解説や展示も見られる程度で、なるべく早めの時間帯に来られて良かったと思った。
順路に沿って、杢太郎さんと一緒に展示されている銃を見ていく。火薬は最初、筒に詰めて投擲して標的を燃やすものだったらしい。それが段々と火薬の勢いで石や金属を飛び出させるものとなり、それが銃や火砲の原型となった。15世紀にはドイツで革新的な銃の構造が発明されて、のちに日本で火縄銃として使われるようになった──と、やっとここで少し馴染みのあるものが出てきた。
「なんか見たことあるかも」
「時代劇とかで使ってるやつだな」
「思ったより大きい……」
昔見た戦国時代ものなんかで甲冑を着た人たちが撃っていたのがこれなんだろう。テレビで観た時よりもだいぶ大きくて、武骨に見える。きっと重さも中々のものだ。音も派手だったと書かれていて、あの時代に初めてこんなものを見た人たちは腰を抜かしただろうなと思った。
時代は進み、火縄銃のような両手で扱う大型の銃から、片手で扱える拳銃の展示がちらほらと増え始めた。その中に、見覚えのある名前を見つけて思わず「あっ」と小さく声を上げてしまった。
「ナガンあるよ、杢太郎さんが好きなナガン!」
声が大きいと、すかさず体を引き寄せられ耳元でたしなめられて、デジャヴに笑ってしまった。そんなに大きい声は出していなかったのに。本当に照れ屋さんだな、杢太郎君は。
「良かったね」
腕に抱きつきながら言えば「ん」とそっけない返事が聞こえてきて、益々笑みが深まってしまう。あまり杢太郎さんばかり見ていても臍を曲げてしまうので、解説の文章を読むことにした。杢太郎さんの大好きなナガンM1895はベルギーのナガン兄弟によって発明され、彼らが製造した銃はモシン・ナガンなど含め帝政ロシアで多く採用されたらしい。ガラスケースの中の本物のナガンは、細かい傷や染みがついていることに加えて所々さび付いている。キャプションには1900年に帝政ロシアの将校が所有していた物だと記載があった。
「ナガンって人の名前だったんだ」
「前話しただろ」
「そうだっけ、ごめんね」
少しだけムッとした顔で見下ろしてきた杢太郎さんの腕をぽんぽんと叩いて誤魔化した。たまに、お酒が入った時とかは特に、杢太郎さんはナガンや他の銃について話すことがある。正直なところ、私は銃自体についてはあまり興味がないし、難しいことは分からないのでほとんど話は入ってこない。けど、好きな人が好きなことを話しているのを見るのが好きだ。毎回饒舌に嬉しそうに語る杢太郎さんを、内容そっちのけで楽しそうに話しているなぁと眺めるのが好きだった。
「あ、でも、あれは覚えてるよ。リボルバーだけどサプレッサーが使えるって」
「逆になんでそれ覚えてるんだよ」
ちょうど一緒に見ていた刑事ドラマでサプレッサーの話をしていて、ナガンも使えるのか気になって聞いてみたらそういう回答が返ってきたから、何となく覚えていた。要は自分で聞いたからで、受動的に杢太郎さんから教えてもらったことはあまり覚えていない。しかしそんなことを言ったら拗ねそうなので黙っておくことにした。
「写真撮って良いんだよな、ここ」
「うん、フラッシュはご遠慮くださいだって」
おもむろにスマホを取り出して杢太郎さんがナガンにレンズを向けた。縦にしていたのを「こっちか?」と首を傾げなら横にして、両手でスマホを持って画角を調整しているのを隣で見守った。ガラスの反射で上手く撮れないのか、難しい顔をしながら膝を曲げたり伸ばしたり、スマホを左右に傾けたり、角度を変えて何枚も撮ったあとにまじまじと本物のナガンを見つめている。その瞳は心なしかいつもよりも輝いていて、腕も頻繁に組み直していて落ち着きがない。何でもないように装いながらやっぱり楽しみだったんだな。今日来られて良かった、とあまり見たことがない杢太郎さんの姿をこっそりと盗み見ていた。
周りを見渡せば、他にも近代に発明され使用された拳銃やライフルが多く展示されていた。ナガンに釘付けの杢太郎さんを置いて、私は先に進むことにした。数個隣に置いてあった大日本帝国陸軍の拳銃も確か杢太郎さんが持っていたような、いなかったような。でもここにあるのは全部、杢太郎さんが持っているようなモデルガンじゃない。全て、誰かの命を奪ってきたものだ。そう思うと少しだけ息苦しさを感じた。細かい解説も素人にはありがたい物だけど読んでいるうちに目が疲れてきてしまって、段々と飛ばし飛ばしになって、やがて展示品をすーっと通り過ぎて見ていくようになっていく。一回休憩しようかな、と座れる場所を探しに行こうとした時、慌てたような足音が後ろから聞こえて来た。
「ナマエっ……!」
「どうしたの杢太郎さん?」
「あんまり離れるな」
ぎゅっと腕を掴まれて驚いた。ナガンに夢中になっていたところを置いて行ってしまって心細かったのだろうか。
「そんな恥ずかしがらなくても良いのに。男性一人で来てる人も結構いるよ?」
「違う」
それまではコソコソとなるべく声を抑えながら会話をしていたのに、杢太郎さんの少しだけ鋭い声が耳に響いた。
「また変な奴が居ないとは限らない」
「気にしてくれてたの?」
「当たり前だ」
怖かっただろと心配そうな瞳を向けられて、あの時杢太郎さんが来てくれた時のことを思い出して、少しだけ鼓動が早まった。何かされたというわけではないけど、どういうつもりで私に話しかけてきたのかも分からないけど、あれが怖かったと分かってくれていたのが嬉しかった。
「ありがとう」
「ん」
「私はあそこのベンチに座ってるから、杢太郎さんはゆっくり見てて」
ちょうど空いた壁際のベンチには、他に老夫婦と女性が座っているだけで、それを見て安心したのか腕がゆっくりと離された。
すみません、と一言断ってから、人一人分のスペースに腰かけた。杢太郎さんは暫く私の方を気にしていたようだけど、そのうち大丈夫だと判断したのか展示に集中し始めた。大きな体を丸めて、ガラスケースの中を見て回る姿が愛おしくて目で追わずにいられない。これじゃあ銃を見に来たというより杢太郎さんを見に来たみたいだ。そんなことを思いながら、可愛い夫の姿を飽きることなくずっと見つめていた。
展示も終わりに近づき、最後に今まで展示されていたいくつかの銃のレプリカが置いてあった。実際どれほどの重さなのかを体験できるらしい。引き金などは引けないようになっているらしいが、銃口を人に向けないでくださいという注意書きがある。ちょうど人の流れの切れ目だったのか、周りは私たちと数人しかいなくて、好きな銃を触り放題だった。約3.8キロとラベルに書かれた日本軍で使用されていた三八式を試しに持ってみた。
「おっ、あんまり重くない……?」
意外といけるかもなんて思っていたのに、抱きかかえているうちにその重さがジワジワと腕を疲れさせてくる。両手でただ持っていてこれなのだから、しっかりと構えて何発も打っていた明治の軍人さんたちはすごい。杢太郎さんに渡してみたら、銃の後ろを肩に当て、素人でも分かる綺麗なフォームで壁に向かって構えたので思わず「そのまま!」と慌ててカメラを向けてしまった。通りすがりの人たちの「すごいね~」「かっこいいね」などの声で杢太郎さんがすぐに構えをやめてしまったので、撮れたのは1枚だけだった。
「かっこよかったのに……」
「……家にあるから帰ってからでも良いだろ」
「え?これも家にあるの?」
しまった、というように赤かった顔が一瞬で白くなった。「いや、その……」と斜め上を見ながら言葉を選んでいる杢太郎さんは、さながら悪戯がバレたワンちゃんのようだ。
「別に怒らないのに、私はむしろ隠される方が嫌だけど」
「……この間のボーナスで三八式を買いました」
素直でよろしいと背中を撫でていると、三八式を置いた杢太郎さんが今度は拳銃を手に取った。ナガンと同じリボルバーだ。ラベルにはスミス&ウェッソンM19と書かれている。これも有名な銃なのだろうかと思っていると、杢太郎さんが某国民的泥棒アニメの狙撃手が使っている物だと説明してきた。コンバットマグナムとも言うらしい。
「これも持ってるの?」
「いや、でも違うマグナムは持ってる」
「杢太郎さんのマグナムは──」
話している途中で何か不適切なことを言っているような気がしていしまって、言葉が途切れた。いや、でも、私は銃の話をしているだけで、別に、変なことを言っているわけでは……などと、頭の中で誰に向けてかも分からない弁解が勝手に始まった。追い打ちをかけるように、不自然に固まった私を杢太郎さんが覗いてきた。その目元は緩められていて、口角は上がっていた。
「俺のマグナムがなんだって?」
「言ってません」
「言ってただろ」
視線を落としてピカピカに磨き上げられた床を意味もなく見つめた。ぶわっと首の後ろから汗が噴き出して、お風呂上りのように顔が火照っていく。
「試してみるか?」
耳元で囁かれた言葉に思わずグーで脇腹を小突いた。くつくつと、押し殺せていない笑いが耳に届く。やられっぱなしは何だか嫌で、何とか言い返せないかと逡巡して出てきたのは「……もう試してる」という恥じらい交じりの情けない声だった。
「ははっ、そうだな」
すり、と脇腹からお尻まで手のひらが一往復して、ふるりと肩まで震えた。慌てて周りを見たが運良く誰もいない。今のは、している時の撫で方だった。余裕そうにベッドやソファに寝転びながら、いっぱいいっぱいの私を嬉しそうに見上げてきて、くびれの辺りからお尻の方まですりすりと腰回りを撫でてくるのだ。
「ん?」
分かってやっているくせに、さも何でもないように眉を上げてこちらを見てくるのが本当に憎たらしい。
「……帰ったらね」
昨晩、いつの間にか付けられていた背中の痕をなぞるように触れてくる手をつねって、距離を取った。早歩きでこの特別展示室の出口へと向かっていたのに、杢太郎さんの大きな歩幅ではすぐに追いつかれてしまった。
「帰るか」
「まだ常設展も見てないでしょ」
「別に見なくても良いんじゃないか」
「だめ、せっかく来たんだから」
渋る杢太郎さんの手を取って、「常設展」と矢印が向いている方向へと二人で進んで行った。
あとがき
2025.06.25
「んん……」
左半身の違和感で意識がぼんやりと浮上した。ジンジンと痛痒い不快感が腕と腰骨辺りにある。ああ、暫く寝返りを打ってなかったから痺れたのか、と目を閉じたままの真っ暗闇で思った。しかし肝心の体が動かない。寝起きだからと言っても寝返りひとつも打てないなんて。まさか金縛り……!?一瞬焦ったけれど、背中と全身を包む体温と体重でどうやら違うらしいということに気がついた。杢太郎さんの腕ががっちりと背中に回されて、身動きができない。うっすらと目を開けたら一面肌色で、布団の中でとくとくと杢太郎さんの鼓動がむき出しの素肌越しに伝わってくる。すーっと落ち着いた深い呼吸音がすぐそこから聞こえて来るから、まだ杢太郎さんは夢の中なのだろう。どうにかして寝返りを打てないものかと、痺れと気怠さの残る体でもぞもぞと腕の中で動いてみたものの、更にきつく抱き寄せられ、鎖骨の下で鼻が押しつぶされた。
「うっ」
思わず漏れ出た声も杢太郎さんには届いていないようだ。苦しい。重い。普段こんなにも杢太郎さんの重量や力を感じることがないから、正直驚いていた。いつもどれだけ抑えてくれているのだろう。抱き枕のように足も腕も一緒に抱き込まれてしまっているので、文字通り手も足も出せない。
「ちょ、っと」
起きて、と杢太郎さんの体ごと自分の体を揺らした。ゆさゆさと、芋虫か何かのような動きで抵抗している自分の滑稽さに心が折れそうだった。
「ん……ナマエ……」
もう無理、と音を上げそうになった時、酷く掠れた声が聞こえて来た。
「くるし……」
「……あ、わるい」
ふっと腕の力が和らいで、のしかかっていた体重もなくなった。はぁ、と解放されたことで息を大きく吐いて、ごろんと寝返りを打った。長く拘束され痺れていた左半身に血流が巡って、感覚が戻ってくるのが良く分かる。助かった。
「痛かったか」
「んん……大丈夫」
今度は控えめに杢太郎さんが背中にくっついてきた。ゆるゆると髪の毛を梳かれるのが心地良くて、目蓋が重くなっていく。まだアラームは鳴っていないし、もう少し寝てしまおうかなんて思っていたら、髪を掻き分け露わになった項にちゅうっと唇が押し付けられて体がびくっと跳ねた。
「ちょっと、んっ……」
振り返ろうとしたら肩を押さえられ、杢太郎さんが髪やうなじや首筋にキスを散らしながら段々と下へと移動していく。ただ唇が触れるだけでなく、時折軽く吸い付いてくるのが起き抜けの体に響く。特に、まだ少しジンジンしている左半身からは、吐息さえもが鋭い刺激のように伝わってくる。もう鎮火したと思っていた昨夜の炎が、またチリッと燃え始めていくような感覚があった。
「も、く……ぁっ……」
横向きだったのが段々とうつぶせになっていき、最後は杢太郎さんが肩を押してきて覆いかぶさるように耳元に唇を寄せてきた。さっきとは違ってあまり体重は感じない。けど、逃げ出すこともできない。
「なぁ、いいか」
「だ、め……はくぶつかん、行く……」
ずっと前から約束していたのに、今流されたら絶対に予定が流れてしまう。そのために昨夜だっていつもよりは手加減してもらったのに。
「ナマエ」
もう一度、食い下がるように耳に柔らかい感触が当たってきたので「はくぶつかん……銃……」と、目をぎゅっと瞑って単語だけ絞り出した。胸に上がってきていた手がピタリと止まった。
「……そうだったな」
微かな笑い声交じりで杢太郎さんが私の髪をわしゃわしゃと撫で回し、こめかみにキスを落としてきた。その動作に先ほどまでのいやらしさはなくて、内心ほっとしていた。これ以上来られたら多分押し負けていた。
「今日はあんまり後ろが開いた服着るなよ」
「え?」
とんっ、とんっと指先が肩甲骨や背骨の辺りを何度か押してきた。「どういう意味?」と聞いてみても、杢太郎さんからは笑顔が返ってくるだけで、特に追加の説明もなく先にベッドから出て行ってしまった。
私がその意味を知ったのは、1時間後、下ろし立てのワンピースのファスナーを上げようと鏡に背中を向けた時だった。
*
「銃の歴史」と一ヶ月前にも見た大きなポスターが貼ってある正面入口を通って、受付で大人二人分の料金を支払った。前回は美術館で、今回は博物館。こんなに短いスパンでこういう所に来たことはあまりなかったので、何だか急に文化人になったような気がする。
「杢太郎さんが好きなナガンあると良いね」
「そうだな」
すました顔をしているけど、ちょこっとだけ頬が緩んでいる。やっぱり楽しみにしてたんだ。
土曜日の午前中で、中は前回の美術館よりは少し混雑していた。それでもちゃんと解説や展示も見られる程度で、なるべく早めの時間帯に来られて良かったと思った。
順路に沿って、杢太郎さんと一緒に展示されている銃を見ていく。火薬は最初、筒に詰めて投擲して標的を燃やすものだったらしい。それが段々と火薬の勢いで石や金属を飛び出させるものとなり、それが銃や火砲の原型となった。15世紀にはドイツで革新的な銃の構造が発明されて、のちに日本で火縄銃として使われるようになった──と、やっとここで少し馴染みのあるものが出てきた。
「なんか見たことあるかも」
「時代劇とかで使ってるやつだな」
「思ったより大きい……」
昔見た戦国時代ものなんかで甲冑を着た人たちが撃っていたのがこれなんだろう。テレビで観た時よりもだいぶ大きくて、武骨に見える。きっと重さも中々のものだ。音も派手だったと書かれていて、あの時代に初めてこんなものを見た人たちは腰を抜かしただろうなと思った。
時代は進み、火縄銃のような両手で扱う大型の銃から、片手で扱える拳銃の展示がちらほらと増え始めた。その中に、見覚えのある名前を見つけて思わず「あっ」と小さく声を上げてしまった。
「ナガンあるよ、杢太郎さんが好きなナガン!」
声が大きいと、すかさず体を引き寄せられ耳元でたしなめられて、デジャヴに笑ってしまった。そんなに大きい声は出していなかったのに。本当に照れ屋さんだな、杢太郎君は。
「良かったね」
腕に抱きつきながら言えば「ん」とそっけない返事が聞こえてきて、益々笑みが深まってしまう。あまり杢太郎さんばかり見ていても臍を曲げてしまうので、解説の文章を読むことにした。杢太郎さんの大好きなナガンM1895はベルギーのナガン兄弟によって発明され、彼らが製造した銃はモシン・ナガンなど含め帝政ロシアで多く採用されたらしい。ガラスケースの中の本物のナガンは、細かい傷や染みがついていることに加えて所々さび付いている。キャプションには1900年に帝政ロシアの将校が所有していた物だと記載があった。
「ナガンって人の名前だったんだ」
「前話しただろ」
「そうだっけ、ごめんね」
少しだけムッとした顔で見下ろしてきた杢太郎さんの腕をぽんぽんと叩いて誤魔化した。たまに、お酒が入った時とかは特に、杢太郎さんはナガンや他の銃について話すことがある。正直なところ、私は銃自体についてはあまり興味がないし、難しいことは分からないのでほとんど話は入ってこない。けど、好きな人が好きなことを話しているのを見るのが好きだ。毎回饒舌に嬉しそうに語る杢太郎さんを、内容そっちのけで楽しそうに話しているなぁと眺めるのが好きだった。
「あ、でも、あれは覚えてるよ。リボルバーだけどサプレッサーが使えるって」
「逆になんでそれ覚えてるんだよ」
ちょうど一緒に見ていた刑事ドラマでサプレッサーの話をしていて、ナガンも使えるのか気になって聞いてみたらそういう回答が返ってきたから、何となく覚えていた。要は自分で聞いたからで、受動的に杢太郎さんから教えてもらったことはあまり覚えていない。しかしそんなことを言ったら拗ねそうなので黙っておくことにした。
「写真撮って良いんだよな、ここ」
「うん、フラッシュはご遠慮くださいだって」
おもむろにスマホを取り出して杢太郎さんがナガンにレンズを向けた。縦にしていたのを「こっちか?」と首を傾げなら横にして、両手でスマホを持って画角を調整しているのを隣で見守った。ガラスの反射で上手く撮れないのか、難しい顔をしながら膝を曲げたり伸ばしたり、スマホを左右に傾けたり、角度を変えて何枚も撮ったあとにまじまじと本物のナガンを見つめている。その瞳は心なしかいつもよりも輝いていて、腕も頻繁に組み直していて落ち着きがない。何でもないように装いながらやっぱり楽しみだったんだな。今日来られて良かった、とあまり見たことがない杢太郎さんの姿をこっそりと盗み見ていた。
周りを見渡せば、他にも近代に発明され使用された拳銃やライフルが多く展示されていた。ナガンに釘付けの杢太郎さんを置いて、私は先に進むことにした。数個隣に置いてあった大日本帝国陸軍の拳銃も確か杢太郎さんが持っていたような、いなかったような。でもここにあるのは全部、杢太郎さんが持っているようなモデルガンじゃない。全て、誰かの命を奪ってきたものだ。そう思うと少しだけ息苦しさを感じた。細かい解説も素人にはありがたい物だけど読んでいるうちに目が疲れてきてしまって、段々と飛ばし飛ばしになって、やがて展示品をすーっと通り過ぎて見ていくようになっていく。一回休憩しようかな、と座れる場所を探しに行こうとした時、慌てたような足音が後ろから聞こえて来た。
「ナマエっ……!」
「どうしたの杢太郎さん?」
「あんまり離れるな」
ぎゅっと腕を掴まれて驚いた。ナガンに夢中になっていたところを置いて行ってしまって心細かったのだろうか。
「そんな恥ずかしがらなくても良いのに。男性一人で来てる人も結構いるよ?」
「違う」
それまではコソコソとなるべく声を抑えながら会話をしていたのに、杢太郎さんの少しだけ鋭い声が耳に響いた。
「また変な奴が居ないとは限らない」
「気にしてくれてたの?」
「当たり前だ」
怖かっただろと心配そうな瞳を向けられて、あの時杢太郎さんが来てくれた時のことを思い出して、少しだけ鼓動が早まった。何かされたというわけではないけど、どういうつもりで私に話しかけてきたのかも分からないけど、あれが怖かったと分かってくれていたのが嬉しかった。
「ありがとう」
「ん」
「私はあそこのベンチに座ってるから、杢太郎さんはゆっくり見てて」
ちょうど空いた壁際のベンチには、他に老夫婦と女性が座っているだけで、それを見て安心したのか腕がゆっくりと離された。
すみません、と一言断ってから、人一人分のスペースに腰かけた。杢太郎さんは暫く私の方を気にしていたようだけど、そのうち大丈夫だと判断したのか展示に集中し始めた。大きな体を丸めて、ガラスケースの中を見て回る姿が愛おしくて目で追わずにいられない。これじゃあ銃を見に来たというより杢太郎さんを見に来たみたいだ。そんなことを思いながら、可愛い夫の姿を飽きることなくずっと見つめていた。
展示も終わりに近づき、最後に今まで展示されていたいくつかの銃のレプリカが置いてあった。実際どれほどの重さなのかを体験できるらしい。引き金などは引けないようになっているらしいが、銃口を人に向けないでくださいという注意書きがある。ちょうど人の流れの切れ目だったのか、周りは私たちと数人しかいなくて、好きな銃を触り放題だった。約3.8キロとラベルに書かれた日本軍で使用されていた三八式を試しに持ってみた。
「おっ、あんまり重くない……?」
意外といけるかもなんて思っていたのに、抱きかかえているうちにその重さがジワジワと腕を疲れさせてくる。両手でただ持っていてこれなのだから、しっかりと構えて何発も打っていた明治の軍人さんたちはすごい。杢太郎さんに渡してみたら、銃の後ろを肩に当て、素人でも分かる綺麗なフォームで壁に向かって構えたので思わず「そのまま!」と慌ててカメラを向けてしまった。通りすがりの人たちの「すごいね~」「かっこいいね」などの声で杢太郎さんがすぐに構えをやめてしまったので、撮れたのは1枚だけだった。
「かっこよかったのに……」
「……家にあるから帰ってからでも良いだろ」
「え?これも家にあるの?」
しまった、というように赤かった顔が一瞬で白くなった。「いや、その……」と斜め上を見ながら言葉を選んでいる杢太郎さんは、さながら悪戯がバレたワンちゃんのようだ。
「別に怒らないのに、私はむしろ隠される方が嫌だけど」
「……この間のボーナスで三八式を買いました」
素直でよろしいと背中を撫でていると、三八式を置いた杢太郎さんが今度は拳銃を手に取った。ナガンと同じリボルバーだ。ラベルにはスミス&ウェッソンM19と書かれている。これも有名な銃なのだろうかと思っていると、杢太郎さんが某国民的泥棒アニメの狙撃手が使っている物だと説明してきた。コンバットマグナムとも言うらしい。
「これも持ってるの?」
「いや、でも違うマグナムは持ってる」
「杢太郎さんのマグナムは──」
話している途中で何か不適切なことを言っているような気がしていしまって、言葉が途切れた。いや、でも、私は銃の話をしているだけで、別に、変なことを言っているわけでは……などと、頭の中で誰に向けてかも分からない弁解が勝手に始まった。追い打ちをかけるように、不自然に固まった私を杢太郎さんが覗いてきた。その目元は緩められていて、口角は上がっていた。
「俺のマグナムがなんだって?」
「言ってません」
「言ってただろ」
視線を落としてピカピカに磨き上げられた床を意味もなく見つめた。ぶわっと首の後ろから汗が噴き出して、お風呂上りのように顔が火照っていく。
「試してみるか?」
耳元で囁かれた言葉に思わずグーで脇腹を小突いた。くつくつと、押し殺せていない笑いが耳に届く。やられっぱなしは何だか嫌で、何とか言い返せないかと逡巡して出てきたのは「……もう試してる」という恥じらい交じりの情けない声だった。
「ははっ、そうだな」
すり、と脇腹からお尻まで手のひらが一往復して、ふるりと肩まで震えた。慌てて周りを見たが運良く誰もいない。今のは、している時の撫で方だった。余裕そうにベッドやソファに寝転びながら、いっぱいいっぱいの私を嬉しそうに見上げてきて、くびれの辺りからお尻の方まですりすりと腰回りを撫でてくるのだ。
「ん?」
分かってやっているくせに、さも何でもないように眉を上げてこちらを見てくるのが本当に憎たらしい。
「……帰ったらね」
昨晩、いつの間にか付けられていた背中の痕をなぞるように触れてくる手をつねって、距離を取った。早歩きでこの特別展示室の出口へと向かっていたのに、杢太郎さんの大きな歩幅ではすぐに追いつかれてしまった。
「帰るか」
「まだ常設展も見てないでしょ」
「別に見なくても良いんじゃないか」
「だめ、せっかく来たんだから」
渋る杢太郎さんの手を取って、「常設展」と矢印が向いている方向へと二人で進んで行った。
あとがき
遅れて登場する菊田さん続編で、銃の歴史展で少年のようにはしゃいじゃう菊田さんというリクエストでした!渋くて色気もあるのに少年のような一面を見せてくる菊田さんって良いですよね…!リクエストを頂いた際の「渋格好いいと可愛いと精力と甘さも兼ね備えた菊田さんを…!」というコメントの「精力」の部分がマシマシになってR15になってしまいました。機会があればいつかこのお話の昨夜のR18部分を更新したいと思います。ちぃ様、リクエストありがとうございました!!
2025.06.25
