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※短編の「こちら」のお話の続編です
尾形さんと私が付き合っていて同棲をしていることは、瞬く間に社内で広まった。誰が広めたのかは言わずもがな、あのプロジェクトマネジメント部の人しかいないだろう。すぐ特定できる状況なのに良く広められるな、やっぱり碌な人間じゃなかったな、とあの人の評価が私の中でまたガクッと急降下した。
「ねぇ、尾形さんと付き合ってるって本当?」
もぐもぐと咀嚼する口元を隠しながら「うん」と同期の質問に答えた。朝からバタバタしていてお昼をだいぶ過ぎたこの時間にやっと昼休憩を取ることができた。自動販売機横の誰もいないこぢんまりとしたカフェスペースで惣菜パンを食べていたら、通りすがりの同期が声をかけてきたのだ。何だかいつもよりも少しそわそわしてるな、と不思議に思っていたら尾形さんの名前が出たので、初めから私たちのことについて聞きたくて声をかけてきたらしい。
「尾形さんってさ、怖くない……?」
「そんなことないよ?誤解されやすい人だけど」
「家だとどんな感じなの?」
「どんな……普通だよ、いつもとあんまり変わらないと思う」
普段は上がっている前髪が下ろされて、ちょっとよれたTシャツでぽやぽやとした顔で寝室から出てくる休日の尾形さんが一瞬頭を過ったけど、教えたくなくて平然と嘘をついてしまった。ごめんね、でもこれは私だけが知っていたいことだから、と心の中で同期に手を合わせて謝った。
「二人だけの時とかってさ、何話すの?」
「……なんだろう?」
「え、ちゃんと話してる?」
「話してるよ。でも色々話すから何話したかなんて一々覚えてないよ」
むぅ、と不満げに見つめればごめんごめんと笑われて、時計を確認した同期が「また今度色々聞かせてね」と残して足早に去っていった。
尾形さんと付き合っていることが周りにバレてからというものの、私はこうやって尾形さんとの関係について部署内外の色々な人から声を掛けられることが多くなった。「付き合ってどれくらい?」「どっちから告白したの?」「尾形さんになんて呼ばれてるの?」などなど、みんな尾形さんには聞きづらい分、多分私に聞いてきている。その中でも「尾形さんって何が好きなの?」とか、結構尾形さん自身についての質問も多かった。みんなそんなに尾形さんのことが気になるんだろうか。もういっそ掲示板にでも良くある質問と回答一覧でも貼っておこうか。
「百之助と付き合ってるってマジ?」
「わっ、びっくりした……!」
音もなく、いつの間にか自販機の横に宇佐美さんが居た。総菜パンで詰まりそうになった喉をお茶で流し込んでどうにか頷けば、宇佐美さんが「へぇ〜」と心底面白そうに特徴的な唇をニヤニヤと動かし始めた。口の横の二つの黒子が良く動いているから余計に口元の動きが強調されているような気がする。
「物好きだねミョウジも」
宇佐美さんがピッと最近自販機に追加された温かいクリームシチューのボタンを押した。そのチョイスも中々物好きな気がする。誰が買うんだろうこれ、と思ってたけどまさか宇佐美さんだったとは。美味しいのか聞こうとするよりも、宇佐美さんが振り返るのが先だった。
「質問攻めにされて大変なんじゃない?」
「そうなんですよ、そんなに変ですか?私たちが付き合ってるのって」
「そりゃあ、あの百之助に彼女がいること自体信じられないのに相手がミョウジだから更に驚いてるんでしょ」
「えっ……私じゃ釣り合わないってことですか?」
「逆だろどう考えても、鈍感だな本当に」
はーやれやれとシチュー片手に大袈裟に首を振られて、ため息まで吐かれてしまった。「彼女がいること自体信じられない」と宇佐美さんは言っていたけど、私はその昔、尾形さんに普通に彼女がいると思っていたので、いないと分かってから勇気を振り絞って猛アタックをかました人間なので、いまいちピンと来なかった。
「どう考えたって他に良い奴居るでしょ、あんなハナタレ小僧よりも」
「そうですか?私は尾形さんのこと大好きですよ」
「はいはい」
っていうかハナタレって。尾形さんのどの辺りがハナタレ小僧なんだろう。クールで落ち着いていて、カッコいい人なのに。たまに寝ぼけてる時に擦り寄ってくるのは猫ちゃんっぽくて可愛いけど、ハナタレって感じではないし。あの姿は思い出すだけでも、ゆるゆると頬が緩んでしまう。やっぱり同期で付き合いも長いと、私がまだ知らない色んな尾形さんのことを知ってるんだろうか。それはかなり羨ましい。自販機に寄りかかりながら、カシュっと缶を開けてシチューを一口飲んだあと、宇佐美さんがまた話し始めた。
「アイツ、急に引っ越したとか言うから変だと思ったんだよね」
まさかミョウジと同棲するためだったとは思わなかった、と宇佐美さんが続けた。
「理由聞いても『別に』しか言わないし。でも普通理由もなく引っ越したりとかしないでしょ。自己都合だから全額自腹だし」
「ちょうど契約更新時期だったからって言ってましたよ?」
「あれ?知らないの?あいつ僕と同時期に引っ越したからまだ二年も経ってないよ」
「え……ど、どういうことですか?」
以前尾形さんが言っていたことと食い違っていて混乱してきた。どっちかが嘘を言っていて、どっちかが本当のことを言っている。宇佐美さんが今嘘をつくメリットなんて無いだろうから、尾形さんがついているのだろうか?いや、ただ適当なことを言って楽しんでるだけなのかも?ニヨニヨと動く唇と、困惑する私をじっくりと見てくる姿はそう見えなくもない。でももし本当のことを言っていたら?
「なんで尾形さんは嘘を?」
頭の中に浮かんだことを、気づいたら声に出していた。
「さぁね、自分で考えれば?」
あっという間に飲み終えたシチューをゴミ箱に入れ、ひらひらと手を振って宇佐美さんが去っていった。
契約更新が一年ごとだったとか?いや、どうだろう。ありえなくはないけど可能性は低いかもしれない。別に更新に合わせて引っ越さなくても良いと思うけど、よっぽどの理由がなければ、お金もかかるしそう何度も引っ越しなんてしたくないのが普通の感覚だろう。気分転換に模様替えをしたら落ち着かなさそうにしていたし、尾形さんは特に変化を嫌いそうだ。じゃあなんで、嘘までついて引っ越したんだろう?その疑問がずっと頭の中を占拠していて、午後の仕事はあまり捗らなかった。
*
「あの、尾形さん……」
お風呂から上がって、ソファーで肘置きに頬杖をつきながらニュース番組を興味なさげに眺めていた尾形さんに声をかけた。お互いお風呂も済ませてもうあとは寝るだけだ。このまま寝てしまったら確実にタイミングを逃してしまう。聞きづらいけど、聞かなかったら多分この先ずっとモヤモヤを抱えたまま生きていくことになりそうで、お風呂場で覚悟を決めてから出てきたものの、尾形さんの瞳がこちらを向いた途端、長風呂で固めたはずの覚悟がしおしおと萎んでなくなっていってしまった。
「あー……いや、やっぱり良いです……」
別にどうして引っ越したかなんて、そんなに重要じゃない。でも、嘘をつかれていたら。どんな理由であれ、嘘をつかれていたということと向き合うのがなんだか急に怖くなった。一旦このままうやむやにしておこうとしたら、「どうしたんだ」と尾形さんがテレビを消してこちらに体を向けてきた。どうしよう、もうこれ言うしかなくなっちゃった。えっと、と一度発声練習をするように声を絞り出してから、そのまま全てを一気に吐き出した。
「契約更新時期じゃないのに前のお家引き払ったのって本当ですか?」
尾形さんの体が、ピシッと音がするように固まったのが分かった。元々大きな目がより一層大きくなっている。呼吸も止まってしまったかのようにぴくりとも動かないことに心配になって「尾形さん……?」と声を掛ければ、ふっと金縛りが解けたように尾形さんが背もたれに寄りかかった。
「……宇佐美か」
「そう聞くってことは本当なんですね」
やっぱり、嘘つかれてたんだ。ざわざわと、さざ波のような波紋が心に広がっていく。
「なんでそんな嘘ついたんですか?」
「……一緒に住みたいと思ったから以外に何があるんだよ」
「えっ?!」
下ろされた前髪に隠されて見えづらいが、眉がぐぐっと顰められて眉間に深い皺が寄っている。台詞と表情が全然一致していないから、何を言われたのか理解するのにいつもよりも時間がかかった。
「え?わ、わざわざ、私と……?」
「文句あるのか」
「ないです、けど……」
「……けど?」
ムッとした顔で尾形さんが私を見上げてくる。上目遣いを通り越して完全にメンチを切られている。
「最初からそう言ってくれれば良いのに」
まるでチャックが閉められたように、尾形さんの口が真っすぐに閉ざされた。さっきまで私を睨み上げるように見ていた瞳も、あっちに行ったり、こっちに行ったりと色々な方向へと動き回っている。会社では杉元や宇佐美さん相手に良く回る口が、私相手になるとかなりの確率で閉ざされてしまうのが可愛いけれど、少しだけ寂しい。多分尾形さんの中にはたくさんの言葉と気持ちがあるのに、私に対して出てくるのはほんの一握りだけだ。尾形さんとの間の沈黙の時間も心地良いし、思慮深いというか、出す言葉を選んでいる所も好きだけど、私はもっと尾形さんのことが知りたい。今回のことだって、最初からそういってくれていたら、私はもっと嬉しかったと思う。
「私、思うんですけど、尾形さんはもっと言葉にすべきだと思うんですよ」
「……は?」
「会社の人もなんか誤解してるっぽいし」
「誤解?」
「怖い人だって」
全然そんなことないのに、と呟きながら尾形さんの横に腰を下ろした。
「私は、もっと尾形さんの考えてることを知りたいです」
例えば私がお菓子もらってるのが気に食わなかったとか、と笑いながら付け加えたら「うるせぇ忘れろ」と苦々しく尾形さんが言い放った。
「え〜?嫌です。嬉しかったんですもん」
腕に抱きつきながらもたれ掛かれば、尾形さんがふいっと顔を背けた。照れてるのも可愛い。
「ね、少しずつで良いので考えてることを言う練習しましょうよ」
「しない」
「ほら、折角なので、練習で何か言いたいことありませんか?恥ずかしいなら私が先に言います。」
「言わんで良い」
「言いますね。色々聞かれて大変ですけど、私は尾形さんと付き合ってることを隠さなくて良くなって、すっごく嬉しいです」
毎回ボロが出ないか、尾形さんに迷惑が掛からないかヒヤヒヤしながら言動に気をつけていたから、伸び伸びと話すことが出来るようになったのが本当に嬉しかった。根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だし、答えたくないような質問もたまに投げかけられるけど、それよりも何よりも、好きな人のことを隠さずに好きだと話せるのがこんなにも気持ちの良いことだったとは知らなかった。最近ひしひしと感じていたこの幸せな気持ちをいつか尾形さんにも伝えたかったので、今伝えることができて良かった。
「はい、今度は尾形さんの番ですよ」
ゆさゆさと腕を掴んで揺すれば「やめろ」と頭をガシッと掴まれた。途端に動けなくなってしまえば、大きな手が今度は私の頭をわしゃわしゃと撫でまわし始めた。これで私が満足すると思ったのだろうか。嬉しいけど。わしゃわしゃされるの好きだけど。流されませんよと伝えるためにぎゅっとまた腕に抱き着き直せば、尾形さんの手が止まった。
「私は尾形さんの言葉、ちゃんと全部受け止めますよ。だから今考えてることで、私に言いたいことありませんか?」
「別に……」
口ではそう言いつつも、尾形さんは私を見ては視線を外し、また私の方を見てくる。何か言いたそうだ。薄っすらと開いた唇に鼓動が早まったら、開き切る前にまたすぐに尾形さんの唇がぎゅっと結ばれて、その様子が可愛くて小さな笑いが漏れた。これは長期戦になるかもしれない。ココアでも淹れてゆっくりと向き合っていこうかと腰を上げたら、物凄い力で腕を引っ張られまたソファーへと沈んでしまった。
「おっ、尾形さん?」
私の腕は、尾形さんに掴まれたままだ。少し強めに掴まれていて、採血の前みたいに血流が滞っている感じがある。やっぱり何か言いたげに彷徨っている黒くて綺麗な瞳を眺めていると、ついに尾形さんが私を真っ直ぐに見つめてきた。
「……結婚、するか」
低くて、小さな声だった。隣に座っていなければ、多分聞き逃していたくらい。
「……しないならいい」
「っ、する!」
立ちあがろうとした尾形さんを、今度は私が掴んでソファーに引き戻した。
「します、したいですっ、わたし、わたっ……!」
胸がつかえて上手く話せない。涙もボロボロと流れてきて、尾形さんがギョッと目を見開いた。こんなに感情を出している尾形さんはレアだから目に焼き付けておきたかったのに、溢れてくる涙のせいでどんどん視界がぐにゃぐにゃと歪んでいく。
「そんなにか」
「ぞんなに、でず、よぉっ……」
テーブルの上のティッシュを渡されぐちょぐちょな顔面を拭いてみたのに、拭いても拭いても濡れたままだ。左頬に何かティッシュの破片が付いている感じがするけど上手く取れなくてゴシゴシと擦っていると手を掴まれた。尾形さんの指先が伸びてきて、ちょんっと頬を摘まれた感触がした。離れていったその指先には、擦られ細長くなったティッシュの残骸がついていた。
「情けねぇ顔だな」
「だってぇ……私ばっかり、好きだと、思ってたからぁ……」
この間だってやきもちを焼いてくれたけど、私の好きは多分尾形さんの好きよりもだいぶ重くて多いんだと思ってたから。それに何か言いたいことありますか、と聞いてまさか結婚するかなんて言われるなんて思ってなかったから。お風呂上がりの無防備な心に奇襲をかけられ、自分でもびっくりするほど次から次へと涙が溢れてくる。
「お前こそ、いつも色んな奴らに囲まれてるだろ」
「そんなことっ、ないですよ……っていうかいまそれ、関係ありますか……」
「ある」
尾形さんがまた私に手を伸ばしてきて、親指でゆっくりと目元を拭ってきた。反射的に閉じた目蓋をまた開けば、滲んだ視界でも分かるくらいに尾形さんは真っ直ぐに私を見てきていた。
「嘘を、ついてまで一緒に……住みたいと思ったのは……」
「うん」
「……ナマエを、もっと、独り占めしたかったから」
「えっ」
杉元とか他部署の人とか学生時代の友人とか、尾形さんから見た私は交友関係が広くていつも楽しそうにしている、らしい。だからもっと私たち二人だけの時間が欲しかった、と所々つっかえながらも尾形さんがゆっくりと話してくれた。
「俺には……ナマエしかいないのに」
「なんですかそれぇ……私だって尾形さんしかいませんよぉ……」
「そんなことないだろ」
「だって、尾形さんと他の人たちは全然ちがうから……別腹みたいなものだし……」
「俺にはその別腹もないんだよ」
頬をむぎゅっと強めに両手で挟まれた。その後もおもちゃを楽しむように何度も私の頬を挟んでくるから、少しずつ涙も引いてきた。同時に余裕も生まれて、あることが頭に浮かんだ。
「ふふ、指輪はないんですか?」
「……ない。本当は今言うつもりじゃなかった」
クソ、と小さく悪態をついて唸りながらガシガシと髪を掻いた尾形さんの耳は、ちょっと赤かった。
「いつ言うつもりだったんですか?」
「いつでも良いだろ」
「あっもしかして来月の付き合った記念日とか?」
なんの考えもなしに口にしたら、むすっと尾形さんが黙り込んだので「え?!本当に?!」とお腹の底から大きな声が出てしまった。全然気づいてなかった。尾形さんが、サプライズを計画してくれていた。その事実に、新しく溢れ出した涙がまた頬を濡らしてくのを感じた。
「代わりと言っちゃなんだが……」
おもむろに、尾形さんが私の左手を取った。代わりって何だろう、指切りでもするのかな、と私の左手の行く末を見守っていたら、気づいた時には薬指に尾形さんが唇を寄せていた。
「えっ、えっ?!」
「予約済だ」
「よっ……?!」
「週末買いに行くから空けとけ」
まだ唇の感触が残る左薬指を凝視して、また目頭が火傷するみたいに熱くなった。どうしよう、泣きすぎて明日会社に行けないかもしれない。行ったとしても、今日この瞬間のことを思い出して、絶対に使い物にならない。
「どんだけ泣くんだお前は」
「だって……尾形さん、だいすき……」
だいすきです、とまた口走ろうとした唇が動かなかった。さっき薬指に感じた物が、私の唇と重なっていた。左頬から耳に添えられた手のひらは、いつもよりも汗ばんでいて熱かった。そのくせ指先は冷たくて、泣きすぎだとか色々言っているけど尾形さんも緊張していたことが分かった。
「んっ……」
角度を変えて、尾形さんが何度も何度も優しく唇を重ねてくる。もっと言葉にしてほしい、とついさっき言ったばかりだけど、互いの息遣いを感じながら、優しくて愛おしいキスに浸っていると、言葉なんてなくても今の尾形さんの気持ちは痛いほどに伝わってきた。最後に唇をぺろっと舐めて、しょっぱいと目と鼻の先で小さく笑った尾形さんに目一杯抱きついた。
「結婚……?!マジで?!おめでとう!尾形と、ってのが正直気に食わないけどまあ愛されてるもんな、ミョウジ」
「愛されてるって……何それ恥ずかしい」
「早く振られろ!って言ったらめちゃくちゃダメージ受けてたし、変な奴らがつかないようにミョウジに彼氏が居るらしいって噂を自分で流してたからなぁ」
「えっ?」
「えっ……?あっ、やべっ」
あとがき
2025.03.23
尾形さんと私が付き合っていて同棲をしていることは、瞬く間に社内で広まった。誰が広めたのかは言わずもがな、あのプロジェクトマネジメント部の人しかいないだろう。すぐ特定できる状況なのに良く広められるな、やっぱり碌な人間じゃなかったな、とあの人の評価が私の中でまたガクッと急降下した。
「ねぇ、尾形さんと付き合ってるって本当?」
もぐもぐと咀嚼する口元を隠しながら「うん」と同期の質問に答えた。朝からバタバタしていてお昼をだいぶ過ぎたこの時間にやっと昼休憩を取ることができた。自動販売機横の誰もいないこぢんまりとしたカフェスペースで惣菜パンを食べていたら、通りすがりの同期が声をかけてきたのだ。何だかいつもよりも少しそわそわしてるな、と不思議に思っていたら尾形さんの名前が出たので、初めから私たちのことについて聞きたくて声をかけてきたらしい。
「尾形さんってさ、怖くない……?」
「そんなことないよ?誤解されやすい人だけど」
「家だとどんな感じなの?」
「どんな……普通だよ、いつもとあんまり変わらないと思う」
普段は上がっている前髪が下ろされて、ちょっとよれたTシャツでぽやぽやとした顔で寝室から出てくる休日の尾形さんが一瞬頭を過ったけど、教えたくなくて平然と嘘をついてしまった。ごめんね、でもこれは私だけが知っていたいことだから、と心の中で同期に手を合わせて謝った。
「二人だけの時とかってさ、何話すの?」
「……なんだろう?」
「え、ちゃんと話してる?」
「話してるよ。でも色々話すから何話したかなんて一々覚えてないよ」
むぅ、と不満げに見つめればごめんごめんと笑われて、時計を確認した同期が「また今度色々聞かせてね」と残して足早に去っていった。
尾形さんと付き合っていることが周りにバレてからというものの、私はこうやって尾形さんとの関係について部署内外の色々な人から声を掛けられることが多くなった。「付き合ってどれくらい?」「どっちから告白したの?」「尾形さんになんて呼ばれてるの?」などなど、みんな尾形さんには聞きづらい分、多分私に聞いてきている。その中でも「尾形さんって何が好きなの?」とか、結構尾形さん自身についての質問も多かった。みんなそんなに尾形さんのことが気になるんだろうか。もういっそ掲示板にでも良くある質問と回答一覧でも貼っておこうか。
「百之助と付き合ってるってマジ?」
「わっ、びっくりした……!」
音もなく、いつの間にか自販機の横に宇佐美さんが居た。総菜パンで詰まりそうになった喉をお茶で流し込んでどうにか頷けば、宇佐美さんが「へぇ〜」と心底面白そうに特徴的な唇をニヤニヤと動かし始めた。口の横の二つの黒子が良く動いているから余計に口元の動きが強調されているような気がする。
「物好きだねミョウジも」
宇佐美さんがピッと最近自販機に追加された温かいクリームシチューのボタンを押した。そのチョイスも中々物好きな気がする。誰が買うんだろうこれ、と思ってたけどまさか宇佐美さんだったとは。美味しいのか聞こうとするよりも、宇佐美さんが振り返るのが先だった。
「質問攻めにされて大変なんじゃない?」
「そうなんですよ、そんなに変ですか?私たちが付き合ってるのって」
「そりゃあ、あの百之助に彼女がいること自体信じられないのに相手がミョウジだから更に驚いてるんでしょ」
「えっ……私じゃ釣り合わないってことですか?」
「逆だろどう考えても、鈍感だな本当に」
はーやれやれとシチュー片手に大袈裟に首を振られて、ため息まで吐かれてしまった。「彼女がいること自体信じられない」と宇佐美さんは言っていたけど、私はその昔、尾形さんに普通に彼女がいると思っていたので、いないと分かってから勇気を振り絞って猛アタックをかました人間なので、いまいちピンと来なかった。
「どう考えたって他に良い奴居るでしょ、あんなハナタレ小僧よりも」
「そうですか?私は尾形さんのこと大好きですよ」
「はいはい」
っていうかハナタレって。尾形さんのどの辺りがハナタレ小僧なんだろう。クールで落ち着いていて、カッコいい人なのに。たまに寝ぼけてる時に擦り寄ってくるのは猫ちゃんっぽくて可愛いけど、ハナタレって感じではないし。あの姿は思い出すだけでも、ゆるゆると頬が緩んでしまう。やっぱり同期で付き合いも長いと、私がまだ知らない色んな尾形さんのことを知ってるんだろうか。それはかなり羨ましい。自販機に寄りかかりながら、カシュっと缶を開けてシチューを一口飲んだあと、宇佐美さんがまた話し始めた。
「アイツ、急に引っ越したとか言うから変だと思ったんだよね」
まさかミョウジと同棲するためだったとは思わなかった、と宇佐美さんが続けた。
「理由聞いても『別に』しか言わないし。でも普通理由もなく引っ越したりとかしないでしょ。自己都合だから全額自腹だし」
「ちょうど契約更新時期だったからって言ってましたよ?」
「あれ?知らないの?あいつ僕と同時期に引っ越したからまだ二年も経ってないよ」
「え……ど、どういうことですか?」
以前尾形さんが言っていたことと食い違っていて混乱してきた。どっちかが嘘を言っていて、どっちかが本当のことを言っている。宇佐美さんが今嘘をつくメリットなんて無いだろうから、尾形さんがついているのだろうか?いや、ただ適当なことを言って楽しんでるだけなのかも?ニヨニヨと動く唇と、困惑する私をじっくりと見てくる姿はそう見えなくもない。でももし本当のことを言っていたら?
「なんで尾形さんは嘘を?」
頭の中に浮かんだことを、気づいたら声に出していた。
「さぁね、自分で考えれば?」
あっという間に飲み終えたシチューをゴミ箱に入れ、ひらひらと手を振って宇佐美さんが去っていった。
契約更新が一年ごとだったとか?いや、どうだろう。ありえなくはないけど可能性は低いかもしれない。別に更新に合わせて引っ越さなくても良いと思うけど、よっぽどの理由がなければ、お金もかかるしそう何度も引っ越しなんてしたくないのが普通の感覚だろう。気分転換に模様替えをしたら落ち着かなさそうにしていたし、尾形さんは特に変化を嫌いそうだ。じゃあなんで、嘘までついて引っ越したんだろう?その疑問がずっと頭の中を占拠していて、午後の仕事はあまり捗らなかった。
*
「あの、尾形さん……」
お風呂から上がって、ソファーで肘置きに頬杖をつきながらニュース番組を興味なさげに眺めていた尾形さんに声をかけた。お互いお風呂も済ませてもうあとは寝るだけだ。このまま寝てしまったら確実にタイミングを逃してしまう。聞きづらいけど、聞かなかったら多分この先ずっとモヤモヤを抱えたまま生きていくことになりそうで、お風呂場で覚悟を決めてから出てきたものの、尾形さんの瞳がこちらを向いた途端、長風呂で固めたはずの覚悟がしおしおと萎んでなくなっていってしまった。
「あー……いや、やっぱり良いです……」
別にどうして引っ越したかなんて、そんなに重要じゃない。でも、嘘をつかれていたら。どんな理由であれ、嘘をつかれていたということと向き合うのがなんだか急に怖くなった。一旦このままうやむやにしておこうとしたら、「どうしたんだ」と尾形さんがテレビを消してこちらに体を向けてきた。どうしよう、もうこれ言うしかなくなっちゃった。えっと、と一度発声練習をするように声を絞り出してから、そのまま全てを一気に吐き出した。
「契約更新時期じゃないのに前のお家引き払ったのって本当ですか?」
尾形さんの体が、ピシッと音がするように固まったのが分かった。元々大きな目がより一層大きくなっている。呼吸も止まってしまったかのようにぴくりとも動かないことに心配になって「尾形さん……?」と声を掛ければ、ふっと金縛りが解けたように尾形さんが背もたれに寄りかかった。
「……宇佐美か」
「そう聞くってことは本当なんですね」
やっぱり、嘘つかれてたんだ。ざわざわと、さざ波のような波紋が心に広がっていく。
「なんでそんな嘘ついたんですか?」
「……一緒に住みたいと思ったから以外に何があるんだよ」
「えっ?!」
下ろされた前髪に隠されて見えづらいが、眉がぐぐっと顰められて眉間に深い皺が寄っている。台詞と表情が全然一致していないから、何を言われたのか理解するのにいつもよりも時間がかかった。
「え?わ、わざわざ、私と……?」
「文句あるのか」
「ないです、けど……」
「……けど?」
ムッとした顔で尾形さんが私を見上げてくる。上目遣いを通り越して完全にメンチを切られている。
「最初からそう言ってくれれば良いのに」
まるでチャックが閉められたように、尾形さんの口が真っすぐに閉ざされた。さっきまで私を睨み上げるように見ていた瞳も、あっちに行ったり、こっちに行ったりと色々な方向へと動き回っている。会社では杉元や宇佐美さん相手に良く回る口が、私相手になるとかなりの確率で閉ざされてしまうのが可愛いけれど、少しだけ寂しい。多分尾形さんの中にはたくさんの言葉と気持ちがあるのに、私に対して出てくるのはほんの一握りだけだ。尾形さんとの間の沈黙の時間も心地良いし、思慮深いというか、出す言葉を選んでいる所も好きだけど、私はもっと尾形さんのことが知りたい。今回のことだって、最初からそういってくれていたら、私はもっと嬉しかったと思う。
「私、思うんですけど、尾形さんはもっと言葉にすべきだと思うんですよ」
「……は?」
「会社の人もなんか誤解してるっぽいし」
「誤解?」
「怖い人だって」
全然そんなことないのに、と呟きながら尾形さんの横に腰を下ろした。
「私は、もっと尾形さんの考えてることを知りたいです」
例えば私がお菓子もらってるのが気に食わなかったとか、と笑いながら付け加えたら「うるせぇ忘れろ」と苦々しく尾形さんが言い放った。
「え〜?嫌です。嬉しかったんですもん」
腕に抱きつきながらもたれ掛かれば、尾形さんがふいっと顔を背けた。照れてるのも可愛い。
「ね、少しずつで良いので考えてることを言う練習しましょうよ」
「しない」
「ほら、折角なので、練習で何か言いたいことありませんか?恥ずかしいなら私が先に言います。」
「言わんで良い」
「言いますね。色々聞かれて大変ですけど、私は尾形さんと付き合ってることを隠さなくて良くなって、すっごく嬉しいです」
毎回ボロが出ないか、尾形さんに迷惑が掛からないかヒヤヒヤしながら言動に気をつけていたから、伸び伸びと話すことが出来るようになったのが本当に嬉しかった。根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だし、答えたくないような質問もたまに投げかけられるけど、それよりも何よりも、好きな人のことを隠さずに好きだと話せるのがこんなにも気持ちの良いことだったとは知らなかった。最近ひしひしと感じていたこの幸せな気持ちをいつか尾形さんにも伝えたかったので、今伝えることができて良かった。
「はい、今度は尾形さんの番ですよ」
ゆさゆさと腕を掴んで揺すれば「やめろ」と頭をガシッと掴まれた。途端に動けなくなってしまえば、大きな手が今度は私の頭をわしゃわしゃと撫でまわし始めた。これで私が満足すると思ったのだろうか。嬉しいけど。わしゃわしゃされるの好きだけど。流されませんよと伝えるためにぎゅっとまた腕に抱き着き直せば、尾形さんの手が止まった。
「私は尾形さんの言葉、ちゃんと全部受け止めますよ。だから今考えてることで、私に言いたいことありませんか?」
「別に……」
口ではそう言いつつも、尾形さんは私を見ては視線を外し、また私の方を見てくる。何か言いたそうだ。薄っすらと開いた唇に鼓動が早まったら、開き切る前にまたすぐに尾形さんの唇がぎゅっと結ばれて、その様子が可愛くて小さな笑いが漏れた。これは長期戦になるかもしれない。ココアでも淹れてゆっくりと向き合っていこうかと腰を上げたら、物凄い力で腕を引っ張られまたソファーへと沈んでしまった。
「おっ、尾形さん?」
私の腕は、尾形さんに掴まれたままだ。少し強めに掴まれていて、採血の前みたいに血流が滞っている感じがある。やっぱり何か言いたげに彷徨っている黒くて綺麗な瞳を眺めていると、ついに尾形さんが私を真っ直ぐに見つめてきた。
「……結婚、するか」
低くて、小さな声だった。隣に座っていなければ、多分聞き逃していたくらい。
「……しないならいい」
「っ、する!」
立ちあがろうとした尾形さんを、今度は私が掴んでソファーに引き戻した。
「します、したいですっ、わたし、わたっ……!」
胸がつかえて上手く話せない。涙もボロボロと流れてきて、尾形さんがギョッと目を見開いた。こんなに感情を出している尾形さんはレアだから目に焼き付けておきたかったのに、溢れてくる涙のせいでどんどん視界がぐにゃぐにゃと歪んでいく。
「そんなにか」
「ぞんなに、でず、よぉっ……」
テーブルの上のティッシュを渡されぐちょぐちょな顔面を拭いてみたのに、拭いても拭いても濡れたままだ。左頬に何かティッシュの破片が付いている感じがするけど上手く取れなくてゴシゴシと擦っていると手を掴まれた。尾形さんの指先が伸びてきて、ちょんっと頬を摘まれた感触がした。離れていったその指先には、擦られ細長くなったティッシュの残骸がついていた。
「情けねぇ顔だな」
「だってぇ……私ばっかり、好きだと、思ってたからぁ……」
この間だってやきもちを焼いてくれたけど、私の好きは多分尾形さんの好きよりもだいぶ重くて多いんだと思ってたから。それに何か言いたいことありますか、と聞いてまさか結婚するかなんて言われるなんて思ってなかったから。お風呂上がりの無防備な心に奇襲をかけられ、自分でもびっくりするほど次から次へと涙が溢れてくる。
「お前こそ、いつも色んな奴らに囲まれてるだろ」
「そんなことっ、ないですよ……っていうかいまそれ、関係ありますか……」
「ある」
尾形さんがまた私に手を伸ばしてきて、親指でゆっくりと目元を拭ってきた。反射的に閉じた目蓋をまた開けば、滲んだ視界でも分かるくらいに尾形さんは真っ直ぐに私を見てきていた。
「嘘を、ついてまで一緒に……住みたいと思ったのは……」
「うん」
「……ナマエを、もっと、独り占めしたかったから」
「えっ」
杉元とか他部署の人とか学生時代の友人とか、尾形さんから見た私は交友関係が広くていつも楽しそうにしている、らしい。だからもっと私たち二人だけの時間が欲しかった、と所々つっかえながらも尾形さんがゆっくりと話してくれた。
「俺には……ナマエしかいないのに」
「なんですかそれぇ……私だって尾形さんしかいませんよぉ……」
「そんなことないだろ」
「だって、尾形さんと他の人たちは全然ちがうから……別腹みたいなものだし……」
「俺にはその別腹もないんだよ」
頬をむぎゅっと強めに両手で挟まれた。その後もおもちゃを楽しむように何度も私の頬を挟んでくるから、少しずつ涙も引いてきた。同時に余裕も生まれて、あることが頭に浮かんだ。
「ふふ、指輪はないんですか?」
「……ない。本当は今言うつもりじゃなかった」
クソ、と小さく悪態をついて唸りながらガシガシと髪を掻いた尾形さんの耳は、ちょっと赤かった。
「いつ言うつもりだったんですか?」
「いつでも良いだろ」
「あっもしかして来月の付き合った記念日とか?」
なんの考えもなしに口にしたら、むすっと尾形さんが黙り込んだので「え?!本当に?!」とお腹の底から大きな声が出てしまった。全然気づいてなかった。尾形さんが、サプライズを計画してくれていた。その事実に、新しく溢れ出した涙がまた頬を濡らしてくのを感じた。
「代わりと言っちゃなんだが……」
おもむろに、尾形さんが私の左手を取った。代わりって何だろう、指切りでもするのかな、と私の左手の行く末を見守っていたら、気づいた時には薬指に尾形さんが唇を寄せていた。
「えっ、えっ?!」
「予約済だ」
「よっ……?!」
「週末買いに行くから空けとけ」
まだ唇の感触が残る左薬指を凝視して、また目頭が火傷するみたいに熱くなった。どうしよう、泣きすぎて明日会社に行けないかもしれない。行ったとしても、今日この瞬間のことを思い出して、絶対に使い物にならない。
「どんだけ泣くんだお前は」
「だって……尾形さん、だいすき……」
だいすきです、とまた口走ろうとした唇が動かなかった。さっき薬指に感じた物が、私の唇と重なっていた。左頬から耳に添えられた手のひらは、いつもよりも汗ばんでいて熱かった。そのくせ指先は冷たくて、泣きすぎだとか色々言っているけど尾形さんも緊張していたことが分かった。
「んっ……」
角度を変えて、尾形さんが何度も何度も優しく唇を重ねてくる。もっと言葉にしてほしい、とついさっき言ったばかりだけど、互いの息遣いを感じながら、優しくて愛おしいキスに浸っていると、言葉なんてなくても今の尾形さんの気持ちは痛いほどに伝わってきた。最後に唇をぺろっと舐めて、しょっぱいと目と鼻の先で小さく笑った尾形さんに目一杯抱きついた。
「結婚……?!マジで?!おめでとう!尾形と、ってのが正直気に食わないけどまあ愛されてるもんな、ミョウジ」
「愛されてるって……何それ恥ずかしい」
「早く振られろ!って言ったらめちゃくちゃダメージ受けてたし、変な奴らがつかないようにミョウジに彼氏が居るらしいって噂を自分で流してたからなぁ」
「えっ?」
「えっ……?あっ、やべっ」
あとがき
牽制する尾形続編です。前回書けなかった尾形の可愛い所(夢主のことが大好きで嘘ついてまで同棲したいくせに素直になれない所とか)をたくさん詰め込みました。個人的に現パロ尾形はめちゃくちゃ難しくて正解が分からなくて、毎回どうやって尾形らしさを残しつつ現代に合わせてマイルドにするかひぃひぃ言いながら考えて書いているので、続編が見たいと言ってもらえて本当に嬉しかったです!!これからも尾形夢を増やせていけたら良いなと思ってます!すしこ様、この度はリクエストありがとうございました!!
2025.03.23
