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※付き合う前のお話です
「白石由竹です。独身、付き合ったら一途で情熱的です」
変な人が来た。
凛々しい顔で手を差し出してきた男の人──白石さんは、坊主頭によれたTシャツとハーフパンツとサンダルという、この辺りで働いているオフィスワーカーには見えない風体をしていた。多分初めて来店した人だ。キラキラと輝く、期待に満ち満ちた瞳が眩しい。ほんのりと面倒な雰囲気を感じ取り、差し出された手を無視して営業スマイルを向けた。
「そうなんですね。ご注文は?」
「恋のオーダーを──」
「あっ、そういうのは当店では取り扱ってないですねぇ」
「くぅ~!」
途中で遮られたというのに、白石さんは何故かパチンと頭を叩いて嬉しそうに笑っている。冷やかしなら帰ってほしいんだけどな。かき入れ時のランチタイムを過ぎてから、この一時間ほどお客さんが一人も来ていなくて暇ではあったけど、だからといって面倒なお客さんの相手をするのは極力避けたい。接客業をしているけど、私は調子良く面白いことを言ったり、上手く躱したりするのが苦手だからだ。
「ちょっと待ってね」
早く注文するか退店するかしてくれないだろうかと、貼り付けた営業スマイルで白石さんを見つめていると、笑いながらごそごそとハーフパンツのポケットを探り始めた。「あれ?」と首を傾げたりしながら両方のポケットをひっくり返した後に「あったあった」と何か白い物が差し出された。
「実はここのオーナーと知り合いでさ、一杯奢ってくれるって言うから来たんだ」
人差し指と中指の間に挟まれていたのは、所々折れた名刺だった。「大沢房太郎」と書かれた名刺は、確かに私がオーナーと出会った時に渡された物と同じ物だ。「俺の名刺持ってるやつには一杯無料で出していいよ」と言われているので、なるほどと頷いて、カウンター上のメニューの説明をし始めた。季節の飲み物はオレンジジュースとエスプレッソが二層になったアイスオレンジコーヒーだ。試行錯誤の末にようやく出来上がった自信作なのだけど、皆さんオレンジジュースとコーヒーが本当に合うのか訝しんでいるらしく、いかんせん売れ行きが良くない。あわよくば売れて欲しいと思いながら「おすすめはこちらです」と季節のメニューへの誘導を試みた。
「んー……俺こういうのあんまり良く分からないんだけど、一番腹が膨れるやつだとどれになるの?」
「お腹が膨れる、ですか……カロリー高めならこちらのチョコか、抹茶のフラッペですね」
腹が膨れるやつ、という注文は初めて受けたなと思いながらメニューを指差した。
「じゃあチョコで!」
「はい、では少々お待ちください」
はーい、と間延びした陽気な声が返ってくるのが新鮮だ。その後も「金欠でさぁ、房太郎に昨日金貸してって言ったら断られたんだよねぇ」などと一人で色々話しているのを聞きながら、チョコレートフラッペを作り始める。ガガガガガと氷を砕くうるさいミキサーの音が響いても、白石さんはお構いなしに何かを話し続けているようだった。
「あの、ホイップクリームマシマシ……じゃなくて、増量もできますけど、どうしますか?」
「えっいいのぉ?じゃあマシマシで!ついでにナマエちゃんの愛情もマシマシで!」
「そうですねぇ〜」
なんで私の名前を知っているんだろうと思いながら適当に相槌を打っていると「なんだかラーメンみたいだね」と笑われて少しだけ耳が熱を持った。「マシマシ」と杉元さんがいつも言っていたから、いつの間にかそれがうつってしまっていた。先ほど作った細かい氷混じりのチョコドリンクの上に、蓋が閉まらないほどにギュッとたっぷりのホイップを絞ったら完成だ。
「お待たせしました。チョコフラッペホイップアイジョウマシマシです」
「ありがと~!」
嬉しそうにドリンクを受け取った白石さんが早速ストローに吸い付いた。
「……っ、かぁ~!生き返るッ!」
まるで仕事終わりにキンキンに冷えたビールを飲んだような反応に思わず笑ってしまった。ズズズとどんどんフラッペがなくなっていく。その様子を見ているうちに、金欠と言っていたり、一番お腹が膨れる物が良いと言っていたり、もしかして満足にご飯を食べられていないのでは……?という心配が大きくなっていく。私が心配することではないのかもしれないけど、なんだか気になってしまって、カウンター横に置いてある焼き菓子のバスケットを手に取った。
「あの、良かったらこれもどうぞ」
「えっ……ナマエちゃんもしかして、俺のこと……!」
「オーナー持ちにしますので、この中からお好きなのを選んでください」
「あっそういう……」
肩を落としたのも一瞬で、白石さんはバスケットの中身をいくつか確認したあとにフィナンシェを二つ、ポケットに入れた。
「房太郎のやつ、こんな良い店持ってるなんて知らなかった。金があったら毎日でも通うんだけどなぁ」
「白石さんはオーナーとはどういう?」
「んー……」
内緒。ニッと笑った白石さんは、今までとは少しだけ雰囲気が違った。ほんのりと体感温度が下がったような、そんな気がした。オーナーは昔少しヤンチャしていた、らしい。ヤンチャという言葉で片付けて良いのか分からないが、事業を育てるために色々グレーなことをしていたとか。その時のお友達なのだろうか。飄々とした雰囲気とか、たまに見せる危うい感じが似ている気がする。
「それよりもナマエちゃんは彼氏いるの?」
「あ、えっと……すみません、そういうのはお答えできません」
「好きな人は?」
一瞬、ある人物が脳裏に過って返事が遅れた。
「……居るんだ?」
「……べつに、居ません」
「えぇ〜誰〜?」
少女漫画さながらに、白石さんが両手で頬杖をつきながらきゅるんと艶々とした瞳で聞いてくる。この感じをどこかで……と思ってすぐに気づいた。杉元さんだ。杉元さんも良くこうやって私から恋バナを引き出そうとしてくる。でも常連の杉元さんならまだしも、初対面でこんな話を振られるのは流石に気まずい。どう切り抜けようかと思案していたら、運が良いのか丁度杉元さん本人が店内に入ってきて、普段よりも大きな挨拶で迎えてしまった。
「……ゲッ、白石?」
「えっ杉元?どうしたんだよ」
「会社が近くなんだよ。お前こそなんでここに……」
「お知り合いなんですか?」
「まあ……」
親しそうな雰囲気なのに、なんだか奥歯に物が挟まったような言い方だ。白石さんは相変わらずニコニコしながら「世界って案外狭いよねぇ」と言って既に三分の一ほどになったフラッペを啜っている。
「ミョウジさんコイツに変なことされなかった?」
「するわけないじゃんねぇ?ナマエちゃんと俺の仲なんだから」
「えっ、お前、そんな前から通ってんの?」
「いえ、今日初めていらっしゃいました」
何なんだよお前、と呆れ顔で杉元さんがため息をついた。
「あ!てことはお前が良く話してるカフェの子ってナマエちゃんか!」
「……良く話してる?」
「やめろ白石!!」
「ナマエちゃんが可愛いって話」
白石さんが「ピュウッ」と口で言いながらこちらを撃つ仕草をして、星が飛んできたように見えた。「余計なこと言うな」とか「別に良いだろ」とか言い合いをしている杉元さんと白石さんを見ながらパチパチと瞬きをしていると、カランカランとまたドアベルの音が響いた。
「……混んでいるな」
入ってきたのは鯉登さんと月島さんだった。狭い店内にお客さんが4人もいることは中々なくて、しかも白石さん以外は筋肉や背丈が平均以上な人たちばかりだから結構な圧迫感だ。
「さすが、ナマエちゃんのお店人気だね」
「……ナマエ、ちゃん?」
ピクっと鯉登さんの凛々しい眉が上がって、鋭い視線を向けられた白石さんがするりと杉元さんの後ろに隠れてしまった。不穏な雰囲気に慌てて「杉元さんとオーナーのお知り合いです」と口を挟んだら、「そうか」と幾分か雰囲気が柔らかくなった鯉登さんが短く返してきた。
「……あっ、そういう感じ?」
杉元さんの陰でフラッペを飲み進めている白石さんが、ニヤニヤしながら呟いた言葉は聞こえなかったふりをした。注文はどうされますか?と杉元さんと鯉登さん達を交互に見ていると、急に白石さんが杉元さんの背中を押し始めた。
「ほらほら杉元、お邪魔虫たちは退散するぜ」
「はぁ!?俺まだ注文もしてないんだけど!?この一杯を楽しみに今日仕事頑張ってたんだよ!」
「我儘だな、もうっ!ほらこの焼き菓子やるから」
「それ絶対ミョウジさんから貰ったやつだろ」
どうやって自分より体の大きい杉元さんを動かしているのか分からないけど、杉元さんをズルズルと押しながら白石さんが出入口へと近づいて行く。二人と入れ替わるように鯉登さんと月島さんが店内奥へと移動して、ドアの周りにスペースを作った。
「じゃあまた来るねナマエちゃん、次はちゃんと金払って買いにくるから!」
「二度と来んな白石!」
わあわあぎゃあぎゃあと賑やかな白石さんと杉元さんが退店して、残された私たちは随分と静かになった店内で顔を見合わせた。
「待て、今『次はちゃんと金を払って買いにくる』と言っていたか……?まさか無銭飲食か!?」
「いえ、オーナーの名刺を持っている人にはドリンクを一杯サービスしてるんです」
「そ、そうか……あのフィナンシェは?」
「あれは今度オーナーに払ってもらおうと思います」
白石さんにもそう伝えたけど、フィナンシェ2個だし、正直サービスでも良いのだけど、きっとそんなことを言ったらまた「ナマエは安売りしすぎだ」と怒られてしまいそうだったのでそういうことにしておいた。
「ああいうのはあまり許しすぎると調子に乗るから気をつけた方が良い」
「そうですか……?面白い人でしたけどね。一番お腹が膨れる飲み物が良いって注文は初めて受けました」
独身、付き合ったら一途で情熱的です、と言っていたのも思い出して笑いが込み上げてくる。言われた瞬間は困ったけど、突拍子もない自己紹介は今になると印象的で、人の懐に入るのが上手そうな白石さんのテクニックのようなものなのかもしれない。私には逆立ちしたってできないことだけど、あのガッツは少しだけ見習いたいなと思った。
「……ああいうのが良いのか?」
「え?」
「あ、ああいう……ちゃらんぽらん、な感じの男が……良いのか?」
「え!?いや、面白いなと思いますけど私はもっと……」
否定した勢いで色々言いそうになった口を、慌ててばちんっと右手で押さえて無理矢理止めた。いま何を言おうとしたのだろう、私は。
「もっと、何だ?」
鯉登さんがずいっとカウンターから身を乗り出す勢いで顔を近づけてきた。逃げようとしても右手首を掴まれて、手のひらが口から剥がされた上に身動きができなくなる。真っ直ぐに見つめてくる瞳にどくっ、どくどくどくどく……と心臓が跳ねる音が耳元で加速していく。掴まれた手首からジンジンと麻痺したように、痒いような痛いような、ムズムズとした感覚が上ってくる。腕を引こうとしても鯉登さんに強く掴まれて、答えるまで離さないという強い意志が伝わってくる。相変わらず真っ直ぐに私を見つめてくる瞳に観念して、言葉を選びながら恐る恐る口を開いた。
「も、もっと誠実で……真面目で、一途な人が良いです……」
鯉登さんみたいな、というのを心の中で付け加えた。汗がぶわっと噴き出してきて暑い。気になっている人の前で好きなタイプを言わせられるなんてどんな羞恥プレイだ。鯉登さんは少しだけ口角を上げながら「なるほど」なんて呟いている。
「私は一途だ」
「……はい」
重々承知しています、とまた心の中で呟いた。
「誠実で、真面目だと自負している」
「そ、そうなんですね」
もちろん、鯉登さんのことを思いながら選んだ言葉だから当てはまっているのは当たり前なのだけど、これだけ自分に当てはまっているとアピールできるその自信は、一体どこから湧いてくるのだろう。誠実で、真面目で、一途で、自信家で、お金も地位もあって。つくづくどうしてこんなにもスペックの高い人が私に構っているのか分からなくなる。
「私の好みも知りたいか?」
「い、いえ、結構です……」
「私は──」
「結構ですって……!」
汗が背中を伝っていく。恥ずかしさで全身の血液が沸騰しそうだ。「大丈夫です」「結構です」と何度も断っているのに、まるで何も聞こえていないふうに鯉登さんは嬉しそうに私を見つめてくる。そしてついに、掴まれたままだった右手を、鯉登さんがしっかりと両手で握りしめてきた。
「財布を拾った上にコーヒーまで一杯サービスしてくれるほどに優しくて、笑顔が可愛くて、カウンターの角に良く体をぶつけたりしている、少し抜けている女性が好きだ」
両手で手を握り込まれながら言われて、うう……とうめき声が漏れ出た。
「あと、採算度外視でサービスをしがちで、恥ずかしがり屋で──」
「も、いいです……!分かりましたからっ……」
離してください、と言ったつもりの言葉は不明瞭にモゴモゴと口の中で崩れていった。致死量の愛を浴びせられて、今にでも白目を剥いてぶくぶくと泡を吹いて倒れそうだ。
「……お取り込み中すみませんが、そろそろ注文良いですか?」
完全に月島さんの存在を忘れていた。遠慮がちに響いた声に、今度こそ羞恥心が天元突破して視界が暗転した。
あとがき
2025.09.25
「白石由竹です。独身、付き合ったら一途で情熱的です」
変な人が来た。
凛々しい顔で手を差し出してきた男の人──白石さんは、坊主頭によれたTシャツとハーフパンツとサンダルという、この辺りで働いているオフィスワーカーには見えない風体をしていた。多分初めて来店した人だ。キラキラと輝く、期待に満ち満ちた瞳が眩しい。ほんのりと面倒な雰囲気を感じ取り、差し出された手を無視して営業スマイルを向けた。
「そうなんですね。ご注文は?」
「恋のオーダーを──」
「あっ、そういうのは当店では取り扱ってないですねぇ」
「くぅ~!」
途中で遮られたというのに、白石さんは何故かパチンと頭を叩いて嬉しそうに笑っている。冷やかしなら帰ってほしいんだけどな。かき入れ時のランチタイムを過ぎてから、この一時間ほどお客さんが一人も来ていなくて暇ではあったけど、だからといって面倒なお客さんの相手をするのは極力避けたい。接客業をしているけど、私は調子良く面白いことを言ったり、上手く躱したりするのが苦手だからだ。
「ちょっと待ってね」
早く注文するか退店するかしてくれないだろうかと、貼り付けた営業スマイルで白石さんを見つめていると、笑いながらごそごそとハーフパンツのポケットを探り始めた。「あれ?」と首を傾げたりしながら両方のポケットをひっくり返した後に「あったあった」と何か白い物が差し出された。
「実はここのオーナーと知り合いでさ、一杯奢ってくれるって言うから来たんだ」
人差し指と中指の間に挟まれていたのは、所々折れた名刺だった。「大沢房太郎」と書かれた名刺は、確かに私がオーナーと出会った時に渡された物と同じ物だ。「俺の名刺持ってるやつには一杯無料で出していいよ」と言われているので、なるほどと頷いて、カウンター上のメニューの説明をし始めた。季節の飲み物はオレンジジュースとエスプレッソが二層になったアイスオレンジコーヒーだ。試行錯誤の末にようやく出来上がった自信作なのだけど、皆さんオレンジジュースとコーヒーが本当に合うのか訝しんでいるらしく、いかんせん売れ行きが良くない。あわよくば売れて欲しいと思いながら「おすすめはこちらです」と季節のメニューへの誘導を試みた。
「んー……俺こういうのあんまり良く分からないんだけど、一番腹が膨れるやつだとどれになるの?」
「お腹が膨れる、ですか……カロリー高めならこちらのチョコか、抹茶のフラッペですね」
腹が膨れるやつ、という注文は初めて受けたなと思いながらメニューを指差した。
「じゃあチョコで!」
「はい、では少々お待ちください」
はーい、と間延びした陽気な声が返ってくるのが新鮮だ。その後も「金欠でさぁ、房太郎に昨日金貸してって言ったら断られたんだよねぇ」などと一人で色々話しているのを聞きながら、チョコレートフラッペを作り始める。ガガガガガと氷を砕くうるさいミキサーの音が響いても、白石さんはお構いなしに何かを話し続けているようだった。
「あの、ホイップクリームマシマシ……じゃなくて、増量もできますけど、どうしますか?」
「えっいいのぉ?じゃあマシマシで!ついでにナマエちゃんの愛情もマシマシで!」
「そうですねぇ〜」
なんで私の名前を知っているんだろうと思いながら適当に相槌を打っていると「なんだかラーメンみたいだね」と笑われて少しだけ耳が熱を持った。「マシマシ」と杉元さんがいつも言っていたから、いつの間にかそれがうつってしまっていた。先ほど作った細かい氷混じりのチョコドリンクの上に、蓋が閉まらないほどにギュッとたっぷりのホイップを絞ったら完成だ。
「お待たせしました。チョコフラッペホイップアイジョウマシマシです」
「ありがと~!」
嬉しそうにドリンクを受け取った白石さんが早速ストローに吸い付いた。
「……っ、かぁ~!生き返るッ!」
まるで仕事終わりにキンキンに冷えたビールを飲んだような反応に思わず笑ってしまった。ズズズとどんどんフラッペがなくなっていく。その様子を見ているうちに、金欠と言っていたり、一番お腹が膨れる物が良いと言っていたり、もしかして満足にご飯を食べられていないのでは……?という心配が大きくなっていく。私が心配することではないのかもしれないけど、なんだか気になってしまって、カウンター横に置いてある焼き菓子のバスケットを手に取った。
「あの、良かったらこれもどうぞ」
「えっ……ナマエちゃんもしかして、俺のこと……!」
「オーナー持ちにしますので、この中からお好きなのを選んでください」
「あっそういう……」
肩を落としたのも一瞬で、白石さんはバスケットの中身をいくつか確認したあとにフィナンシェを二つ、ポケットに入れた。
「房太郎のやつ、こんな良い店持ってるなんて知らなかった。金があったら毎日でも通うんだけどなぁ」
「白石さんはオーナーとはどういう?」
「んー……」
内緒。ニッと笑った白石さんは、今までとは少しだけ雰囲気が違った。ほんのりと体感温度が下がったような、そんな気がした。オーナーは昔少しヤンチャしていた、らしい。ヤンチャという言葉で片付けて良いのか分からないが、事業を育てるために色々グレーなことをしていたとか。その時のお友達なのだろうか。飄々とした雰囲気とか、たまに見せる危うい感じが似ている気がする。
「それよりもナマエちゃんは彼氏いるの?」
「あ、えっと……すみません、そういうのはお答えできません」
「好きな人は?」
一瞬、ある人物が脳裏に過って返事が遅れた。
「……居るんだ?」
「……べつに、居ません」
「えぇ〜誰〜?」
少女漫画さながらに、白石さんが両手で頬杖をつきながらきゅるんと艶々とした瞳で聞いてくる。この感じをどこかで……と思ってすぐに気づいた。杉元さんだ。杉元さんも良くこうやって私から恋バナを引き出そうとしてくる。でも常連の杉元さんならまだしも、初対面でこんな話を振られるのは流石に気まずい。どう切り抜けようかと思案していたら、運が良いのか丁度杉元さん本人が店内に入ってきて、普段よりも大きな挨拶で迎えてしまった。
「……ゲッ、白石?」
「えっ杉元?どうしたんだよ」
「会社が近くなんだよ。お前こそなんでここに……」
「お知り合いなんですか?」
「まあ……」
親しそうな雰囲気なのに、なんだか奥歯に物が挟まったような言い方だ。白石さんは相変わらずニコニコしながら「世界って案外狭いよねぇ」と言って既に三分の一ほどになったフラッペを啜っている。
「ミョウジさんコイツに変なことされなかった?」
「するわけないじゃんねぇ?ナマエちゃんと俺の仲なんだから」
「えっ、お前、そんな前から通ってんの?」
「いえ、今日初めていらっしゃいました」
何なんだよお前、と呆れ顔で杉元さんがため息をついた。
「あ!てことはお前が良く話してるカフェの子ってナマエちゃんか!」
「……良く話してる?」
「やめろ白石!!」
「ナマエちゃんが可愛いって話」
白石さんが「ピュウッ」と口で言いながらこちらを撃つ仕草をして、星が飛んできたように見えた。「余計なこと言うな」とか「別に良いだろ」とか言い合いをしている杉元さんと白石さんを見ながらパチパチと瞬きをしていると、カランカランとまたドアベルの音が響いた。
「……混んでいるな」
入ってきたのは鯉登さんと月島さんだった。狭い店内にお客さんが4人もいることは中々なくて、しかも白石さん以外は筋肉や背丈が平均以上な人たちばかりだから結構な圧迫感だ。
「さすが、ナマエちゃんのお店人気だね」
「……ナマエ、ちゃん?」
ピクっと鯉登さんの凛々しい眉が上がって、鋭い視線を向けられた白石さんがするりと杉元さんの後ろに隠れてしまった。不穏な雰囲気に慌てて「杉元さんとオーナーのお知り合いです」と口を挟んだら、「そうか」と幾分か雰囲気が柔らかくなった鯉登さんが短く返してきた。
「……あっ、そういう感じ?」
杉元さんの陰でフラッペを飲み進めている白石さんが、ニヤニヤしながら呟いた言葉は聞こえなかったふりをした。注文はどうされますか?と杉元さんと鯉登さん達を交互に見ていると、急に白石さんが杉元さんの背中を押し始めた。
「ほらほら杉元、お邪魔虫たちは退散するぜ」
「はぁ!?俺まだ注文もしてないんだけど!?この一杯を楽しみに今日仕事頑張ってたんだよ!」
「我儘だな、もうっ!ほらこの焼き菓子やるから」
「それ絶対ミョウジさんから貰ったやつだろ」
どうやって自分より体の大きい杉元さんを動かしているのか分からないけど、杉元さんをズルズルと押しながら白石さんが出入口へと近づいて行く。二人と入れ替わるように鯉登さんと月島さんが店内奥へと移動して、ドアの周りにスペースを作った。
「じゃあまた来るねナマエちゃん、次はちゃんと金払って買いにくるから!」
「二度と来んな白石!」
わあわあぎゃあぎゃあと賑やかな白石さんと杉元さんが退店して、残された私たちは随分と静かになった店内で顔を見合わせた。
「待て、今『次はちゃんと金を払って買いにくる』と言っていたか……?まさか無銭飲食か!?」
「いえ、オーナーの名刺を持っている人にはドリンクを一杯サービスしてるんです」
「そ、そうか……あのフィナンシェは?」
「あれは今度オーナーに払ってもらおうと思います」
白石さんにもそう伝えたけど、フィナンシェ2個だし、正直サービスでも良いのだけど、きっとそんなことを言ったらまた「ナマエは安売りしすぎだ」と怒られてしまいそうだったのでそういうことにしておいた。
「ああいうのはあまり許しすぎると調子に乗るから気をつけた方が良い」
「そうですか……?面白い人でしたけどね。一番お腹が膨れる飲み物が良いって注文は初めて受けました」
独身、付き合ったら一途で情熱的です、と言っていたのも思い出して笑いが込み上げてくる。言われた瞬間は困ったけど、突拍子もない自己紹介は今になると印象的で、人の懐に入るのが上手そうな白石さんのテクニックのようなものなのかもしれない。私には逆立ちしたってできないことだけど、あのガッツは少しだけ見習いたいなと思った。
「……ああいうのが良いのか?」
「え?」
「あ、ああいう……ちゃらんぽらん、な感じの男が……良いのか?」
「え!?いや、面白いなと思いますけど私はもっと……」
否定した勢いで色々言いそうになった口を、慌ててばちんっと右手で押さえて無理矢理止めた。いま何を言おうとしたのだろう、私は。
「もっと、何だ?」
鯉登さんがずいっとカウンターから身を乗り出す勢いで顔を近づけてきた。逃げようとしても右手首を掴まれて、手のひらが口から剥がされた上に身動きができなくなる。真っ直ぐに見つめてくる瞳にどくっ、どくどくどくどく……と心臓が跳ねる音が耳元で加速していく。掴まれた手首からジンジンと麻痺したように、痒いような痛いような、ムズムズとした感覚が上ってくる。腕を引こうとしても鯉登さんに強く掴まれて、答えるまで離さないという強い意志が伝わってくる。相変わらず真っ直ぐに私を見つめてくる瞳に観念して、言葉を選びながら恐る恐る口を開いた。
「も、もっと誠実で……真面目で、一途な人が良いです……」
鯉登さんみたいな、というのを心の中で付け加えた。汗がぶわっと噴き出してきて暑い。気になっている人の前で好きなタイプを言わせられるなんてどんな羞恥プレイだ。鯉登さんは少しだけ口角を上げながら「なるほど」なんて呟いている。
「私は一途だ」
「……はい」
重々承知しています、とまた心の中で呟いた。
「誠実で、真面目だと自負している」
「そ、そうなんですね」
もちろん、鯉登さんのことを思いながら選んだ言葉だから当てはまっているのは当たり前なのだけど、これだけ自分に当てはまっているとアピールできるその自信は、一体どこから湧いてくるのだろう。誠実で、真面目で、一途で、自信家で、お金も地位もあって。つくづくどうしてこんなにもスペックの高い人が私に構っているのか分からなくなる。
「私の好みも知りたいか?」
「い、いえ、結構です……」
「私は──」
「結構ですって……!」
汗が背中を伝っていく。恥ずかしさで全身の血液が沸騰しそうだ。「大丈夫です」「結構です」と何度も断っているのに、まるで何も聞こえていないふうに鯉登さんは嬉しそうに私を見つめてくる。そしてついに、掴まれたままだった右手を、鯉登さんがしっかりと両手で握りしめてきた。
「財布を拾った上にコーヒーまで一杯サービスしてくれるほどに優しくて、笑顔が可愛くて、カウンターの角に良く体をぶつけたりしている、少し抜けている女性が好きだ」
両手で手を握り込まれながら言われて、うう……とうめき声が漏れ出た。
「あと、採算度外視でサービスをしがちで、恥ずかしがり屋で──」
「も、いいです……!分かりましたからっ……」
離してください、と言ったつもりの言葉は不明瞭にモゴモゴと口の中で崩れていった。致死量の愛を浴びせられて、今にでも白目を剥いてぶくぶくと泡を吹いて倒れそうだ。
「……お取り込み中すみませんが、そろそろ注文良いですか?」
完全に月島さんの存在を忘れていた。遠慮がちに響いた声に、今度こそ羞恥心が天元突破して視界が暗転した。
あとがき
実は白石も本編で登場させようと思っていたのですが、上手く広げられずに没になっておりました。なので変な客に絡まれるお話同様、リクエストを受けた際に「やっぱりこのネタ見たいよね?!」と一人で小躍りしておりました!お時間かかってしまいましたが、今回やっと形にできて嬉しいです!
房太郎は白石と仲良しで、白石に良くご飯を奢ったりしているけど、お金は貸さない主義だと良いな〜今の白石に現金を与えてもどうせ競馬とパチンコに消えていくからつまらないと思われてそうだな〜というイメージで書いております。やりたいことがあれば融資は惜しまないと思うんですけどね。現パロはこういう妄想が捗って良いですね。
花様、この度はリクエストありがとうございました。お気に召していただければ幸いです!
房太郎は白石と仲良しで、白石に良くご飯を奢ったりしているけど、お金は貸さない主義だと良いな〜今の白石に現金を与えてもどうせ競馬とパチンコに消えていくからつまらないと思われてそうだな〜というイメージで書いております。やりたいことがあれば融資は惜しまないと思うんですけどね。現パロはこういう妄想が捗って良いですね。
花様、この度はリクエストありがとうございました。お気に召していただければ幸いです!
2025.09.25
