カフェ店長シリーズ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「え?すごっ……!」
SNSに”貴公子”がトレンド入りしていて、興味本位でタップしたらまさかの鯉登さんのインタビュー記事が表示された。"海運業界の貴公子"という、カッコいいのかよく分からないキャッチコピーが付けられている。インタビューの内容は至って真面目で、新規事業とか今後の業界の展望とか、本当にあの鯉登さんが話したのか、月島さんが作った台本と差し替えているんじゃないかと思うくらいちゃんとしていた。掲載されている写真はほんの数枚なのに、SNSでは早くもイケメンすぎると話題になってトレンド入りしたようだ。記事の内容は地味だが、見た目が華やかだとこんなにも話題になるのか。世の中の残酷な真理を垣間見た気がする。
この件があってからメディアに目をつけられたらしく、鯉登さんが記事になったりテレビに出ることが少しずつ増えていった。それに比例して鯉登さんが店に来ることは減り、月島さんが二人分のドリンクを買って行くことが増えていった。
「いらっしゃいませ、月島さん」
「こんにちは、ミョウジさん。今日はチャイラテといつものをお願いします」
今日も鯉登さんは来なかった。もう、しばらく顔を見ていない。月島さん一人だととても静かだ。本当のことを言うと、あの騒がしさがなくなって少し寂しい……が、こんなことは口が裂けても言えない。鯉登さんの連絡先は知っているけど、風邪の件以来特に連絡は取り合っていない。せっかくだし何か送ってみたいと思ってトークルームを開いても、何を送れば良いのか分からない。打っては決して、打っては決してを繰り返しているうちに、なんだか悩んでいるのがアホらしくなってアプリを終了してしまう日々が続いていた。
出来上がったドリンクを手渡す際に、月島さんの顔色がいつもより悪いことに気づいた。クマも濃い。
「月島さん大丈夫ですか?休めていますか?」
「ええ、まあ……」
絶対嘘でしょ、と疑うように月島さんの顔をジッと見つめていたら、しぶしぶ「正直、あまり休めていません」と返ってきた。やっぱり。
「良かったらこれ持っていってください」
リフレッシュ用に常備している個包装のホットアイマスクをいくつか取り出す。
「隙間時間に目を閉じるだけでも結構効きますよ」
「……すみません、ありがとうございます」
少し躊躇した後に月島さんはアイマスクを受け取ってくれた。
「普段の仕事に加えて、メディア関係の仕事も増えてしまって……」
はぁ、と月島さんがため息をついた。薄々思っていたのだが、うちに来るというタスクを減らしたら月島さんの負担も少しは軽くなるのではないだろうか。鯉登さんの我儘に付き合っているのならなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「あの、無理してうちに買いに来なくても良いんじゃないですか?」
「いや、むしろ買いに来ない方がめんど……仕事に支障が出るので」
面倒って言おうとしたな、今。鯉登さんめちゃめちゃ迷惑かけてるじゃないか、良い大人なのに。
「ミョウジさんに会えないのがかなりストレスみたいで、ここの飲み物と食べ物が心の支えになってるんですよ」
「またまたそんな」
「本当です。それに私も外出できて気分転換になりますしね」
月島さんにそんなに言われてしまったら照れてしまう。へへへ、と気持ち悪いほどに照れ笑いをしている自分に気づいて、慌てて話題を変える。
「今後もメディア関係のお仕事は続けていくんですか?」
「いえ、もう十分すぎるほど会社のPRはできたので、何かやらかす前に撤収しようかと」
やらかす前という言葉に笑ってしまう。しかし何かとすぐ炎上してしまう世の中だし、月島さんの言うことも分からなくはない。最初に話題になった記事のように仕事のことを話すだけならまだしも、最近は鯉登さん個人にフォーカスが当たることが多くなってきているのも、不安の種なのだろう。これ以上掘られれば、あまりにもボンボンすぎて炎上する未来が容易に想像できた。
「でも意外でした。鯉登さんってちゃんと仕事してたんですね……」
「普段はあんなですけどね、鯉登はこれからの海運業界を牽引していくことができる人間ですよ」
信じられないかもしれませんけど、と月島さんが付け加えた。
「信じますよ。月島さんにそんなに信頼されてるってことが、何よりの証拠です」
「そう、ですか」
あまり表情豊かとは言えない月島さんの目元が少し緩んだ。二人の間には部下と上司という関係よりも、もっと強い絆のようなものがある気がする。それが垣間見えて私も嬉しくなった。
「明日もテレビに出るんですか?」
「ええ、明日は生放送なんですよ、お昼の情報番組の。10時半頃からの予定です」
10時半頃ならいつもあまり混雑していない時間帯だ。チェックしますね!と返事をして、月島さんを見送った。
しかし翌日、意気揚々と月島さんに返事をしたくせに、私はすっかり鯉登さんの生放送出演について忘れていた。時刻は10時43分。まずい、もう鯉登さんの出番は終わってしまったのだろうか。別に観なくたって月島さんに怒られはしないだろうけど、私自身ちょっと楽しみにしていたのだ。ちょうどお客さんも途切れたのでタブレットでリアルタイム配信を確認すれば、鯉登さんがエプロンをつけて料理のアシスタントみたいなことをしていた。御曹司に何をさせているんだ。いいぞもっとやれ。
いつもパリッとしたスーツを上品に着こなしている鯉登さんが、ジャケットの代わりにピンクのエプロンをつけて、更に腕まくりまでしている。いつも隠れている所が曝け出されていて、なんだか見てはいけないものを見ている気になってしまう。これではまるで私が変態みたいじゃないかと頭を抱える。SNSでは鯉登さんのエプロン姿で持ち切りだ。その中で腕についての投稿を見かける度に「そんな目で鯉登さんを見るな!」と心の中で叫ぶ自分が居てさらに混乱する。なんなんだ、これは。支離滅裂じゃないか。自分だって鯉登さんの腕に釘付けだったくせに、他人は許せないのか。そんなのまるで……まるで、私が鯉登さんを独占したいみたいじゃないか。悶々としているうちに、お料理コーナーが終わった。
「では最後に、視聴者へのプレゼント用のキーワードを発表してください!何でも良いですよ」
「……何でも?」
「はい、最近ハマっていること、好きなもの、何でも大丈夫ですよ」
アナウンサーがプレゼントへの応募方法を説明している間に、鯉登さんがフリップにさらさらとペンを走らせた。こういうのって事前に打ち合わせとかしないのか。なんだろう、鯉登さんの好きなもの……トナカイとか月寒あんぱんかな、でもそれにしては字数が多かった気がする。
「ではどうぞ!」
溌剌としたアナウンサーの声と共に、鯉登さんがフリップをひっくり返した。
「ナマエ結婚してくれッ!」
フリップの綺麗で読みやすい文字と同じことを、鯉登さんが力強く言い放った。スタジオで黄色い悲鳴が上がる。まるで私が観ていることを知っているように、まっすぐにカメラ目線で言うのだから、実際に目が合ったように錯覚してしまった。体温が一気に上昇する。満足そうに笑う鯉登さんが画面いっぱいに映されたまま、CMに入った。
「なっ……」
何やってんですか鯉登さん。盛大にやらかしてるじゃないですか鯉登さん。月島さんの心労が心配です鯉登さん。
画面越しに声をかけられたのにびっくりしすぎて膝が笑っている。公共電波の私物化、しかも全国放送である。え?あれ?これ全国のナマエさんがプロポーズされてない?
恐る恐るまたSNSを開いたら「ナマエ結婚してくれ」がトレンド入りしていて危うくスマホをぶん投げるところだった。プレゼントへ応募しない全く無関係の人たちから、祝福の声や返事についてあれこれ言われている。「私がナマエです」という投稿も見られる。誰だよ。あの瞬間の切り抜きまでもう出回っているし、笑顔の鯉登さんのスクショもバズりにバズっている。震える手でタイムラインをスクロールしていたら、鯉登さんから初めて電話がかかってきた。驚きすぎて反射的に取ってしまった。
「ナマエッ!観てたか?!」
「は、恥ずかしいからあんなことやめてください!」
「観てたんだな!」
ハハハッと随分と楽しそうに鯉登さんが笑っている。もうずっと聞いていなかった声に安心する。安心しすぎて、つい、隠していたつもりの本音が出てしまう。
「……久々に、声が聞けて良かったです」
「私もだ」
じゃあまた、と通話を切る。残ったのは、持て余すほどの胸の高鳴りだった。こんなんじゃ仕事ができない。早く切り替えないと、と思っても中々平常心に戻れない。全部、鯉登さんのせいだ。突っ伏したカウンターがひんやりとして心地良かった。
ちなみに、その日のうちに鯉登郵船のホームページには不適切な言動についてお詫びの声明文が出され、それによって鯉登さんはさらにネットの人気者となり、会社の株は上がり、PRは大成功した。鯉登さんにはしばらくメディア禁止令が出たらしい。そして月島さんは少し寝込んだ。
かくして鯉登さんの恋の行方は全国民によって見守られることになり、私はしばらく杉元さんに「トレンド1位の人」といじられ続けることになった。
SNSに”貴公子”がトレンド入りしていて、興味本位でタップしたらまさかの鯉登さんのインタビュー記事が表示された。"海運業界の貴公子"という、カッコいいのかよく分からないキャッチコピーが付けられている。インタビューの内容は至って真面目で、新規事業とか今後の業界の展望とか、本当にあの鯉登さんが話したのか、月島さんが作った台本と差し替えているんじゃないかと思うくらいちゃんとしていた。掲載されている写真はほんの数枚なのに、SNSでは早くもイケメンすぎると話題になってトレンド入りしたようだ。記事の内容は地味だが、見た目が華やかだとこんなにも話題になるのか。世の中の残酷な真理を垣間見た気がする。
この件があってからメディアに目をつけられたらしく、鯉登さんが記事になったりテレビに出ることが少しずつ増えていった。それに比例して鯉登さんが店に来ることは減り、月島さんが二人分のドリンクを買って行くことが増えていった。
「いらっしゃいませ、月島さん」
「こんにちは、ミョウジさん。今日はチャイラテといつものをお願いします」
今日も鯉登さんは来なかった。もう、しばらく顔を見ていない。月島さん一人だととても静かだ。本当のことを言うと、あの騒がしさがなくなって少し寂しい……が、こんなことは口が裂けても言えない。鯉登さんの連絡先は知っているけど、風邪の件以来特に連絡は取り合っていない。せっかくだし何か送ってみたいと思ってトークルームを開いても、何を送れば良いのか分からない。打っては決して、打っては決してを繰り返しているうちに、なんだか悩んでいるのがアホらしくなってアプリを終了してしまう日々が続いていた。
出来上がったドリンクを手渡す際に、月島さんの顔色がいつもより悪いことに気づいた。クマも濃い。
「月島さん大丈夫ですか?休めていますか?」
「ええ、まあ……」
絶対嘘でしょ、と疑うように月島さんの顔をジッと見つめていたら、しぶしぶ「正直、あまり休めていません」と返ってきた。やっぱり。
「良かったらこれ持っていってください」
リフレッシュ用に常備している個包装のホットアイマスクをいくつか取り出す。
「隙間時間に目を閉じるだけでも結構効きますよ」
「……すみません、ありがとうございます」
少し躊躇した後に月島さんはアイマスクを受け取ってくれた。
「普段の仕事に加えて、メディア関係の仕事も増えてしまって……」
はぁ、と月島さんがため息をついた。薄々思っていたのだが、うちに来るというタスクを減らしたら月島さんの負担も少しは軽くなるのではないだろうか。鯉登さんの我儘に付き合っているのならなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「あの、無理してうちに買いに来なくても良いんじゃないですか?」
「いや、むしろ買いに来ない方がめんど……仕事に支障が出るので」
面倒って言おうとしたな、今。鯉登さんめちゃめちゃ迷惑かけてるじゃないか、良い大人なのに。
「ミョウジさんに会えないのがかなりストレスみたいで、ここの飲み物と食べ物が心の支えになってるんですよ」
「またまたそんな」
「本当です。それに私も外出できて気分転換になりますしね」
月島さんにそんなに言われてしまったら照れてしまう。へへへ、と気持ち悪いほどに照れ笑いをしている自分に気づいて、慌てて話題を変える。
「今後もメディア関係のお仕事は続けていくんですか?」
「いえ、もう十分すぎるほど会社のPRはできたので、何かやらかす前に撤収しようかと」
やらかす前という言葉に笑ってしまう。しかし何かとすぐ炎上してしまう世の中だし、月島さんの言うことも分からなくはない。最初に話題になった記事のように仕事のことを話すだけならまだしも、最近は鯉登さん個人にフォーカスが当たることが多くなってきているのも、不安の種なのだろう。これ以上掘られれば、あまりにもボンボンすぎて炎上する未来が容易に想像できた。
「でも意外でした。鯉登さんってちゃんと仕事してたんですね……」
「普段はあんなですけどね、鯉登はこれからの海運業界を牽引していくことができる人間ですよ」
信じられないかもしれませんけど、と月島さんが付け加えた。
「信じますよ。月島さんにそんなに信頼されてるってことが、何よりの証拠です」
「そう、ですか」
あまり表情豊かとは言えない月島さんの目元が少し緩んだ。二人の間には部下と上司という関係よりも、もっと強い絆のようなものがある気がする。それが垣間見えて私も嬉しくなった。
「明日もテレビに出るんですか?」
「ええ、明日は生放送なんですよ、お昼の情報番組の。10時半頃からの予定です」
10時半頃ならいつもあまり混雑していない時間帯だ。チェックしますね!と返事をして、月島さんを見送った。
しかし翌日、意気揚々と月島さんに返事をしたくせに、私はすっかり鯉登さんの生放送出演について忘れていた。時刻は10時43分。まずい、もう鯉登さんの出番は終わってしまったのだろうか。別に観なくたって月島さんに怒られはしないだろうけど、私自身ちょっと楽しみにしていたのだ。ちょうどお客さんも途切れたのでタブレットでリアルタイム配信を確認すれば、鯉登さんがエプロンをつけて料理のアシスタントみたいなことをしていた。御曹司に何をさせているんだ。いいぞもっとやれ。
いつもパリッとしたスーツを上品に着こなしている鯉登さんが、ジャケットの代わりにピンクのエプロンをつけて、更に腕まくりまでしている。いつも隠れている所が曝け出されていて、なんだか見てはいけないものを見ている気になってしまう。これではまるで私が変態みたいじゃないかと頭を抱える。SNSでは鯉登さんのエプロン姿で持ち切りだ。その中で腕についての投稿を見かける度に「そんな目で鯉登さんを見るな!」と心の中で叫ぶ自分が居てさらに混乱する。なんなんだ、これは。支離滅裂じゃないか。自分だって鯉登さんの腕に釘付けだったくせに、他人は許せないのか。そんなのまるで……まるで、私が鯉登さんを独占したいみたいじゃないか。悶々としているうちに、お料理コーナーが終わった。
「では最後に、視聴者へのプレゼント用のキーワードを発表してください!何でも良いですよ」
「……何でも?」
「はい、最近ハマっていること、好きなもの、何でも大丈夫ですよ」
アナウンサーがプレゼントへの応募方法を説明している間に、鯉登さんがフリップにさらさらとペンを走らせた。こういうのって事前に打ち合わせとかしないのか。なんだろう、鯉登さんの好きなもの……トナカイとか月寒あんぱんかな、でもそれにしては字数が多かった気がする。
「ではどうぞ!」
溌剌としたアナウンサーの声と共に、鯉登さんがフリップをひっくり返した。
「ナマエ結婚してくれッ!」
フリップの綺麗で読みやすい文字と同じことを、鯉登さんが力強く言い放った。スタジオで黄色い悲鳴が上がる。まるで私が観ていることを知っているように、まっすぐにカメラ目線で言うのだから、実際に目が合ったように錯覚してしまった。体温が一気に上昇する。満足そうに笑う鯉登さんが画面いっぱいに映されたまま、CMに入った。
「なっ……」
何やってんですか鯉登さん。盛大にやらかしてるじゃないですか鯉登さん。月島さんの心労が心配です鯉登さん。
画面越しに声をかけられたのにびっくりしすぎて膝が笑っている。公共電波の私物化、しかも全国放送である。え?あれ?これ全国のナマエさんがプロポーズされてない?
恐る恐るまたSNSを開いたら「ナマエ結婚してくれ」がトレンド入りしていて危うくスマホをぶん投げるところだった。プレゼントへ応募しない全く無関係の人たちから、祝福の声や返事についてあれこれ言われている。「私がナマエです」という投稿も見られる。誰だよ。あの瞬間の切り抜きまでもう出回っているし、笑顔の鯉登さんのスクショもバズりにバズっている。震える手でタイムラインをスクロールしていたら、鯉登さんから初めて電話がかかってきた。驚きすぎて反射的に取ってしまった。
「ナマエッ!観てたか?!」
「は、恥ずかしいからあんなことやめてください!」
「観てたんだな!」
ハハハッと随分と楽しそうに鯉登さんが笑っている。もうずっと聞いていなかった声に安心する。安心しすぎて、つい、隠していたつもりの本音が出てしまう。
「……久々に、声が聞けて良かったです」
「私もだ」
じゃあまた、と通話を切る。残ったのは、持て余すほどの胸の高鳴りだった。こんなんじゃ仕事ができない。早く切り替えないと、と思っても中々平常心に戻れない。全部、鯉登さんのせいだ。突っ伏したカウンターがひんやりとして心地良かった。
ちなみに、その日のうちに鯉登郵船のホームページには不適切な言動についてお詫びの声明文が出され、それによって鯉登さんはさらにネットの人気者となり、会社の株は上がり、PRは大成功した。鯉登さんにはしばらくメディア禁止令が出たらしい。そして月島さんは少し寝込んだ。
かくして鯉登さんの恋の行方は全国民によって見守られることになり、私はしばらく杉元さんに「トレンド1位の人」といじられ続けることになった。
