カフェ店長シリーズ
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「この泥棒猫ッ!」
わぁ、日常生活で初めて聞いた言葉だ。なんて感動は、バチンッと左頬に走った鋭い痛みで吹っ飛んだ。一瞬、後ろで並んでいた杉元さんが目をまんまるにして驚いているのが見えた。
「音様を誑かして!あんたなんか釣り合うはずがないのに!」
「ちょ、ちょっとストップ!暴力はダメだって!」
もう一発平手が飛んでくる前に、杉元さんが女性の手を掴んでくれた。パッと見ガラの悪い男に止められて女性が怯む。綺麗な顔を歪めて「覚えてなさい!」と見事な捨て台詞を吐くと、スカートを翻し、そのままヒールの音を響かせて外に出て行った。
「えっ何?こわっ、ミョウジさん大丈夫?」
「泥棒猫って初めて聞いた」
「俺も……じゃなくて、それより冷やさないと!」
カフェやってて良かった。氷ならたくさんある。ガシャガシャと氷を適当にポリ袋に入れて頬につける。痛みと冷たさに顔が歪む。
「知ってる人?」
「いや、全然……」
「なんとか様って言ってなかった?」
「確かに。何でしたっけ……と、との様?」
「ぶっ、いや……殿様はっ……ないでしょっ、ふふ」
殿様との恋愛はそりゃ不釣り合いすぎる、と杉元さんとツボに入ってしまって笑いが止まらない。杉元さんが居て良かった。一人だったら多分、心細かった。ひとしきり笑ったあとに思い出す。音様だ。「と」しかあってない。しかし音様なんて人物、誰も思い当たらない。
「私が言うのもあれですけど、お手本みたいな修羅場でしたね」
「ね、ドキドキしたぁ。でも今回はたまたま俺が居たから止められたけどさ、また来るかもしれないし、今日はもう休んでおいた方が良いんじゃない?」
「そうですね……」
覚えてなさい、が実際にどういう意味なのかちょっと分からないけど、夜に待ち伏せされたらさすがに怖い。杉元さんの言う通り、今日は明るいうちに店じまいした方が良いかもしれない。だいぶ冷やした気がするけど頬はどうなってるだろう。ジンジンと痺れるのが痛みのせいなのか、冷たさのせいなのか分からない。氷嚢を離してみれば、杉元さんの心配そうな視線が頬に向かうのを感じた。
「もう大丈夫そうですか?」
「うーん、まだ結構赤いね。あの人容赦ねぇな」
杉元さんの手が伸びてきて、私の顔を少し左右に動かして確認する。されるがままになっていたら、来店のベルが鳴って鯉登さんが入ってきた。
「キェッ……貴様ァ!」
「わっ、鯉登さん!」
「何をしているッ……!」
「鯉登さん違います!誤解です!」
鯉登さんが一瞬で距離を詰め、杉元さんの胸ぐらを掴み上げた。身長も筋肉もある二人がつかみ合いをすると迫力が凄い。物凄い早口で鯉登さんが何かを捲し立てている。最初はただ困惑していた杉元さんが、話を聞かない鯉登さんに段々と苛立ってきている。なんで今日に限って月島さんが居ないんだ!慌ててカウンターに乗り出して、鯉登さんの腕を掴んだ。
「杉元さんには助けてもらったんです!」
ガシャン、とさっき作ったばかりの氷嚢が落ちて、氷が床に散らばった。
*
「すまない。てっきりガラの悪い客に絡まれているのかと」
あんな目にあったのに「バラの人?」と杉元さんがニヤニヤしながら耳打ちしてきたので、適当に甘いドリンクとクッキーを渡して帰ってもらった。もちろん大変なことに巻き込んでしまったのでサービスで。しかもアフターサービスの恋バナ付きだ。
「何があった?」
「知らない女性に泥棒猫呼ばわりされて平手打ちされました」
新しく作った氷嚢をどかして左頬を見せれば、鯉登さんがあからさまに顔を顰めた。あれ?そういえば鯉登さんの名前って……
「鯉登さんって、音様とか呼ばれることあります?」
「たまに」
お前が音様か。
たまにってなんだ、これだからイケメンは。
「もしかして、心当たりあります?」
「……ある」
あるんかい。ぐぐっと眉間に皺が寄ったのが自分でも分かった。なんとなく点と点が繋がってきた。あの女性はつまり、鯉登さんのことが好きで、鯉登さんが構っている私のことが気に食わなかったのか。
「こんなことに巻き込んでしまって申し訳ない……はっきりと断ったのだが」
あまりにもしゅんとした子犬のような顔に、はっきりと言いすぎて火種になったのでは、というセリフは飲み込んでしまった。鯉登さんの手のひらが私の左頬を覆う。親指が優しく肌を撫ぜる。鯉登さんの体温が、火傷しそうなほど熱い。
「責任は取る。結婚しよう」
「や、大丈夫です」
鯉登さんがグッと言葉に詰まった。むしろなんでいけると思ったんだ。
「……そもそも、鯉登さんはなんで私なんかに構うんですか?」
女性のスカートが、惚れ惚れするほどに綺麗な円を描いて翻ったことを思い出す。量産品ではああはならないと思う。とても良い品のはずだ。高いヒールを履きこなす背筋の通った綺麗な姿勢に、自信にあふれた立ち振る舞い。鯉登さんの隣に立っても霞まないほどの存在感。性格は少々キツいかもしれないけれど、二人はどう見たってお似合いだと思う。
──あんたなんか釣り合うはずがないのに!
「あの女性が言った通り、私では不釣り合いすぎますよ。私のこと好きとか言ってますけど、一時の気の迷いなんじゃないですか?」
言っていて悲しくなってきた。もう半年は鯉登さんからのアプローチを受けている。一時の気の迷いにしては少し長い気がするけど、住む世界が違いすぎるから、自分の常識が通じるのか良く分からない。鯉登さんからの好意に舞い上がっている自分が居るのも確かだけど、本当に信じて良いのか、金持ちの気まぐれに振り回されて傷つくんじゃないかって、ビクビクしている臆病な自分の方が本体だ。のらりくらりと躱していれば、このまま鯉登さんとの楽しい日々は続いていく。YESでもNOでも、はっきりと答えてしまえば、この関係性が変わってしまいそうで怖い。私はとてもずるい人間だ。自分が起こした行動で、鯉登さんが離れていってしまうのが、私はとても怖かった。
「おいはっ!」
唐突な大声と共に、ぎゅっと手を握られビックリする。怒っているような真剣な眼差しに、前代未聞なオーダーをされたあの日のことを思い出す。てか今なんて言った?
「ナマエこっがわっぜぇすっじゃ!」
「……うん?」
「ナマエはわっぜぇよかおごじょじゃっど!わっぜぇむぞか!けしんまですっじゃ!結婚してくいやい!おいがこげん言ちょるにないごて信じてくれんのか、こん馬鹿すったんが!」
なんて?でも怒られているのは分かった。貴公子さながらの風貌で、どこかの方言らしき言葉で捲し立てるギャップがすごかった。呆気に取られていると、鯉登さんが急にハッとしてしおしおと項垂れた。
「わっぜげんなかぁ……」
恥ずかしい、ってことかな?あまり見たことのない鯉登さんの一面が見れて、内心少し嬉しかった。鯉登さんが小さく咳払いをする。
「とにかく、私は私とナマエが不釣り合いだなんて思ったことは一度もないし、この気持ちは初めて会った時から変わらない」
「う……」
今度はちゃんと分かる言葉でまっすぐ伝えられて、逃げ場を無くしてしまった。力強い眼光に怯んで視線を下に落とした。
「か、考えておきます……」
またしても歯切れの悪い答えを言う私に、てっきり鯉登さんは怒ると思っていた。
「よかよか」
それなのに、聞こえてきたのは軽やかな声だった。
「けしんまで考ゆっがよか。けしんまで付き合うど」
また良く分からない言葉で、しかし朗らかに笑いながら言われたので、私はほとほと困ってしまった。
──
ナマエのことがとても好きだ!
ナマエはとても良い女だ!とても可愛い!死ぬまで愛してる!結婚してくれ!私がこんなにも言っているのになぜ信じてくれないんだ、この馬鹿者!
死ぬまで考えれば良い。死ぬまで付き合おう
わぁ、日常生活で初めて聞いた言葉だ。なんて感動は、バチンッと左頬に走った鋭い痛みで吹っ飛んだ。一瞬、後ろで並んでいた杉元さんが目をまんまるにして驚いているのが見えた。
「音様を誑かして!あんたなんか釣り合うはずがないのに!」
「ちょ、ちょっとストップ!暴力はダメだって!」
もう一発平手が飛んでくる前に、杉元さんが女性の手を掴んでくれた。パッと見ガラの悪い男に止められて女性が怯む。綺麗な顔を歪めて「覚えてなさい!」と見事な捨て台詞を吐くと、スカートを翻し、そのままヒールの音を響かせて外に出て行った。
「えっ何?こわっ、ミョウジさん大丈夫?」
「泥棒猫って初めて聞いた」
「俺も……じゃなくて、それより冷やさないと!」
カフェやってて良かった。氷ならたくさんある。ガシャガシャと氷を適当にポリ袋に入れて頬につける。痛みと冷たさに顔が歪む。
「知ってる人?」
「いや、全然……」
「なんとか様って言ってなかった?」
「確かに。何でしたっけ……と、との様?」
「ぶっ、いや……殿様はっ……ないでしょっ、ふふ」
殿様との恋愛はそりゃ不釣り合いすぎる、と杉元さんとツボに入ってしまって笑いが止まらない。杉元さんが居て良かった。一人だったら多分、心細かった。ひとしきり笑ったあとに思い出す。音様だ。「と」しかあってない。しかし音様なんて人物、誰も思い当たらない。
「私が言うのもあれですけど、お手本みたいな修羅場でしたね」
「ね、ドキドキしたぁ。でも今回はたまたま俺が居たから止められたけどさ、また来るかもしれないし、今日はもう休んでおいた方が良いんじゃない?」
「そうですね……」
覚えてなさい、が実際にどういう意味なのかちょっと分からないけど、夜に待ち伏せされたらさすがに怖い。杉元さんの言う通り、今日は明るいうちに店じまいした方が良いかもしれない。だいぶ冷やした気がするけど頬はどうなってるだろう。ジンジンと痺れるのが痛みのせいなのか、冷たさのせいなのか分からない。氷嚢を離してみれば、杉元さんの心配そうな視線が頬に向かうのを感じた。
「もう大丈夫そうですか?」
「うーん、まだ結構赤いね。あの人容赦ねぇな」
杉元さんの手が伸びてきて、私の顔を少し左右に動かして確認する。されるがままになっていたら、来店のベルが鳴って鯉登さんが入ってきた。
「キェッ……貴様ァ!」
「わっ、鯉登さん!」
「何をしているッ……!」
「鯉登さん違います!誤解です!」
鯉登さんが一瞬で距離を詰め、杉元さんの胸ぐらを掴み上げた。身長も筋肉もある二人がつかみ合いをすると迫力が凄い。物凄い早口で鯉登さんが何かを捲し立てている。最初はただ困惑していた杉元さんが、話を聞かない鯉登さんに段々と苛立ってきている。なんで今日に限って月島さんが居ないんだ!慌ててカウンターに乗り出して、鯉登さんの腕を掴んだ。
「杉元さんには助けてもらったんです!」
ガシャン、とさっき作ったばかりの氷嚢が落ちて、氷が床に散らばった。
*
「すまない。てっきりガラの悪い客に絡まれているのかと」
あんな目にあったのに「バラの人?」と杉元さんがニヤニヤしながら耳打ちしてきたので、適当に甘いドリンクとクッキーを渡して帰ってもらった。もちろん大変なことに巻き込んでしまったのでサービスで。しかもアフターサービスの恋バナ付きだ。
「何があった?」
「知らない女性に泥棒猫呼ばわりされて平手打ちされました」
新しく作った氷嚢をどかして左頬を見せれば、鯉登さんがあからさまに顔を顰めた。あれ?そういえば鯉登さんの名前って……
「鯉登さんって、音様とか呼ばれることあります?」
「たまに」
お前が音様か。
たまにってなんだ、これだからイケメンは。
「もしかして、心当たりあります?」
「……ある」
あるんかい。ぐぐっと眉間に皺が寄ったのが自分でも分かった。なんとなく点と点が繋がってきた。あの女性はつまり、鯉登さんのことが好きで、鯉登さんが構っている私のことが気に食わなかったのか。
「こんなことに巻き込んでしまって申し訳ない……はっきりと断ったのだが」
あまりにもしゅんとした子犬のような顔に、はっきりと言いすぎて火種になったのでは、というセリフは飲み込んでしまった。鯉登さんの手のひらが私の左頬を覆う。親指が優しく肌を撫ぜる。鯉登さんの体温が、火傷しそうなほど熱い。
「責任は取る。結婚しよう」
「や、大丈夫です」
鯉登さんがグッと言葉に詰まった。むしろなんでいけると思ったんだ。
「……そもそも、鯉登さんはなんで私なんかに構うんですか?」
女性のスカートが、惚れ惚れするほどに綺麗な円を描いて翻ったことを思い出す。量産品ではああはならないと思う。とても良い品のはずだ。高いヒールを履きこなす背筋の通った綺麗な姿勢に、自信にあふれた立ち振る舞い。鯉登さんの隣に立っても霞まないほどの存在感。性格は少々キツいかもしれないけれど、二人はどう見たってお似合いだと思う。
──あんたなんか釣り合うはずがないのに!
「あの女性が言った通り、私では不釣り合いすぎますよ。私のこと好きとか言ってますけど、一時の気の迷いなんじゃないですか?」
言っていて悲しくなってきた。もう半年は鯉登さんからのアプローチを受けている。一時の気の迷いにしては少し長い気がするけど、住む世界が違いすぎるから、自分の常識が通じるのか良く分からない。鯉登さんからの好意に舞い上がっている自分が居るのも確かだけど、本当に信じて良いのか、金持ちの気まぐれに振り回されて傷つくんじゃないかって、ビクビクしている臆病な自分の方が本体だ。のらりくらりと躱していれば、このまま鯉登さんとの楽しい日々は続いていく。YESでもNOでも、はっきりと答えてしまえば、この関係性が変わってしまいそうで怖い。私はとてもずるい人間だ。自分が起こした行動で、鯉登さんが離れていってしまうのが、私はとても怖かった。
「おいはっ!」
唐突な大声と共に、ぎゅっと手を握られビックリする。怒っているような真剣な眼差しに、前代未聞なオーダーをされたあの日のことを思い出す。てか今なんて言った?
「ナマエこっがわっぜぇすっじゃ!」
「……うん?」
「ナマエはわっぜぇよかおごじょじゃっど!わっぜぇむぞか!けしんまですっじゃ!結婚してくいやい!おいがこげん言ちょるにないごて信じてくれんのか、こん馬鹿すったんが!」
なんて?でも怒られているのは分かった。貴公子さながらの風貌で、どこかの方言らしき言葉で捲し立てるギャップがすごかった。呆気に取られていると、鯉登さんが急にハッとしてしおしおと項垂れた。
「わっぜげんなかぁ……」
恥ずかしい、ってことかな?あまり見たことのない鯉登さんの一面が見れて、内心少し嬉しかった。鯉登さんが小さく咳払いをする。
「とにかく、私は私とナマエが不釣り合いだなんて思ったことは一度もないし、この気持ちは初めて会った時から変わらない」
「う……」
今度はちゃんと分かる言葉でまっすぐ伝えられて、逃げ場を無くしてしまった。力強い眼光に怯んで視線を下に落とした。
「か、考えておきます……」
またしても歯切れの悪い答えを言う私に、てっきり鯉登さんは怒ると思っていた。
「よかよか」
それなのに、聞こえてきたのは軽やかな声だった。
「けしんまで考ゆっがよか。けしんまで付き合うど」
また良く分からない言葉で、しかし朗らかに笑いながら言われたので、私はほとほと困ってしまった。
──
ナマエのことがとても好きだ!
ナマエはとても良い女だ!とても可愛い!死ぬまで愛してる!結婚してくれ!私がこんなにも言っているのになぜ信じてくれないんだ、この馬鹿者!
死ぬまで考えれば良い。死ぬまで付き合おう
