カフェ店長シリーズ
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「端から端まで全部もらおう」
鯉登さんの前代未聞なオーダーを受けた日から約一週間。あれから鯉登さんと月島さんはほぼ毎日通ってくれている。あの時はパニックで言われるがまま全メニューを提供してしまったが、私一人で回しているので〝端から端まで〟なんて手間のかかるオーダーは金輪際止めてくださいと言えば、案外素直に受け入れてくれた。それからは大体ドリンク一つか、セットでクッキーやサンドイッチを買っていく普通に良い常連さんとして通ってくれていた。だから、私は鯉登さんが生粋のお坊ちゃまであることをすっかり忘れていたのである。
「うわ、何あれ……すご……」
店の前に黒塗りのなんかめちゃくちゃカッコいい車が止まった。車には疎いし、車種なんて分からないけど、普通じゃないことだけは分かる。無駄のないフォルムとピカピカに反射するボディ、ボンネットの先には銀色の何かが生えている。こんな高級そうな車を乗っていそうな人物といえば、一人だけ思いつくけど、まさか――
ガチャっとドアが開き、運転手にエスコートされて降りてきたのは鯉登さんだった。やっぱりお前か。
ふぅ、と髪を整え運転手に見向きもせずにこちらに向かって来る姿はまるでアカデミー賞授賞式会場へと向かうセレブのようで、誰かレッドカーペット敷きました? と聞きたくなるくらい様になっていた。高級車に気づいた周囲の人も何だ何だとざわつき始め、視線が一瞬にして鯉登さんに集まった。そんな視線をものともせずに鯉登さんが一直線に店内に入ってきたので、今度はうちの店に視線が集まった。本当にやめてくれ。多分いま手元のスマホでうちの口コミとか調べてるんでしょう。星3.2の普通のカフェだよ。芸能人もお忍びで通う隠れた名店とかじゃない。本当に、ごく普通のカフェなんだ。なのに、来客を告げるカランカランという安っぽいベルの音でさえ、この男の登場を祝福する福音のように聞こえてくるのだから不思議でしょうがない。
「い、いらっしゃいませ、鯉登さん」
「おはよう、ナマエ」
「おはようございます。すごい車ですね……」
「そうか?」
日曜の今日はさすがにオフなのか、いつものスーツではなくニットにパンツというカジュアルな格好の鯉登さんが新鮮だった。シンプルだが物も良ければスタイルも顔も良いので、それだけでドギマギしてしまう。白状すると、私は鯉登さんの顔にめっぽう弱い。
「今日は――カフェラテにしよう」
少し考える姿も様になるのだ、すごい男である。普段と違う雰囲気に、手が強張ってレジが打ちにくい。
「いつもナマエから貰ってばかりだからな」
貰ってばかりっていうかお買い上げいただいているんですけどね、と視線をレジから鯉登さんに移せば、眼前に目が痛くなるほどに真っ赤な4本のバラの花束が差し出された。
「私の気持ちだ、受け取って欲しい」
外の野次馬の何人かがひゃぁっと声を上げてよろけた。ガラス越しの後ろ姿でさえこんな破壊力があるのだ、鯉登さんを真正面から浴びせられた私は瀕死の重体である。なぜか一瞬、走馬灯のように月島さんの顔が浮かんだ。無意識のうちに助けを求めてしまっている。
「ナマエ?」
ハッと意識が戻ってまたバラが目に入った。同時に、期待する野次馬たちの姿も。ずるい。こんなの受け取る以外の選択肢なんてないじゃないか。ぎこちない動きで綺麗にラッピングされたバラを受け取れば、鯉登さんは満足そうに「似合うな」なんて歯の浮くセリフを言うものだから、ぎゅっとバラを持つ手に力が入り、ラッピングのフィルムが擦れるキシキシとした音が聞こえてきた。
バラなんて人生で初めてもらった。周りの視線も、鯉登さんの言動も、恥ずかしすぎて顔から火が出るようだった。もうこうなったら鬼のスピードでカフェラテを作って早々に帰ってもらおう。バラの花束をカウンターの上に置き、震える手でホットドリンク用のカップを手に取った。それからは無心で作業をし、気づいた時には商品を渡してお会計も済んでいた。
「また来る」
鯉登さんは私の目を見てそう言い残して、ドアをくぐっていった。降りた時と同じように運転手さんがドアを開け、そのまま乗り込むのかと思いきや、鯉登さんがこちらを振り返ってきた。手に持ったカフェラテを軽く上げながら見せた柔らかい笑みに、不覚にも心臓が跳ねた。この気持ちはなんだろう。カウンターのバラへと視線を落とせばより一層胸がムズムズと疼いた。
「すみません、さっきの人と同じのください!!」
「わっ⁉」
車が発進したのを合図に、外の人達がワッと押し寄せてきた。その日の売り上げは開店以来ぶっちぎりに良かったので、悔しいが鯉登さんには頭が下がる思いだ。しかも何故かうちのカフェの星が4.5になっていた。「芸能人もお忍びで通うお店」という口コミがついていて思わず唸ってしまった。違います。これって優良誤認とかに当たらない?大丈夫?でも自分で書き込んでいるわけではないし、勝手に勘違いされただけだし……と、キリキリと痛み始めた胃を鎮めるために自分に言い訳をして、スマホを置いた。通う店の星までも変える男、鯉登音之進――すごすぎる。
*
翌日、また何かの花束を持っているんじゃないかとドギマギしたが、月島さんを連れて現れたスーツ姿の鯉登さんは手ぶらだった。手ぶらだった、というとなんだか私が期待しているみたいだがそういうことではない。断じてない。
「飾ってくれているのか!」
鯉登さんは店内に入るやいなや、カウンターに生けられた四本のバラを見つけてパァアっと嬉しそうに言った。そんな顔をされると私も照れてしまう。住む世界が違いすぎてたまに……いや、良くドン引きしてしまうけど、鯉登さんのこういった素直で実直なところはとても好感を持てる。
「折角なのでこちらに飾らせていただきました。ほかのお客さんからも好評なんですよ」
「綺麗だ」
ポツリとこぼされた言葉に一瞬、体が固まった。バラが、だ。自意識過剰にもほどがある。
「あなたいつの間にバラなんて贈ったんですか」
呆れた月島さんの視線が、バラと鯉登さんを行き来している。
「まさか100本とか贈ってないですよね」
「贈るわけがないだろう、物事には順序があると言ったのは月島ではないか」
「ゆくゆく贈るつもりじゃないですか。せめて邪魔にならない10本以内に留めてください」
「いや、あの、贈り物とかもう結構ですので……」
私の言葉が聞こえていないのか、鯉登さんはハハンと少しバカにしたように続けた。
「月島ァ、もしかして花の本数に意味があることを知らないな?」
「本数?」
えっ?あるの?と私も思ったのは内緒だ。鯉登さんの視線がバラに落ちる。
「1本は一目ぼれ」
鯉登さんが生けられたバラを一本手に取った。
「2本はこの世界に二人だけ……3本は告白」
一本ずつ鯉登さんの手にバラが増えていく。
「4本は――」
また昨日の様に、真っ赤なバラが四本私に差し出され、鯉登さんの凛とした瞳が私を捉えた。
「――私の気持ちは死ぬまで変わらない、という意味だ」
「ひっ……」
暴力的なまでに美しい絵面から発せられた言葉に思わず後ずさってしまった。愛が重い。そんなものを私はカウンターに飾ってしまっていたのか。やばい、常連さんがさっき「えぇっ、4本貰ったのぉ?」と落ち着かないようにバラをチラチラと見ていたのを思い出した。もしかして、あの人もこの意味を知っていたのだろうか。
「ちなみに、プロポーズには12本や108本が使われることが多いから覚えておくといい……月島には一生関係ないかもしれんがな!」
ハハハ!と高らかに笑う鯉登さんの横で、バラの話題に触れてしまったことを後悔しているのか、月島さんが死んだ顔をしていた。そりゃそうだ、上司のあんな姿を見せつけられた上にいじられたら誰だってこうなる。っていうか今のセクハラじゃないのか。コンプラ大丈夫か、鯉登郵船。
「……面倒くさい」
虚ろな目で絞りだされた月島さんの言葉に色々と察してしまった。
2025.12.25加筆修正
鯉登さんの前代未聞なオーダーを受けた日から約一週間。あれから鯉登さんと月島さんはほぼ毎日通ってくれている。あの時はパニックで言われるがまま全メニューを提供してしまったが、私一人で回しているので〝端から端まで〟なんて手間のかかるオーダーは金輪際止めてくださいと言えば、案外素直に受け入れてくれた。それからは大体ドリンク一つか、セットでクッキーやサンドイッチを買っていく普通に良い常連さんとして通ってくれていた。だから、私は鯉登さんが生粋のお坊ちゃまであることをすっかり忘れていたのである。
「うわ、何あれ……すご……」
店の前に黒塗りのなんかめちゃくちゃカッコいい車が止まった。車には疎いし、車種なんて分からないけど、普通じゃないことだけは分かる。無駄のないフォルムとピカピカに反射するボディ、ボンネットの先には銀色の何かが生えている。こんな高級そうな車を乗っていそうな人物といえば、一人だけ思いつくけど、まさか――
ガチャっとドアが開き、運転手にエスコートされて降りてきたのは鯉登さんだった。やっぱりお前か。
ふぅ、と髪を整え運転手に見向きもせずにこちらに向かって来る姿はまるでアカデミー賞授賞式会場へと向かうセレブのようで、誰かレッドカーペット敷きました? と聞きたくなるくらい様になっていた。高級車に気づいた周囲の人も何だ何だとざわつき始め、視線が一瞬にして鯉登さんに集まった。そんな視線をものともせずに鯉登さんが一直線に店内に入ってきたので、今度はうちの店に視線が集まった。本当にやめてくれ。多分いま手元のスマホでうちの口コミとか調べてるんでしょう。星3.2の普通のカフェだよ。芸能人もお忍びで通う隠れた名店とかじゃない。本当に、ごく普通のカフェなんだ。なのに、来客を告げるカランカランという安っぽいベルの音でさえ、この男の登場を祝福する福音のように聞こえてくるのだから不思議でしょうがない。
「い、いらっしゃいませ、鯉登さん」
「おはよう、ナマエ」
「おはようございます。すごい車ですね……」
「そうか?」
日曜の今日はさすがにオフなのか、いつものスーツではなくニットにパンツというカジュアルな格好の鯉登さんが新鮮だった。シンプルだが物も良ければスタイルも顔も良いので、それだけでドギマギしてしまう。白状すると、私は鯉登さんの顔にめっぽう弱い。
「今日は――カフェラテにしよう」
少し考える姿も様になるのだ、すごい男である。普段と違う雰囲気に、手が強張ってレジが打ちにくい。
「いつもナマエから貰ってばかりだからな」
貰ってばかりっていうかお買い上げいただいているんですけどね、と視線をレジから鯉登さんに移せば、眼前に目が痛くなるほどに真っ赤な4本のバラの花束が差し出された。
「私の気持ちだ、受け取って欲しい」
外の野次馬の何人かがひゃぁっと声を上げてよろけた。ガラス越しの後ろ姿でさえこんな破壊力があるのだ、鯉登さんを真正面から浴びせられた私は瀕死の重体である。なぜか一瞬、走馬灯のように月島さんの顔が浮かんだ。無意識のうちに助けを求めてしまっている。
「ナマエ?」
ハッと意識が戻ってまたバラが目に入った。同時に、期待する野次馬たちの姿も。ずるい。こんなの受け取る以外の選択肢なんてないじゃないか。ぎこちない動きで綺麗にラッピングされたバラを受け取れば、鯉登さんは満足そうに「似合うな」なんて歯の浮くセリフを言うものだから、ぎゅっとバラを持つ手に力が入り、ラッピングのフィルムが擦れるキシキシとした音が聞こえてきた。
バラなんて人生で初めてもらった。周りの視線も、鯉登さんの言動も、恥ずかしすぎて顔から火が出るようだった。もうこうなったら鬼のスピードでカフェラテを作って早々に帰ってもらおう。バラの花束をカウンターの上に置き、震える手でホットドリンク用のカップを手に取った。それからは無心で作業をし、気づいた時には商品を渡してお会計も済んでいた。
「また来る」
鯉登さんは私の目を見てそう言い残して、ドアをくぐっていった。降りた時と同じように運転手さんがドアを開け、そのまま乗り込むのかと思いきや、鯉登さんがこちらを振り返ってきた。手に持ったカフェラテを軽く上げながら見せた柔らかい笑みに、不覚にも心臓が跳ねた。この気持ちはなんだろう。カウンターのバラへと視線を落とせばより一層胸がムズムズと疼いた。
「すみません、さっきの人と同じのください!!」
「わっ⁉」
車が発進したのを合図に、外の人達がワッと押し寄せてきた。その日の売り上げは開店以来ぶっちぎりに良かったので、悔しいが鯉登さんには頭が下がる思いだ。しかも何故かうちのカフェの星が4.5になっていた。「芸能人もお忍びで通うお店」という口コミがついていて思わず唸ってしまった。違います。これって優良誤認とかに当たらない?大丈夫?でも自分で書き込んでいるわけではないし、勝手に勘違いされただけだし……と、キリキリと痛み始めた胃を鎮めるために自分に言い訳をして、スマホを置いた。通う店の星までも変える男、鯉登音之進――すごすぎる。
*
翌日、また何かの花束を持っているんじゃないかとドギマギしたが、月島さんを連れて現れたスーツ姿の鯉登さんは手ぶらだった。手ぶらだった、というとなんだか私が期待しているみたいだがそういうことではない。断じてない。
「飾ってくれているのか!」
鯉登さんは店内に入るやいなや、カウンターに生けられた四本のバラを見つけてパァアっと嬉しそうに言った。そんな顔をされると私も照れてしまう。住む世界が違いすぎてたまに……いや、良くドン引きしてしまうけど、鯉登さんのこういった素直で実直なところはとても好感を持てる。
「折角なのでこちらに飾らせていただきました。ほかのお客さんからも好評なんですよ」
「綺麗だ」
ポツリとこぼされた言葉に一瞬、体が固まった。バラが、だ。自意識過剰にもほどがある。
「あなたいつの間にバラなんて贈ったんですか」
呆れた月島さんの視線が、バラと鯉登さんを行き来している。
「まさか100本とか贈ってないですよね」
「贈るわけがないだろう、物事には順序があると言ったのは月島ではないか」
「ゆくゆく贈るつもりじゃないですか。せめて邪魔にならない10本以内に留めてください」
「いや、あの、贈り物とかもう結構ですので……」
私の言葉が聞こえていないのか、鯉登さんはハハンと少しバカにしたように続けた。
「月島ァ、もしかして花の本数に意味があることを知らないな?」
「本数?」
えっ?あるの?と私も思ったのは内緒だ。鯉登さんの視線がバラに落ちる。
「1本は一目ぼれ」
鯉登さんが生けられたバラを一本手に取った。
「2本はこの世界に二人だけ……3本は告白」
一本ずつ鯉登さんの手にバラが増えていく。
「4本は――」
また昨日の様に、真っ赤なバラが四本私に差し出され、鯉登さんの凛とした瞳が私を捉えた。
「――私の気持ちは死ぬまで変わらない、という意味だ」
「ひっ……」
暴力的なまでに美しい絵面から発せられた言葉に思わず後ずさってしまった。愛が重い。そんなものを私はカウンターに飾ってしまっていたのか。やばい、常連さんがさっき「えぇっ、4本貰ったのぉ?」と落ち着かないようにバラをチラチラと見ていたのを思い出した。もしかして、あの人もこの意味を知っていたのだろうか。
「ちなみに、プロポーズには12本や108本が使われることが多いから覚えておくといい……月島には一生関係ないかもしれんがな!」
ハハハ!と高らかに笑う鯉登さんの横で、バラの話題に触れてしまったことを後悔しているのか、月島さんが死んだ顔をしていた。そりゃそうだ、上司のあんな姿を見せつけられた上にいじられたら誰だってこうなる。っていうか今のセクハラじゃないのか。コンプラ大丈夫か、鯉登郵船。
「……面倒くさい」
虚ろな目で絞りだされた月島さんの言葉に色々と察してしまった。
2025.12.25加筆修正
