カフェ店長シリーズ
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さっきからカウンター越しの鯉登さんの落ち着きがない。もうドリンクも渡したし、いつもなら少し世間話をして帰っていくのだけど、今日はその世間話もぎこちない。
「き、今日は天気が良いな!」
「そうですね……?」
ちなみに今日は曇りのち雨の予報で、天気の話題は2回目である。横に佇む月島さんに助けを求めても、あからさまに視線を逸らされてしまった。なんで?今日は二人とも少し様子がおかしい。どうしたんだろうと不思議に思っていると、ついに鯉登さんが黙り込んでしまった。気まずい沈黙が訪れる。その様子を見かねた月島さんが、やっと口を開いた。
「鯉登さん、これがラストチャンスです。あと5秒だけ待ちます。5、4」
「ま、ま、待て月島……!」
「3、2」
「……ナマエは水族館に興味はあるかッ?!」
腕時計を見ながら謎のカウトダウンを始めた月島さんに、鯉登さんが慌てて胸ポケットから何か取り出した。ここからそう遠くない場所にある水族館のチケットだった。2枚ある。どくん、と心臓が跳ねた。
「あると言えば、あります」
「そ、そうか、良かった!」
私の可愛げのない返事に対して、鯉登さんがチケットを1枚渡してきた。興味があるなら無料券をあげよう、という意味だったのか。"2人で行こう"という意味かと少しだけ期待した自分を、もう2度と出てくるなと心の奥底に閉じ込める。
「良いんですか?」
「ああ、会社の付き合いで貰ったものだからな」
「ありがとうございます。今度の定休日に行ってこようと思います」
月島さんの眉間に皺が増えた……ような気がした。鯉登さんが何か言いたげに口を開いたが、何も言葉が出てこない。そのまま静かに鯉登さんの口が閉じた瞬間、月島さんがシュバッとまるでジャブのような仕草をして、また腕時計を確認した。
「5、4、3……」
「わっ、わた、私と一緒に行ってくれないだろうかッ!」
少し息を荒くした鯉登さんが私を見下ろす。「やっぱり2人で行こうってことじゃん!!」と、奥底に閉じ込めたはずの自分が大声で叫ぶせいで、どんどん体温が上がっていく。鯉登さんはというと、いつもの自信はどこに置いてきたのか、まるで迷子の子供のように眉が下がっている。普段はカッコいい鯉登さんが、今日は随分と可愛く、情けなく見える。この人もこんな顔をするのか、と新しい一面に心臓が爆速で早まっていく。
「い、いいですよ……?」
「ほ、本当か?!」
パァアっと眩いばかりの笑顔が咲いた。直視できずに、咄嗟に手元のチケットに視線を落としてしまった。顔が熱い。普段、息をするように好きだとか結婚してくれとか言ってるくせに、なんで水族館に誘うのにそんなに緊張して嬉しそうにするのか。普通逆じゃないのか。なんなんだよ、もう。本当に鯉登さんという人がよく分からない。
「あっ、そういえばこの水族館なんですけど……」
熱よ早く引け、と念じながらスマホを取り出した。実はこの水族館は最近とても話題になっていて、さっき1人でも行きたいと思ったのもそれが理由だ。動揺しすぎてスマホのキーボードが上手くフリックできない。四苦八苦しながら検索に成功して、公式ホームページの画像を鯉登さんに見せる。
「今ちょうど生まれたての赤ちゃんアザラシがいるんですよ」
「かっ……!」
ギュン、ともの凄い勢いで鯉登さんが私のスマホに顔を近づけた。食い入るように、白くてふわふわの赤ちゃんアザラシを見ている。
「貸切にするぞッ!!」
「それは迷惑になるのでやめましょう」
月島さんの冷静なツッコミに鯉登さんが肩を落とした。"可愛い"よりも"貸切"が先に出てくるって鯉登さんの頭の中は本当にどうなってるんだ。
「では次の定休日を仮の日程とし、詳細は後ほどご連絡ということで良いですね?」
月島さんの提案に二人で頷く。まるでミーティングか何かを設定するような言い方が面白いし、そもそも私たちのことを月島さんに仕切ってもらっているのがとても面白い──と、思ったところで気づく。もしかして、出されたチケットが2枚だったからそう思い込んでいたけれど、本当は鯉登さんと月島さんと3人で行くっていうことだったのか?!会社付き合いで貰ったと言っていたから、月島さんだってチケットを貰っているはずだ。なんだ、それならそうと言ってくれたら良いのに、鯉登さんも随分思わせぶりなことをしてくれる。
「私は行きませんよ」
「当たり前だ。ついて来るな」
全て見透かしたようなことを月島さんに言われて、めちゃくちゃ恥ずかしかった。私はそんなに分かりやすく顔に出ていたのだろうか。カウンターの裏で崩れ落ちた私を、鯉登さんが不思議そうに覗き込んだ。やめて、見ないで。
では今日はこれで、という月島さんの声に慌てて立ち上がった。まるで何事もなかったかのように、月島さんが軽く会釈をして店から出て行く。その鋼のハートが羨ましい。その後をブンブンと手を大きく振る鯉登さんが続く。
そんな上機嫌な鯉登さんを不思議そうに目で追いながら、入れ替わりで杉元さんが来店した。カウンターの上に置きっぱなしのチケットを見つけ、後ろを振り返ってまた私を見た。来店して約30秒。速攻でバレた。大人しく水族館に誘われたことを白状すれば、キャー!とどこから出しているのか分からない可愛い声を出しながら、その場でぴょんぴょん跳ね始めた。図体がでかい割に全然音も振動もない。バネがすごい。
「それってデートじゃん!デートじゃん!」
カウンター越しに杉元さんがバシバシと腕を叩いてくる。痛い。
「違いますよ。ただ……赤ちゃんアザラシ、見に行くだけです……」
「それをデートと呼ばずに……まあいいや、いつ行くの?」
「多分、今度の定休日です」
杉元さんに答えながら、でもその日は平日なんだよなと思った。平日の方が空いているし、ゆっくりと見られそうだけど、鯉登さんは有休を使ってくれるのだろうか。そうだとしたらなんだか申し訳ない。
「えぇ~俺試合ある日だぁ……」
「何ついて来ようとしてるんですか」
「いや、邪魔はしないから。こっそり後ろから見守るだけで良いから。水槽バックにいい感じのツーショット撮ってあげるから」
「絶対やめてください」
杉元さんは実業団所属のアイスホッケー選手らしい。国体とかにも出ているすごい人だと最初に知った時はびっくりしたが、こんなに強そうなただの一般会社員がいるはずもないなと妙に納得してしまった。試合サボろっかなぁ、と冗談なのか本気なのか分からないことを言いはじめたので、慌てて話題を変える。
「ご注文は何ですか?」
「えっと今日は……アイスココア、氷少なめ、ホイップとチョコチップマシマシで!」
ラーメン屋か、心の中でツッコミながら差し出されたバーコードを読み取った。決済時の陽気な掛け声が店内に響く。
「ふふ、ミョウジさんニヤけてるよ」
「……ニヤけてないです」
「素直になりなよぉ。嬉しいんでしょ、デートに誘われて」
カウンターに頬杖をついた杉元さんにからかわれてムズムズする。目がキラキラしている。すっかり恋バナモードだ。
「どうせ私なんかとか、一時の気の迷いなんじゃないかとか、釣り合わないとかまだ考えてるんでしょ」
「うっ……」
図星だ。全部あってる。
「もっとあいつのこと、信じてみても良いんじゃない?」
杉元さんが優しく微笑んだ。
信じてみたらと言われても、大人になるとどうしても傷つくのが怖くなる。ちょっとしたかすり傷だって、治るのに時間がかかるし、治った後もたまにひどく痛むこともある。一歩を踏み出す勇気よりも、その場に留まる方を選んでしまう。
ふと、さっきの鯉登さんの不安そうな顔を思い出した。鯉登さんも、傷つくのが怖かったんだろうか。こんな庶民に断られたって、鯉登さんレベルの人には痛くも痒くもないはずなのに。逆にド庶民に断られる方が傷つくのだろうか。いや、でも、鯉登さんはそんな人じゃない。多分、ちゃんと私と向き合ってくれているんだ。だから怖くて、不安で、あんな顔をしていた。
私は本当に、鯉登さんに甘えてばかりだ。
「……デート、何着て行ったら良いと思います?」
腹を括って絞り出した言葉に、杉元さんが目を見開いて固まった。
「やだぁ、待って、無理……しんどい……」
急に天を仰いで、どこかの限界オタクみたいなことを呟き始めた。どうしたんだ。それよりアイスココアを全然作ってなかったことに気づいて、バレる前に慌てて作り始める。
新しい服、買いに行こうかな。
「……ねぇやっぱり俺もついて行きたい」
「やめてくださいってば」
「き、今日は天気が良いな!」
「そうですね……?」
ちなみに今日は曇りのち雨の予報で、天気の話題は2回目である。横に佇む月島さんに助けを求めても、あからさまに視線を逸らされてしまった。なんで?今日は二人とも少し様子がおかしい。どうしたんだろうと不思議に思っていると、ついに鯉登さんが黙り込んでしまった。気まずい沈黙が訪れる。その様子を見かねた月島さんが、やっと口を開いた。
「鯉登さん、これがラストチャンスです。あと5秒だけ待ちます。5、4」
「ま、ま、待て月島……!」
「3、2」
「……ナマエは水族館に興味はあるかッ?!」
腕時計を見ながら謎のカウトダウンを始めた月島さんに、鯉登さんが慌てて胸ポケットから何か取り出した。ここからそう遠くない場所にある水族館のチケットだった。2枚ある。どくん、と心臓が跳ねた。
「あると言えば、あります」
「そ、そうか、良かった!」
私の可愛げのない返事に対して、鯉登さんがチケットを1枚渡してきた。興味があるなら無料券をあげよう、という意味だったのか。"2人で行こう"という意味かと少しだけ期待した自分を、もう2度と出てくるなと心の奥底に閉じ込める。
「良いんですか?」
「ああ、会社の付き合いで貰ったものだからな」
「ありがとうございます。今度の定休日に行ってこようと思います」
月島さんの眉間に皺が増えた……ような気がした。鯉登さんが何か言いたげに口を開いたが、何も言葉が出てこない。そのまま静かに鯉登さんの口が閉じた瞬間、月島さんがシュバッとまるでジャブのような仕草をして、また腕時計を確認した。
「5、4、3……」
「わっ、わた、私と一緒に行ってくれないだろうかッ!」
少し息を荒くした鯉登さんが私を見下ろす。「やっぱり2人で行こうってことじゃん!!」と、奥底に閉じ込めたはずの自分が大声で叫ぶせいで、どんどん体温が上がっていく。鯉登さんはというと、いつもの自信はどこに置いてきたのか、まるで迷子の子供のように眉が下がっている。普段はカッコいい鯉登さんが、今日は随分と可愛く、情けなく見える。この人もこんな顔をするのか、と新しい一面に心臓が爆速で早まっていく。
「い、いいですよ……?」
「ほ、本当か?!」
パァアっと眩いばかりの笑顔が咲いた。直視できずに、咄嗟に手元のチケットに視線を落としてしまった。顔が熱い。普段、息をするように好きだとか結婚してくれとか言ってるくせに、なんで水族館に誘うのにそんなに緊張して嬉しそうにするのか。普通逆じゃないのか。なんなんだよ、もう。本当に鯉登さんという人がよく分からない。
「あっ、そういえばこの水族館なんですけど……」
熱よ早く引け、と念じながらスマホを取り出した。実はこの水族館は最近とても話題になっていて、さっき1人でも行きたいと思ったのもそれが理由だ。動揺しすぎてスマホのキーボードが上手くフリックできない。四苦八苦しながら検索に成功して、公式ホームページの画像を鯉登さんに見せる。
「今ちょうど生まれたての赤ちゃんアザラシがいるんですよ」
「かっ……!」
ギュン、ともの凄い勢いで鯉登さんが私のスマホに顔を近づけた。食い入るように、白くてふわふわの赤ちゃんアザラシを見ている。
「貸切にするぞッ!!」
「それは迷惑になるのでやめましょう」
月島さんの冷静なツッコミに鯉登さんが肩を落とした。"可愛い"よりも"貸切"が先に出てくるって鯉登さんの頭の中は本当にどうなってるんだ。
「では次の定休日を仮の日程とし、詳細は後ほどご連絡ということで良いですね?」
月島さんの提案に二人で頷く。まるでミーティングか何かを設定するような言い方が面白いし、そもそも私たちのことを月島さんに仕切ってもらっているのがとても面白い──と、思ったところで気づく。もしかして、出されたチケットが2枚だったからそう思い込んでいたけれど、本当は鯉登さんと月島さんと3人で行くっていうことだったのか?!会社付き合いで貰ったと言っていたから、月島さんだってチケットを貰っているはずだ。なんだ、それならそうと言ってくれたら良いのに、鯉登さんも随分思わせぶりなことをしてくれる。
「私は行きませんよ」
「当たり前だ。ついて来るな」
全て見透かしたようなことを月島さんに言われて、めちゃくちゃ恥ずかしかった。私はそんなに分かりやすく顔に出ていたのだろうか。カウンターの裏で崩れ落ちた私を、鯉登さんが不思議そうに覗き込んだ。やめて、見ないで。
では今日はこれで、という月島さんの声に慌てて立ち上がった。まるで何事もなかったかのように、月島さんが軽く会釈をして店から出て行く。その鋼のハートが羨ましい。その後をブンブンと手を大きく振る鯉登さんが続く。
そんな上機嫌な鯉登さんを不思議そうに目で追いながら、入れ替わりで杉元さんが来店した。カウンターの上に置きっぱなしのチケットを見つけ、後ろを振り返ってまた私を見た。来店して約30秒。速攻でバレた。大人しく水族館に誘われたことを白状すれば、キャー!とどこから出しているのか分からない可愛い声を出しながら、その場でぴょんぴょん跳ね始めた。図体がでかい割に全然音も振動もない。バネがすごい。
「それってデートじゃん!デートじゃん!」
カウンター越しに杉元さんがバシバシと腕を叩いてくる。痛い。
「違いますよ。ただ……赤ちゃんアザラシ、見に行くだけです……」
「それをデートと呼ばずに……まあいいや、いつ行くの?」
「多分、今度の定休日です」
杉元さんに答えながら、でもその日は平日なんだよなと思った。平日の方が空いているし、ゆっくりと見られそうだけど、鯉登さんは有休を使ってくれるのだろうか。そうだとしたらなんだか申し訳ない。
「えぇ~俺試合ある日だぁ……」
「何ついて来ようとしてるんですか」
「いや、邪魔はしないから。こっそり後ろから見守るだけで良いから。水槽バックにいい感じのツーショット撮ってあげるから」
「絶対やめてください」
杉元さんは実業団所属のアイスホッケー選手らしい。国体とかにも出ているすごい人だと最初に知った時はびっくりしたが、こんなに強そうなただの一般会社員がいるはずもないなと妙に納得してしまった。試合サボろっかなぁ、と冗談なのか本気なのか分からないことを言いはじめたので、慌てて話題を変える。
「ご注文は何ですか?」
「えっと今日は……アイスココア、氷少なめ、ホイップとチョコチップマシマシで!」
ラーメン屋か、心の中でツッコミながら差し出されたバーコードを読み取った。決済時の陽気な掛け声が店内に響く。
「ふふ、ミョウジさんニヤけてるよ」
「……ニヤけてないです」
「素直になりなよぉ。嬉しいんでしょ、デートに誘われて」
カウンターに頬杖をついた杉元さんにからかわれてムズムズする。目がキラキラしている。すっかり恋バナモードだ。
「どうせ私なんかとか、一時の気の迷いなんじゃないかとか、釣り合わないとかまだ考えてるんでしょ」
「うっ……」
図星だ。全部あってる。
「もっとあいつのこと、信じてみても良いんじゃない?」
杉元さんが優しく微笑んだ。
信じてみたらと言われても、大人になるとどうしても傷つくのが怖くなる。ちょっとしたかすり傷だって、治るのに時間がかかるし、治った後もたまにひどく痛むこともある。一歩を踏み出す勇気よりも、その場に留まる方を選んでしまう。
ふと、さっきの鯉登さんの不安そうな顔を思い出した。鯉登さんも、傷つくのが怖かったんだろうか。こんな庶民に断られたって、鯉登さんレベルの人には痛くも痒くもないはずなのに。逆にド庶民に断られる方が傷つくのだろうか。いや、でも、鯉登さんはそんな人じゃない。多分、ちゃんと私と向き合ってくれているんだ。だから怖くて、不安で、あんな顔をしていた。
私は本当に、鯉登さんに甘えてばかりだ。
「……デート、何着て行ったら良いと思います?」
腹を括って絞り出した言葉に、杉元さんが目を見開いて固まった。
「やだぁ、待って、無理……しんどい……」
急に天を仰いで、どこかの限界オタクみたいなことを呟き始めた。どうしたんだ。それよりアイスココアを全然作ってなかったことに気づいて、バレる前に慌てて作り始める。
新しい服、買いに行こうかな。
「……ねぇやっぱり俺もついて行きたい」
「やめてくださいってば」
