短編
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「なんだそれ」
「貰い物です」
ガサガサとビニール袋からお菓子を取り出して、テーブルの上に並べ始めた私を尾形さんが怪訝そうに見つめてきた。グミ、チョコ、クッキー、飴……色とりどりの大小様々なお菓子のパッケージが二人用のダイニングテーブルを埋め尽くしていく。これらは全部、同じプロジェクトに携わっている人から貰ったものだ。元々何かとお菓子を渡してくる人で、最初は飴ちゃんやチョコを一つ二つとかだったのに、最近はどんどん増えてきて、今日はついに袋で渡されてしまった。長期プロジェクトでこれからも長い付き合いになるし、「ミョウジさんには色々お世話になってるから」とにこやかに言われてしまっては無碍にすることもできず、「他の人には内緒ね」と言われて配ることもできずにそのまま持って帰ってきたのだった。
「誰から」
「プロジェクトマネジメント部の人です」
名前を伝えれば知っているのか、一言「あぁ」と相槌を打っただけだった。
「なんか最近良く貰うんですよね、ははは……」
言いながらチラリと伺った尾形さんの顔はいつものように無表情で、感情が読み取れない。何かもっと反応してくれるんじゃないかとちょっと期待していた自分が恥ずかしくて、乾いた笑いが痛々しく部屋に響いた。
尾形さんは気にならないんだろうか。私は嫌だけどな、尾形さんが女の人から何か貰ってたら。飴ちゃんを一度くらいならまだいいけど、何度も貰っていたら確実に嫉妬する。袋いっぱいのお菓子なんて論外だ。私がそんなことを考えているなんて知らない尾形さんは、テーブルの上のグミやらチョコやらを開けて、色々と楽しんでいるようだった。
「尾形さんは嫌じゃないんですか?」
「何が?」
「私がこういうの、貰ってくるの……」
そっけない反応を見ているうちに、自分の中に留めておけなくなった感情をもごもごと吐露すれば、尾形さんがチョコを一粒口に放り入れた。
「利用できるものは利用しとけ」
納得できずにむぅっと尾形さんを見つめれば、フンッと鼻で笑われた。本当に全然気にしてないみたいな顔が気に食わない。そりゃあ全部スーパーで買えるようなお菓子だし?私が過剰に反応しているだけかもしれないけどさ、普通もうちょっと嫌がるものなんじゃないの?少しはやきもち焼いてくれたっていいのに。
元々尾形さんは言葉にする方でもなければ行動に移す方でもないけど、そんなの気にならないくらい一緒にいるのが心地良くて、今年から同棲までし始めてしまった。住んでいた地区の大規模な再開発で私が立ち退きを余儀なくされた時に、ちょうど尾形さんも賃貸契約の更新が近かったらしく、それなら二人で住むかという流れになったのだ。私が追い出されるタイミングで尾形さんに賃貸契約の更新があるなんて、そんな偶然あるんだな。ははぁ、なるほどこれが運命か、と浮かれながら物件探しをしたのは記憶に新しい。冷静になって思い返せば、あの時だって浮き足立って物件を探す私と尾形さんには温度差があった。「それで良いんじゃないか」「俺は別になんでもいい」とか良く言ってた気がする。普段だって、好きだと言葉にして甘える私をそっけなくあしらっている。淡白で不器用な所も好きだなぁとか思っていたけど、なんだか急に私だけが好きみたいで寂しくなってきた。
「……お風呂、先入っちゃいますね」
そう言い残して席を立った。ん、と短い返事をした尾形さんの視線はパッケージの裏に向けられている。
私たちは、上手く行っているのだろうか。尾形さんは私のことをちゃんと好きなのだろうか。好きでもない人間と一緒にいる人ではないと思うけど、同棲までしてしまった手前、別れるのが面倒なだけなのかもしれない。興味がないから「利用するだけ利用しとけ」って言えるのかな。モヤモヤとした気持ちを抱えながら、その夜は手早くお風呂を済ませて、不貞寝をするように一人早めにベッドに潜りこんだ。
*
「ねぇどう思う?」
「あ、なんだっけ?」
「もー、なんで聞いてないの」
「尾形の話なんて聞きたくないからに決まってるだろ」
折角美味しいもの食べてるのに、と杉元が迷惑そうに一人ごちた。尾形さんと仲が悪いのは重々承知しているけど、私たちが付き合っていることを知っているのは同期の杉元だけなので、必然的に杉元に色々と相談することが多かった。今日も申し訳ないなと思いつつも、未だにあのお菓子の件が胸につっかえていて、杉元に聞いて欲しくて、「恋のお話聞いて?」と無理やり捕まえて人気のカレー店に一緒に来ていた。
「だから尾形なんか止めろって言ったのに」
「『なんか』なんて言わないで」
こんな話をしているけど、私の好きな人をそういうふうに言われるのは良い気がしない。はいはい、と面倒そうに私をあしらいながらカツカレーを食べ進める杉元に対して、もう一度先週あったことを一から話し始めた。
「……ちなみに杉元だったらどう思う?」
「俺?んー……俺だったら嫌だな、絶対嫌だ」
「やっぱり?」
「そのお菓子全部捨てたい。勿体無いからしないけど」
杉元がカツカレーをまた一口口に運んで、「捨てれないから俺が全部食べるかな」なんてもぐもぐしながら続けた。そうだよね、普通は良い気はしないよね、と思って私もカレーを掬ったけど、何となく手が止まってしまってそのままスプーンの上のご飯とルーを見つめてしまった。やっぱり、尾形さんは私に興味ないのかな。
「まあでも……そんな顔しなくても、尾形も案外色々考えてるんじゃないかな」
「そうかなぁ?」
「だってあいつ……あー、いや……なんでもない」
「えっ、何?そこで止められると気になるんだけど!」
なになに、と前のめりに杉元を問い詰めても何でもないと返されてしまうだけだった。
「ていうかさ、そのなんだっけ、PM部の人?気をつけた方が良いよ」
「なんで?」
「多分……絶対、碌な奴じゃない」
「そうなの?そんな人には見えないけど」
多分なのか絶対なのか良く分からない、ふわっとしたことを言う杉元に首を傾げた。杉元は難しい顔をしながら、うーんと慎重に言葉を探しているようだった。
「いや、なんつうか……なんとなく、ダメだと思う」
「えぇ、何それ。勘?」
「そう!そうそう、男の勘」
「男の勘かぁ……」
当たるのかな。女の勘ほど聞かない言葉だから、当たらない気がするような、しないような。でも勘って侮れないよねぇ、と返したことで話題は白石君が「今日は絶対に当たる気がする!」と競馬場に駆け込んで本当に万馬券を当てたことに変わり、その後は共通の友人や最近観たドラマのことなどについて話しながら、仲の良い同期との楽しいランチを済ませた。
「あ、俺コンビニ寄ってから戻るわ」
「はーい、今日はありがとうね」
「これで最後にしてね」
約束はできないかもしれない。苦笑いしながら杉元と別れて一人で会社に戻った先で、悩みの種の人と廊下でばったりと鉢合わせてしまった。手にはビニール袋が下げられていて、まだ自分のものだと確定していないのに反射的にギクリと身構えた。
「ミョウジさん!ちょうど良かった。あとで渡そうと思ってたんですけど、これいつもの。良かったらどうぞ」
「えっ?あぁ、いや、そんな、悪いですって、この間たくさん貰ったばかりですし……」
ああーやっぱり私のだったんだ……と貰い物をしているのにも関わらず失礼なことを思った。悪いですよ、と縮こめた両手を振って精一杯の意思表示をしたものの、いいのいいのと爽やかな笑顔で強引にビニールいっぱいのお菓子を押し付けられた。この人の、こうやって勝手に距離を詰めてくる感じが、ちょっと苦手だ。尾形さんだったら、こういうことはしないのに。
「いやぁ……でも、いつも貰ってばかりで申し訳なくて……」
「なら今度ランチとかでもどう?」
プロジェクトのことでもう少し話したいし、と続けられた言葉は脳内に音として届いたものの、処理されずにすぐに消えていった。ちょうど肩越しに、エレベーターから降りてきた尾形さんが目に入ったからだ。よりによってこんな時に会うなんてタイミングが悪すぎる。どんどん近づいてくる尾形さんに冷や汗が止まらない。やましい事は何もないけど、こんなところ見られたくなかった。私だったら、絶対に見たくないから。
「ミョウジさん?」
「あっ、えっと……なんでしたっけ」
「良かったら──」
「なんだナマエ、また貰ったのか」
聞き馴染みのある低い声がすぐそこでした。驚きに、バッと二人同時に声の発生源へと首を動かした。
「また甘いものばかりだな」
集まった視線なんて全く意に介さず、横についた尾形さんが私の手ごとビニール袋を持ち上げ、中を覗き込んで呟いた。確かに前回も甘いものばかりで二人で食べ切るのに苦労したけど、私は貰い物に真っ向から文句を言う神経を持ち合わせていないので、本人を前にそんなことを言い始めた尾形さんに冷や汗がドッと吹き出した。
「いつも悪いな、家で美味しく頂いてるぞ」
目を動かさず、薄っすらと口角を上げた尾形さんに相手の顔が引きつった。今、尾形さんはわざわざ「いつも」「家で」と言った。いつもって、貰ったお菓子を尾形さんに渡したのはこの間が初めてだったのに。しかも家で、って私たちの関係をわざわざ分かるように伝えるなんて。あれ……?そういえばさっきナマエって呼ばれた?普段会社ではミョウジって呼んでるのに。えっ、急にどうしたの?わざわざ言うことでもないし、周りに色々言われるのも面倒だから、私たちの関係は職場では秘密にしているのに。なんで?利用できるものは利用しとけって言ってませんでした?頭がたくさんの疑問で埋め尽くされてパニックになる。
白熊 無断転載禁止
「えっ……ミョウジさんの彼氏って、尾形さん……?」
「……あっ!えっと、すみません、違うんです」
「あっ、いや……大丈夫!じゃ、じゃあ、またあとで、会議で!」
「次は酒が進むものも頼む」
引きつった愛想笑いを貼り付けながらそそくさと去っていく相手を、ニヤニヤと見つめ続ける尾形さんにため息がこぼれた。
「……利用しとけって言ってませんでした?」
「酒の肴を頼んだだろ」
ビニール袋をまるで自分の物のように手から下げて、尾形さんが部署に戻ろうとしたので数歩遅れて追いかけた。
「……何が『違う』んだよ」
何のことかと一瞬思ったけど、さっき咄嗟に「違うんです」と口走ってしまったことに気づいた。
「俺と付き合ってるのがバレるのが嫌なのか」
「それは尾形さんじゃないですか」
「そんなこと一度も言ってないだろ」
言ってましたよ、言ってない、と不毛な押し問答を何度か繰り返してから足を止めた。幸い、見通しのいい廊下には今誰もいない。同僚たちが通りがからないうちに、もう少し二人で話をしたかった。この機会を逃したらいけないような気がした。
「だって、バレると面倒って……」
「面倒なだけで嫌とは言っていない」
「とんちみたいなこと言わないでくださいよ」
一休さん?あ、百休さんですか?むしゃくしゃとした気持ちを子供のようにぶつけていたら、突然鼻先をぎゅむっと摘まれてフガッと変な声が出た。ハハッと随分と楽しそうな笑い声を上げた尾形さんが「昼、もう食ったのか」と聞いてきた。もうこの話は終わりだということだろうか。私はもっと話したかったのに。
「さっき帰って来たところです」
「一人で行ったのか」
「いや、杉元と行って来ました」
「は?なんで杉元と……」
尾形さんの表情が一変した。声も一段と低くなり、不愉快という感情を前面に押し出してくるその様子がちょっと嬉しくて、「尾形さんのこと相談してました」と追い打ちをかけてみた。
「尾形さん、私に興味ないのかなって」
「……なんで、そうなる」
「だって私は嫌ですよ、尾形さんが女の人から何回も物もらってたら。でも尾形さんは気にならないんでしょう?それくらい興味がないんでしょう?」
興味がない、と初めて言葉にしたら思ったよりもダメージが大きくて、少しだけ視界が滲んだ。尾形さんからの返事はない。眉間にまた深い皺が刻まれただけだ。
「……お前は先戻ってろ」
おもむろに、数歩先にあった非常階段への扉を開けて下りて行った尾形さんを慌てて追った。重い音を立てて扉が閉まれば、四方を壁に囲まれた、階段だけが続く無機質な空間に閉じ込められる。
「待って、どこ行くんですか?」
「……集積所」
「なんで?」白熊 無断転載禁止
「捨てに行くからに決まってんだろ」
「え?!ダメですよ、勿体無いですって!!」
主語が無かったけど、今尾形さんが手に持っているのはあのお菓子の袋だけだ。コンコンと一定のリズムで階段を下る革靴の足音が反響して、やけに大きく聞こえる。
「どうしたんですか、利用しとけって言ってたのに」
「気が変わった」
「でもお菓子には罪はないですから!ね?」
下へ下へと下り続ける背中を目指して、私も階段を駆け下りた。追いついて「食べ物を粗末にするのはやめましょうよ」と腕を掴めば、尾形さんがとても不機嫌そうに振り返った。
「お前はあんな奴に貰った物を体に入れるのか」
「いや食べたじゃないですか先週、一緒に!」
「胸糞悪ぃ、早く全部吐き出せ」
「理不尽!」
燃やさなければ気が済まないとまた一段一段下りていく尾形さんに引きずられるように、私も階段を下りていく。
「ど、どうしちゃったんですか尾形さん。ねえ、私、言ってくれなきゃ分かりません」
やっと足を止めた顔を下から覗き込めば、尾形さんの眉間にはぐぐっと深い皺が寄っていた。ぎゅっと結んだ口と、どこか下の方を見つめる瞳は、不満そうな子供のようだった。
「……菓子くらい、と思ってた」
初めて見る表情に驚いていると、視線を外したまま尾形さんがゆっくりと小さい声で話し始めた。
「さっき見たら、無性に腹が立った」
それは、つまり──
「やきもち?!やきもち焼いてくれたんですか?!」
「声が大きい」
しんとした非常階段に私の声が反響して、ジンジンと残った音が鼓膜を永遠に揺らし続ける。尾形さんが嫉妬してる!と、ここが会社なのを忘れて衝動に任せて掴んでいた腕に抱きつけば、よろけた体が壁に当たってウッと小さく尾形さんが呻いた。
「あっ!杉元!食べるの嫌ならお菓子は杉元にあげましょう!杉元は甘いもの大好きだから絶対喜びっ……?!」
ガッと突然歯が唇の裏に当たった。ぼやけても分かるほどに黒々とした瞳と至近距離で視線が交わって、びっくりして息が止まった。
「なっ、なんで……」
一瞬だけ重なった唇は弾力があって、少しひんやりとしていた。離れる間際に撫ぜられた左耳が熱い。
「……お前カレー食っただろ」
「やだ!恥ずかしい!!」
キィンと耳障りな音を立てて反響するほどの大声に、尾形さんが空いている方の手で耳を塞いだ。その隙に袋を奪って、扉まで駆け上がってドアノブに手をかけた。いつも尾形さんからキスされる時は頬とか額だから、唇に触れてくるのは本当にレアなことだったのに勿体無いことをしてしまった。あとでちゃんと歯磨きして、帰ったら私からし直しても良いかな。良いよね。
「尾形さん」
振り返って呼びかけたら、少し下の方で階段に足をかけていた尾形さんが私を見上げてきた。
「……大好き」
反応も見ずに勢いよく扉を開けて廊下に戻れば、ちょうど同僚が通りがかったところでかなり驚かせてしまった。健康のために階段を使ってるんです、と弾む息で嘘まみれの会話をしながら席まで戻り、トイレで念入りに歯磨きをしてから何事もなかったかのように午後の仕事を再開した。
「なんで俺が……いや貰うけどさ」
「ごめんね、明日子さんにも分けてね」
「うん。まあ、解決したんなら良かったよ」
空き時間に杉元にお菓子の袋を渡しながら、ふと一つの疑問が湧いた。なんであの時「彼氏って尾形さん?」とあの人は驚いていたんだろう。まるで私に彼氏が居ることを知っていたような言い方だ。いや、知っているならなんでこんな誤解されるような行動を取ってたんだ?ランチに行こうとも言っていた。もしかして私、お菓子渡せば靡くちょろい奴とでも思われてたのかな。しかもスーパーのお菓子で。せめてデパ地下の物をくれたら良かったのに。碌な人間じゃないな。確かに私はちょろいかもしれないけど、私がちょろいのは尾形さんにだけなのに。時間差でふつふつと怒りが湧き上がってきた。
「杉元の言う通りあの人多分、絶対、碌な人じゃなかった」
「あ、やっぱり?」
「男の勘すごいね」
「まあね」白熊 無断転載禁止
翌日、「お酒が進むものです」と今度はおつまみ系がギッシリと入った重い袋を一方的に押し付けられるように渡され、あの碌でもない男はそそくさと帰って行った。それから何かを渡してくることはなくなって、会話も仕事で必要最低限のものを交わすだけになり、私は快適な労働環境を取り戻すことができた。
「どっちかに全振りするしかできねぇのか」
セレクトが悪い。仕事も出来なさそうだな。全部スーパーで買える安物じゃねぇか。テーブルの上に色んな種類の柿の種を出しながら、ふてぶてしく文句を言い続ける尾形さんに抱きついて、素早く唇を重ねた。
「……お前はこれ食うなよ」
2024.11.15
「誤字くらいでネチネチと……!ミョウジに彼氏が居るらしいって裏で噂流して牽制してるの本人にバラすぞ!」
「おいやめろ」
「同棲までしといて回りくどいんだよお前!早く振られろ!」
「ふざけるな、テメェの頭は文字どころか言って良いことと悪いことの区別もつかねぇのか」
「ベタ惚れじゃねーか!その気持ちをミョウジにぶつけろよ!」
「貰い物です」
ガサガサとビニール袋からお菓子を取り出して、テーブルの上に並べ始めた私を尾形さんが怪訝そうに見つめてきた。グミ、チョコ、クッキー、飴……色とりどりの大小様々なお菓子のパッケージが二人用のダイニングテーブルを埋め尽くしていく。これらは全部、同じプロジェクトに携わっている人から貰ったものだ。元々何かとお菓子を渡してくる人で、最初は飴ちゃんやチョコを一つ二つとかだったのに、最近はどんどん増えてきて、今日はついに袋で渡されてしまった。長期プロジェクトでこれからも長い付き合いになるし、「ミョウジさんには色々お世話になってるから」とにこやかに言われてしまっては無碍にすることもできず、「他の人には内緒ね」と言われて配ることもできずにそのまま持って帰ってきたのだった。
「誰から」
「プロジェクトマネジメント部の人です」
名前を伝えれば知っているのか、一言「あぁ」と相槌を打っただけだった。
「なんか最近良く貰うんですよね、ははは……」
言いながらチラリと伺った尾形さんの顔はいつものように無表情で、感情が読み取れない。何かもっと反応してくれるんじゃないかとちょっと期待していた自分が恥ずかしくて、乾いた笑いが痛々しく部屋に響いた。
尾形さんは気にならないんだろうか。私は嫌だけどな、尾形さんが女の人から何か貰ってたら。飴ちゃんを一度くらいならまだいいけど、何度も貰っていたら確実に嫉妬する。袋いっぱいのお菓子なんて論外だ。私がそんなことを考えているなんて知らない尾形さんは、テーブルの上のグミやらチョコやらを開けて、色々と楽しんでいるようだった。
「尾形さんは嫌じゃないんですか?」
「何が?」
「私がこういうの、貰ってくるの……」
そっけない反応を見ているうちに、自分の中に留めておけなくなった感情をもごもごと吐露すれば、尾形さんがチョコを一粒口に放り入れた。
「利用できるものは利用しとけ」
納得できずにむぅっと尾形さんを見つめれば、フンッと鼻で笑われた。本当に全然気にしてないみたいな顔が気に食わない。そりゃあ全部スーパーで買えるようなお菓子だし?私が過剰に反応しているだけかもしれないけどさ、普通もうちょっと嫌がるものなんじゃないの?少しはやきもち焼いてくれたっていいのに。
元々尾形さんは言葉にする方でもなければ行動に移す方でもないけど、そんなの気にならないくらい一緒にいるのが心地良くて、今年から同棲までし始めてしまった。住んでいた地区の大規模な再開発で私が立ち退きを余儀なくされた時に、ちょうど尾形さんも賃貸契約の更新が近かったらしく、それなら二人で住むかという流れになったのだ。私が追い出されるタイミングで尾形さんに賃貸契約の更新があるなんて、そんな偶然あるんだな。ははぁ、なるほどこれが運命か、と浮かれながら物件探しをしたのは記憶に新しい。冷静になって思い返せば、あの時だって浮き足立って物件を探す私と尾形さんには温度差があった。「それで良いんじゃないか」「俺は別になんでもいい」とか良く言ってた気がする。普段だって、好きだと言葉にして甘える私をそっけなくあしらっている。淡白で不器用な所も好きだなぁとか思っていたけど、なんだか急に私だけが好きみたいで寂しくなってきた。
「……お風呂、先入っちゃいますね」
そう言い残して席を立った。ん、と短い返事をした尾形さんの視線はパッケージの裏に向けられている。
私たちは、上手く行っているのだろうか。尾形さんは私のことをちゃんと好きなのだろうか。好きでもない人間と一緒にいる人ではないと思うけど、同棲までしてしまった手前、別れるのが面倒なだけなのかもしれない。興味がないから「利用するだけ利用しとけ」って言えるのかな。モヤモヤとした気持ちを抱えながら、その夜は手早くお風呂を済ませて、不貞寝をするように一人早めにベッドに潜りこんだ。
*
「ねぇどう思う?」
「あ、なんだっけ?」
「もー、なんで聞いてないの」
「尾形の話なんて聞きたくないからに決まってるだろ」
折角美味しいもの食べてるのに、と杉元が迷惑そうに一人ごちた。尾形さんと仲が悪いのは重々承知しているけど、私たちが付き合っていることを知っているのは同期の杉元だけなので、必然的に杉元に色々と相談することが多かった。今日も申し訳ないなと思いつつも、未だにあのお菓子の件が胸につっかえていて、杉元に聞いて欲しくて、「恋のお話聞いて?」と無理やり捕まえて人気のカレー店に一緒に来ていた。
「だから尾形なんか止めろって言ったのに」
「『なんか』なんて言わないで」
こんな話をしているけど、私の好きな人をそういうふうに言われるのは良い気がしない。はいはい、と面倒そうに私をあしらいながらカツカレーを食べ進める杉元に対して、もう一度先週あったことを一から話し始めた。
「……ちなみに杉元だったらどう思う?」
「俺?んー……俺だったら嫌だな、絶対嫌だ」
「やっぱり?」
「そのお菓子全部捨てたい。勿体無いからしないけど」
杉元がカツカレーをまた一口口に運んで、「捨てれないから俺が全部食べるかな」なんてもぐもぐしながら続けた。そうだよね、普通は良い気はしないよね、と思って私もカレーを掬ったけど、何となく手が止まってしまってそのままスプーンの上のご飯とルーを見つめてしまった。やっぱり、尾形さんは私に興味ないのかな。
「まあでも……そんな顔しなくても、尾形も案外色々考えてるんじゃないかな」
「そうかなぁ?」
「だってあいつ……あー、いや……なんでもない」
「えっ、何?そこで止められると気になるんだけど!」
なになに、と前のめりに杉元を問い詰めても何でもないと返されてしまうだけだった。
「ていうかさ、そのなんだっけ、PM部の人?気をつけた方が良いよ」
「なんで?」
「多分……絶対、碌な奴じゃない」
「そうなの?そんな人には見えないけど」
多分なのか絶対なのか良く分からない、ふわっとしたことを言う杉元に首を傾げた。杉元は難しい顔をしながら、うーんと慎重に言葉を探しているようだった。
「いや、なんつうか……なんとなく、ダメだと思う」
「えぇ、何それ。勘?」
「そう!そうそう、男の勘」
「男の勘かぁ……」
当たるのかな。女の勘ほど聞かない言葉だから、当たらない気がするような、しないような。でも勘って侮れないよねぇ、と返したことで話題は白石君が「今日は絶対に当たる気がする!」と競馬場に駆け込んで本当に万馬券を当てたことに変わり、その後は共通の友人や最近観たドラマのことなどについて話しながら、仲の良い同期との楽しいランチを済ませた。
「あ、俺コンビニ寄ってから戻るわ」
「はーい、今日はありがとうね」
「これで最後にしてね」
約束はできないかもしれない。苦笑いしながら杉元と別れて一人で会社に戻った先で、悩みの種の人と廊下でばったりと鉢合わせてしまった。手にはビニール袋が下げられていて、まだ自分のものだと確定していないのに反射的にギクリと身構えた。
「ミョウジさん!ちょうど良かった。あとで渡そうと思ってたんですけど、これいつもの。良かったらどうぞ」
「えっ?あぁ、いや、そんな、悪いですって、この間たくさん貰ったばかりですし……」
ああーやっぱり私のだったんだ……と貰い物をしているのにも関わらず失礼なことを思った。悪いですよ、と縮こめた両手を振って精一杯の意思表示をしたものの、いいのいいのと爽やかな笑顔で強引にビニールいっぱいのお菓子を押し付けられた。この人の、こうやって勝手に距離を詰めてくる感じが、ちょっと苦手だ。尾形さんだったら、こういうことはしないのに。
「いやぁ……でも、いつも貰ってばかりで申し訳なくて……」
「なら今度ランチとかでもどう?」
プロジェクトのことでもう少し話したいし、と続けられた言葉は脳内に音として届いたものの、処理されずにすぐに消えていった。ちょうど肩越しに、エレベーターから降りてきた尾形さんが目に入ったからだ。よりによってこんな時に会うなんてタイミングが悪すぎる。どんどん近づいてくる尾形さんに冷や汗が止まらない。やましい事は何もないけど、こんなところ見られたくなかった。私だったら、絶対に見たくないから。
「ミョウジさん?」
「あっ、えっと……なんでしたっけ」
「良かったら──」
「なんだナマエ、また貰ったのか」
聞き馴染みのある低い声がすぐそこでした。驚きに、バッと二人同時に声の発生源へと首を動かした。
「また甘いものばかりだな」
集まった視線なんて全く意に介さず、横についた尾形さんが私の手ごとビニール袋を持ち上げ、中を覗き込んで呟いた。確かに前回も甘いものばかりで二人で食べ切るのに苦労したけど、私は貰い物に真っ向から文句を言う神経を持ち合わせていないので、本人を前にそんなことを言い始めた尾形さんに冷や汗がドッと吹き出した。
「いつも悪いな、家で美味しく頂いてるぞ」
目を動かさず、薄っすらと口角を上げた尾形さんに相手の顔が引きつった。今、尾形さんはわざわざ「いつも」「家で」と言った。いつもって、貰ったお菓子を尾形さんに渡したのはこの間が初めてだったのに。しかも家で、って私たちの関係をわざわざ分かるように伝えるなんて。あれ……?そういえばさっきナマエって呼ばれた?普段会社ではミョウジって呼んでるのに。えっ、急にどうしたの?わざわざ言うことでもないし、周りに色々言われるのも面倒だから、私たちの関係は職場では秘密にしているのに。なんで?利用できるものは利用しとけって言ってませんでした?頭がたくさんの疑問で埋め尽くされてパニックになる。
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「えっ……ミョウジさんの彼氏って、尾形さん……?」
「……あっ!えっと、すみません、違うんです」
「あっ、いや……大丈夫!じゃ、じゃあ、またあとで、会議で!」
「次は酒が進むものも頼む」
引きつった愛想笑いを貼り付けながらそそくさと去っていく相手を、ニヤニヤと見つめ続ける尾形さんにため息がこぼれた。
「……利用しとけって言ってませんでした?」
「酒の肴を頼んだだろ」
ビニール袋をまるで自分の物のように手から下げて、尾形さんが部署に戻ろうとしたので数歩遅れて追いかけた。
「……何が『違う』んだよ」
何のことかと一瞬思ったけど、さっき咄嗟に「違うんです」と口走ってしまったことに気づいた。
「俺と付き合ってるのがバレるのが嫌なのか」
「それは尾形さんじゃないですか」
「そんなこと一度も言ってないだろ」
言ってましたよ、言ってない、と不毛な押し問答を何度か繰り返してから足を止めた。幸い、見通しのいい廊下には今誰もいない。同僚たちが通りがからないうちに、もう少し二人で話をしたかった。この機会を逃したらいけないような気がした。
「だって、バレると面倒って……」
「面倒なだけで嫌とは言っていない」
「とんちみたいなこと言わないでくださいよ」
一休さん?あ、百休さんですか?むしゃくしゃとした気持ちを子供のようにぶつけていたら、突然鼻先をぎゅむっと摘まれてフガッと変な声が出た。ハハッと随分と楽しそうな笑い声を上げた尾形さんが「昼、もう食ったのか」と聞いてきた。もうこの話は終わりだということだろうか。私はもっと話したかったのに。
「さっき帰って来たところです」
「一人で行ったのか」
「いや、杉元と行って来ました」
「は?なんで杉元と……」
尾形さんの表情が一変した。声も一段と低くなり、不愉快という感情を前面に押し出してくるその様子がちょっと嬉しくて、「尾形さんのこと相談してました」と追い打ちをかけてみた。
「尾形さん、私に興味ないのかなって」
「……なんで、そうなる」
「だって私は嫌ですよ、尾形さんが女の人から何回も物もらってたら。でも尾形さんは気にならないんでしょう?それくらい興味がないんでしょう?」
興味がない、と初めて言葉にしたら思ったよりもダメージが大きくて、少しだけ視界が滲んだ。尾形さんからの返事はない。眉間にまた深い皺が刻まれただけだ。
「……お前は先戻ってろ」
おもむろに、数歩先にあった非常階段への扉を開けて下りて行った尾形さんを慌てて追った。重い音を立てて扉が閉まれば、四方を壁に囲まれた、階段だけが続く無機質な空間に閉じ込められる。
「待って、どこ行くんですか?」
「……集積所」
「なんで?」白熊 無断転載禁止
「捨てに行くからに決まってんだろ」
「え?!ダメですよ、勿体無いですって!!」
主語が無かったけど、今尾形さんが手に持っているのはあのお菓子の袋だけだ。コンコンと一定のリズムで階段を下る革靴の足音が反響して、やけに大きく聞こえる。
「どうしたんですか、利用しとけって言ってたのに」
「気が変わった」
「でもお菓子には罪はないですから!ね?」
下へ下へと下り続ける背中を目指して、私も階段を駆け下りた。追いついて「食べ物を粗末にするのはやめましょうよ」と腕を掴めば、尾形さんがとても不機嫌そうに振り返った。
「お前はあんな奴に貰った物を体に入れるのか」
「いや食べたじゃないですか先週、一緒に!」
「胸糞悪ぃ、早く全部吐き出せ」
「理不尽!」
燃やさなければ気が済まないとまた一段一段下りていく尾形さんに引きずられるように、私も階段を下りていく。
「ど、どうしちゃったんですか尾形さん。ねえ、私、言ってくれなきゃ分かりません」
やっと足を止めた顔を下から覗き込めば、尾形さんの眉間にはぐぐっと深い皺が寄っていた。ぎゅっと結んだ口と、どこか下の方を見つめる瞳は、不満そうな子供のようだった。
「……菓子くらい、と思ってた」
初めて見る表情に驚いていると、視線を外したまま尾形さんがゆっくりと小さい声で話し始めた。
「さっき見たら、無性に腹が立った」
それは、つまり──
「やきもち?!やきもち焼いてくれたんですか?!」
「声が大きい」
しんとした非常階段に私の声が反響して、ジンジンと残った音が鼓膜を永遠に揺らし続ける。尾形さんが嫉妬してる!と、ここが会社なのを忘れて衝動に任せて掴んでいた腕に抱きつけば、よろけた体が壁に当たってウッと小さく尾形さんが呻いた。
「あっ!杉元!食べるの嫌ならお菓子は杉元にあげましょう!杉元は甘いもの大好きだから絶対喜びっ……?!」
ガッと突然歯が唇の裏に当たった。ぼやけても分かるほどに黒々とした瞳と至近距離で視線が交わって、びっくりして息が止まった。
「なっ、なんで……」
一瞬だけ重なった唇は弾力があって、少しひんやりとしていた。離れる間際に撫ぜられた左耳が熱い。
「……お前カレー食っただろ」
「やだ!恥ずかしい!!」
キィンと耳障りな音を立てて反響するほどの大声に、尾形さんが空いている方の手で耳を塞いだ。その隙に袋を奪って、扉まで駆け上がってドアノブに手をかけた。いつも尾形さんからキスされる時は頬とか額だから、唇に触れてくるのは本当にレアなことだったのに勿体無いことをしてしまった。あとでちゃんと歯磨きして、帰ったら私からし直しても良いかな。良いよね。
「尾形さん」
振り返って呼びかけたら、少し下の方で階段に足をかけていた尾形さんが私を見上げてきた。
「……大好き」
反応も見ずに勢いよく扉を開けて廊下に戻れば、ちょうど同僚が通りがかったところでかなり驚かせてしまった。健康のために階段を使ってるんです、と弾む息で嘘まみれの会話をしながら席まで戻り、トイレで念入りに歯磨きをしてから何事もなかったかのように午後の仕事を再開した。
「なんで俺が……いや貰うけどさ」
「ごめんね、明日子さんにも分けてね」
「うん。まあ、解決したんなら良かったよ」
空き時間に杉元にお菓子の袋を渡しながら、ふと一つの疑問が湧いた。なんであの時「彼氏って尾形さん?」とあの人は驚いていたんだろう。まるで私に彼氏が居ることを知っていたような言い方だ。いや、知っているならなんでこんな誤解されるような行動を取ってたんだ?ランチに行こうとも言っていた。もしかして私、お菓子渡せば靡くちょろい奴とでも思われてたのかな。しかもスーパーのお菓子で。せめてデパ地下の物をくれたら良かったのに。碌な人間じゃないな。確かに私はちょろいかもしれないけど、私がちょろいのは尾形さんにだけなのに。時間差でふつふつと怒りが湧き上がってきた。
「杉元の言う通りあの人多分、絶対、碌な人じゃなかった」
「あ、やっぱり?」
「男の勘すごいね」
「まあね」白熊 無断転載禁止
翌日、「お酒が進むものです」と今度はおつまみ系がギッシリと入った重い袋を一方的に押し付けられるように渡され、あの碌でもない男はそそくさと帰って行った。それから何かを渡してくることはなくなって、会話も仕事で必要最低限のものを交わすだけになり、私は快適な労働環境を取り戻すことができた。
「どっちかに全振りするしかできねぇのか」
セレクトが悪い。仕事も出来なさそうだな。全部スーパーで買える安物じゃねぇか。テーブルの上に色んな種類の柿の種を出しながら、ふてぶてしく文句を言い続ける尾形さんに抱きついて、素早く唇を重ねた。
「……お前はこれ食うなよ」
2024.11.15
「誤字くらいでネチネチと……!ミョウジに彼氏が居るらしいって裏で噂流して牽制してるの本人にバラすぞ!」
「おいやめろ」
「同棲までしといて回りくどいんだよお前!早く振られろ!」
「ふざけるな、テメェの頭は文字どころか言って良いことと悪いことの区別もつかねぇのか」
「ベタ惚れじゃねーか!その気持ちをミョウジにぶつけろよ!」
