短編
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「ミョウジさん大丈夫?」
「た、多分、まだ、大丈夫です……」
「……大丈夫じゃなさそうだね」
杉元さんが空いていた隣に腰を下ろした。頭が、体が、重い。座っているのにグラグラと揺れている感覚が気持ち悪い。この状況で家まで帰らないといけないなんてどんな苦行よりもつらい。もうここで寝たい。やっぱり飲み会なんて慣れないことに参加するんじゃなかった、と数時間前の自分の判断を少しだけ後悔した。
私はお酒に弱い上に夜にも弱いので、職場のこういった飲み会に参加することはあまりない。ではなぜ今回は参加したのかというと、玉井課長が来月異動するというので、野間さんや岡田さん達に声を掛けられたからだった。この後ちゃんとした送別会が予定されているから今回は断ろうとしたら「なんだお前玉井課長と飲みたくないのか」とちょうど隣にいた尾形さんに大きな声で言われて、断れ切れずに参加することになってしまったのだ。いや、"なってしまった"というと何だか玉井課長に申し訳ないけど。
「これお水、まだ飲んでないやつだから」
油断するとすぐに落ちてくる目蓋と格闘していたら、杉元さんに結露した冷たいコップを握らされて一瞬で目が覚めた。一口飲めば、キンキンに冷えた水が食道を刺激しながら胃まで落ちていく感覚が良く分かった。火照った体にはとても気持ちよく感じた。
「すみません……迷惑かけてばっかりで……」
「いや、俺もごめん、早めに戻って来るべきだった」
自分自身の限界を把握出来ていなかった私が悪いのに、杉元さんが心配そうに私のことを見てくるので本当に申し訳ない気持ちになる。
飲み会が始まった時、隣には杉元さんがいた。周りの人がじゃんじゃんビールや日本酒を飲み干していく中、唯一飲めるハイボールをちびちびと飲み進める私の具合を時折確認しながら、料理を取り分けたりしてくれていた。それだけでなく、お酒でコンプラが緩み切ってしまった同僚たちが、普段こういった場に居ないレアキャラである私を囃し立て、アルハラやセクハラまがいの発言をすれば窘めたりもしてくれた。同僚のみなさんは悪い人ではないけれど、お酒が入ると少し面倒だと以前から思っていたので、杉元さんが色々ハッキリと言ってくれたのはとても助かった。そのうち他のテーブルに呼ばれて席を立ってしまったけれど、「何かあったらハラスメントで窓口に通報するんだよ?」と周りに聞こえるように言い残していってくれたおかげで、いつもの飲み会よりもかなり快適に過ごすことができた。杉元さん様様である。
「尾形に何かされてない?変なこと言われなかった?」
「んん?いや、特には……」
回らない頭で適当に答えながら、アルコールでぼやけた記憶を辿った。何でだったか思い出せないけれど、気づいたら杉元さんが居た席に尾形さんがいた。変なことではないはずだけど、何かあった気がする。
そうだ、一言「やる」と言われてお互いのグラスを強制的に交換させられたんだった。試しに頼んでみたものの、甘くて不味かったからお前が飲め、と理不尽にもほどがある理由で良く分からないお酒を渡された。尾形さんは甘くて不味いと言っていたけど、私にとっては甘くて美味しかったのでついつい飲むペースが早くなってしまった気がする。それに、私のハイボールを飲みながら「よくそんな胸やけするものを飲めるな」と尾形さんが頬杖をついて、ジッと私のことを見ていたのが居心地悪かったのもあるかもしれない。特に何かしてくるわけでも、言ってくるわけでもないけど、ずっと見られているというのも結構居心地が悪いものだ。尾形さんが玉井課長達のいる別のテーブルに無理やり引きずられて行った時には、胸を撫でおろしたほどだった。向こうからは「もういい!飲もう、飲もう!」と玉井課長の大きな声が聞こえて来たので、何かやけになっているようだった。白熊 無断転載禁止
「俺もう帰るけどミョウジさんも帰った方が良いんじゃない?」
「あっ、はい、かえります」
「会計は……まあ来週でいいでしょ、今誰も何も把握してなさそうだし」
お水を飲み干し鞄を掴んで席を立ったら、ふわふわとまるで雲の上を歩いているような感覚に体がぐらついた。なんだこれ、床が沈み込んでいく。よろよろと歩き出して店内の支柱にぶつかりそうになったところを、杉元さんに服を掴まれて事なきを得た。
「危ない」
「ごめんなさい……」
本当に迷惑をかけてばっかりだ。でも数歩歩けばふわふわとした感覚にも慣れてきて、なんだか心地良いとさえ思えてきた。お店を出ればガヤガヤとうるさい繁華街の喧騒と、光り輝く極彩色のネオンに当てられて気分が高揚していく。むわっとした初夏の夜風さえもアルコールで火照った体には気持ちいい。駅ってどっちだっけ。あっちか、と歩き始めたら杉元さんの心配そうな声が喧騒を縫って聞こえて来た。
「ねえ、いつもハイボールだけじゃこんなにならないよね?俺が目離してるうちに尾形になんか飲まされた?」
「うーん……なんか、よく分からない甘いやつ……?」
結局あれはなんだったんだろう。美味しかったからまた飲んでみたいけど、肝心の名称が分からない。月曜日に尾形さんに会ったら聞いてみようかな。でも多分その頃には忘れている気がする。
「アイツから渡された物口に入れちゃダメだろ。何入ってんのか分かんないんだから」
「入ってるってそんな、尾形さんも飲んだやつだし、変なのじゃないですよ」
おかしなことを言うなぁと笑って答えたら「待って、なんで尾形が口つけた物飲んでんの」と焦った風に言われて、確かにと思ってしまった。尾形さんとは特別親しい間柄ではない。たまに仕事を押し付けてくるけどお礼にお菓子をくれたりする憎たらしいけど憎みきれない先輩だ。そんな人と飲み物を交換だなんて、シラフだったら多少なりとも抵抗感があったはずだから、もうすでにあの時から結構酔いが回っていたんだろう。でももう過ぎてしまったことだしどうでも良かった。もう何も難しいことが考えられない。
「ミョウジさんはもうちょっと危機感持った方がいいと思うよ」
心配そうな瞳がまた私を捉えた。まつ毛の影が落ちて、杉元さんの虹彩がいつもよりも深い色に染まっている。私が飲み会に行くと言った時から、もう何度もこの瞳を見た気がする。知らない人との飲み会ならまだしも、会社の人との飲み会なのに。でも杉元さんは真剣に心配してくれているんだろう。尾形さんたちと会社を出る時「やっぱり俺も行く」と慌ててリュックを掴んで一緒のエレベーターに乗ってきたのを思い出した。
「杉元さんは優しいですね」
「……そんなことないよ」
不満そうに眉をひそめて、杉元さんが前を向いたまま話し続ける。
「俺はミョウジさんに危ない目に遭ってほしくないだけだよ」
「優しいじゃないですか」
うーん、いや……と杉元さんがガシガシと頭を掻いた。杉元さんは優しい。私の歩幅に合わせて一緒に駅に向かってくれているのがその証拠なのに、何故だか頑なに認めようとしない。少しずつアルコールが抜けてきて思い出したけど、確か杉元さんはバス通勤のはずだ。わざわざ私と一緒に駅に行く必要なんて全くない。バス停はもうずっと前に通り過ぎてしまっている。杉元さんのような人を優しいと言わずに誰を優しいと言うのか。
「どっかに連れ込まれて変なことされたらどうするの」
「そんなことする人いませんよ」
「……どうかな」
「えぇ?」
笑いながら杉元さんを見上げれば、急にぐんと首が揺れて視界がブレた。とん、と右半身がシャツ越しの体温に触れる。私の左腕スレスレを、へべれけのおじさん達が通り過ぎて行った。ぶつかりそうになったところを杉元さんが引き寄せて、回避させてくれたのだと、やっと理解した。
──ここにいるかもよ白熊 無断転載禁止
すぐそこで聞こえた声に、ぶわわっと一気に毛が逆立った。細められた瞳がやけに近い。酔った様子なんて全くなかったのに、近くで見る杉元さんの顔は少し赤かった。腰に回されたがっしりとした腕から、熱が伝染する。間に挟まった私の右腕が、どくどくどくと二人分のうるさい鼓動を感じ取っている。
「……なんてね」
パッと杉元さんが離れていって、急激に汗ばんだ体を夜風が撫ぜていった。
「本当に危ないからね。気をつけすぎるくらいが丁度良いんだよ」
「は、はい」
歩き始めた杉元さんを慌てて追った。さっきのはなんだったのか。アルコールで見た幻覚みたいなものだろうか。隣の杉元さんが普段通りの口調で話し続けていて頭が混乱する。
「今度尾形が変なもの渡してきたりしたら、迷わず股間蹴り上げるんだよ」
「はい……えっ?あっ、いや、それはちょっと……」
「じゃあ俺のこと呼んで」
またあの瞳だ。すぐそこで直視してしまった瞳が、私を捉えた。さっきまで私の身を案じていたものではない。優しさと、もっと烈々とした何かを孕んだ瞳に吸い込まれる。
「ね?」
「……はい」
ふっと緩んだ目元に、やっと瞬きをすることができた。同時に息も止まっていたらしい。浅い呼吸を繰り返しながらシパシパと何度か瞬きをすれば、そのうち瞳に薄っすらと涙が張ってネオンが滲む。どくんどくんと、耳元で心臓の音がする。酔いは確実に冷めてきているのに、お店を出た時よりも体が熱い。
ふわふわ、どきどき、アルコールか別の何かに心の奥をくすぐられながら、駅までのガヤガヤとうるさい道のりを二人で静かに歩き続けた。
2025.03.22加筆修正
2024.07.04
「た、多分、まだ、大丈夫です……」
「……大丈夫じゃなさそうだね」
杉元さんが空いていた隣に腰を下ろした。頭が、体が、重い。座っているのにグラグラと揺れている感覚が気持ち悪い。この状況で家まで帰らないといけないなんてどんな苦行よりもつらい。もうここで寝たい。やっぱり飲み会なんて慣れないことに参加するんじゃなかった、と数時間前の自分の判断を少しだけ後悔した。
私はお酒に弱い上に夜にも弱いので、職場のこういった飲み会に参加することはあまりない。ではなぜ今回は参加したのかというと、玉井課長が来月異動するというので、野間さんや岡田さん達に声を掛けられたからだった。この後ちゃんとした送別会が予定されているから今回は断ろうとしたら「なんだお前玉井課長と飲みたくないのか」とちょうど隣にいた尾形さんに大きな声で言われて、断れ切れずに参加することになってしまったのだ。いや、"なってしまった"というと何だか玉井課長に申し訳ないけど。
「これお水、まだ飲んでないやつだから」
油断するとすぐに落ちてくる目蓋と格闘していたら、杉元さんに結露した冷たいコップを握らされて一瞬で目が覚めた。一口飲めば、キンキンに冷えた水が食道を刺激しながら胃まで落ちていく感覚が良く分かった。火照った体にはとても気持ちよく感じた。
「すみません……迷惑かけてばっかりで……」
「いや、俺もごめん、早めに戻って来るべきだった」
自分自身の限界を把握出来ていなかった私が悪いのに、杉元さんが心配そうに私のことを見てくるので本当に申し訳ない気持ちになる。
飲み会が始まった時、隣には杉元さんがいた。周りの人がじゃんじゃんビールや日本酒を飲み干していく中、唯一飲めるハイボールをちびちびと飲み進める私の具合を時折確認しながら、料理を取り分けたりしてくれていた。それだけでなく、お酒でコンプラが緩み切ってしまった同僚たちが、普段こういった場に居ないレアキャラである私を囃し立て、アルハラやセクハラまがいの発言をすれば窘めたりもしてくれた。同僚のみなさんは悪い人ではないけれど、お酒が入ると少し面倒だと以前から思っていたので、杉元さんが色々ハッキリと言ってくれたのはとても助かった。そのうち他のテーブルに呼ばれて席を立ってしまったけれど、「何かあったらハラスメントで窓口に通報するんだよ?」と周りに聞こえるように言い残していってくれたおかげで、いつもの飲み会よりもかなり快適に過ごすことができた。杉元さん様様である。
「尾形に何かされてない?変なこと言われなかった?」
「んん?いや、特には……」
回らない頭で適当に答えながら、アルコールでぼやけた記憶を辿った。何でだったか思い出せないけれど、気づいたら杉元さんが居た席に尾形さんがいた。変なことではないはずだけど、何かあった気がする。
そうだ、一言「やる」と言われてお互いのグラスを強制的に交換させられたんだった。試しに頼んでみたものの、甘くて不味かったからお前が飲め、と理不尽にもほどがある理由で良く分からないお酒を渡された。尾形さんは甘くて不味いと言っていたけど、私にとっては甘くて美味しかったのでついつい飲むペースが早くなってしまった気がする。それに、私のハイボールを飲みながら「よくそんな胸やけするものを飲めるな」と尾形さんが頬杖をついて、ジッと私のことを見ていたのが居心地悪かったのもあるかもしれない。特に何かしてくるわけでも、言ってくるわけでもないけど、ずっと見られているというのも結構居心地が悪いものだ。尾形さんが玉井課長達のいる別のテーブルに無理やり引きずられて行った時には、胸を撫でおろしたほどだった。向こうからは「もういい!飲もう、飲もう!」と玉井課長の大きな声が聞こえて来たので、何かやけになっているようだった。白熊 無断転載禁止
「俺もう帰るけどミョウジさんも帰った方が良いんじゃない?」
「あっ、はい、かえります」
「会計は……まあ来週でいいでしょ、今誰も何も把握してなさそうだし」
お水を飲み干し鞄を掴んで席を立ったら、ふわふわとまるで雲の上を歩いているような感覚に体がぐらついた。なんだこれ、床が沈み込んでいく。よろよろと歩き出して店内の支柱にぶつかりそうになったところを、杉元さんに服を掴まれて事なきを得た。
「危ない」
「ごめんなさい……」
本当に迷惑をかけてばっかりだ。でも数歩歩けばふわふわとした感覚にも慣れてきて、なんだか心地良いとさえ思えてきた。お店を出ればガヤガヤとうるさい繁華街の喧騒と、光り輝く極彩色のネオンに当てられて気分が高揚していく。むわっとした初夏の夜風さえもアルコールで火照った体には気持ちいい。駅ってどっちだっけ。あっちか、と歩き始めたら杉元さんの心配そうな声が喧騒を縫って聞こえて来た。
「ねえ、いつもハイボールだけじゃこんなにならないよね?俺が目離してるうちに尾形になんか飲まされた?」
「うーん……なんか、よく分からない甘いやつ……?」
結局あれはなんだったんだろう。美味しかったからまた飲んでみたいけど、肝心の名称が分からない。月曜日に尾形さんに会ったら聞いてみようかな。でも多分その頃には忘れている気がする。
「アイツから渡された物口に入れちゃダメだろ。何入ってんのか分かんないんだから」
「入ってるってそんな、尾形さんも飲んだやつだし、変なのじゃないですよ」
おかしなことを言うなぁと笑って答えたら「待って、なんで尾形が口つけた物飲んでんの」と焦った風に言われて、確かにと思ってしまった。尾形さんとは特別親しい間柄ではない。たまに仕事を押し付けてくるけどお礼にお菓子をくれたりする憎たらしいけど憎みきれない先輩だ。そんな人と飲み物を交換だなんて、シラフだったら多少なりとも抵抗感があったはずだから、もうすでにあの時から結構酔いが回っていたんだろう。でももう過ぎてしまったことだしどうでも良かった。もう何も難しいことが考えられない。
「ミョウジさんはもうちょっと危機感持った方がいいと思うよ」
心配そうな瞳がまた私を捉えた。まつ毛の影が落ちて、杉元さんの虹彩がいつもよりも深い色に染まっている。私が飲み会に行くと言った時から、もう何度もこの瞳を見た気がする。知らない人との飲み会ならまだしも、会社の人との飲み会なのに。でも杉元さんは真剣に心配してくれているんだろう。尾形さんたちと会社を出る時「やっぱり俺も行く」と慌ててリュックを掴んで一緒のエレベーターに乗ってきたのを思い出した。
「杉元さんは優しいですね」
「……そんなことないよ」
不満そうに眉をひそめて、杉元さんが前を向いたまま話し続ける。
「俺はミョウジさんに危ない目に遭ってほしくないだけだよ」
「優しいじゃないですか」
うーん、いや……と杉元さんがガシガシと頭を掻いた。杉元さんは優しい。私の歩幅に合わせて一緒に駅に向かってくれているのがその証拠なのに、何故だか頑なに認めようとしない。少しずつアルコールが抜けてきて思い出したけど、確か杉元さんはバス通勤のはずだ。わざわざ私と一緒に駅に行く必要なんて全くない。バス停はもうずっと前に通り過ぎてしまっている。杉元さんのような人を優しいと言わずに誰を優しいと言うのか。
「どっかに連れ込まれて変なことされたらどうするの」
「そんなことする人いませんよ」
「……どうかな」
「えぇ?」
笑いながら杉元さんを見上げれば、急にぐんと首が揺れて視界がブレた。とん、と右半身がシャツ越しの体温に触れる。私の左腕スレスレを、へべれけのおじさん達が通り過ぎて行った。ぶつかりそうになったところを杉元さんが引き寄せて、回避させてくれたのだと、やっと理解した。
──ここにいるかもよ白熊 無断転載禁止
すぐそこで聞こえた声に、ぶわわっと一気に毛が逆立った。細められた瞳がやけに近い。酔った様子なんて全くなかったのに、近くで見る杉元さんの顔は少し赤かった。腰に回されたがっしりとした腕から、熱が伝染する。間に挟まった私の右腕が、どくどくどくと二人分のうるさい鼓動を感じ取っている。
「……なんてね」
パッと杉元さんが離れていって、急激に汗ばんだ体を夜風が撫ぜていった。
「本当に危ないからね。気をつけすぎるくらいが丁度良いんだよ」
「は、はい」
歩き始めた杉元さんを慌てて追った。さっきのはなんだったのか。アルコールで見た幻覚みたいなものだろうか。隣の杉元さんが普段通りの口調で話し続けていて頭が混乱する。
「今度尾形が変なもの渡してきたりしたら、迷わず股間蹴り上げるんだよ」
「はい……えっ?あっ、いや、それはちょっと……」
「じゃあ俺のこと呼んで」
またあの瞳だ。すぐそこで直視してしまった瞳が、私を捉えた。さっきまで私の身を案じていたものではない。優しさと、もっと烈々とした何かを孕んだ瞳に吸い込まれる。
「ね?」
「……はい」
ふっと緩んだ目元に、やっと瞬きをすることができた。同時に息も止まっていたらしい。浅い呼吸を繰り返しながらシパシパと何度か瞬きをすれば、そのうち瞳に薄っすらと涙が張ってネオンが滲む。どくんどくんと、耳元で心臓の音がする。酔いは確実に冷めてきているのに、お店を出た時よりも体が熱い。
ふわふわ、どきどき、アルコールか別の何かに心の奥をくすぐられながら、駅までのガヤガヤとうるさい道のりを二人で静かに歩き続けた。
2025.03.22加筆修正
2024.07.04
