短編
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行きよりもだいぶ重くなったスーツケースをゴロゴロと両手で押していく。改札の外、コンビニの袋片手に小さく手を振っていた佐一君を見つけて一目散に駆け寄った。
「おかえりナマエちゃん」
「ただいま佐一君!」
たった数日間離れていただけなのに、なんだかもうずっと会っていなかったような気がした。「楽しかった?」と聞きながらスーツケースを当たり前のように取られて、自宅までの道のりを二人で歩き出した。
「すっごい楽しかった。久々に会ったんだけどね、みんな全然変わってなかった」
学生の頃からの友人達との三泊四日の旅行は、あっという間に終わってしまった。定期的にやりとりはしてたけれど、直接会うのはもしかしたら5年ぶりとかだったかもしれない。でもそんなに経っているなんて思えないくらい、再会してすぐにワイワイと昔に戻ったように会話をすることができた。大体、数年越しの再会だというのに友人と交わした第一声が「久しぶり」でも「元気?」でもなく「お腹すいた」だったのが私たちの関係性を物語っているような気がする。思い出しただけでも笑ってしまう。コンビニの袋を下げた右手でスーツケースを難なく押しながら、左手で佐一君が私の手を握ってきた。無骨だけど温かくて大きな手がすっぽりと私の手のひらを包んで、指先までしっかりと絡めとられる。
「美味しい物たくさん食べれた?」
「うん、散財しちゃった」
へへへ、と笑えば佐一君も嬉しそうにこちらを見てくるから幸せな気分になる。
「佐一君は?何か美味しい物食べた?」
「うーん、いや、俺は特には……」
絡められた佐一君の親指が、私の手の甲をゆっくりと撫でている。さっきよりも少しだけ低い声色は、何だか自分のことをあまり語りたくないように聞こえた。「ナマエちゃんは何食べたの?」とすぐに私について聞いてきたのもそう思わせた。顔が少し暗いように見えるのは、とっぷりと日が暮れているせいだけだろうか。ちゃんとご飯食べてたのかな、何かあったのかなと少し心配になったけれど、佐一君に話したいことが沢山あってすぐに頭の隅に追いやられてしまった。色々あったことを話し続ける私を、佐一君の優しい眼差しが見守ってくれるのが嬉しくて、気づいたらあっという間に家に着いていた。見知った我が家に足を踏み入れれば、今まで忘れていた旅の疲れがドッと押し寄せてきた。
「お風呂ためてあるけど先入る?」
その言葉に迷わず頷いた。すごい。至れり尽くせりすぎる。わざわざ迎えに来てくれただけでなく、お風呂まで準備していてくれたなんて。神様かな?佐一様だな。お土産いっぱい買ってきて良かった。荷解きはひとまず置いておいて、ありがたく先にお風呂を頂くことにした。今回の旅行は観光地を巡ったり、テーマパークに行ったり、これでもかというほどにアクティブな内容を詰め込んだものだった。夏のうだるような暑さの中、酷使した身体に熱めのお湯が染み渡る。歩き疲れて足がパンパンだ。今度旅行に行くなら絶対に温泉を組み込もう。一日くらいのんびりと何もしない日があるのも良いんじゃないだろうか。何よりもう学生でもないのだから、そんな毎日歩き回れるほどの体力は残っていない。今回は久々の友人との旅行ということでハイになっていただけで、今だってこのままドロドロと湯舟に溶けてなくなってしまうんじゃないかってくらいクタクタだ。明日の仕事に影響しそうで少し心配になってきた。今日は早めに寝ようと心に決めて、お風呂から上がった。白熊 無断転載禁止
「お風呂気持ちよかったぁ……ありがとうね、佐一君」
「ん。疲れてるからすぐ入りたいだろうなって思って」
気が利きすぎる。可愛い、と火照った頬に触れられれば、いつも温かい佐一君の手が少し冷たく感じて、それが気持ち良くて、思わず擦り寄った。心も体もポカポカだ。まだ少ししっとりとしている髪の毛をわしゃわしゃと撫でられて、佐一君が入れ替わりでお風呂に向かっていった。
荷解きしないとなぁ。でもめんどくさいなぁ。一度座ってしまえばソファーから動けなくなってしまった。スマホでショート動画を流しながらうつらうつらとしていたら、急に聞こえて来たドライヤーの音で一気に意識が引き戻された。いつの間にそんなに時間が経っていたんだ。少ししてドライヤーの音が止めば、佐一君が隣にやってきた。動画が魚のおもちゃを抱きかかえてケンケン蹴っている猫に変わった。
「あっ、これ俺も観た。可愛いよね」
二人でボーッと小さな画面で次々と再生される動画を見続ける。何かもっと生産的なことをしなければ、と思っているのに動けない。佐一君が私の左肩に寄りかかってきて「ねぇ、写真見たい」と呟いたので動画を止めてカメラロールを開いたら、ちょうどテーマパークで撮った写真が映された。私達が名物の細長いお菓子を持って写っている写真だ。
「ナマエちゃん可愛い」
スッと画面に手が伸ばされて、2本の指が私を拡大した。満面の笑みの私が画面いっぱいに表示される。恥ずかしいから止めてほしい。慌てて次の写真に送ったら、ティーカップをグルグルと渾身の力を込めて回す友人の動画が再生された。たかがティーカップと侮っていたけど結構楽しかったな。私たちの悲鳴と笑い声が静かな部屋に響き渡ってうるさいくらいだった。
「スゲー満喫してるね」
「はしゃぎすぎちゃった……佐一君は一人時間満喫できた?」
今回の旅行で、私は初めて佐一君を一人残して外泊をしたのだった。同棲し始めてから数年間、私たちは毎朝毎晩お互いがいる生活を送っていた。二人とも出張に行くような仕事をしていないし、旅行に行く時はいつも二人一緒だったから、どちらかが日を跨いで留守番をすることなんて今まで一度もなかった。もちろんそうやって二人で過ごす時間も大好きだけど、たまには一人でのびのびと羽を伸ばすのも良いんじゃないかと思うことがある。一緒にいるのが嫌になったとかではなく、一人時間からしか得られないものもあると思うのだ。でも、隣からは返事がない。「佐一君?」と声をかければ、返事の代わりにぎゅうっと強く抱きしめられた。数日ぶりに感じる温もりが身体中に広がっていく。本当に我が家に帰ってきたのだと、たまらなく安心する温もりだ。広い背中に腕を回せば、佐一君が首元に擦り寄ってきた。お風呂上がりで湿っているせいか、首筋で感じる髪の毛がいつもよりもふわふわと柔らかく感じた。
「佐一君、もしかして寂しかった?」
うん……とくぐもった声が聞こえてきた。ぐりぐりと私の首元に頭をこすりつけて甘えてくる姿はさながら大型犬で、可愛さに胸がきゅんきゅんする。実を言うと「コンビニ行くからついでに改札で待ってるね」とメッセージが送られてきた時から内心ちょっと期待していたのだ。元々迎えにくるなんて言ってなかったのに。もしかして早く会いたくて、わざわざ私が最寄り駅に到着する時間に合わせてコンビニに出かけたんじゃないかって、ひっそりと自惚れていたのは間違いではなかったらしい。
「可愛いねぇ」
よしよしと頭を撫でれば、ムッとした顔で佐一君が私の顔を見た。
「ナマエちゃんは寂しくなかったの」
「うーん?どうだったかな……」
「ひどい」
俺はめちゃくちゃ寂しかった。直球で言われて頬がだらしなく緩む。
「一人だと部屋は静かだしさ、飯も作るの面倒だし、ベッドは広いし……」
「白石君と飲みに行けば良かったのに」
「ずっと繋がんないから多分アイツ何かやらかして逃げてんだと思う」
「えっ、また?大丈夫かな」
大丈夫だろ、とムッとしたままの佐一君が言い放った。白石君はたまにお金絡みとかで音信不通になることがある。その後少しすれば何事もなかったかのようにひょっこり帰ってくるけれど、不幸なことに今回の旅行はたまたまその時と被ってしまったらしい。ずっと繋がんない、ということはこの数日間何度も誘おうとしていたのだろうか。いつもは連絡が来ると「うわ、白石だ」とか言ってるのに。私が居ない寂しさを紛らわすために一向に返信のない白石君に連絡を取り続ける姿を想像して、申し訳ないけど少し笑みがこぼれた。
白熊 無断転載禁止
「可哀想にねぇ」
「本当だよ」
「そのタイミングで佐一君を放って旅行に行くなんて、酷いことをする人もいるんだね」
「ここにね」
むぎゅっと頬を引っ張られてまた笑えば、つられて佐一君もやっと笑った。
「旅行楽しかったんだけどね、美味しい物食べたり、綺麗な景色見たり、楽しいなって思う時に佐一君も一緒だったら良いなぁって思ってたんだよ」
ご飯を食べればこれは佐一君も好きそうだなとか、テーマパークを満喫しながらいつか佐一君とも来たいなとか、そんなことばかりが頭の中に浮かんだ。寂しいと思う暇さえないくらい、友達との時間もとても楽しくて大切だったけど、常にどこかで佐一君のことを考えずにはいられなかった。
「ね、だから今度は二人で行こう?一緒に行きたい所が沢山あるんだ」
予定していたけど回りきれなかった所もいくつかあったし、もう一度、今度は佐一君と二人で行きたいなと思っていた。しかし、佐一君から聞こえてきたのは子供のように拗ねた声だった。
「……誰かと行った所じゃなくて、初めての所に行きたい」
同じ所行ったらまた友達のこと沢山思い出すでしょ、と強く抱きしめられて言葉に詰まった。まさか、寂しかっただけでなく、嫉妬もしていたなんて。確かに今回旅行に行った友人はみんな佐一君よりも付き合いは長いし、お互いに色々なことを知っているけど、同性の友人だし、数年ぶりの再会だし、まさかそんな風に思っているとは思ってもみなかった。
「あんな可愛い顔して写真撮られて、こんな日焼けまでしちゃってさ」
首の裏と二の腕を触られて、驚いて腕を確認したけど自分では良く分からなかった。ちゃんと日焼け止めを塗っていたのに。でも言われてみれば、首筋はちょっとヒリヒリするかもしれない。二の腕を滑る佐一君の指先に軽く鳥肌が立っていく。
「……佐一君、重いね」
「そうだよ、知らなかった?」
「知ってた。重いところも大好きだよ」
開き直る佐一君が可愛いと思いながら答えれば、じっとりとした瞳と目が合った。そんな顔さえ愛おしい。むくれた頬に手を伸ばした。
「じゃあ佐一君はどこに行きたい?」
「……寝室」
「え?」
「寝室行きたい」
気づいた時には手を掴まれて、唇が重なっていた。視界いっぱいの佐一君の顔に慌てて目を閉じれば、また角度を変えて何度も啄むようなキスが降って来る。良く知っているはずなのに、久々だからか、ふにふにと柔らかいのにしっかりと弾力のある唇を感じる度に心臓が跳ねて、痺れるような感覚が体を巡る。ヒリつく首筋をなぞられて、ぞくぞくとした刺激に体が慄いた。
「ま、待って……あっ!お土産と洗濯物出さないと。好きそうな物たくさん買ってきたよ」
「あとで良いよ」
ひょいっと横抱きにされて、浮遊感に慌てて佐一君の首にしがみついた。大股で歩いているところとか、足でドアを開けるところに乱暴さが垣間見えるのに、寝室につけば頭に手を添えられてゆっくりとまるで壊れ物を扱うように丁寧にベッドに下ろされたので、そのギャップに身悶えてしまう。耳まで燃えるように熱い。真っ暗な寝室に、リビングの明かりが差し込んでくる薄暗闇の中、ベッドに手をついた佐一君がどんどん近づいて来る。その顔は逆光で見えづらい。「今回ので気づいたんだけど」といつもよりも低くて落ち着いた声で佐一君が話し始めた。
「俺はさ、ナマエちゃんをずっと独り占めしたい」
一人の時間なんていらない、ずっと離れたくないと続けながら、真っ赤に熱を持った耳をさわさわと撫でられる。慣れない感覚と緊張に体が大きくぶるりと震え、吐息混じりの声が漏れ出てしまえば、佐一くんが小さく笑った気配を感じた。
「ねぇ、重いところも好きなんでしょ?」
「う、うん……」
ちゅっと唇を吸われ、目の前の佐一君の顔をはっきりと捉えた瞬間、ドクンと大きく心臓が跳ねた。口元は綺麗な弧を描いているのに、目が全く笑っていない。何が何でも逃がさないという意思を感じる強い眼差しに射抜かれて、身動きができない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。ただ一つ違うとすれば、そんな所も好きだなと少しだけ見入ってしまったところだろうか。
ついに佐一君がベッタリと全体重をかけてのしかかってきて、うぅっと可愛くない声が出た。肺の中の酸素が強制的に押し出されていく。苦しい。
「じゃあ俺の全部、ちゃんと受け止めてよ」
空気を求めて開いた口までも塞がれて、重量級の愛の重さに窒息しそうだった。でもそれも良いのかもしれないと、逞しい首に腕を絡ませた。
2024.08.13
「おかえりナマエちゃん」
「ただいま佐一君!」
たった数日間離れていただけなのに、なんだかもうずっと会っていなかったような気がした。「楽しかった?」と聞きながらスーツケースを当たり前のように取られて、自宅までの道のりを二人で歩き出した。
「すっごい楽しかった。久々に会ったんだけどね、みんな全然変わってなかった」
学生の頃からの友人達との三泊四日の旅行は、あっという間に終わってしまった。定期的にやりとりはしてたけれど、直接会うのはもしかしたら5年ぶりとかだったかもしれない。でもそんなに経っているなんて思えないくらい、再会してすぐにワイワイと昔に戻ったように会話をすることができた。大体、数年越しの再会だというのに友人と交わした第一声が「久しぶり」でも「元気?」でもなく「お腹すいた」だったのが私たちの関係性を物語っているような気がする。思い出しただけでも笑ってしまう。コンビニの袋を下げた右手でスーツケースを難なく押しながら、左手で佐一君が私の手を握ってきた。無骨だけど温かくて大きな手がすっぽりと私の手のひらを包んで、指先までしっかりと絡めとられる。
「美味しい物たくさん食べれた?」
「うん、散財しちゃった」
へへへ、と笑えば佐一君も嬉しそうにこちらを見てくるから幸せな気分になる。
「佐一君は?何か美味しい物食べた?」
「うーん、いや、俺は特には……」
絡められた佐一君の親指が、私の手の甲をゆっくりと撫でている。さっきよりも少しだけ低い声色は、何だか自分のことをあまり語りたくないように聞こえた。「ナマエちゃんは何食べたの?」とすぐに私について聞いてきたのもそう思わせた。顔が少し暗いように見えるのは、とっぷりと日が暮れているせいだけだろうか。ちゃんとご飯食べてたのかな、何かあったのかなと少し心配になったけれど、佐一君に話したいことが沢山あってすぐに頭の隅に追いやられてしまった。色々あったことを話し続ける私を、佐一君の優しい眼差しが見守ってくれるのが嬉しくて、気づいたらあっという間に家に着いていた。見知った我が家に足を踏み入れれば、今まで忘れていた旅の疲れがドッと押し寄せてきた。
「お風呂ためてあるけど先入る?」
その言葉に迷わず頷いた。すごい。至れり尽くせりすぎる。わざわざ迎えに来てくれただけでなく、お風呂まで準備していてくれたなんて。神様かな?佐一様だな。お土産いっぱい買ってきて良かった。荷解きはひとまず置いておいて、ありがたく先にお風呂を頂くことにした。今回の旅行は観光地を巡ったり、テーマパークに行ったり、これでもかというほどにアクティブな内容を詰め込んだものだった。夏のうだるような暑さの中、酷使した身体に熱めのお湯が染み渡る。歩き疲れて足がパンパンだ。今度旅行に行くなら絶対に温泉を組み込もう。一日くらいのんびりと何もしない日があるのも良いんじゃないだろうか。何よりもう学生でもないのだから、そんな毎日歩き回れるほどの体力は残っていない。今回は久々の友人との旅行ということでハイになっていただけで、今だってこのままドロドロと湯舟に溶けてなくなってしまうんじゃないかってくらいクタクタだ。明日の仕事に影響しそうで少し心配になってきた。今日は早めに寝ようと心に決めて、お風呂から上がった。白熊 無断転載禁止
「お風呂気持ちよかったぁ……ありがとうね、佐一君」
「ん。疲れてるからすぐ入りたいだろうなって思って」
気が利きすぎる。可愛い、と火照った頬に触れられれば、いつも温かい佐一君の手が少し冷たく感じて、それが気持ち良くて、思わず擦り寄った。心も体もポカポカだ。まだ少ししっとりとしている髪の毛をわしゃわしゃと撫でられて、佐一君が入れ替わりでお風呂に向かっていった。
荷解きしないとなぁ。でもめんどくさいなぁ。一度座ってしまえばソファーから動けなくなってしまった。スマホでショート動画を流しながらうつらうつらとしていたら、急に聞こえて来たドライヤーの音で一気に意識が引き戻された。いつの間にそんなに時間が経っていたんだ。少ししてドライヤーの音が止めば、佐一君が隣にやってきた。動画が魚のおもちゃを抱きかかえてケンケン蹴っている猫に変わった。
「あっ、これ俺も観た。可愛いよね」
二人でボーッと小さな画面で次々と再生される動画を見続ける。何かもっと生産的なことをしなければ、と思っているのに動けない。佐一君が私の左肩に寄りかかってきて「ねぇ、写真見たい」と呟いたので動画を止めてカメラロールを開いたら、ちょうどテーマパークで撮った写真が映された。私達が名物の細長いお菓子を持って写っている写真だ。
「ナマエちゃん可愛い」
スッと画面に手が伸ばされて、2本の指が私を拡大した。満面の笑みの私が画面いっぱいに表示される。恥ずかしいから止めてほしい。慌てて次の写真に送ったら、ティーカップをグルグルと渾身の力を込めて回す友人の動画が再生された。たかがティーカップと侮っていたけど結構楽しかったな。私たちの悲鳴と笑い声が静かな部屋に響き渡ってうるさいくらいだった。
「スゲー満喫してるね」
「はしゃぎすぎちゃった……佐一君は一人時間満喫できた?」
今回の旅行で、私は初めて佐一君を一人残して外泊をしたのだった。同棲し始めてから数年間、私たちは毎朝毎晩お互いがいる生活を送っていた。二人とも出張に行くような仕事をしていないし、旅行に行く時はいつも二人一緒だったから、どちらかが日を跨いで留守番をすることなんて今まで一度もなかった。もちろんそうやって二人で過ごす時間も大好きだけど、たまには一人でのびのびと羽を伸ばすのも良いんじゃないかと思うことがある。一緒にいるのが嫌になったとかではなく、一人時間からしか得られないものもあると思うのだ。でも、隣からは返事がない。「佐一君?」と声をかければ、返事の代わりにぎゅうっと強く抱きしめられた。数日ぶりに感じる温もりが身体中に広がっていく。本当に我が家に帰ってきたのだと、たまらなく安心する温もりだ。広い背中に腕を回せば、佐一君が首元に擦り寄ってきた。お風呂上がりで湿っているせいか、首筋で感じる髪の毛がいつもよりもふわふわと柔らかく感じた。
「佐一君、もしかして寂しかった?」
うん……とくぐもった声が聞こえてきた。ぐりぐりと私の首元に頭をこすりつけて甘えてくる姿はさながら大型犬で、可愛さに胸がきゅんきゅんする。実を言うと「コンビニ行くからついでに改札で待ってるね」とメッセージが送られてきた時から内心ちょっと期待していたのだ。元々迎えにくるなんて言ってなかったのに。もしかして早く会いたくて、わざわざ私が最寄り駅に到着する時間に合わせてコンビニに出かけたんじゃないかって、ひっそりと自惚れていたのは間違いではなかったらしい。
「可愛いねぇ」
よしよしと頭を撫でれば、ムッとした顔で佐一君が私の顔を見た。
「ナマエちゃんは寂しくなかったの」
「うーん?どうだったかな……」
「ひどい」
俺はめちゃくちゃ寂しかった。直球で言われて頬がだらしなく緩む。
「一人だと部屋は静かだしさ、飯も作るの面倒だし、ベッドは広いし……」
「白石君と飲みに行けば良かったのに」
「ずっと繋がんないから多分アイツ何かやらかして逃げてんだと思う」
「えっ、また?大丈夫かな」
大丈夫だろ、とムッとしたままの佐一君が言い放った。白石君はたまにお金絡みとかで音信不通になることがある。その後少しすれば何事もなかったかのようにひょっこり帰ってくるけれど、不幸なことに今回の旅行はたまたまその時と被ってしまったらしい。ずっと繋がんない、ということはこの数日間何度も誘おうとしていたのだろうか。いつもは連絡が来ると「うわ、白石だ」とか言ってるのに。私が居ない寂しさを紛らわすために一向に返信のない白石君に連絡を取り続ける姿を想像して、申し訳ないけど少し笑みがこぼれた。
白熊 無断転載禁止
「可哀想にねぇ」
「本当だよ」
「そのタイミングで佐一君を放って旅行に行くなんて、酷いことをする人もいるんだね」
「ここにね」
むぎゅっと頬を引っ張られてまた笑えば、つられて佐一君もやっと笑った。
「旅行楽しかったんだけどね、美味しい物食べたり、綺麗な景色見たり、楽しいなって思う時に佐一君も一緒だったら良いなぁって思ってたんだよ」
ご飯を食べればこれは佐一君も好きそうだなとか、テーマパークを満喫しながらいつか佐一君とも来たいなとか、そんなことばかりが頭の中に浮かんだ。寂しいと思う暇さえないくらい、友達との時間もとても楽しくて大切だったけど、常にどこかで佐一君のことを考えずにはいられなかった。
「ね、だから今度は二人で行こう?一緒に行きたい所が沢山あるんだ」
予定していたけど回りきれなかった所もいくつかあったし、もう一度、今度は佐一君と二人で行きたいなと思っていた。しかし、佐一君から聞こえてきたのは子供のように拗ねた声だった。
「……誰かと行った所じゃなくて、初めての所に行きたい」
同じ所行ったらまた友達のこと沢山思い出すでしょ、と強く抱きしめられて言葉に詰まった。まさか、寂しかっただけでなく、嫉妬もしていたなんて。確かに今回旅行に行った友人はみんな佐一君よりも付き合いは長いし、お互いに色々なことを知っているけど、同性の友人だし、数年ぶりの再会だし、まさかそんな風に思っているとは思ってもみなかった。
「あんな可愛い顔して写真撮られて、こんな日焼けまでしちゃってさ」
首の裏と二の腕を触られて、驚いて腕を確認したけど自分では良く分からなかった。ちゃんと日焼け止めを塗っていたのに。でも言われてみれば、首筋はちょっとヒリヒリするかもしれない。二の腕を滑る佐一君の指先に軽く鳥肌が立っていく。
「……佐一君、重いね」
「そうだよ、知らなかった?」
「知ってた。重いところも大好きだよ」
開き直る佐一君が可愛いと思いながら答えれば、じっとりとした瞳と目が合った。そんな顔さえ愛おしい。むくれた頬に手を伸ばした。
「じゃあ佐一君はどこに行きたい?」
「……寝室」
「え?」
「寝室行きたい」
気づいた時には手を掴まれて、唇が重なっていた。視界いっぱいの佐一君の顔に慌てて目を閉じれば、また角度を変えて何度も啄むようなキスが降って来る。良く知っているはずなのに、久々だからか、ふにふにと柔らかいのにしっかりと弾力のある唇を感じる度に心臓が跳ねて、痺れるような感覚が体を巡る。ヒリつく首筋をなぞられて、ぞくぞくとした刺激に体が慄いた。
「ま、待って……あっ!お土産と洗濯物出さないと。好きそうな物たくさん買ってきたよ」
「あとで良いよ」
ひょいっと横抱きにされて、浮遊感に慌てて佐一君の首にしがみついた。大股で歩いているところとか、足でドアを開けるところに乱暴さが垣間見えるのに、寝室につけば頭に手を添えられてゆっくりとまるで壊れ物を扱うように丁寧にベッドに下ろされたので、そのギャップに身悶えてしまう。耳まで燃えるように熱い。真っ暗な寝室に、リビングの明かりが差し込んでくる薄暗闇の中、ベッドに手をついた佐一君がどんどん近づいて来る。その顔は逆光で見えづらい。「今回ので気づいたんだけど」といつもよりも低くて落ち着いた声で佐一君が話し始めた。
「俺はさ、ナマエちゃんをずっと独り占めしたい」
一人の時間なんていらない、ずっと離れたくないと続けながら、真っ赤に熱を持った耳をさわさわと撫でられる。慣れない感覚と緊張に体が大きくぶるりと震え、吐息混じりの声が漏れ出てしまえば、佐一くんが小さく笑った気配を感じた。
「ねぇ、重いところも好きなんでしょ?」
「う、うん……」
ちゅっと唇を吸われ、目の前の佐一君の顔をはっきりと捉えた瞬間、ドクンと大きく心臓が跳ねた。口元は綺麗な弧を描いているのに、目が全く笑っていない。何が何でも逃がさないという意思を感じる強い眼差しに射抜かれて、身動きができない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。ただ一つ違うとすれば、そんな所も好きだなと少しだけ見入ってしまったところだろうか。
ついに佐一君がベッタリと全体重をかけてのしかかってきて、うぅっと可愛くない声が出た。肺の中の酸素が強制的に押し出されていく。苦しい。
「じゃあ俺の全部、ちゃんと受け止めてよ」
空気を求めて開いた口までも塞がれて、重量級の愛の重さに窒息しそうだった。でもそれも良いのかもしれないと、逞しい首に腕を絡ませた。
2024.08.13
