からかい上手の尾形さん
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「今度一緒にお祭り行かない?」
映画館から出たところで、勇作君がスマホを見せながら言ってきた。画面にはどこかで撮ってきたのか、壁に貼られた自治体主催のお祭りのポスターが映っている。
「うん、いいね!行きたい」
「浴衣持ってる?」
「持ってる」
「よし、一緒に浴衣で行こう!」
勇作君がまるで子供の様にはしゃいでいる。そんなに浴衣でお祭りに行きたかったなんて意外だったけど、確かに非日常感があって私もワクワクしてきた。日程について話しながら駅に向かって、私たちはいつものようにその場で解散した。遊びに行こうと言えば飲むのが当たり前になる中、肩の力を抜いた、昔と変わらない遊び方が出来る勇作君は貴重な友達だった。
お祭り当日、駅から待ち合わせ場所に歩いているとスマホが震えた。勇作君からだった。
『ナマエちゃんもう向かってる?』
『うん、もうすぐ着くところ』
『浴衣着てる?』
『うん。勇作君も着てるよね?』
『ごめん、僕急用で行けなくなったから代わりに兄さんが行ってる』
は?!
驚きすぎてスマホを落としそうになった。兄さんって……兄さんだよね。尾形さん?えっ、待って。私、尾形さんとお祭り行くの?
『嘘でしょ?!さすがに二人だけは気まずいって』
『今度埋め合わせするから』
前話してた所のパフェ奢るよ、というメッセージが続けて届いた。まあそれなら……と一瞬思ってしまった。現金すぎる。それに「代わりに兄さんが行ってる」ということは、もう尾形さんは向かってしまっているということだ。今更何を言ってももう遅いんだろう。尾形さんも大変だな、わざわざ弟の友人のために駆り出されて。考えたらこの中で一番の被害者かもしれない。別に私一人でも楽しんで帰ったのに、勇作君が変なところで気を回すから。
勇作君のお兄さんこと尾形百之助さんは、大学時代に突如として私達の前に現れた人である。お母さんが違うとか、そのお母さんが亡くなったきっかけで花沢家との交流が始まったとか、中々複雑な家庭事情にどう反応すれば良いのか良く分からなかった。それでもお兄さんが出来たと話す勇作君はとても嬉しそうで、私も心の底から祝福した。
何故か三人で出かけることになって初めて尾形さんに会った時には、勇作君とは真反対の少し捻くれた人物が登場したので、とてもびっくりしてしまった。顔も全然似ていない。歳は私たちと一、二個しか離れていないのに、どこか陰のあるアンニュイな雰囲気に大人の色気みたいなものを感じて、正直なところとてもドキドキした。
近づきがたい雰囲気がある人だったけど、勇作君は尾形さんが大好きなようで、ずっと肩が触れるほど近づいて話しかけていた。そのせいで尾形さんが真っ直ぐ歩けなかったほどだ。それが面白くて笑っていたら尾形さんが私の隣に来て、勇作君もそのまま着いてくるのだから、勇作君、尾形さん、私、と三人並んでぎゅうぎゅうに詰めながら一方向に流れて歩いたのが楽しかったのを覚えている。それからごくたまに三人で遊びに行くことはあったけれど、二人きりは今回が初めてだ。どうしよう、何か隕石とか落ちてお祭り中止にならないかな。
重い足取りで待ち合わせ場所に着けば、すでに尾形さんが到着していた。上下黒なのになぜか様になって見えるのだから不思議だ。顔か、スタイルか、雰囲気か……全部だろうな、羨ましい。私だったら部屋着になる。近づいて声を掛けようとしたら、丁度スマホから顔を上げた尾形さんと目が合った。
「よう」
「こ、こんにちは……」
「勇作じゃなくて悪かったな」
「いや、そんな……」
ははは、と乾いた笑いしか出てこない。勇作君が居ないだけで緊張がすごい。しかもよりによって私は浴衣を着ている。「こいつマジで浮かれてんな」などと思われていないだろうか。浴衣で行こうと言ったのは勇作君であって私ではないんです、と意味の分からない弁明を心の中でした。
足を進めるごとに祭囃子の音が大きくなって、屋台も増えていく。早めに来たから人影は少ない。尾形さんは特に何も言わずに私の横を歩いている。夕飯は屋台飯にしようと思っていたので腹ペコだ。焼きそばもお好み焼きも食べたい。イカも美味しそうだ。隣が勇作君だったら気にせず何でも買うのに、尾形さんだと途端に恥ずかしくなってしまって、食べたくもないりんご飴や綿あめに視線が行く。でもやっぱり焼きそばが食べたい。折衷案としてたこ焼きはどうだろうか、焼きそばやイカよりは幾らか可愛いんじゃないか。丸いし。謎の思考に陥っていたら尾形さんが話しかけてきた。
「たこ焼き食うか?」
「えっ?あっ、はい!食べようと思ってます!」
フッと鼻で笑われた。意味不明な申告をしたことで羞恥心がこみ上げてきて、その場で固まってしまった。
「ほかは?」
「ほか?」白熊 無断転載禁止
「買ってくるからここで待ってろ」
「えっ、悪いですよ」
私も買いに行こうとしても「良いから」と返される。押し問答状態だ。
「適当に買ってくるからここで座ってろ」
最終的にすぐ側のベンチに腰掛けるように肩を押さえられて、尾形さんが離れていった。適当にって何買ってくるんだろう。お互いの好みを全く把握していない状況なので、少しだけ落ち着かなかった。
暫くして、尾形さんが大きな手で器用にたこ焼き、焼きそばと唐揚げを手に持って戻って来た。心が踊るわんぱくなラインナップだ。ポケットにはラムネまで差さっている。その姿がなんだか可愛らしくて、少しだけ緊張がほぐれた。
「ありがとうございます。いくらでした?」
「別に良い」
「良くはないですよ」
「じゃあ今度何か奢ってくれよ」
調子が狂う。それより今度っていつだ。次三人で会う時なんていつになるか分からないのに、と思っているうちにプシュッという音と共にラムネが開いた。ほら、と差し出されて恐縮しながら夏の象徴のような瓶を受け取った。勇作君と一緒の時はこんなことないから、至れり尽くせりすぎてちょっと怖い。
「今日、すみません。私一人でも良かったのに……」
「俺も暇だったから」
本当かどうか分からない返事に愛想笑いで返した。周りの景色を見ながら、追加で何か言った方が良いかなと考えてみても何も思い浮かばない。多分お腹が空きすぎているせいもある。空腹に耐えかねて、恐る恐る熱々のたこ焼きに慎重に噛り付いた。中がトロトロでタコも大きくて美味しい。8つ入りで嬉しいなと思っていたのに、二人で食べ進めていたらあっという間に容器が空になっていた。そこに焼きそばを気持ち少なめによそい、唐揚げも乗せて、自分だけのわんぱくなお祭り飯を作り上げた。
「唐揚げ二つで良いのか?」
「んんー……大丈夫、です」
紙コップに入っているせいで分かりづらいけど、唐揚げは多分5、6個入っていた。2個以上取るのは可愛くない気がする。それに帯がコルセットみたいになっているから、あまり食べるのも心配だ。そういった理由と食べたいという気持ちを天秤にかけて総合的に判断した末の返事だったのに、他の個体より小さめの唐揚げが、爪楊枝で刺されて私のわんぱく飯に追加された。
「食べれなかったら俺が食べる」
モグモグと焼きそばを食べながらの言葉にちょっとだけ、距離が縮んだ気がした。それからの会話はそれなりに弾んだが、途中から私の頭の中は「たこ焼きも焼きそばも青のり抜いてあった、すごい」という考えに占領され、何を話したのかよく覚えていない。
わんぱくセットをペロリと食べ終わり、私たちはブラブラと会場内を歩き回り始めた。到着した時よりも、だいぶ人が増えてきた。そんなに規模は大きくないけれど、お祭り特有の雰囲気に足取りは軽くなり、頬が緩んでいく。ギラギラと輝く屋台の照明も、どこからか聞こえてくる子どもたちの楽しそうな叫び声も、肌に膜が張ったような暑さも、お祭りという魔法で全部全部心地良く感じた。グルグルと水の上を回る色とりどりのスーパーボールを懐かしく眺めていたら、反対から来ていた男の人に気づくのが遅くなった。向こうも私と同じように何かに気を取られている。
白熊 無断転載禁止
あ、ヤバい。間に合わない、ぶつかる。衝撃を覚悟した時に、グイッと横に引き寄せられた。
「ごっ、ごめんなさい……!」
肘から手のひらまでべったりと尾形さんの体についてしまって、飛び跳ねるように慌てて離れた。なんかすごい鍛えてそうな感触だった。大丈夫か?私セクハラで訴えられないか?残り少ないラムネを流し込んで、ドキドキとうるさい心臓を鎮めようと試みた。しかしその後も私が誰かとぶつからないよう誘導するように、控えめに帯に手が添えられているのを感じ取ってしまって、全然効果がなかった。勇作君とだったら多分二人して人混みに揉まれて大変なことになっていたと思う。もしかしたら途中ではぐれてそのまま解散していたかもしれない。でも尾形さんはしっかりと私の横についていてくれて、安心感と同じくらい緊張感に体が支配された。
大人にとってはまだ全然早い時間帯だけど、いよいよ本格的に人が増えてきたし、もう十分堪能したのでこの辺でお開きにしようという話になった。来た時のように駅までの道を歩こうとしたら、尾形さんが途中で足を止めた。
「送ってく」
車だから、とキーを見せてきた。私も勇作君も無免許なのでかなり新鮮だった。それにいつもは現地集合現地解散だ。送っていくなんて言われたことも言ったこともない。
なんだかこれデートみたいだな。
ずっとどこかで思っていたことが、ついにはっきりと輪郭を帯びて頭に浮上した。友達の兄相手に私は何を考えてるんだろう。
「最寄りどこだ?」
「そこの駅までで大丈夫ですよ」
「電車混んでんだろ」
「でも……」
確かに混んでいるだろう。足も慣れない草履で疲れている。正直言うと鼻緒が擦れて痛い。尾形さんの心を見透かしてくるような、黒目がちな瞳でジッと見つめられては折れるほかなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
見知らぬ道を通れば、満車状態のパーキングに辿り着いた。尾形さんの物らしい車のヘッドライトが数回光って、鍵が開いたのが聞こえてきた。
「あっ、すみません」
後ろに乗り込もうとした前に、尾形さんに助手席のドアを開けられてしまった。助手席って私が座って良いの?恋人とか乗せるんじゃないの?しょうがないので誘導されるがままに乗り込んでみたものの、浴衣のせいで思うように脚が開かず手こずってしまう。それなのに尾形さんは文句も何も言わずにドアを開けて待っていてくれて、最後は「袖、気をつけろよ」なんて優しい言葉を言いながらドアを閉めたので、友達の兄相手にまた邪な考えが頭に浮かんだ。シートベルトを締めていると反対側から尾形さんが乗り込んできて車体が揺れた。バタン、とドアが閉まる音にさえ心臓が跳ねてしまう。密室に二人きり、しかもこの距離だ。緊張で吐きそうだった。
「駅かコンビニか家か……どこまでが良い?」
「駅が良いです、ええっと……」
緊張しすぎてすぐに最寄りの駅名が出てこなくて恥ずかしかった。やっと出てきた名前を伝えれば、尾形さんがカーナビを操作し始めた。あまり見るのも良くないだろうし、ドギマギしているのを悟られたくなくて、お礼を言ってから特に面白くもない窓の外を見つめ続けていれば、そのうち車が動き出して景色が流れ始めた。ラジオとか音楽とかつけないんだろうか。私の心臓の音がBGMになってないだろうか。シンとした車内は、少し気まずいような、でも心地良いような、なんとも不思議な空間だった。
「捻れてるぞ」
え?何が?信号待ち中に急に掛けられた言葉に反応できずにいたら、尾形さんの体が近づいてきて益々訳が分からずパニックになった。尾形さんの左手が、シートの角を掴んだ。なになになに?!と硬直していると、今度は右手が私の肩のあたりに伸びてきた。ひぃぃ近い近い近い近い!
「ここ」
スッとシートベルトと体の間に指先が差し込まれて、捻れているとはシートベルトのことだと漸く理解した。どんだけパニックになっているんだ私は。この世で捻れると言えばシートベルト以外にあるはずがないのに。そんなこともないか。浴衣越しに少し触れただけなのに、ずっと鎖骨付近に尾形さんの指の感触が残っているようだった。
「あ、ありがとう、ございます」
すぐに青信号になって、尾形さんがまた自分の定位置に戻った。助けて勇作君。心臓破裂で死ぬかもしれない。死因は君の兄だよ。どうするの?
「それ、似合ってるな」
パニック真っ只中な私に、前を見ながら尾形さんが言った。それ、とは。
「浴衣」
聞こえてきた単語にボボボッと顔が熱くなった。だから勇作君、どうするの、私死ぬよ。君が来られなかったばっかりに。消え入る声でお礼を言って、また外の景色に助けを求めた。浴衣を着ている人になら、誰にでも言うであろう社交辞令を真に受ける馬鹿がどこにいるんだと、必死になって自分に言い聞かせた。
「浴衣、勇作に見せたかったか」
「えっ?いや、全然。そういうのはないですね」
気が置けない友達と回れたら幾分か気持ちは楽だったかなとは思うけど。
「尾形さんは浴衣も似合いそうですね」
浴衣"も"ってなんだ。言ったそばから蹲りたくなった。普段の姿をかっこいいと思っているのがバレバレな言い方だ。まあな、と笑い交じりの尾形さんの返事にさらにダメージを食らった。
「今度見せてやるよ」
今度?と右に視線を向ければ、尾形さんが瞳だけでこちらを見てきた。
「温泉でも行くか」
「おん、せん……?」
「二人で」
「ふ?!いっ、いやいやいやいや!」
冗談だ、といつもより楽しそうな尾形さんの声が車内に響いた。
「……尾形さんの冗談は分かりにくいんですよ」
モゴモゴと反論して、窓の外に視線を戻した。もう何度も同じ角度で外を眺めていたので、首が痛み始めていた。白熊 無断転載禁止
渋滞に巻き込まれることもなく、思っていたよりも早く見慣れた街に辿り着いた。最寄り駅で降ろされ、帰宅した時にはそれはもうゲッソリとしていた。わんぱく飯分のカロリーは消費したと思う。「家着いたら連絡しろよ」と言われていたことを思い出して、残った体力と精神力をかき集めて尾形さんに短いメッセージを送った。そこで勇作君から『楽しんでる?』という連絡が来ていたことに初めて気がついた。スマホを確認する余裕も無かったくらい楽しかったけど疲れたよ。寿命が何年かすり減ったようだった。
*
「で、兄さんはどうだった?」
「どうって……」
どういう意味だろう。抹茶パフェを一口頬張りながら首を傾げた。約束通り、この間の埋め合わせとして今日は勇作君の奢りだ。
「かっこよかった?」
「え?あぁ……うん……」
かっこよすぎて車内で死にかけたことは内緒だ。でもあの雰囲気を思い出して、不自然な返事をしてしまった。意味もなくパフェをつついてしまう。思い返してみれば、ずっとエスコートしてもらっていた気がする。さぞかしモテるんだろうなぁ、怖いなぁ、なんて思っている間にも、勇作君はニコニコと満面の笑みで私の方を見つめていた。
「えぇ?なに……?」
「僕、兄弟が欲しかったから兄さんができた時すごく嬉しくて」
「うん、前にも言ってたね」
「もう一人増えたらもっと嬉しいなぁって、思ってただけ」
どういうこと?これが漫画なら私の頭の上には疑問符が大量に飛び交っている。また兄弟が増えるの?脈絡のない話し方に、まあ家族が多い方が楽しそうではあるよね、と適当に相槌を打ってパフェをまた一口頬張った。
私が勇作君の言葉の意味と笑みを理解するのは、まだまだもう少し先のことである。
『勇作に任せてください!』
『ナマエちゃん浴衣着てます!』
『割と食べる子です』
『かっこよかったって言ってましたよ!』
2024.05.04
2025.01.22 加筆修正
映画館から出たところで、勇作君がスマホを見せながら言ってきた。画面にはどこかで撮ってきたのか、壁に貼られた自治体主催のお祭りのポスターが映っている。
「うん、いいね!行きたい」
「浴衣持ってる?」
「持ってる」
「よし、一緒に浴衣で行こう!」
勇作君がまるで子供の様にはしゃいでいる。そんなに浴衣でお祭りに行きたかったなんて意外だったけど、確かに非日常感があって私もワクワクしてきた。日程について話しながら駅に向かって、私たちはいつものようにその場で解散した。遊びに行こうと言えば飲むのが当たり前になる中、肩の力を抜いた、昔と変わらない遊び方が出来る勇作君は貴重な友達だった。
お祭り当日、駅から待ち合わせ場所に歩いているとスマホが震えた。勇作君からだった。
『ナマエちゃんもう向かってる?』
『うん、もうすぐ着くところ』
『浴衣着てる?』
『うん。勇作君も着てるよね?』
『ごめん、僕急用で行けなくなったから代わりに兄さんが行ってる』
は?!
驚きすぎてスマホを落としそうになった。兄さんって……兄さんだよね。尾形さん?えっ、待って。私、尾形さんとお祭り行くの?
『嘘でしょ?!さすがに二人だけは気まずいって』
『今度埋め合わせするから』
前話してた所のパフェ奢るよ、というメッセージが続けて届いた。まあそれなら……と一瞬思ってしまった。現金すぎる。それに「代わりに兄さんが行ってる」ということは、もう尾形さんは向かってしまっているということだ。今更何を言ってももう遅いんだろう。尾形さんも大変だな、わざわざ弟の友人のために駆り出されて。考えたらこの中で一番の被害者かもしれない。別に私一人でも楽しんで帰ったのに、勇作君が変なところで気を回すから。
勇作君のお兄さんこと尾形百之助さんは、大学時代に突如として私達の前に現れた人である。お母さんが違うとか、そのお母さんが亡くなったきっかけで花沢家との交流が始まったとか、中々複雑な家庭事情にどう反応すれば良いのか良く分からなかった。それでもお兄さんが出来たと話す勇作君はとても嬉しそうで、私も心の底から祝福した。
何故か三人で出かけることになって初めて尾形さんに会った時には、勇作君とは真反対の少し捻くれた人物が登場したので、とてもびっくりしてしまった。顔も全然似ていない。歳は私たちと一、二個しか離れていないのに、どこか陰のあるアンニュイな雰囲気に大人の色気みたいなものを感じて、正直なところとてもドキドキした。
近づきがたい雰囲気がある人だったけど、勇作君は尾形さんが大好きなようで、ずっと肩が触れるほど近づいて話しかけていた。そのせいで尾形さんが真っ直ぐ歩けなかったほどだ。それが面白くて笑っていたら尾形さんが私の隣に来て、勇作君もそのまま着いてくるのだから、勇作君、尾形さん、私、と三人並んでぎゅうぎゅうに詰めながら一方向に流れて歩いたのが楽しかったのを覚えている。それからごくたまに三人で遊びに行くことはあったけれど、二人きりは今回が初めてだ。どうしよう、何か隕石とか落ちてお祭り中止にならないかな。
重い足取りで待ち合わせ場所に着けば、すでに尾形さんが到着していた。上下黒なのになぜか様になって見えるのだから不思議だ。顔か、スタイルか、雰囲気か……全部だろうな、羨ましい。私だったら部屋着になる。近づいて声を掛けようとしたら、丁度スマホから顔を上げた尾形さんと目が合った。
「よう」
「こ、こんにちは……」
「勇作じゃなくて悪かったな」
「いや、そんな……」
ははは、と乾いた笑いしか出てこない。勇作君が居ないだけで緊張がすごい。しかもよりによって私は浴衣を着ている。「こいつマジで浮かれてんな」などと思われていないだろうか。浴衣で行こうと言ったのは勇作君であって私ではないんです、と意味の分からない弁明を心の中でした。
足を進めるごとに祭囃子の音が大きくなって、屋台も増えていく。早めに来たから人影は少ない。尾形さんは特に何も言わずに私の横を歩いている。夕飯は屋台飯にしようと思っていたので腹ペコだ。焼きそばもお好み焼きも食べたい。イカも美味しそうだ。隣が勇作君だったら気にせず何でも買うのに、尾形さんだと途端に恥ずかしくなってしまって、食べたくもないりんご飴や綿あめに視線が行く。でもやっぱり焼きそばが食べたい。折衷案としてたこ焼きはどうだろうか、焼きそばやイカよりは幾らか可愛いんじゃないか。丸いし。謎の思考に陥っていたら尾形さんが話しかけてきた。
「たこ焼き食うか?」
「えっ?あっ、はい!食べようと思ってます!」
フッと鼻で笑われた。意味不明な申告をしたことで羞恥心がこみ上げてきて、その場で固まってしまった。
「ほかは?」
「ほか?」白熊 無断転載禁止
「買ってくるからここで待ってろ」
「えっ、悪いですよ」
私も買いに行こうとしても「良いから」と返される。押し問答状態だ。
「適当に買ってくるからここで座ってろ」
最終的にすぐ側のベンチに腰掛けるように肩を押さえられて、尾形さんが離れていった。適当にって何買ってくるんだろう。お互いの好みを全く把握していない状況なので、少しだけ落ち着かなかった。
暫くして、尾形さんが大きな手で器用にたこ焼き、焼きそばと唐揚げを手に持って戻って来た。心が踊るわんぱくなラインナップだ。ポケットにはラムネまで差さっている。その姿がなんだか可愛らしくて、少しだけ緊張がほぐれた。
「ありがとうございます。いくらでした?」
「別に良い」
「良くはないですよ」
「じゃあ今度何か奢ってくれよ」
調子が狂う。それより今度っていつだ。次三人で会う時なんていつになるか分からないのに、と思っているうちにプシュッという音と共にラムネが開いた。ほら、と差し出されて恐縮しながら夏の象徴のような瓶を受け取った。勇作君と一緒の時はこんなことないから、至れり尽くせりすぎてちょっと怖い。
「今日、すみません。私一人でも良かったのに……」
「俺も暇だったから」
本当かどうか分からない返事に愛想笑いで返した。周りの景色を見ながら、追加で何か言った方が良いかなと考えてみても何も思い浮かばない。多分お腹が空きすぎているせいもある。空腹に耐えかねて、恐る恐る熱々のたこ焼きに慎重に噛り付いた。中がトロトロでタコも大きくて美味しい。8つ入りで嬉しいなと思っていたのに、二人で食べ進めていたらあっという間に容器が空になっていた。そこに焼きそばを気持ち少なめによそい、唐揚げも乗せて、自分だけのわんぱくなお祭り飯を作り上げた。
「唐揚げ二つで良いのか?」
「んんー……大丈夫、です」
紙コップに入っているせいで分かりづらいけど、唐揚げは多分5、6個入っていた。2個以上取るのは可愛くない気がする。それに帯がコルセットみたいになっているから、あまり食べるのも心配だ。そういった理由と食べたいという気持ちを天秤にかけて総合的に判断した末の返事だったのに、他の個体より小さめの唐揚げが、爪楊枝で刺されて私のわんぱく飯に追加された。
「食べれなかったら俺が食べる」
モグモグと焼きそばを食べながらの言葉にちょっとだけ、距離が縮んだ気がした。それからの会話はそれなりに弾んだが、途中から私の頭の中は「たこ焼きも焼きそばも青のり抜いてあった、すごい」という考えに占領され、何を話したのかよく覚えていない。
わんぱくセットをペロリと食べ終わり、私たちはブラブラと会場内を歩き回り始めた。到着した時よりも、だいぶ人が増えてきた。そんなに規模は大きくないけれど、お祭り特有の雰囲気に足取りは軽くなり、頬が緩んでいく。ギラギラと輝く屋台の照明も、どこからか聞こえてくる子どもたちの楽しそうな叫び声も、肌に膜が張ったような暑さも、お祭りという魔法で全部全部心地良く感じた。グルグルと水の上を回る色とりどりのスーパーボールを懐かしく眺めていたら、反対から来ていた男の人に気づくのが遅くなった。向こうも私と同じように何かに気を取られている。
白熊 無断転載禁止
あ、ヤバい。間に合わない、ぶつかる。衝撃を覚悟した時に、グイッと横に引き寄せられた。
「ごっ、ごめんなさい……!」
肘から手のひらまでべったりと尾形さんの体についてしまって、飛び跳ねるように慌てて離れた。なんかすごい鍛えてそうな感触だった。大丈夫か?私セクハラで訴えられないか?残り少ないラムネを流し込んで、ドキドキとうるさい心臓を鎮めようと試みた。しかしその後も私が誰かとぶつからないよう誘導するように、控えめに帯に手が添えられているのを感じ取ってしまって、全然効果がなかった。勇作君とだったら多分二人して人混みに揉まれて大変なことになっていたと思う。もしかしたら途中ではぐれてそのまま解散していたかもしれない。でも尾形さんはしっかりと私の横についていてくれて、安心感と同じくらい緊張感に体が支配された。
大人にとってはまだ全然早い時間帯だけど、いよいよ本格的に人が増えてきたし、もう十分堪能したのでこの辺でお開きにしようという話になった。来た時のように駅までの道を歩こうとしたら、尾形さんが途中で足を止めた。
「送ってく」
車だから、とキーを見せてきた。私も勇作君も無免許なのでかなり新鮮だった。それにいつもは現地集合現地解散だ。送っていくなんて言われたことも言ったこともない。
なんだかこれデートみたいだな。
ずっとどこかで思っていたことが、ついにはっきりと輪郭を帯びて頭に浮上した。友達の兄相手に私は何を考えてるんだろう。
「最寄りどこだ?」
「そこの駅までで大丈夫ですよ」
「電車混んでんだろ」
「でも……」
確かに混んでいるだろう。足も慣れない草履で疲れている。正直言うと鼻緒が擦れて痛い。尾形さんの心を見透かしてくるような、黒目がちな瞳でジッと見つめられては折れるほかなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
見知らぬ道を通れば、満車状態のパーキングに辿り着いた。尾形さんの物らしい車のヘッドライトが数回光って、鍵が開いたのが聞こえてきた。
「あっ、すみません」
後ろに乗り込もうとした前に、尾形さんに助手席のドアを開けられてしまった。助手席って私が座って良いの?恋人とか乗せるんじゃないの?しょうがないので誘導されるがままに乗り込んでみたものの、浴衣のせいで思うように脚が開かず手こずってしまう。それなのに尾形さんは文句も何も言わずにドアを開けて待っていてくれて、最後は「袖、気をつけろよ」なんて優しい言葉を言いながらドアを閉めたので、友達の兄相手にまた邪な考えが頭に浮かんだ。シートベルトを締めていると反対側から尾形さんが乗り込んできて車体が揺れた。バタン、とドアが閉まる音にさえ心臓が跳ねてしまう。密室に二人きり、しかもこの距離だ。緊張で吐きそうだった。
「駅かコンビニか家か……どこまでが良い?」
「駅が良いです、ええっと……」
緊張しすぎてすぐに最寄りの駅名が出てこなくて恥ずかしかった。やっと出てきた名前を伝えれば、尾形さんがカーナビを操作し始めた。あまり見るのも良くないだろうし、ドギマギしているのを悟られたくなくて、お礼を言ってから特に面白くもない窓の外を見つめ続けていれば、そのうち車が動き出して景色が流れ始めた。ラジオとか音楽とかつけないんだろうか。私の心臓の音がBGMになってないだろうか。シンとした車内は、少し気まずいような、でも心地良いような、なんとも不思議な空間だった。
「捻れてるぞ」
え?何が?信号待ち中に急に掛けられた言葉に反応できずにいたら、尾形さんの体が近づいてきて益々訳が分からずパニックになった。尾形さんの左手が、シートの角を掴んだ。なになになに?!と硬直していると、今度は右手が私の肩のあたりに伸びてきた。ひぃぃ近い近い近い近い!
「ここ」
スッとシートベルトと体の間に指先が差し込まれて、捻れているとはシートベルトのことだと漸く理解した。どんだけパニックになっているんだ私は。この世で捻れると言えばシートベルト以外にあるはずがないのに。そんなこともないか。浴衣越しに少し触れただけなのに、ずっと鎖骨付近に尾形さんの指の感触が残っているようだった。
「あ、ありがとう、ございます」
すぐに青信号になって、尾形さんがまた自分の定位置に戻った。助けて勇作君。心臓破裂で死ぬかもしれない。死因は君の兄だよ。どうするの?
「それ、似合ってるな」
パニック真っ只中な私に、前を見ながら尾形さんが言った。それ、とは。
「浴衣」
聞こえてきた単語にボボボッと顔が熱くなった。だから勇作君、どうするの、私死ぬよ。君が来られなかったばっかりに。消え入る声でお礼を言って、また外の景色に助けを求めた。浴衣を着ている人になら、誰にでも言うであろう社交辞令を真に受ける馬鹿がどこにいるんだと、必死になって自分に言い聞かせた。
「浴衣、勇作に見せたかったか」
「えっ?いや、全然。そういうのはないですね」
気が置けない友達と回れたら幾分か気持ちは楽だったかなとは思うけど。
「尾形さんは浴衣も似合いそうですね」
浴衣"も"ってなんだ。言ったそばから蹲りたくなった。普段の姿をかっこいいと思っているのがバレバレな言い方だ。まあな、と笑い交じりの尾形さんの返事にさらにダメージを食らった。
「今度見せてやるよ」
今度?と右に視線を向ければ、尾形さんが瞳だけでこちらを見てきた。
「温泉でも行くか」
「おん、せん……?」
「二人で」
「ふ?!いっ、いやいやいやいや!」
冗談だ、といつもより楽しそうな尾形さんの声が車内に響いた。
「……尾形さんの冗談は分かりにくいんですよ」
モゴモゴと反論して、窓の外に視線を戻した。もう何度も同じ角度で外を眺めていたので、首が痛み始めていた。白熊 無断転載禁止
渋滞に巻き込まれることもなく、思っていたよりも早く見慣れた街に辿り着いた。最寄り駅で降ろされ、帰宅した時にはそれはもうゲッソリとしていた。わんぱく飯分のカロリーは消費したと思う。「家着いたら連絡しろよ」と言われていたことを思い出して、残った体力と精神力をかき集めて尾形さんに短いメッセージを送った。そこで勇作君から『楽しんでる?』という連絡が来ていたことに初めて気がついた。スマホを確認する余裕も無かったくらい楽しかったけど疲れたよ。寿命が何年かすり減ったようだった。
*
「で、兄さんはどうだった?」
「どうって……」
どういう意味だろう。抹茶パフェを一口頬張りながら首を傾げた。約束通り、この間の埋め合わせとして今日は勇作君の奢りだ。
「かっこよかった?」
「え?あぁ……うん……」
かっこよすぎて車内で死にかけたことは内緒だ。でもあの雰囲気を思い出して、不自然な返事をしてしまった。意味もなくパフェをつついてしまう。思い返してみれば、ずっとエスコートしてもらっていた気がする。さぞかしモテるんだろうなぁ、怖いなぁ、なんて思っている間にも、勇作君はニコニコと満面の笑みで私の方を見つめていた。
「えぇ?なに……?」
「僕、兄弟が欲しかったから兄さんができた時すごく嬉しくて」
「うん、前にも言ってたね」
「もう一人増えたらもっと嬉しいなぁって、思ってただけ」
どういうこと?これが漫画なら私の頭の上には疑問符が大量に飛び交っている。また兄弟が増えるの?脈絡のない話し方に、まあ家族が多い方が楽しそうではあるよね、と適当に相槌を打ってパフェをまた一口頬張った。
私が勇作君の言葉の意味と笑みを理解するのは、まだまだもう少し先のことである。
『勇作に任せてください!』
『ナマエちゃん浴衣着てます!』
『割と食べる子です』
『かっこよかったって言ってましたよ!』
2024.05.04
2025.01.22 加筆修正
