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47
「なんだ今の?」
「なにか爆発したぞ」
阿港の街を見下ろせる高台のニヴフの村で眠っていたら、ドンッとここまで聞こえてきた大きな音と振動で目が覚めた。何が起きたのだとぞろぞろと天幕の外へと出れば、明け方の薄暗闇の中、街の方からもくもくもくと黒煙が上がっていた。
「阿港監獄だ!」
双眼鏡を覗き込んでいた月島軍曹の言葉に、一瞬で空気が変わった。爆破と言えばキロランケさんだ。きっと脱獄の手助けをするためにどこかから火薬をかき集めてきたに違いない。慌てて準備を整え、橇を走らせ街へと降りて行く。街は混乱する人々で溢れかえっていた。人の流れに逆らって阿港監獄に辿り着いた時には、塀に開いた大きな穴から既にほとんどの囚人が逃げ出した後だった。
「一歩遅かったが奴らは近いぞ」
月島軍曹の言う通りだ。すぐそこに、アシリパさんたちがいる。鼓動が早まり、手足にじわりと汗が滲み出た。
「どうだ?リュウ」
杉元さんがアシリパさんのマキリを嗅がせていると、リュウが流氷の方を見ながら鼻をひくつかせ、ソワソワと足を踏み鳴らし始めた。
「そっちか?匂いを見つけたのか?」
「おいおい……流氷の上を逃げたというんじゃなかろうな?」
「リュウがあっちと言うなら俺は信じるぜ」
流氷の上にはニヴフ族が多くいる。一通り囚人達が脱獄して落ち着いたのか、こちらの騒ぎにはあまり関心がないようだ。アシリパさんたちはどこまで行ってしまったのだろう。どこまでも続いているように見える流氷原を見回していると、「ワーッ!!」と子供達の悲鳴が後ろから聞こえてきた。どうしたんだと谷垣が塀へと近づいたら──
「うわうッ!」
空いた穴からは、鋭い黄色い双眸が覗いていた。
「トラ!?」
黄褐色に黒茶の縞模様。どこからどう見てもトラだ。トラがこちらを見ていた。谷垣の叫び声に驚いてびくりと隙を見せたものの、すぐにゴァアッと身の危険を感じるほどの大きな咆哮が鼓膜を揺らした。あまりの驚きと恐怖で動けずにいると、そばにいた鯉登少尉に肩を掴まれ後ろに追いやられた。一発、二発、と三八式のあとに村田銃の銃声がして、トラが去っていく足音が塀越しにした。
「月島ァ!何故監獄の中にトラがいるのだ!!」
「知りません!!早く立ち去りましょう、いつまた戻ってくるか分かりません!」
ヒグマよりも大きなトラを相手にするなんて命がいくつあっても足りない。来た時と同じように慌てて橇へと乗り込み、リュウが行きたがっている方向へと橇を走らせた。
「あぶねっ……!」
「大丈夫ですか杉元さん!」
隣の杉元さんの橇が段差で危うく転覆しそうになっていた。流氷がぶつかり、重なり、圧縮されてできた流氷原は、今までの雪道とは比べ物にならないほどガタガタとしている。沖の方へと橇を走らせていくうちに大きな段差や氷の塊などに道を阻まれ始め、橇も大きく揺れ始める。ちゃんと口を閉じていないと舌を噛みそうになるほどだ。ついに乗り越えられないほどの段差に行く手を阻まれ、立往生してしまった。リュウは相変わらず先へと進みたそうにしているけれど、このまま先に進むのは難しそうだ。一度降りて、全員で橇を持ち上げた。
「このデコボコな『流氷原』を犬橇で進むのはひと苦労だぞ!!」
「天候もひどくなりそうだ!!このまま追うのは危険かもしれん」
先ほどまで雲の切れ間から青空も見えていたのに、今ではどんよりとした雲から雪が絶え間なく降ってきている。月島軍曹と谷垣が言う通り、このままでは足場の悪い流氷原で悪天候の中立ち往生してしまうだろう。すぐそこにアシリパさんが、尾形さんがいるのに、ここで諦めろと言うのか。私は、諦めきれない。
「あのっ……!」
「さっきの爆破を見ただろう?すぐ近くにいるはずなんだ!!リュウもビンビン反応してるぜ!」
私の言葉は杉元さんの焦り混じりの大きな声にかき消された。リュウは相変わらず前へ前へと進みたがっていて、橇へと繋がっている綱がピンッと張って、振動で小刻みに揺れている。ごそごそと荷物からナイフを取り出した杉元さんが綱を切り、リュウと一緒に走り出した。
「今なら追いつける!!」
「ちょ……待てよ杉元ッ」
「私も行きます!」
「待てナマエさん!」
伸びてきた鯉登少尉の手をすり抜けて、リュウと杉元さんを見失う前に飛び出した。私に気づいた杉元さんが少しだけ速度を緩めたことで、案外すぐに合流することができた。何も言わずに立ち止まってくれた杉元さんの隣ではぁ、はぁ、と軽く弾んだ呼吸を整えようとしても、雪が口の中に入ってきて息苦しさが消えない。そんなに離れていないはずなのに、振り返ってみたら鯉登少尉たちの姿は雪に阻まれて見えなくなっていた。
「戻れ、なんて言わないでくださいね」
「言わないよ。でも俺から離れないで」
「はい」
差し出された左手を迷わず掴んだ。ゆとりのある手袋の中の私の手を探るように何度かにぎにぎと握られて、しっかりと手を繋がれる。凍てついた流氷の上にはそぐわないポカポカとした温かさが、確かにそこにあった。私も杉元さんも防寒のために手袋を二重にしているから、体温なんて伝わってこないはずなのに。真っ暗闇に灯った灯火のような安心感に体が包まれる。行こう、とリュウに引っ張られるように、杉元さんとまた小走りで移動し始めた。
「ナマエさん大丈夫?」
「大丈夫です!」
益々天候が悪化してきて、顔に冷たい雪が吹き付けてくる。分厚い雲と降りしきる雪で光が遮断され、まだ朝とは思えないほどに辺りが暗くなってきた。声を張り上げないと風の音や流氷の軋む音でかき消されてしまうけれど、口を開けるとすぐさま大量の雪が入り込んでくる。冷たい。寒い。怖い。このままアシリパさんを見つけられないまま、流氷の上で遭難してしまう最悪の展開が何度も脳裏に過る。その度に繋がれた右手を思い出して、大丈夫だと心の中で繰り返した。
「あッ!!」
足元に気を付けながら灰色の世界を歩き続けていると、一瞬、どこからか人の声のようなものが聞こえてきた。
「……今、何か聞こえました?」
「聞こえた」
ピタリと杉元さんと立ち止まった。どことなく白石さんの声のような気がしたけれど、そうであってほしいと期待しているからなのか……それとも、本当にすぐそこに白石さんがいるのか。キョロキョロと杉元さんと辺りを見渡しても、吹雪で何も見えない。あるのは雪と流氷だけだ。すると、リュウが急に走り出した。その先では、大きな流氷がまるで沈没していく船のように大きく傾いていた。
「うわあああぁ」
「白石だ!」
その流氷の裏から聞こえてきたのは、間違いなく白石さんの叫び声だった。杉元さんがリュウの手綱を捨てて、勢いよく駆け出した。流氷によじ登った先で「よォ!!白石由竹また会ったな」という声が聞こえてきて、嬉しさから思わず両手で顔を覆った。
「白石さん!」
「杉元佐一!!ナマエちゃん!!」
沈みゆく流氷から救出された白石さんが、私たちに力強く抱き着いてきた。ウイルタか二ヴフの帽子を被っているけれど、いつもの半纏を着ている白石さんだ。数か月間も離れていたのが嘘のように何も変わっていない。
「んも~~!!マジで不死身かよおめぇ~」
「白石さんも無事で良かった……!」
「命拾いした~!ちびっちまうところだったぜ……」
涙と鼻水を杉元さんの顔に垂らしながら白石さんが笑って、釣られて私も雪が口に入るのも構わず口を開けて笑った。
「……でアシリパさんは?」
再会の感動もそこそこに、気持ちを早々に切り替えた杉元さんがガックンガックンと白石さんを揺さぶった。
「ああ一緒だぜ!!アシリパちゃんはこの先にいる!!」
「良かった……」
「キロランケと尾形もいる」
ホッとしたのも束の間、白石さんの返事に明らかに杉元さんの雰囲気が変わった。この流氷原のように冷たく、鋭い雰囲気だ。
──ナマエさんにとって、尾形は何なの。
私は、答えられなかった。あのあとすぐに出立の準備が整ったと、月島軍曹が私たちを呼びに来てしまったからだけではない。あれからずっと考えてもいるけれど、杉元さんの問いへの答えは未だに見つかっていなかった。
本当は私だって教えて欲しかった。尾形さんが私にとって何なのかを。自分のことすら分かっていないくせに、今度こそ尾形さんを殺すと言う杉元さんを説得なんて出来るはずがないのに。力づくで止める術もなく、全てが中途半端だった。正義感と理想だけは一丁前な、足手まといの
「尾形は『杉元が死んでいるのを近くで確認した』ってアシリパちゃんにもそう言ってたんだぜ」
「あの野郎が俺を撃ったんだ。となりにいたアシリパさんの父親も……キロランケと結託してな」
「……なんてこった」
「アシリパさんを取り戻すぜ!!ナマエさん、行こう!」
杉元さんにまた手を取られて、一歩を踏み出した。白石さんが教えてくれた方向へと、今度は三人でアシリパさんを探し始めた。
「あれこいつリュウか!?」
「そうなんです。チカパシと一緒に荷物に紛れて樺太に来てしまって」
「チカパシも来てんのか……」
「あと、谷垣と鯉登少尉と月島軍曹も」
「えっ」
白石さんが何か言いたげな顔で見てきて、すぐにまた前を向いた。本当はもっと色々話したい。お互いの状況について詳しく情報交換をしたい。でもそんな時間はない。早くアシリパさんを、尾形さんを見つけなければ。多分私よりも強くそう思っている杉元さんの足が段々と早くなっていく。先ほど白石さんが乗っていた流氷が大きく動いていたように、このあたりは足場が不安定だ。所々氷が割れて海が見えているから、慎重に進んでいかないとドボンと真っ逆さまに樺太の海に落っこちてしまいそうだった。
「急げ!!」
「杉元さんちょっと待ってください!もっとゆっくり、足元に気をつけて……!」
「アイツに近づけるのは今しかねえ、この雪と風があるうちに……!!」
「あっ、杉元さっ……!!」
「あぶねッ」
言っているそばから足元がパカッと割れて、杉元さんに思いっきり手を引かれた。腕の中に飛び込むようになった私を杉元さんがしっかりと抱きとめてくれたおかげで、急に現れた裂け目に落ちることはなかったけれど、私たち全員がが乗った氷があっという間に流氷原から切り離されて、孤立してしまった。
「気をつけろ杉元ッ流氷は海流のせいで動きが激しいんだ!!」
「これ、流されてません!?」
「どうすんだよこれぇ!!白石お前裸で飛び込んで氷を押せよ!!」
「うるせぇお前がやれ!!」
「二人とも暴れないでください!」
ゆらゆらと揺れる不安定な流氷はすぐにでも転覆してしまいそうで、慌てて重心を低くした。海流に乗ってどんどん横へと流されて、このままではアシリパさんたちがいる流氷原が遠ざかってしまう。「そうだ!」と何か閃いたらしい杉元さんが慌ただしく外套の前を開け始めた。
「ホパラタだぁ!!」
「いっけええ!!」
白石さんと私が流氷にしがみつく中、杉元さんが後ろでバッサバッサと外套の裾を羽ばたかせ、釧路の湿原でアシリパさんが踊っていたホパラタを再現し始めた。船の帆のような役割をしているのか、先ほどよりも速度が出た状態で真っすぐ流氷が後ろに進み始める。
「えっ、すごい!杉元さん!!」
「またアシリパさんの教えに助けられちまったぜ」
アシリパさんには本当に感謝してもしきれない。ホパラタのお陰でなんとか流氷原へと再上陸した後、私たちはまたリュウを頼りに歩き始めた。雪は相変わらず轟々と吹きすさび、一寸先は薄暗い灰色で覆われている。ドォンとどこかで爆発のような大きな音がしたけれど、それが一体何だったのかも分からない。「なんだ!?今の音」「おしっこしたい」「我慢しろ!まずはアシリパさんだ!」とすぐそこで杉元さんたちが話している声も吹雪で途切れ途切れになる。
視界が悪いのは尾形さん達も同じはずだ。このまま気づかれずに距離を縮めることができれば。杉元さんよりも早く見つけて、私が先に尾形さんに近づくことができれば。杉元さんは、私が近くにいたら、きっと巻き込むのを恐れて尾形さんに手を出せない。尾形さんはどうだろう。迷わず私ごと撃ってくるかもしれない。殴られるかも。それでも、少しでも私の言葉に耳を傾けてくれることに賭けたかった。
「おい杉元、あれっ……!」
白石さんが指さす方向に二つの影が見えた。大小二つの影だ。ちょうど、大人と子供のような身長差。どくん、と大きく心臓が跳ねた。大きい方が何かを構えるような動きを見せた。ぞわぞわと鳥肌がゆっくりと二の腕に立っていき、自分の心臓の音が吹雪の音を掻き消していく。間違いない、あれは──
「尾形ァ!!」
隣で耳をつんざく虎のような咆哮が響き、体が飛び上がった。銃口をアシリパさんに向けた尾形さんと、弓を引いたアシリパさんも一斉にこちらを捉えた。
「……っ、尾形さん!!」
驚きで手が滑ったのか、アシリパさんの矢が一直線に放たれ、尾形さんに突き刺さった。毒は?いつも人に向ける時は矢じりの毒をそぎ落としていたけど、今日はどうしていた?そもそも互いに銃と弓を向け合って、一体何があった?キロランケさんは近くにいるの?瞳を射抜かれ崩れ落ちる尾形さんに駆け寄りながら、様々なことが頭を過った。
「杉元さんはアシリパさんを!!」
手を伸ばして杉元さんの折りたたみナイフを受け取り、尾形さんが頭を打つ前に体を滑り込ませて受け止めた。途中通り過ぎたアシリパさんは呆然としたまま、矢が突き刺さった尾形さんを見つめていた。
これは毒矢だ。
アシリパさんの尋常ではない狼狽え方から直感的に思った。
「尾形さん、咥えてください!尾形さん!!」
これからすることに備え、外側の手袋を尾形さんに噛ませようとした。なのに、当の本人は口元に薄ら笑いを浮かべたまま私を見ているだけで、何故か全く手袋を噛もうとすらしてくれない。時間が惜しくて、早々に諦めて震える手でナイフを握りしめた。
「痛みますよ」
返事はなく、ただただ尾形さんは笑みを浮かべたまま私を見つめ返してくるだけだった。深呼吸をして、切っ先で結膜を破り、眼窩の隙間へとナイフを差し込んだ。ブチッ、ブチッと、眼球を固定している筋が切れる感覚がナイフを伝ってくる。酷い感覚だ。とてつもなく痛いはずなのに、声も上げずに尾形さんは虚ろな瞳で私をジッと見上げてくる。毒が回っているから?寒さと毒で痛覚が麻痺しているから?いや、だとしても、常人ならもっと取り乱すはずだ。狙撃手の命とも言える目を抉り取っているというのに、この人は、どうして。
「尾形さんっ……しっかり、大丈夫ですからっ……!」
まさか死んでも良いなんて思ってないですよね。私はまだまだ話したいことが沢山ある。置いていかないで。溢れる涙を袖で拭いながら、手を動かし続けた。散々私の、色んな人の人生をめちゃくちゃにしておいて、このまま死んで終わりにさせるなんて許せなかった。何より、あの子を人殺しになんて絶対にさせたくなかった。死なせない。アシリパさんの人生に、暗い影なんて落とさせない。絶対に、絶対に。
「絶対に、大丈夫ですから……!」
ほとんど自分を奮い立たせるための言葉だった。矢を掴んで、切り取ったばかりの右目を地面に放った。止まりかけた独楽のようにグラグラと回っている眼球を視界の片隅に捉えながら、ぽっかりと空いた赤黒い空間にじゅううっと吸い付いて、ありったけの血を吸い出した。口いっぱいに広がる鉄の味と塩気で反射的にえずきそうになるのを堪え、ペッと汚れ一つない真っさらな地面に吐き出して、またじゅうっと吸い付いた。昔アマッポに掛かった谷垣のことを思い出して、助かる見込みは十分あると自分に言い聞かせた。
「尾形さん、もう少しの辛抱です。大丈夫ですからね」
何度か血を抜かれ、眼窩に指をつっこまれ止血されているというのに、少しだけ唸っただけで尾形さんの左目は相も変わらず私を見上げてくる。矢が目に刺さったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。ほかの部位とは違い、独立しているから毒の被害を最小限に抑えられたはずだ。
でもよりによって尾形さんの目を、私は抉り取ってしまった。すぐそばに転がっている眼球はすでに凍り始めているようで、表面は白濁して雪が積もり始めていた。あの目は、特別な目だったのに。
「ごめん、なさいっ……ごめんなさい……!」
麻酔もなく尾形さんの大切な目をくり抜いたという事実が突然襲ってきて、視界が大きく歪んだ。ボロボロと落ち行く涙で顔が熱くなったのは一瞬で、すぐに凍てつく空気で顔が凍っていく。誰よりも狙撃の腕に誇りを持っていた尾形さんが、右目を奪われてつらいはずがない。目を抉られ圧迫止血されるのも、想像を絶する痛みに違いない。表に出していないだけで、尾形さんだって生きている人間なのだから、痛みも苦しみもちゃんと感じているはずだ。だって、眼窩の中はこんなにも温かい。零れゆく涙を止めようと目蓋を閉じても、隙間からさらに零れ落ちて頬がビリビリと痛んでいく。
「んっ……」
何かが頬に触れて、目を開いたらすぐそこで尾形さんの手袋がぼやけていた。ゆらゆらと、距離を測るように揺れていた手袋が、明らかな意思を持って私の頬に添えられた。上から重ねるように尾形さんの手を握りしめれば、凍り付いた頬が徐々に溶かされていく。残った左目は飽きもせず、未だに私のことを捉えている。口元には、兄を撃った時のような笑みを浮かべながら。
何か言ったらどうなんですか。数か月ぶりの再会がこんなのなんてあんまりですよ。言いたいことは沢山あるのに、口を開いたらまた嗚咽ばかりが出てしまいそうで、わなわなと震える唇を噛んで、ただ尾形さんの手を強く握りしめた。
両目を覆うように包帯を巻き終えたら、いつの間にか吹雪は止み、日差しが天から降ろされた梯子のように降り注いでいた。何か楽しいことでもあったのか、後ろではアシリパさんたちの笑い声が聞こえてくる。振り返る気も、混ざる気も起きなかった。今はただ、私の手を弱々しく握り返してくる尾形さんのそばにいたかった。
2025.11.10
2026.03.03加筆修正
