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※第七師団にいた頃、造反を持ちかけられて数週間後くらいのお話
「ミョウジ先生は花が似合いますね」
上手く笑えていたのか分からなかった。ナマエさんには涙よりも花が似合う、とあの時の鶴見中尉の声が重なって聞こえたからだ。三島から渡されるがままに受け取ってしまったが、目が痛くなるほどに鮮やかな青紫と純白の花びらは、過敏になった私の感覚をチクチクと刺激してくる。脂汗が滲み始め、呼吸が浅くなる。胃から込み上げてくる不快感をどうやってやり過ごそうかばかり考えてしまって、その後の会話もあまり覚えていなかった。
「……三島のか」
怪我をした様子もない尾形さんが診察室に現れて、机の端に置いていた花束を一瞥しながら扉を閉めた。
「な、なんで知ってるんですか?」
「兵舎中がその話題で持ちきりだ」
「えっ?!」
ほんの数時間前のことなのに。閉鎖的な場所ではあるけれど、もうそんなに話が出回っているなんて。噂好きな人たちで困るなぁと思ったら、微かに甘ったるくて香ばしい、良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「……焼き芋?」
すんすんと何処からか漂う匂いを嗅いでいると、尾形さんが新聞紙に包まれた物を見せてきた。兵舎の裏手で落ち葉の掃き掃除がてら、焼き芋を焼いているらしい。
「欲しいか?」
「頂けるなら」
「対価次第ではくれてやっても良い」
「……お茶はいかがでしょうか?」
尾形さんの口角が少しだけ上がった。他に用もなさそうなのに、ここに来たのも飲み物が欲しかったからなのかなと考えて提案したら、当たりだったらしい。飲み物もなしに焼き芋を食べるのは至難の業だろう。一息つこうと、先ほど丁度お湯を沸かした所だったから都合も良い。
緑茶とほうじ茶どちらが良いか聞いてみると、どちらでも良いと返って来たので、少し迷ってほうじ茶を選んだ。急須に茶葉とお湯を入れて蒸らしている間に、尾形さんが診察用の椅子を机の近くに寄せて、邪魔くさそうに花束を壁際に追いやった。空いた所に二人分の湯呑みを置き、少しずつ交互に注いでいく。注ぐ度に深みが増す、こっくりとした飴色が秋らしい。少ししんなりとした新聞紙を広げて出てきた焼き芋の匂いと、炒られた茶葉の豊かな香りが肺いっぱいに広がって、ワクワクと気分が高まっていく。尾形さんが芋の真ん中で力を入れれば、少し焦げ目がついた皮がパリッと裂けて、中から踊るような湯気とともに優しい黄金色のホクホクとした身が現れた。二等分された焼き芋を両手に持った尾形さんが、ジッと私を見てくる。選ばせてくれるのか。
「うーん……こっち、いや……やっぱりこっちにします」
ほぼ同じ大きさで大差ないように見えたけれど、なんとなく向かって左側の方が美味しそうに見えて、右側を選んだ。
「あつっ……」
尾形さんはなんてことないように掴んでいたのに、受け取ってみればそこそこの熱さで慌てて両手で転がして熱を冷まそうと試みた。
「そこまで熱くないだろ」
「いや熱いですよ」
痩せ我慢しているようにも見えないから本当に熱くないんだろう。なんでだろう、と尾形さんの指を盗み見た。色白なのに無骨で、皮の厚さや硬さが分かる、兵士らしくて男性的な手だった。熱への耐性に性差があったりするんだろうか、と少しずつ冷めてきた焼き芋に恐る恐る指先で触れながら思った。
「それ、どうするんだ」
「花瓶がないのでちょっと困っています」
「ハッ、花瓶も持ってないのか」
バカにしたような笑みのあとに「どうせこの花の名前も知らないんだろ」と続けられてムッとした。知らないのは尾形さんの方だろうに。
「蝦夷竜胆です。古くから根が胃腸薬に使われている物です」
焼き芋を口にしながら、「へぇ」とさして興味もなさそうな声が返ってきた。どうせ私が適当な花の名前を言っても合っているかどうか、花に興味が無さそうな尾形さんには分からないだろうから、「知らない」以外は何を言っても同じ返事が返ってきたような気がする。合っているか合っていないか、尾形さんにとっては正直どうでも良いことなのだ。ただ私で遊んでいるだけで。
「花瓶くらい、どこかからくすねてくれば良いだろう。それか兵士たちに花瓶について一言でも漏らせば、すぐに小樽中の花瓶が集まるだろうよ」
ほら、私が嫌がると知っていて、意地悪くこういうことをわざと言う。造反について持ち掛けられて、少しずつ一緒に過ごすうちに尾形さんという人物が何となく分かってきた。不遜で、意地悪で、食えない人。これ以上何か言っても不毛だと思って、熱が取れてきた焼き芋に一口齧りついた。丁度良い温度になったほっくりとした身が、口の中でほろほろと解けていって唾液腺を刺激する。すぐ裏手で焼かれたとは思えないほどに甘くて、美味しい秋の味覚に思わず舌鼓を打った。さっぱりとしたほうじ茶と良く合う。こんなの何本でも食べられる。半分ずつとは言わずに、せっかくなら一本ずつ持って来てくれても良かったのに、とがめついことまで思ってしまった。
「鶴見中尉からの品の中に花瓶はなかったのか」
「ないですね。大体が装飾品とか、服とかです」
「そういう物は日頃から身につけておけ。逃亡中に売り捌いて資金にできる」
「あぁ……いや、でも……」
私が渋れば、「逃亡直前に急に身につけ始めたら怪しまれるだろ」と尾形さんがまた一口焼き芋を頬張って、湯飲みに口をつけた。
「まさか、中尉殿に申し訳ないとか思っているのか」
「まあ多少は……でもそれだけが理由という訳ではなくて……」
「じゃあ何なんだ」
「う、宇佐美の視線が怖くて……」
思い出してしまった宇佐美の顔に、思わず身震いすれば、尾形さんの眉間に深い皺が寄った。以前螺鈿の髪飾りを頂いた時に、宇佐美が中尉の背後で鬼の様な形相で私のことを睨んでいたのだ。何かされたわけではなかったけれど、凄く怖かった。中尉が振り返ったら、パッと笑顔になって髪飾りを饒舌に褒め始めたことにも狂気を感じた。元々中尉から頂いた物を身につけるのは、支配されているような気分になるから気乗りしなかったけれど、宇佐美の中尉への執着が怖くて、それ以来こと更に抵抗感が強くなってしまった。結局、頂き物のほとんどは箪笥の肥やしになっている。
「……逃亡する時は、鞄に詰められるだけ詰め込んでおきますね」
尾形さんが頷いた。暫くそれ以上の会話もなく、お互いにもぐもぐと静かに焼き芋を食べ続けていた。少し気まずく感じていた沈黙を破ったのは尾形さんだった。
「竜胆の花言葉は知っているのか」
「え?」
唐突に紡がれた言葉に耳を疑った。だって、"花言葉"なんて単語が、尾形さんの口から飛び出るなんて思ってもいなかった。
「ははぁ、やはり効能だけか」
答えに困る私を見て、薄ら笑いを浮かべる尾形さんはやはり人が悪い。
「花の名前だってそれがなければ覚えていなかったんじゃないか」
「だって、あまり興味がなくて……」
分が悪くなって来てほうじ茶を静かに啜った。花については一般教養として必要なことだと、小さい時に姐やに教えて貰ったり、周りの子達と一緒に生花なんかを習ったりした。でも、草花の美しさや花言葉よりも効能効果の方を知るのがよっぽど楽しかったから、私の植物についての知識はだいぶ偏っている。花言葉も教わったような気もするが、何も覚えていなかった。花に想いを乗せて相手へ贈る行為は素敵だなと思う反面、何でもありだなと思ってしまってあまり頭に入ってこなかった。
もしかして、この花束にも言外に何か意味が込められていたのだろうか。真っ直ぐに伸びた茎に、蕾のようなふっくらとした花を付けている蝦夷竜胆を見て思った。汲み取れずに悪いことをしてしまった。でも、造反する身でもあるし、知ったところでどうしたら良いのか分からない。いっそ知らないままで良いかと、美しい秋の花を見ながら焼き芋を頬張った。
「お前は花より団子だな」
「まるで人を食いしん坊みたいに……」
「実際そうだろ」
「そういう尾形さんだって」
花ではないけど、この間、紅葉の下で勝手に私のお団子を取ったくせに。
「まあでも、尾形さんは花より団子より銃ですね」
「花なんて愛でたところで何になる」
「銃は愛でたらどうなるんですか?当たりやすくなるとか?」
「愛でてどうする。狙撃手も銃も人を撃ってこそだ」
物騒な言い様に焼き芋が喉に詰まりそうになって、慌ててほうじ茶で流し込んだ。その間も、当たるか当たらないかはいつだって狙撃手の腕次第だと、尾形さんがいつもよりも言葉数多く語っていた。
「あいつらも、愛でられるよりもブッ壊れるまで撃ってもらいたいはずだと思うがね」
逆立ちしたって花が似合いそうにない人だ。こん、と机の上に置かれた空の湯呑みにお茶を注いだ。もう尾形さんの手の中に焼き芋はない。私もあと少しで食べ終えてしまう。名残惜しく感じながら最後の数口を味わうように食べ終えて、ふと思ったことを口にした。
「尾形さんはどこか怪我してませんか?」
「しているように見えるか」
「いや、見えません、けど……アルコールがもう少しで無くなりそうなので、使いきって花瓶にしたいなぁって」
捨てるにはもったいない絶妙な量が残っているアルコールの瓶を棚から出して、振って見せた。
「誰かほかに怪我をしてそうな方は居ませんでしたか?」
「そう都合良く居るか」
「それもそうですね」
健康なのは良いことだと会話を締めくくれば、尾形さんがぐいっとお茶を飲み干して去っていった。それなのに、少ししたら乱れた軍衣と、殴られた跡の残る顔でまた尾形さんが現れたので驚いた。
「違う、宇佐美がふっかけて来た」
何も聞いていないのに、うんざりとした顔で尾形さんがドサっとまた先ほどのように椅子に座った。あんなやりとりをした後だから、おかしくて口元が緩んでしまう。笑いで微かに震える手で、瓶を逆さにして多めのアルコールをガーゼに振りかける。「沁みますよ」と一言断ってから、切れて血が滲んだ口の端にガーゼを当てれば、びくりと肩が跳ねたのが少し可愛らしかった。宇佐美と喧嘩をしたのは偶然だとしても、軽傷なのにわざわざここに来てくれたのは何故だろう。
不遜で、意地悪で、食えない人。でも、そんなに悪い人ではないのだろう。無事に空いた瓶に水を注いで、少し萎れて花が閉じてしまった竜胆を差した。
2024.10.26
おまけ
「それより三島、お前良くあんな堂々と花なんて渡せるな」
「大体なんで竜胆なんだ。この季節、山に入ればそこら辺に生えてるやつだろ」
「でも綺麗だろ?雰囲気と花言葉がぴったりだと思ったんだ。知ってるか、竜胆の花言葉」
三島の問いに、二人と会話をしながら熾火 の中の新聞紙に包まれた芋を転がしていた岡田が、笑いながら振り返った。
「野間が知る訳ないだろ」
「誠実、正義、高貴とかもあるが、悲しんでいるあなたを愛するっていうのがあるんだ」
「……ハァ?」
「夏にミョウジ少佐が亡くなってまだ色々と不安なはずなんだ。そんなミョウジ先生を支えたいという思いを込めて渡した」
いつも以上に輝く瞳で語っている三島は、周りからの白けた視線に気づいていない。きっと同じようにナマエがあの時どんな顔をしていたかにも気づいていないのだろう。支えたい、か。悲しみの中にいるのは間違いないが、お前に支えられなくてもナマエは一人で立って、勝手に進んでいくだろうに。現にあいつは造反の誘いに乗ってきた。中尉ではなく、俺を選んだ。
「恥じらっていて可愛らしかった」「いや戸惑ってたんだろ」「きっと花に込めた想いを汲み取ってくれたんだ」などと三島や野間たちの会話が続いていく。図らずも兄が死んだ直後に中尉に言われたことと似たようなことを言われ、傷を抉られ固まっていただけなのに、好き勝手言われているナマエに同情さえ覚えた。そもそもあいつは花言葉なんて知っているのだろうか。花も似合っているのか俺には良く分からなかった。花束よりも団子を持っている方がよほど似合っているように見えた。
「あっ、もういい感じだな……良ければお先にどうぞ、尾形上等兵殿」
軍手をした岡田が芋の具合を確認して、新しく新聞紙に包んだ物を渡してきた。熱い熱いと言いながら、岡田と谷垣が芋を拾い上げて周りへと配っていく。
「ミョウジ先生にも渡してくるか?」
「焼き芋なんて喜ぶわけないだろ」
どうだろうな。お前の花とどちらを喜ぶか、確かめてみるのも悪くない。一度開いた包みを閉じて、未だに誰のことなのか分からないような幻想について語り合う三島達のもとを後にした。
「ミョウジ先生は花が似合いますね」
上手く笑えていたのか分からなかった。ナマエさんには涙よりも花が似合う、とあの時の鶴見中尉の声が重なって聞こえたからだ。三島から渡されるがままに受け取ってしまったが、目が痛くなるほどに鮮やかな青紫と純白の花びらは、過敏になった私の感覚をチクチクと刺激してくる。脂汗が滲み始め、呼吸が浅くなる。胃から込み上げてくる不快感をどうやってやり過ごそうかばかり考えてしまって、その後の会話もあまり覚えていなかった。
「……三島のか」
怪我をした様子もない尾形さんが診察室に現れて、机の端に置いていた花束を一瞥しながら扉を閉めた。
「な、なんで知ってるんですか?」
「兵舎中がその話題で持ちきりだ」
「えっ?!」
ほんの数時間前のことなのに。閉鎖的な場所ではあるけれど、もうそんなに話が出回っているなんて。噂好きな人たちで困るなぁと思ったら、微かに甘ったるくて香ばしい、良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「……焼き芋?」
すんすんと何処からか漂う匂いを嗅いでいると、尾形さんが新聞紙に包まれた物を見せてきた。兵舎の裏手で落ち葉の掃き掃除がてら、焼き芋を焼いているらしい。
「欲しいか?」
「頂けるなら」
「対価次第ではくれてやっても良い」
「……お茶はいかがでしょうか?」
尾形さんの口角が少しだけ上がった。他に用もなさそうなのに、ここに来たのも飲み物が欲しかったからなのかなと考えて提案したら、当たりだったらしい。飲み物もなしに焼き芋を食べるのは至難の業だろう。一息つこうと、先ほど丁度お湯を沸かした所だったから都合も良い。
緑茶とほうじ茶どちらが良いか聞いてみると、どちらでも良いと返って来たので、少し迷ってほうじ茶を選んだ。急須に茶葉とお湯を入れて蒸らしている間に、尾形さんが診察用の椅子を机の近くに寄せて、邪魔くさそうに花束を壁際に追いやった。空いた所に二人分の湯呑みを置き、少しずつ交互に注いでいく。注ぐ度に深みが増す、こっくりとした飴色が秋らしい。少ししんなりとした新聞紙を広げて出てきた焼き芋の匂いと、炒られた茶葉の豊かな香りが肺いっぱいに広がって、ワクワクと気分が高まっていく。尾形さんが芋の真ん中で力を入れれば、少し焦げ目がついた皮がパリッと裂けて、中から踊るような湯気とともに優しい黄金色のホクホクとした身が現れた。二等分された焼き芋を両手に持った尾形さんが、ジッと私を見てくる。選ばせてくれるのか。
「うーん……こっち、いや……やっぱりこっちにします」
ほぼ同じ大きさで大差ないように見えたけれど、なんとなく向かって左側の方が美味しそうに見えて、右側を選んだ。
「あつっ……」
尾形さんはなんてことないように掴んでいたのに、受け取ってみればそこそこの熱さで慌てて両手で転がして熱を冷まそうと試みた。
「そこまで熱くないだろ」
「いや熱いですよ」
痩せ我慢しているようにも見えないから本当に熱くないんだろう。なんでだろう、と尾形さんの指を盗み見た。色白なのに無骨で、皮の厚さや硬さが分かる、兵士らしくて男性的な手だった。熱への耐性に性差があったりするんだろうか、と少しずつ冷めてきた焼き芋に恐る恐る指先で触れながら思った。
「それ、どうするんだ」
「花瓶がないのでちょっと困っています」
「ハッ、花瓶も持ってないのか」
バカにしたような笑みのあとに「どうせこの花の名前も知らないんだろ」と続けられてムッとした。知らないのは尾形さんの方だろうに。
「蝦夷竜胆です。古くから根が胃腸薬に使われている物です」
焼き芋を口にしながら、「へぇ」とさして興味もなさそうな声が返ってきた。どうせ私が適当な花の名前を言っても合っているかどうか、花に興味が無さそうな尾形さんには分からないだろうから、「知らない」以外は何を言っても同じ返事が返ってきたような気がする。合っているか合っていないか、尾形さんにとっては正直どうでも良いことなのだ。ただ私で遊んでいるだけで。
「花瓶くらい、どこかからくすねてくれば良いだろう。それか兵士たちに花瓶について一言でも漏らせば、すぐに小樽中の花瓶が集まるだろうよ」
ほら、私が嫌がると知っていて、意地悪くこういうことをわざと言う。造反について持ち掛けられて、少しずつ一緒に過ごすうちに尾形さんという人物が何となく分かってきた。不遜で、意地悪で、食えない人。これ以上何か言っても不毛だと思って、熱が取れてきた焼き芋に一口齧りついた。丁度良い温度になったほっくりとした身が、口の中でほろほろと解けていって唾液腺を刺激する。すぐ裏手で焼かれたとは思えないほどに甘くて、美味しい秋の味覚に思わず舌鼓を打った。さっぱりとしたほうじ茶と良く合う。こんなの何本でも食べられる。半分ずつとは言わずに、せっかくなら一本ずつ持って来てくれても良かったのに、とがめついことまで思ってしまった。
「鶴見中尉からの品の中に花瓶はなかったのか」
「ないですね。大体が装飾品とか、服とかです」
「そういう物は日頃から身につけておけ。逃亡中に売り捌いて資金にできる」
「あぁ……いや、でも……」
私が渋れば、「逃亡直前に急に身につけ始めたら怪しまれるだろ」と尾形さんがまた一口焼き芋を頬張って、湯飲みに口をつけた。
「まさか、中尉殿に申し訳ないとか思っているのか」
「まあ多少は……でもそれだけが理由という訳ではなくて……」
「じゃあ何なんだ」
「う、宇佐美の視線が怖くて……」
思い出してしまった宇佐美の顔に、思わず身震いすれば、尾形さんの眉間に深い皺が寄った。以前螺鈿の髪飾りを頂いた時に、宇佐美が中尉の背後で鬼の様な形相で私のことを睨んでいたのだ。何かされたわけではなかったけれど、凄く怖かった。中尉が振り返ったら、パッと笑顔になって髪飾りを饒舌に褒め始めたことにも狂気を感じた。元々中尉から頂いた物を身につけるのは、支配されているような気分になるから気乗りしなかったけれど、宇佐美の中尉への執着が怖くて、それ以来こと更に抵抗感が強くなってしまった。結局、頂き物のほとんどは箪笥の肥やしになっている。
「……逃亡する時は、鞄に詰められるだけ詰め込んでおきますね」
尾形さんが頷いた。暫くそれ以上の会話もなく、お互いにもぐもぐと静かに焼き芋を食べ続けていた。少し気まずく感じていた沈黙を破ったのは尾形さんだった。
「竜胆の花言葉は知っているのか」
「え?」
唐突に紡がれた言葉に耳を疑った。だって、"花言葉"なんて単語が、尾形さんの口から飛び出るなんて思ってもいなかった。
「ははぁ、やはり効能だけか」
答えに困る私を見て、薄ら笑いを浮かべる尾形さんはやはり人が悪い。
「花の名前だってそれがなければ覚えていなかったんじゃないか」
「だって、あまり興味がなくて……」
分が悪くなって来てほうじ茶を静かに啜った。花については一般教養として必要なことだと、小さい時に姐やに教えて貰ったり、周りの子達と一緒に生花なんかを習ったりした。でも、草花の美しさや花言葉よりも効能効果の方を知るのがよっぽど楽しかったから、私の植物についての知識はだいぶ偏っている。花言葉も教わったような気もするが、何も覚えていなかった。花に想いを乗せて相手へ贈る行為は素敵だなと思う反面、何でもありだなと思ってしまってあまり頭に入ってこなかった。
もしかして、この花束にも言外に何か意味が込められていたのだろうか。真っ直ぐに伸びた茎に、蕾のようなふっくらとした花を付けている蝦夷竜胆を見て思った。汲み取れずに悪いことをしてしまった。でも、造反する身でもあるし、知ったところでどうしたら良いのか分からない。いっそ知らないままで良いかと、美しい秋の花を見ながら焼き芋を頬張った。
「お前は花より団子だな」
「まるで人を食いしん坊みたいに……」
「実際そうだろ」
「そういう尾形さんだって」
花ではないけど、この間、紅葉の下で勝手に私のお団子を取ったくせに。
「まあでも、尾形さんは花より団子より銃ですね」
「花なんて愛でたところで何になる」
「銃は愛でたらどうなるんですか?当たりやすくなるとか?」
「愛でてどうする。狙撃手も銃も人を撃ってこそだ」
物騒な言い様に焼き芋が喉に詰まりそうになって、慌ててほうじ茶で流し込んだ。その間も、当たるか当たらないかはいつだって狙撃手の腕次第だと、尾形さんがいつもよりも言葉数多く語っていた。
「あいつらも、愛でられるよりもブッ壊れるまで撃ってもらいたいはずだと思うがね」
逆立ちしたって花が似合いそうにない人だ。こん、と机の上に置かれた空の湯呑みにお茶を注いだ。もう尾形さんの手の中に焼き芋はない。私もあと少しで食べ終えてしまう。名残惜しく感じながら最後の数口を味わうように食べ終えて、ふと思ったことを口にした。
「尾形さんはどこか怪我してませんか?」
「しているように見えるか」
「いや、見えません、けど……アルコールがもう少しで無くなりそうなので、使いきって花瓶にしたいなぁって」
捨てるにはもったいない絶妙な量が残っているアルコールの瓶を棚から出して、振って見せた。
「誰かほかに怪我をしてそうな方は居ませんでしたか?」
「そう都合良く居るか」
「それもそうですね」
健康なのは良いことだと会話を締めくくれば、尾形さんがぐいっとお茶を飲み干して去っていった。それなのに、少ししたら乱れた軍衣と、殴られた跡の残る顔でまた尾形さんが現れたので驚いた。
「違う、宇佐美がふっかけて来た」
何も聞いていないのに、うんざりとした顔で尾形さんがドサっとまた先ほどのように椅子に座った。あんなやりとりをした後だから、おかしくて口元が緩んでしまう。笑いで微かに震える手で、瓶を逆さにして多めのアルコールをガーゼに振りかける。「沁みますよ」と一言断ってから、切れて血が滲んだ口の端にガーゼを当てれば、びくりと肩が跳ねたのが少し可愛らしかった。宇佐美と喧嘩をしたのは偶然だとしても、軽傷なのにわざわざここに来てくれたのは何故だろう。
不遜で、意地悪で、食えない人。でも、そんなに悪い人ではないのだろう。無事に空いた瓶に水を注いで、少し萎れて花が閉じてしまった竜胆を差した。
2024.10.26
おまけ
「それより三島、お前良くあんな堂々と花なんて渡せるな」
「大体なんで竜胆なんだ。この季節、山に入ればそこら辺に生えてるやつだろ」
「でも綺麗だろ?雰囲気と花言葉がぴったりだと思ったんだ。知ってるか、竜胆の花言葉」
三島の問いに、二人と会話をしながら
「野間が知る訳ないだろ」
「誠実、正義、高貴とかもあるが、悲しんでいるあなたを愛するっていうのがあるんだ」
「……ハァ?」
「夏にミョウジ少佐が亡くなってまだ色々と不安なはずなんだ。そんなミョウジ先生を支えたいという思いを込めて渡した」
いつも以上に輝く瞳で語っている三島は、周りからの白けた視線に気づいていない。きっと同じようにナマエがあの時どんな顔をしていたかにも気づいていないのだろう。支えたい、か。悲しみの中にいるのは間違いないが、お前に支えられなくてもナマエは一人で立って、勝手に進んでいくだろうに。現にあいつは造反の誘いに乗ってきた。中尉ではなく、俺を選んだ。
「恥じらっていて可愛らしかった」「いや戸惑ってたんだろ」「きっと花に込めた想いを汲み取ってくれたんだ」などと三島や野間たちの会話が続いていく。図らずも兄が死んだ直後に中尉に言われたことと似たようなことを言われ、傷を抉られ固まっていただけなのに、好き勝手言われているナマエに同情さえ覚えた。そもそもあいつは花言葉なんて知っているのだろうか。花も似合っているのか俺には良く分からなかった。花束よりも団子を持っている方がよほど似合っているように見えた。
「あっ、もういい感じだな……良ければお先にどうぞ、尾形上等兵殿」
軍手をした岡田が芋の具合を確認して、新しく新聞紙に包んだ物を渡してきた。熱い熱いと言いながら、岡田と谷垣が芋を拾い上げて周りへと配っていく。
「ミョウジ先生にも渡してくるか?」
「焼き芋なんて喜ぶわけないだろ」
どうだろうな。お前の花とどちらを喜ぶか、確かめてみるのも悪くない。一度開いた包みを閉じて、未だに誰のことなのか分からないような幻想について語り合う三島達のもとを後にした。
