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27
網走近郊のコタンで、私たちは作戦会議を行っていた。集団脱獄が起きた後に更に厳重になった網走監獄の警備を、しかものっぺら坊を奪いに来ることまでも想定している警備をどうやってかいくぐって内部に侵入するのか。その鍵を握るのは我らが脱獄王・白石さんだ。
網走監獄は周囲三方を山に囲まれており、囚人の舎房があるため山側の警備は特に厳重である。そのことから、侵入経路は警備の手薄な網走川に面した堀しかないと白石さんが地図を指した。
「トンネル掘りをアイヌの鮭漁で偽装する……網走監獄侵入大作戦だぜ!!」
決行日は全てを覆い隠す新月の夜。鮭が獲れる今の時期にしかできない計画だと、自信あり気に説明する白石さんに感嘆の声が湧き上がる。
「白石……やっぱすげぇや、脱帽だ」
「脱獄王……やっぱりお前を網走まで連れてきて正解だった」
杉元さんとアシリパさんの賛辞に答えるように、白石さんがピュウ!ピュウ!と手で撃ち抜く動作をした。
「すごい!素敵です白石さん」
「えっ、えへへ、そう……?何か照れるな」
赤くなった白石さんが頭を掻きながらはにかんでいるのが可愛らしい。旭川で助けられて本当に良かった。しかし、次の新月の晩まであと数日しかない。舎房までは距離があるし、どこか目立たない所へ通じるようなトンネルを、この限られた時間内に開通させなければならないということになる。
「トンネルはどこまで掘るんですか?」
「それなら考えがある」
土方さんが地図を指した。
「ここまで掘り進めてくれ。後はトンネルが開通してから話をしよう」
工兵だったキロランケさん主導でトンネルを掘り進めることが決定され、早速男性陣が忙しく動き始めチセを出て行った。が、一人我関せずという風に残った人が居た。尾形さんだ。
「尾形さんは行かないんですか?」
「俺は狙撃手だ。行ったところで役に立たん」
面倒くさいだけなんだろうな、と思ったが口には出さなかった。第七師団に居た時も、谷垣や二階堂に仕事を押し付けてサボっているのを何度か見たことがある。力の抜きどころを分かっているというかなんというか。
「お前も暇なら街にでも行くか」
「暇じゃないです、お手伝いしに行く約束をしてるので」
尾形さんと一緒にしないでください、と言い残してチセを出る。一言多かったな。まさか言い返しに追いかけてこないよな、と振り返るのが少し怖くて足早にコタンの女性たちのもとへと向かった。
*
少しして、トンネルが開通した。その先が土方さんの協力者である看守部長・門倉さんの宿舎だったと聞いた時は驚いた。集団脱獄が起きてからもずっと息をひそめて看守として働いていたという。
アシリパさん達と狭いトンネルを抜けて、門倉さんの宿舎へとお邪魔する。警備体制やのっぺら坊がいる房についてなど、より詳しい内情を門倉さんに聞きながら計画を詰めていく。
「もし……のっぺら坊がアシリパさんの父親だとして……連れ出すのは難しいか?」
「片足の腱を切られているのでいつも看守に支えられている。連れて逃げるのはかなり困難だが不可能ではない」
「危険を冒してまで連れ出す必要はない。父が本当にのっぺら坊なら……」
アシリパさんは冷静だ。もし本当にお父さんなら、舎房なんかではなくちゃんと話をしたいだろうに。金塊のことだけでなく、離れていた時の話だって沢山したいはずだ。
「そこで盗み聞きしとらんで上がってこい」
唐突に発せられた、私達以外に向けられた土方さんの言葉に驚く。視線を辿ってトンネルの方を見やれば、尾形さんがゆっくりと床下から現れた。私たちが宿舎に行くと伝えた時は気にする素振りも見せなかったくせに、盗み聞きをするなんてちゃっかりしている人だ。
「キロランケと谷垣からお前のことを聴き出したぞ。尾形百之助は自刃した第七師団長の妾の息子であるというのは師団内で公然の事実であったそうだな?」
土方さんの言葉に、私の方が驚いて肩が跳ねてしまった。尾形さんは全く意に介していないように土方さんを見つめている。
「ただの金塊目当てで軍を脱走したにしては出自が厄介だ」
「俺が何か軍をどうこうするためにに動いているとでも?冗談じゃねえよ、面倒くせえ。テメエらだってお互いに信頼があるとでも言うのかよ」
尾形さんが面倒くさそうに床下にまた消えて行った。一瞬だけ、私と目が合ったような気がした。
「ミョウジさんも今のことを知った上で尾形と造反の計画を?」
「それは、そうですけど……」
皆さんの視線が一斉に私に集まって居心地が悪い。谷垣から聞いたということは、土方さんは私たちの根も葉もない噂話のことを知っているんだろうか。あの嘘が苦手な男はどこまで話したんだろう。
「……別に尾形さんの出自がどうとか考えたことはなかったです」
第七師団長の息子だとかそういう肩書きがどれほど重要なものなのか、いまいち私には良く分からなかった。同じ息子でも勇作殿とは全く違うとも言われていたし、山猫だと揶揄されているのも何度も聞いた。宇佐美に至ってはもっと直接的な言葉で侮辱していた。本人の能力や性格について何か言うならまだしも、そういったことに軽率に触れて、引き合いに出す人たちが嫌だった。生まれは誰も選べないのに。
「尾形さんは尾形さんじゃないですか」
絞り出した言葉に、土方さんがふっと笑った。それでも居心地の悪さは変わらない。重い空気を変えるように、門倉さんが口を開いた。
「……で、お前らはどうやって舎房に侵入するんだ?」
「天窓さ」
白石さんが答えた。網走監獄の場合、舎房のすべての窓には鉄格子がはめられているが、唯一鉄格子のない窓があり、それが天窓だという。おそらく光をできるだけ取り込みたいから鉄格子をつけてないんだろう、と白石さんが説明する。
「枠ごと外して、そこから侵入する」
「侵入するのは?」
「私と、杉元と、白石と……ナマエだ」
「お嬢さんまで?」
呆れたような顔で門倉さんがアシリパさんと私を交互に見た。
「侵入して見つかれば容赦なく撃ってくるぜ。身を守れんのか?」
「……多少は」
「俺にも娘がいるからよ、もしアンタに何かあったら目覚めが悪いんだよな」
ボリボリと頭を掻いて、門倉さんが複雑そうな顔をした。
「人数が増えればそれだけ見つかる危険性も上がる」
杉元さんの顔を盗み見た。神妙な面持ちで黙り込んでいる。白石さんも少し心配そうな顔をしている。私の名前を挙げたアシリパさんも俯きがちで、本当は現実的でないと分かっているのだろうと思った。実際に誰が舎房に侵入するのかは、今日まで誰も触れなかったことだ。多分、三人ともあえて触れていなかった。私を傷つけないために。私には杉元さんみたいな筋力もないし、白石さんみたいな身のこなしもできない。そんな大人が天窓から下りてまた上るのは大変なことだ。
私が、最大の不安要素になっている。アシリパさんを見届けると約束した。でも、私がこの作戦に無理に入り込むことで成功率が下がってしまうのなら、私は絶対にいない方が良い。それは分かっているけれど、一緒にアシリパさんと行きたいと強く思っているのも事実だった。「待機します」と自分から言えないのがすべてを物語っているようだった。頭では分かっていても、それでも一緒に行こうと言ってもらえたらと、期待している自分がいる。みなさんの命を危険に晒してまですることではないのに。
「ミョウジさんは私と一緒にここで待機するのはどうだろうか」
だから土方さんの言葉にホッとした。言わせてしまった罪悪感も同時に湧き上がってくる。頷けば、アシリパさんが寂しそうに私を見てきた。ごめんね、とアシリパさんの手を取った。私がもっと強ければ。
「立ち会うことはできなくても、ここで待ってますから。最後まで一緒です」
「……うん」
「俺もここで待機させてもらう。何かあったらすぐに駆けつけられるしな」
「牛山も配置しよう」
キロランケさん、牛山さん、土方さんと私はこの宿舎で待機することが決定した。谷垣と夏太郎君は川岸に用意した丸木船で待機、尾形さんは山に隠れて何かあれば狙撃で援護、残りの皆さんはコタンで待機……と当日の配置がどんどん決まっていく。最後に、侵入する杉元さんたちを先導するのは都丹庵士だと土方さんが締めくくった。お互いが見えないほどの真っ暗闇の中で、都丹さんが味方についてくれるなんて頼もしい。
「じゃあ、決まりだな?」
もうすぐ当直だからと門倉さんが立ち上がった。それを合図にお暇することにした。
コタンに戻り、獲れたての鮭を使って夕飯の準備を進める。アイヌにとって主食だった鮭は、シペ"本当の食べ物"と呼ばれるものらしい。そして、その鮭の上顎の真ん中の氷頭という部分を使った珍味な料理があると言う。
「杉元、ナマエ!何か分かるか?」
「えええ~?」
「まさか……?」
二人してソワソワとアシリパさんの答えを待つ。
「チタタプだ」
「ハイ出ましたチタタプ!!」
杉元さんの急な大声にビクッとしたが、アシリパさんは気にせずにチタタプとは本来鮭のことを指すのだと説明を続ける。
「チタタプの中のチタタプ!」
「痛ててッつねった!!」
何故かキロランケさんの脇下をつねる杉元さんに笑いが止まらない。そのうち男性陣がキャッキャッと戯れ始めた。「何やってるんだか」とアシリパさんが手際よく鮭を解体していく。
「男達はすぐふざける」
「楽しそうで良いじゃないですか」
「ナマエは甘やかしすぎだ」
ちゃんと尻を叩いてやらないとダメだ、と言いながら鮭のエラを外してテキパキとチタタプの準備を進めるアシリパさんに、本当にしっかりしているなと舌を巻いた。
下処理を終えたエラと氷頭を皆さんで代わる代わる叩いていく。「チタタプすればするほど美味しくなる」とアシリパさんが言っていたから、人数が多いのは好都合だ。チタタプって言いながら叩くんですよ、とチタタプ初心者の家永さんや夏太郎君に教えて回り、最後は尾形さんの番になった。以前と同じように、黙々と無言で叩いている。
「尾形さん、チタタプって言わないんですか?」
「本当のチタタプでチタタプ言わないならいつ言うんだ?みんなと気持ちを一つにしておこうと思ったんだが……」
はぁ、とアシリパさんがため息をついた時だった。チタタプ、と小さな声が真横から聞こえてきた。
「……?!言った!!」
「言いましたよね?!」
興奮してアシリパさんと手を取り合った。すぐ近くに居た杉元さんや牛山さんにも同意を求めるも、全員不思議そうな顔を返すだけだった。「んも〜〜聞いてなかったのか?」とアシリパさんが悔しそうにしている。
「……何だ」
「嬉しいんですよ」
「そうかよ」
「もう一回言っても良いんですよ?」
耳をそばだてて肩を寄せた私のことを無視して、尾形さんは無言で叩き続ける。それでも口角が上がるのを止められなかった。あの尾形さんが、確かにチタタプと言っていた。なんだかんだ文句や嫌味を言いながら、少しでも心を開きつつあることに感動さえ覚えた。うるさい、と尾形さんが呟いて私に山刀を差し出してきた。
「何も言ってませんよ」
「顔がうるさい」
「ひどい」
チタタプ、チタタプ、と暫く叩いていると、アシリパさんがやってきて白子を加えた。最後に砕いた焼き昆布を混ぜ塩で調えたら、本当のチタタプの完成だ。
「柔らかくて滑らか。生臭くなくて美味い……これが本当のチタタプか」
「ヒンナヒンナ」
「それ、姐さん達良く言ってますけど何なんですか?」
「食事に感謝する言葉だよ」
「へぇ、そんな意味があるんだ」
ヒンナヒンナ、と夏太郎君が呟いて鮭の切り身の串焼きを一口食べ進めた。もっと食え、と笑顔のアシリパさんが私の口に直接チタタプを突っ込んできた。沢山叩いたから、ふわふわと滑らかで本当に美味しい。鮭と昆布と白子のうまみが調和している。口の中が空っぽになれば、今度は串焼きを差し出されたので遠慮なく受け取ってかぶりついた。身も脂が乗ってて美味しい。本当の食べ物という名前は伊達ではないのだと、幸せな気分で食べ進めていく。すると、急にチセの空気が変わった。何のつもりだ、と谷垣が困惑している。チカパシが谷垣の器を取ってインカラマッに渡したようだった。
「女が男の家に行ってご飯を作り、男は半分食べた器を女に渡し、女が残りを食べたら婚姻が成立する」
アシリパさんの説明に緊張が高まる。目の前で当人たちの意志とは関係なく求婚が行われていることが落ち着かなくて、鮭を食べ続けていればすぐに無くなってしまった。何かしていたくて、また1本串焼きを手に取った。
「本当の家族になれば?」と言うチカパシに「いいねぇ、おアツいぜ」と外野が囃し立てるのでもっと居心地が悪くなる。だって、さっきから目に入っている二人の顔は全然嬉しそうじゃない。あまり色々言わない方が良いのでは、と内心ひやひやしていれば、ついに谷垣が外に出て行ってしまった。インカラマッも少しして後に続いた。
「おっと……まだ微妙な関係だったか」
「……なんで?」
チカパシが納得いかないと言った顔をしていた。大人には色々あるんだよ、と牛山さんが大きな手でチカパシの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「なんでナマエがそんな顔してるんだ」
「だって……なんか……胃がキリキリする……」
「串焼き2本も食っておいて良く言うぜ」
尾形さんがこちらも見ずに、黙々と串焼きを食べながらぼそりと言った。「美味しいもんね?」と擁護なのか良く分からない言葉を杉元さんにかけられて顔が赤くなる。いつの間にかへべれけの白石さんが戻って来ていて、谷垣の食べかけのご飯を食べ始めたためにチカパシに怒られていた。これは婚姻が成立してしまったのだろうか、などとふざけたことを思いながら串焼きの最後の一口を頬張った。
2024.06.12
