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25
事情を説明したインカラマッと別れて、アシリパさんと共に足早に皆さんを探しに森へ入った。いつもは気にならない虫や鳥の声がやけに耳に付く。松明で辺りを照らし、深い闇に包まれた森の中を気を付けながら進んでいくが、全く状況が掴めない。パキッと枝が踏まれる音がどこからか聞こえてきて、足を止めた。
「杉元?」
「灯りを消せ」
「っ……!それ以上近寄らないで!」
現れたのは目を布で覆った異様な風貌の男だった。盗賊団の男だ。見えていないのならば、と音を立てないようにゆっくりと距離を取ろうとした瞬間、静まり返った森の中に怒声が響き渡った。
「松明に近づくなッ銃を持ってる奴がいるぞ!」
尾形さんだ。あの人がこの機会を逃すはずがない。
「アシリパさんッ!」
咄嗟にアシリパさんの顔を覆い隠したと同時に、男の頭が正確に撃ち抜かれた。血しぶきで松明が消えてしまった。ドロドロと生暖かいものを頭から被ってしまって全身に鳥肌が立った。
「アシリパさん大丈夫?!」
「だ、大丈夫だ、ありがとうナマエ」
心臓の音がうるさい。ドッドッドッと鼓膜を直に揺らすような音に紛れて、どこかで銃が乱射される音が微かに聞こえた。尾形さんはどこから撃ってきたのだろう。松明も消えてしまって、全く方向が分からなくなってしまった。早くここを立ち去ろう、とアシリパさんが私の手を取って歩き始めた。ザザザと草をかき分ける音がいやに大きく聞こえる。敵に居場所がバレないだろうか、そんなことを思っていたら突然、腹の辺りから体が力強く引っ張られた。一瞬で浮遊感に襲われる。訳も分からず口が塞がれた。谷底に引き摺り込まれたような恐怖に死を感じた。
「ナマエさん、アシリパさん、俺だ」
聞きなれた声にじわっと涙が滲んだ。杉元さんだ。杉元さんで良かった。ガタガタと震える私を摩る温かい手のひらと、「ごめん」と聞こえて来たいつもの優しい声に、徐々に気分が落ち着いていく。
「これは杉元の血か?ケガをしてるのか?」
「平気だ。暗くなきゃあんな奴ら……ってナマエさんのこれ何っ?血?怪我してるの?」
小声ながら焦った風に私の肩や頭の辺りを杉元さんが慌てて触って確かめる。私も触ってみると頭の右側から肩にかけて、べったりと冷たくぬるつくものが付いていた。
「さっき尾形さんが撃った人の血を被ってしまって……」
「あの野郎……」
顔が見えなくても怒っていることが十分に伝わってくる声だった。気持ちの良いものではないだろうし、杉元さんから少し距離を取ろうとした時だった。
カンッ。
急に音がして、息が詰まった。地面を踏みしめる音が近づいてくる。またカンッという舌の音が聞こえてきた。さっきよりもだいぶ近い。
「血の匂いがプンプンする」
闇の中から聞こえてきた声に心臓が縮みあがった。絶対私だ、どうしよう。すぐそこに居る見えない敵に、体が恐怖で固まった。舌の音がどんどん近づいて来る。私のせいでアシリパさんも杉元さんも危険な目に合わせてしまっている。気を抜いたら叫び出しそうだった。寒気にも似た恐怖に体が震える。口に手を当てて縮こまっていたら、杉元さんにグッと抱き寄せられた。左耳が胸元に寄せられて、私よりもうんとゆっくりな鼓動が熱と共に伝わってくる。まるで大丈夫だと言うかのようにどく、どく、と一定の間隔で聞こえてくる心音に、少しずつ体温が戻ってくるのを感じた。身を寄せ合って耐え続けていると、幸いにも舌の音の主は私達を通り過ぎて行った。徐々に小さくなっていく音と気配に、三人で静かに大きく息をついた。
緊張が解れれば体に感覚が戻ってきて、しっとりとしていて適度に弾力のある感触が左半身から伝わってきた。杉元さんの胸板と腹筋の感触だ。慌てて体を離そうとしたが、杉元さんの腕から抜けられない。まるで地面に根が張ったようだった。捕まった時と同じように、力では全く敵わないのだと痛感する。がっしりとした筋肉質な体に抱かれていることに今さら気づいて体温が上昇していく。しかも杉元さんは裸だ。意識してしまったせいで、今まで剥き出しの厚い胸板に体を預けていたことや、腰に回った太い腕をしっかりと感じてしまって心臓が爆発しそうだった。気球で触れた時とは桁違いに密着している。は、と少し震えるような吐息がすぐそこから聞こえてきてびくりと体が反応した。
「す、杉元さん……?」
「っ……、ごめん」
耳元で聞こえた掠れた声に、肩を震わせた。先ほどの吐息よりもずっと近かった。暗くて良かった。こんな時なのに、今の私は多分顔が真っ赤になっている。尾形さんに見られたらまた初心だなんだとからかわれるところだった。緩んだ腕から慌てて逃げ出した。
「杉元さん、やっぱり傷が痛むんですか?」
「えっ?!あ、いや、大丈夫……」
「あとでナマエに診てもらったら良い」
「あ……うん……」
そういえば、とできるだけ小さな声で杉元さんに話しかけた。
「少しだけ弾薬持ってきましたけど、杉元さんは小銃持ってますか?」
「いや、俺は持ってない」
一瞬、妙な間があいた。
「ど、どっから持ってきたの?」
少しだけ大きくなった声に、アシリパさんがシッと息を吐いた。
「だ、脱衣所から……あ、いやっ、杉元さんのじゃないです、尾形さんのです……」
だから良いって訳ではない。人の荷物を漁る非常識なやつだと思われただろうか。黙り込んでしまった杉元さんに不安がよぎる。小銃は盗られたみたいだと伝えたが、そのまま会話らしい会話もなく、私達は寄り添いあって長い夜が終わるのを待った。
*
夜が明け始め、向こうに形勢を立て直させる時間を与えてはいけないと、私たちは盗賊を追い詰めるべく森を歩き進めていた。途中で杉元さんが盗賊の一人を倒して奪った恐ろしい形状の棒が視界に入る度に鳥肌が立つ。そして、段々と空が白んできたせいで私はもっと困ったことに直面していた。
「す、すみません……私、前を歩いても良いですか……」
「あっ……!うん、ごめんね?!」
目を瞑り、両手でも顔を覆いながら伝えれば、杉元さんの焦った声が聞こえてきた。危ないから、と言われて後ろを歩いていたのだが、どうやっても視界に肌色がチラついてしまって、ずっと斜め上を見つめていた。そのせいで首は痛いし、もう何度も躓いたり木にぶつかっていた。このままでは心臓も持たない。すみません、と言いながら足早に杉元さんを追い越した時に、タァーンとよく知っている小銃の音が森に響き渡った。
「尾形の小銃だ」
「ナマエの言った通り、尾形は銃を持っていたな」
「散々肌身離さず持ってろって言ったのはあの人ですからね」
持ってなかったら末代まで笑ってやるつもりだったのに。本当に、呆れるくらい抜かりのない人だ。色々な意味で随分と歩きやすくなった森の中を、銃声が聞こえてきた方角へ歩き進めた。
「尾形だ」
こちらに気づいた尾形さんが私を見て口角を上げた。
「ひでぇな」
「誰のせいだと……」
「撃たない方が良かったと?」
あのままだったらどうなっていたか分からない。でも素直にお礼を言うのも違う気がする。言い返せずにいたら鼻で笑われ、すぐそこの廃旅館に都丹庵士達が入って行ったことを告げられた。
「アシリパさんとナマエさんは外で待機しててくれ」
「あっ、待ってください」
建物に突入しようとする二人に、肩に掛けていた帯革を慌てて外した。
「尾形さん、これ」
裸が目に入らないようにそっぽを向きながら帯革の端を持って弾薬盒を差し出した。しかしいくら待っても受け取る気配がない。
「……尾形さん?」
前盒一つとはいえ、それなりに重い。早く受け取って欲しい。そんなことを思っていたら、いきなりグイッと帯革が引っ張られた。よろけてそのまま尾形さんの胸板にぶつかる。
「わっ……!」
「お前は本当に……ハハッ、あの時殺さなくて正解だったな」
やけに嬉しそうな声で頭をぐしゃぐしゃにされ、慌てて帯革から手を離して腕からすりぬけた。
「近い!もう、普通に受け取ってください!」
「……汚ねぇ」
手のひらについた血液を私の服で拭こうとするので慌てて更に距離を取った。
「オイ、ふざけてねぇで早くしろ」
扉の横で既に待機していた杉元さんの怒った声に、心臓がびくっと跳ねた。ごめんなさい、という私の言葉と尾形さんの舌打ちが重なった。今のは完全に私たちが悪いのに。でもその後文句も言わずに扉に向かって行ったので、尾形さんももしかしたら少しは悪いと思っているのかもしれない。
「暗いな……飛び込んで窓を開けるぞ」
二人が突入し、暗闇にすぐに同化して見えなくなってしまった。心配になって覗き込もうとした瞬間、バンッと風圧で髪が揺れるほどの勢いで扉が閉ざされた。
「えっ?!」
「杉元……!ナマエ、他の入り口を探すぞ!」
発砲音が建物の中から聞こえてくる。アシリパさんが走り出してしまった。
「ダメですアシリパさん、外で待機って!」
「杉元たちが危ない!」
「私が行きますから、アシリパさんは外で──」
先を行く声を辿って建物の角を曲がったら、アシリパさんの姿はもうどこにもなかった。引き戸があるがびくともしない。窓もどこも開かない。どこから入ったんだ。まさか、また内側から閉じられたのか。
「嘘……アシリパさんっ!」
ガタガタと扉を揺らしても全く開く気配がない。
「アシリパさん!返事して!」
どうしよう。アシリパさんが暗闇の中、撃ち合っている所に入ってしまった。もしも流れ弾に当たったら?頭や心臓に当たってしまったら?夜明け前に頭を撃ち抜かれた男がよぎって血の気が引いた。いやだ、いやだよ、アシリパさん。拳で拳銃で叩いても、蹴っても無意味だった。使えそうな物が周りに何もない。助走をつけて思いっ切り体当たりをしようとした時、体を大きな手で抱き留められた。
「ナマエさん、それは止めておいたほうが良い」
「う、牛山さん……!アシリパさんたちが囚人と一緒に中に!」
「随分と派手に汚されて……しかし変わらず良い女だ」
話が噛み合わない。もどかしくて無意識のうちに地団駄を踏んでしまっていたら、救いの様な声が聞こえてきた。
「中に居るのは都丹庵士だな?ミョウジさん、ここは私達に任せてはくれないだろうか」
「土方さん、お願いします!アシリパさんが……!」
近づいて来る土方さんの後ろには白石さんとチカパシ、リュウも居た。無事で良かった、と胸を撫でおろした私とは反対に、二人とも私を見て脅えている。私はそんなに酷い格好をしているのだろうか。バキバキと音を立てて扉が破壊されて、土方さんが足早に建物の中へと入って行った。
「うわ、真っ暗だな」
光を入れるために牛山さんが大きく建物の扉や外壁を破壊していく。雨戸を豪快に壊した先で、牛山さんとの再会に感激するアシリパさんを見つけて視界が潤んだ。無事で良かった。近づいて怪我がないか確認しようとして、その後ろに佇んでいた杉元さんとはたと目が合った。牛山さんのお陰で、室内には十分すぎるほどの光が差し込んでいた。
「いっ……」
「……あっ」
「いやぁああナマエさん見ないでぇえッ!!」
「ごっ、ごめんなさっ……!見てませんっ!何も見てませんっ!!」
ちょうどアシリパさんの頭で隠れていたから本当に何も見ていない。慌ててグルッと背を向けた先に居た尾形さんがニヤリと笑った。そのまま両腕を広げて堂々と近づいてくる。
「やっ、尾形さっ……!なっ、なんで!」
「遠慮するなよ、じっくり見て良いんだぜ」
「意味が分かりませんッ!」
ひぃぃと目を瞑って外に逃げ出す。「ナマエさん!」とインカラマッの声がすぐそこで聞こえて、安心して目を開けた。
「谷垣ニシパが撃たれたんです」
「い、いや、大丈夫だから……」
「えっ!どこを?」
谷垣も裸だったが手当が必要なら話は別だ。歯切れの悪い返事をする谷垣に変わって、インカラマッが代わりに答えた。
「お尻です」
「おっ、おっ、お尻、ですか……」
「貫通したので俺は診てもらわなくて大丈夫です」
「あぁ、いや、でも一応……」
後ろに回ろうとすれば、数人分の足音が近づいてきた。
「ナマエちゃん、俺も頭ぶつけて怪我しちゃったぁ」
「お、俺もチンチンぶつけちゃったかも」
「犬よりも役に立っとらんぞ谷垣一等卒、秋田に帰れ」
白石さんとチカパシ、尾形さんまでも集まってきて、周りを肌色が埋め尽くした。
「あっ、うっ……えぇっと……」
もう無理だ。本当に無理だ。どこを見ても肌色で、逃げ場がなくて、ぐるぐると眩暈がしてきた。「可愛いからってあんまり虐めては可哀想ですよ」というインカラマッの声についに心が折れた。
「もっ、やだぁ……服を着て!!」
私の情けない叫びが森にこだました。
2024.05.24
