原作沿い
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21
オホホホホーイ!!と特徴的な掛け声と共に、カムイホプニレという熊を送る儀式が始まった。
「アシリパさん、この儀式はイオマンテとは違うの?」
「カムイホプニレは狩りによって獲った大人のヒグマを送るもので、飼い熊を送る盛大なイオマンテとは別の儀式だ」
同じ熊を送る儀式にも色んなものがあるのだと感心すると同時に、キムンカムイ、ウェンカムイ、マタカリプなど熊の呼び方にも色々あったことに気づく。それだけアイヌにとって熊は特別な存在なのだと、しみじみ思った。
「大切な儀式に参加できて嬉しいです」
「私も、ナマエに私達のことを知ってもらえて嬉しい」
その言葉に喜びが込み上げてきて、オホホーイ!と杉元さんと一緒になって大きく叫んだ。
儀式が終わるとチセに招き入れられた。皆さんすっかりお祝い気分で、中はワイワイガヤガヤと賑やかだった。
「酒飲んで仲直りしようぜシサムの旦那たち!お嬢さんもな!」
酔いの回った村人たちに囲まれて、お酒とつまみを渡される。どぶろくのような白く濁ったお酒はトノトというらしい。酸味と独特の癖が強くて、ちょっと苦手かもしれないと一口飲んで思った。
「杉元ニシパお前強いなッ俺は喧嘩で負けたのはお前が初めてだ!娘を嫁にいらねぇか?」
杉元さんが早速絡まれている。他人事のように見ていたら、もう一人が私に声をかけてきた。
「お嬢さんはピリカメノコだなぁ!手先も器用なんだって?うちの息子はどうだ?」
指さす方を見ればキラウシさんが居た。お父上なのか、確かに目元が似ている。大丈夫ですと愛想笑いをすれば、キラウシさんとよく似た笑い方をして去って行った。アシリパさんは村の女性たちと話しているし、杉元さんは未だに絡まれている。尾形さんは何も言わずに隣で静かにお酒を飲んでいる。少し手持無沙汰だなと思いながら、ちびちびとお酒を飲み進めていたら、赤ら顔のキラウシさんが現れた。
「ナマエも飲め!」
「んっ?!」
お酒がなみなみと入った器を強引に口に付けられた。流し込まれるものを仕方なくゴクゴクと飲み込んでいくが、飲める量よりも入ってくる量が多くて身の危険を感じる。苦しい。もう結構ですと身振り手振りで伝えても、酔っ払っているキラウシさんは「良い飲みっぷりだな!」ととびっきりの笑顔で器を傾け続ける。違う、そうじゃない。飲みきれなかったお酒が、口の端から伝っていくのが分かった。
「ふっ、んぅ……んっ」
死ぬ。助けて。泣きそうになりながら尾形さんに視線を送っても、お酒を片手にジッと静かにこちらを見ているだけだ。いつの間にか解放されていた杉元さんも、食い入るようにこちらを見るだけで何もしてくれない。いや助けてくださいってば。とうとう飲みきれずに危うく吹き出しかける。無理やり器から口を離せば、零れた乳白色の液体がボタボタと服と床を濡らして、濃い染みを作った。
「キラウシさん!もう良いって言ってるのに!」
ケホケホと咳き込みながら抗議しても、キラウシさんは楽しそうに笑うだけだ。酔っ払いめ。谷垣を次の標的にしたようで"小熊ちゃん"と呼びながら、私にしたようにまた酒を流し込んでいる。袖で口を拭う。冷たい液体が、顎を伝って胸元に入ってきた感覚に体が震えた。胃が焼けるように熱い。クラクラする。
「二人もですよ、なんで助けてくれないんですか」
「……ごめんなさい」
顔を真っ赤にした杉元さんが顔を覆った。
「……止めてはいけないと思った」
意味が分からない。しかも杉元さんが振り上げた拳を途中で止めて、ポンっと尾形さんの肩に置いたのでびっくりしてしまった。真っ赤なまま、すごく悔しそうな顔をしている。益々意味がわからない。怪訝に思っているところに、アシリパさんの手のひらが鼻先に差し出された。
「臭くないか?いっぱい洗ったけど」
「うん、大丈夫」
正直お酒の匂いしかしなかったけれど、心配そうなアシリパさんを安心させたい気持ちの方を優先した。
「ヘビ触ったの、すごいですね」
「杉元を助けると約束したからな」
ふふん、と鼻を鳴らすアシリパさんが可愛い。抱きしめて撫でまわしたくなったけれど、自分が酒まみれなことに気づいて、ふわふわする頭で必死に堪えた。
「そうだ、アシリパさん。ミナコトムってどういう意味?」
「ミナコトムは、
光る、とはなんだかとても詩的な言い回しだし、そんなことを言われていたのかと思うと気恥しい。杉元さんと目が合った。
「だ、誰に言われたの……?」
「言ってみろナマエ~誰になんでそんなこと言われたんだ~?」
ニマニマしたアシリパさんに詰め寄られて居心地が悪い。視線から逃れようと顔を背ければ、尾形さんまでこちらを見ていてびっくりした。
「針仕事のお手伝いをしていた時に、隣で教えてもらった方に言われただけです」
「なぁんだ女か」
「えぇ……?」
「ナマエは鈍感だからな、変な男に引っかからないように私が見張っておかないと」
酷い言いようだ。鈍感じゃない、と返そうとしたらキラウシさんから解放された谷垣がやってきた。私とは違って全く酔ってなさそうだ。
「アシリパ、お前に大事な話がある、俺はフチのことを伝えに小樽から追ってきた」
谷垣がインカラマッの占いのこと、おばあちゃんがアシリパさんともう二度と会えなくなる夢を見たこと、更には死装束まで作り始めてしまったことを話し始めた。胸が痛むと同時に、インカラマッへの不信感が益々募っていく。一体、あの人は何をしたいんだ。
「婆ちゃんが『二度と孫と会えなくなる夢を見た』って……たかが夢だろ、手紙でも送っておけよ」
そんな言い方しなくても、と視線を向けるが尾形さんは面倒くさそうな顔をするだけだった。
「フチは昔、自分の娘が送られている夢を見た。そのあとすぐに私の母は病気で亡くなったから、なおさら夢占いを信じているんだ」
アシリパさんの顔が曇っている。それはそうだ、まだ小さいのに両親を亡くして、今度はおばあちゃんまで床に臥せってしまったのだから、その心配は計り知れない。
「アシリパさん、一度帰ります?」
ここまで来た手前、帰りたいと素直に言えなくなっていたらどうしよう。何かあった時に、それこそ後悔してしまう。
「そうだよ、一度顔を見せりゃ『孫娘とは二度と会えない』って予言は無効だろう?元気になるさ。我慢しなくっていいんだよ?」
「子ども扱いするなナマエ、杉元!!」
突然声を荒げたアシリパさんに驚いた。綺麗な青い瞳は力強さに溢れていた。
「私にはどうしても知りたいことがある。知るべきことを知って、自分の未来のために前に進むんだ!」
その勇ましい言葉が私の胸を打った。アシリパさんは今も、これからも、自分の人生を自分自身で選んでいくのだ。ただひたむきに、真っ直ぐに、自分で未来を掴み取っていく。新しい時代の女だと、出会った頃に誇らしげに笑っていたことを思い出した。ぶわっと、お酒で緩んだ涙腺が決壊した。
「ヒンッ!アシリパさんッ……!」
「うわっ酒くさい!びしゃびしゃじゃないか!誰だナマエをこんなにしたのは!」
嫌がるアシリパさんをぎゅうぎゅうに抱きしめる。この子の進む道が、ずっとずっと暖かい光で満ちたものであってほしい。そんなことを願いながら、意識を手放した。
*
キラウシさんたちに別れを告げて、私たちは釧路の海辺に来ていた。途中で白石さんたちともすぐに合流することもできて、近くに住むアシリパさんの親戚に海亀猟に誘われていた。
「わざわざそんなことしなくても……インカラマッちゃんに奢ってもらおうぜ」
「白石さん……いつの間にそんなに落ちぶれて……」
「あはっ、冗談だってナマエちゃん!そんな目で見ないでぇ?……ちょっと新しい扉開きそう」
「気持ち悪いぞ白石」
アシリパさんがストゥで殴り、杉元さんが首を絞めながら白石さんを無理やり船に乗せた。
「ナマエは……残ってた方がいいな、顔色が悪い」
「ごめんなさい。まだお酒が抜けてなくて……」
昨日キラウシさんにしこたま飲まされたせいで、未だに頭が割れるように痛かった。びしょびしょだった服も、昨日のうちにアシリパさんが着替えさせてくれたらしい。ダメな大人で情けなくなる。ため息をつきながら流木に腰掛け、どんどん小さくなっていく船を見つめた。潮風が気持ちいい。海なんて久しぶりだ。大きくはためく外套が顔に当たりそうで、すぐ隣に佇む尾形さんから少しだけ距離を取った。
「あの女が苦手なのか」
あの女、と言えば一人しか思いつかない。尾形さんの視線を辿れば、やはりインカラマッが居た。
「以前苫小牧で会った時に、ちょっと……」
「お前が態度に出すのは珍しいな」
「そんなに出てました?」
自分で言いながら、思い当たる節がありすぎて辟易とした。さっきだって、親しげな雰囲気を醸し出すインカラマッと谷垣を「結婚しろ!」とアシリパさんたちが囃し立てるのを、一歩引いて見ていた。騙されているのでは。そんな捻くれた気持ちしか出てこなかった。取り繕うふりさえできないくらい、私はインカラマッが不気味で怖かった。遠ざけたくて、自分を守りたくて、態度に出している。本当に嫌になる。
「あの人、私が兄を亡くしていることを言い当てたんです」
グッと、体に力が入った。
「鶴見中尉と繋がっていると?」
「でもそんな話、聞いたことないですよね?」
「無いな。そういうのはお前の方が詳しいだろ」
第七師団に居た時、大抵の場合は少しの世間話をしながら処置を行うことが多かった。私が兵士でないというのもあって、口が軽くなるのだと思う。噂話や愚痴などをよく聞かされた。兵士たちにとっての息抜きだったのかもしれない。お陰でちょっとした情報通になってしまった。
「案外、俺たちが脱走してからの話なのかもな」
そうだとしたら、私たちは未だに鶴見中尉の手のひらで転がされているということだ。どこからどこまでが中尉の計算なのだろう。抗って、もがいて、自分たちで決めたと思って進んだ道も、全て中尉にお膳立てされた物なのかもしれない。
──君は、自由だ。
兄の遺体を前に、呆然としていた時に囁かれた言葉を思い出して、背筋が凍った。とても優しい声だったのに、肩に置かれた手がひどく不快だった。まるでそこから、得体の知れないものに浸食されていくようだった。雁字搦めにしておいて、自由だなんて良くもまあ言えたものだ。人誑しめ。
微かに震える体を押さえるように、ぎゅっと膝を抱えて目を閉じた。波の音が少しずつ中尉の声をかき消していく。嫌な記憶はすべて、波に飲まれて消えてしまえばいいのに。
──
ミナコトム ルウェ (笑顔が素敵ですね)
