原作沿い
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16
迎えた計画実行日。杉元さんたちは上手く潜入できただろうか、白石さんは無事だろうか。配置通りの場所でそわそわと落ち着きなく歩き回っていたら、遠くでガシャァッとガラスが割れる音と、発砲音が聞こえてきた。作戦が失敗したのか?杉元さんは?白石さんは?
──俺に何かあったらさ、アシリパさんを頼むよ。
今すぐにでも走り出したい気持ちを必死で抑え込んだ。今、私がすべきことは、杉元さんたちの安否を確認しにいくことじゃない。アシリパさんとこの場を離れることだ。安全を確保して、体勢を立て直して、最悪の場合私たちだけでも網走に……
「ナマエッ!」
まるで叱責するかのように、アシリパさんに呼ばれた。綺麗な青い瞳が、こちらを真っ直ぐに捉えていた。行こう。言葉にせずとも、伝わってきた力強い意志に心が奮い立つ。伸ばされた手を取ろうとした瞬間、キロランケさんがアシリパさんを引き寄せた。
「待てアシリパ、俺はお前を行かせるわけにはいかない!」
「放せキロランケニシパ!……ナマエだけでも早く行け!あとで必ず追いつく!」
「ダメだ危険すぎる!」
「ナマエッ!」
気づいたら走り出していた。アシリパさんたちの声がどんどん遠のいて行く。ここには何度か来ているし、地図も頭に入っている。人を避けながら最短経路で目的地に向かうが、あちこちの兵舎から人が出てくるので退路が絶たれてしまった。もうすぐ27聯隊の兵舎というところで、白石さんと血だらけの杉元さんを見つけた。
「こっちはダメです!別の道を探さないと!」
「ナマエさんなんでっ……!」
ぜぇはぁと血を流す杉元さんを白石さんと支える。いくら不死身でも無茶しすぎだ。
「南へ逃げろ!あっちだッ」
珍しく大声を出しながら尾形さんが合流した。近づいてきたので手を貸してくれるのかと思ったら、杉元さんから無理やり引き剥がされる。そのまま私の腕を強く掴んだまま走り出したので危うく転びそうになる。
「杉元が撃たれちまった!」
「不死身なんだろ?死ぬ気で走れ!」
後ろの白石さんたちと距離が開いていくが、尾形さんの速度は緩まない。あんな傷の杉元さんがずっと走り続けられるわけがない。振り払おうとすれば、尾形さんの指が痛いほどに腕に食い込んだ。
「尾形さん、杉元さんがっ!」
「あいつと心中するつもりか?良いから走れ!」
南に逃げた先にあった気球隊の試作機を奪って、なんとか四人でよじ登ったものの、わらわらと兵士たちがハシゴのように連なって、中々機体を離してくれない。最後の一人の手が離れてホッとしたのも束の間、ダダダダッと人間梯子を駆け上って気球に乗ってきた人物に肝が冷える。鯉登少尉だ。
「銃剣よこせ。俺がやる」
「自顕流を使うぞ。二発撃たれた状態で勝てる相手じゃない」
「尾形百之助、貴様……ナマエさんまでッ……!」
私達を認識した途端、鯉登少尉が早口の薩摩弁で捲し立てる。しかし全く意味が分からない。そういえば、いつも月島軍曹を通して話をしていたから、少尉とはまともに会話をしたことがなかった。
「相変わらず何を言ってるかサッパリ分からんですな、鯉登少尉殿。興奮すると早口の薩摩弁になりモスから」
尾形さんの煽りに生きた心地がしない。やめましょうよと外套を引っ張る。態度に気をつけた方がいいと言っていたのは尾形さんではないか。鬼のような剣幕で鯉登少尉が剣を振りかぶった。
「受けるなッ」
鯉登少尉の太刀が、ゴシャっと小銃ごと杉元さんの額に当たった。初太刀の威力を間近で感じ、身がすくむ。その後も反撃を許さない猛攻で杉元さんが押されていくが、突然、鯉登少尉が何かに気を取られた。気球の骨組みに矢が刺さっていた。アシリパさんだ、直感的にそう思った。その一瞬の隙をついて、白石さんが鯉登少尉に飛びかかり、蹴りを入れた。白石さんと鯉登少尉が気球から投げ出される。
「白石さん!」
悲鳴を上げながら下を覗き込めば、ロープがビンッと張られて白石さんが止まった。鯉登少尉は下の森に落下していき、やがて見えなくなった。
「あはははッアバヨ鯉登ちゃん」
浮かれた声が聞こえてきてホッとするが、そのまま木に突っ込みそうになっていることに気づく。
「白石さんっ!木!木!」
痛ッ痛でででッという声のあと、木の間から出てきた白石さんに、いつの間に追いついたのかアシリパさんが乗っていた。やっぱり、さっき少尉の注意を引いた矢はアシリパさんのだったのだ。杉元さんと協力して二人を引き上げる。伸ばされたアシリパさんの手を今度こそ掴んで引っ張り上げ、そのままの勢いで抱きしめた。
「ナマエ、痛い」
「ごめん、アシリパさん。一人にしてごめんなさい」
「ナマエが謝ることなんてない。私が行けと言ったんだ」
ポンポン、とアシリパさんが頭を撫でた。これじゃあどっちが子供か分からない。「死ぬかと思ったぁ!」と白石さんも抱きついて来ようとするが、杉元さんに首根っこを捕まえられて悲しそうな声を上げた。いつもの光景が戻ってきたのが嬉しくて顔が綻ぶ。無事で本当に良かった。今までの緊張や不安がふっとなくなって、温かくて優しい気持ちが体を満たしていく。
再会の感動も落ち着いたところで、杉元さんの傷を確認する。左胸の出血が酷い。二十六年式で撃たれたくらいじゃ死なないと杉元さんは気にしてないようだけれど、もしこの左胸の弾が心臓を捉えていたら?動脈を傷つけていたら?人は弱くもないが強くもない。ましてや不死身でもない。時折びっくりするほど呆気なく死んでしまう。白石さんを奪還できても、杉元さんの身に何かあったらそれこそ本末転倒なのに。色々言いたいことはあったがぐっと堪える。
「右肩は貫通してますが、左胸にはまだ弾が残ってますね。早く取り出さないと……」
処置に必要な器具を出そうと鞄を開けようとした時、機体が風に煽られてグラッと大きく揺れた。危うく体勢を崩しそうになったところで杉元さんに引き寄せられた。咄嗟に左肩に手のひらをついてしまったが、全くびくともしない。腰に回った腕もがっしりとしていて、空中にいるのが嘘のような安定感だ。間近で感じる杉元さんの力強さと男らしさにびっくりして鼓動が早まる。
「あ……っ!ご、ごめん」
「い、いや、こちらこそすみません……あとで降りたら取り出しましょう」
揺れがおさまって、お互いに慌てて離れた。気を取り直して、鯉登少尉の太刀をまともに受けていた額も確認しようとすれば、ふいっと顔を逸らされてしまった。もう一度確認しようとすれば、また顔を逸らされる。
「もう、動かないでください」
「いっ、いいよ、大丈夫だから……」
最終的にアシリパさんが持ってきた軍帽を被ってしまったので渋々諦めた。視界の端では尾形さんが双眼鏡で追っ手を確認している。射撃の腕前だけでなく、こういう判断が的確で、抜かりないところが、尾形さんが優秀な兵士と言われる所以なのだろうなとぼんやりと思った。
「こんな危険を冒してまで俺を取り戻しにくるなんて……俺は脱獄王だぜ?自分で逃げられたのに……」
白石さんがボロボロの杉元さんを見ながら言った。
「みんな白石は諦めようと言った。でも助けに行こうと言ったのは杉元とナマエだけだ」
「ほんと?」
「網走では白石が必ず俺達の役に立ってくれる。お前を信じてたから助けに行こうと決めた」
うんうん、と頷けば白石さんが嬉しそうな顔をする。
「でも思い出したんだよ……白石。鰊番屋で出会った変なジジイのことを……」
「え?」
「お前、土方と内通してたな?ずっと土方にこっちの情報を流していたんだろ」
ギョッとした白石さんが気球から飛び降りようとするので、慌てて身を乗り出して半纏の端を掴んだ。
「待って白石さん!」
私の声に白石さんが振り返ったが、その目は杉元さんを捉えていた。尋常じゃないほどに怯えている。まさか内通していたから殺されると思っているのだろうか。
「白石さんが手渡した辺見和雄の刺青の写しはデタラメの写しでした!白石さんは私たちを裏切ってなんかなかった!」
だから戻ってきて。そう念じながらぐいぐいと半纏を引っ張れば、白石さんがゆっくりと私たちに向き直った。
「そうッその通り!言ったはずだぜ、俺はお前らに賭けるってな!」
ハハッと白石さんが安堵した笑顔でこちらを指差す。その言葉が嬉しくて、こちらに戻ってきた坊主頭をじょりじょりと撫で回せば、白石さんは気恥ずかしそうに笑った。
「あとで飴ちゃん買ってあげますね」
「ナマエちゃん……!」
お小遣いもちょっと欲しいな?と言われたが聞こえなかったことにする。また賭博に使われたらかなわないので、白石さんにはもう現物支給しかしないことに決めている。
「白石、ナマエさんにしっかり感謝しろよ。お前のことちゃんと信じてくれてたんだからな」
「辺見和雄の刺青を出せと言った時のナマエは男前で痺れたな」
「アシリパさん言わないで、恥ずかしい……!」
仲間の危機とはいえ、永倉さんに大変失礼な態度を取ってしまったことを思い出して、顔から火が出そうだった。
「それに牛山がこの場にいなくて良かったな。旭川製の特大ストゥで白石の肛門を破壊するって言ってたぞ」
あの眼は本気だった。思い出して身震いしたと同時に「やだぁっ」という白石さんの悲痛な叫びが広い空に消えていった。
