原作沿い
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15
月形で永倉さんたちと落ち合って、私たちは白石さんが第七師団に捕まったことを知った。土方さんとキロランケさんが助けに行ったが失敗に終わり、今頃旭川の本部に着いてしまっているだろうと聞いて冷や汗をかく。どうする?と聞かれたが、そんなの決まってるじゃないか。
「俺は助けたい」
「私もです」
旭川市内では目立つため、私たちは近くのコタンで白石さん奪還計画を練ることとなった。
逃げ出そうとする鈴川聖弘をとっ捕まえて何か策を出せと全員で詰め寄れば、鈴川は網走監獄の典獄・犬堂四郎助に成りすますことを提案した。髪と髭を切り、土方さんらの情報から顔を作り変えていく様は見事としか言いようがなかった。アメリカの大佐として詐欺を働いていたと聞いた時は、そんな分かりきった嘘にどうして引っかかるのか不思議でしょうがなかったが、この豹変ぶりを見たらあながちあり得ない話でもないのだと思った。
「……で、網走監獄の典獄に化けて第七師団相手にどうしようってんだ?」
「まあ……焦るなって。準備が必要だ」
それまでギリギリのところで起きていたアシリパさんがカクンと寝落ちして、土方さんの背中に当たる。
「あっ、ごめんなさい土方さん」
「構わないさ。やれやれこの子は大物だ……」
土方さんがアシリパさんを優しく抱き上げた。いつも眠いと不機嫌になるのに、この日のアシリパさんはよほど疲れていたのか、土方さんに抱きかかえられたまま、すやすやと寝ている。まるで祖父と孫のようだ。もうお開きにしようということになって、寝支度をしていると、何やら思いつめた表情の杉元さんが目に入った。
「大丈夫ですか、杉元さん」
「いや……ちょっと、気になることがあって……」
外で二人で話したいという杉元さんについて行く。杉元さん曰く、辺見和雄の刺青を手に入れたあと、鰊番屋で土方さんと会ったことがあるらしい。その時白石さんも一緒に居たが、土方さんの正体について何も言わなかったし、夕張で再会し、以前どこかで会っているかと聞いた時にも「会ったことあるわけない」と嘘をついている。そこから考えられることは、白石さんはずっと前から土方陣営と繋がっていたということだった。それも、少し後ろめたい動機で。
「でも、白石さんに限ってそんなこと……」
ない……とは言い切れない、かもしれない。おちゃらけた白石さんの顔がポン、ポン、と頭に浮かんだ。けど、小樽から今まで一緒に過ごしてきて、白石さんは意外と義理堅いことを知っている。
「もし白石が内通していたのなら、俺たちが集めた情報も、刺青人皮も、土方歳三に渡ってるはずだ」
「でも、白石さんが嘘の情報を流している可能性もあるのでは?なんていうか、その、うまく言えないんですけど……」
整理しきれていない胸の内を杉元さんにぽつりぽつりと話はじめる。白石さんはただ分け前が欲しいだけで、「命なんかかけなくても稼ぐ方法が目の前にある」と苫小牧で言っていたことは多分本心なのだと思う。でも、いつだってこの命がけの旅を抜けることができたはずだ。それでもついて来てくれたのは、多分、私達が白石さんを信じていて、白石さんがアシリパさんをのっぺらぼうに会わせるという計画に必要不可欠で、それに白石さんもそれなりに応えたいと思っているからじゃないんだろうか。
杉元さんは、私のとりとめのない話を口を挟まずに聞いてくれた。話し終わると何か言いたげにしたが、そのまま口を閉ざした。うーん、とチセの陰で二人で考え込んでしまう。
「なんだお前ら、逢引きか?混ぜてくれよ……」
突然、鼻息の荒い牛山さんに見つかって飛び上がる。ちげぇよ!と杉元さんが牛山さんを追い払いに行ったので私もチセに戻ることにした。
土方さんが寝かせてくれたんだろう、アシリパさんが涎を垂らしながらスヤスヤと床で寝ていた。さっきの白石さんのことを知ったら、傷つくんだろうか。大人びているがまだ子どもだ。信じていた大人に裏切られるのは、あまりにもつらい。アシリパさんを中心に様々な思惑が渦巻いている。いっそ、遠いどこかの地で、全てを投げ出して暮らすのも良いんじゃないかとさえ思ってしまう。でもアシリパさんはそれを望まないんだろう。その夜はモヤモヤとしたわだかまりが胸につっかえて、あまり眠ることができなかった。
翌日。作戦会議を始めようとした時、杉元さんが待ったをかけた。昨日気づいた白石さんのことを話せば、キロランケさんに思い当たる節があるようだった。
「白石はカムイコタンで俺の手を掴もうとする時……確かに躊躇した。考えられるとすれば杉元の言うように、白石がずっと前から土方歳三と内通していたことだが……」
「もうこの状況なら過ぎたことでは?」
うやむやにしようとする永倉さんの言葉に腹が立った。私たちを、白石さんを、都合の良いように使うな。
「いいえ、はっきりさせておいた方が永倉さん達のためにもなると思います」
およそ老人とは思えない永倉さんの鋭い視線を向けられて、鼓動が速まる。落ち着け、と一呼吸する。
「白石さんが私たちを裏切っていなければ、そちらにある情報や刺青はデタラメということになります」
それは不都合なのでは?と続ければ、永倉さんの眉毛がピクッと動いた。
「辺見和雄の刺青、持っているんですよね?」
永倉さんたちが顔を見合わせる。しょうがない、と肩をすくめた。あとで見せてくれるらしい。これで私達は対等だ。
「一度でも裏切ったやつは何度でも裏切る」
「杉元……殺さなくて済む人間は殺すな」
杉元さんとアシリパさんの会話が耳に入ってきた。白石さんが裏切っているなんて思ってないけれど、もし万が一そうだった場合のことを考えてしまって、気持ちが沈んだ。
重い空気を払うようにキロランケさんが咳払いをして、いつの間に手に入れたのか兵営の地図を広げた。キロランケさんの情報で、白石さんを捕まえたのが鶴見中尉の27聯隊ということが判明した。
「聯隊長は鶴見中尉の息がかかった淀川中佐だ」
中佐についてなら兄から何度か話を聞いたことがある。203高地でのことがあって、中佐は鶴見中尉に頭が上がらない。弱みを握られているだけで、中尉に心酔しているわけではない。
「淀川中佐は大義や信念がない分、金や地位をちらつかせれば、上手く揺さぶることができるかもしれません。たしか周りが大佐に昇進する中、一人だけ中佐のままだとか」
「なるほど……それなら熊岸長庵と贋札を使うのはどうだろう」
鈴川の提案に揃って耳を傾ける。なんでも、戦争時に敵国の贋札をばら撒き、経済を混乱させる手段は非常に有効だという。精巧な贋札を作れる熊岸長庵は、今後の日本軍にとって有益な人材になるはずで、白石さんとの交換によって熊岸を手に入れられれば、中佐がその手柄を独り占めできるということだった。
「熊岸役が必要になるが、面識はないだろうから適当に似た男を金で雇えばいい」
作戦はこうだ。鈴川が典獄に成りすまし、白石さんの引き渡しを要求する。代わりにこちらからは贋札の原板と偽の熊岸長庵を渡す。白石さんが引き渡されたら馬で逃亡する。鈴川には杉元さんが同行し、尾形さんは念のため兵舎近くで待機、アシリパさん、キロランケさんと私は馬を準備しておく。
「中々良い作戦なんじゃないか?」
「あっ、でも、網走監獄に潜入している鶴見中尉の部下が居るはずです。典獄が網走から動いていないと、中佐に連絡が行ってしまうかも」
「待て、なんでお前がそんなこと知ってるんだ」
今まで静かだった尾形さんが怪訝そうにこちらを見てきた。
「僕が網走に行くからって調子に乗るなよ、と宇佐美に言われました」
「あのアホが……」
任務について口外するなんてあってはならないことなのに、わざわざ出発前に診察室に来て吐き捨てて行ったことを思い出す。宇佐美には最初から驚くほど嫌われていた。私が中尉の駒だと弁えていないのが気に食わないらしい。事あるごとにつっかかってくるので辟易していたのだが、今回の件については少しは役に立ったかもしれない。
「元々長引けばこちらは不利だ。連絡が行く前、短期決戦で白石を奪還すればいい」
鈴川の意見に一同頷いた。それに、これ以上良い案なんて出てこないだろう。もう何度か計画の内容や各々の配置を確認した後、明日に備えて早めに解散することになった。あまり気を揉んでいても仕方ないが落ち着かない。
「なに、最後はなるようにしかならないさ」
キロランケさんが肩を優しく叩いてくれて、少しだけ力が抜ける。ふと杉元さんと目が合った。なんだか少し戸惑った顔をしている。
「いや、なんか……ナマエさんがすっかり軍の人みたいだったなぁって」
「戦争が終結してからもずっと中尉の下にいましたからね」
兵士ではないが、除隊した杉元さんより軍にいた時間は長い。
「言いましたっけ。私、上等兵相当なんですよ?」
「えぇ?俺より上じゃん……」
「態度に気をつけた方がいいぞ一等卒」
尾形さんだけには言われたくないセリフだ。杉元さんも同じことを思っていそうな顔をしていて、思わず吹き出してしまった。
