原作沿い
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11
日高でひと悶着あったエディー・ダンから、奇妙な刺青があるという情報を手に入れて、私たちは夕張に移動していた。長かった冬が明け、季節はすっかり春になった。
「冬は山へ狩りに行く男の季節で、氷が溶けて水になるとマッネパという女の季節が来る」
夏の間に野草などの青物をたくさん採り、保存食を作り、またやって来る長い冬に備える──厳しい北海道で生き抜くための知恵と文化をアシリパさんが教えてくれる。私たちは顔のまわりを真っ黒にしながらプクサの新芽やフキの若葉を採っていき、束の間の春を楽しんだ。
夕飯は私たちが採ってきたフキと、キロランケさんと白石さんが獲ってきたサクラマスを使ったオハウをご馳走になった。採りたての新鮮な青物が入っているからか、今までのオハウよりもまた少し食感や味が違う。生のままだと辛味があったプクサも、火が通ったらとても甘くなっていて驚いた。サクラマスの出汁が甘いプクサに良く合う。
「プクサとサクラマスだけでも十分美味しいけど、フキのほろ苦さでメリハリがついて更にヒンナですね!」
「ナマエはいつも美味そうに食べてくれるから、作りがいがあって良いな」
「見た目よりも良く食べるよな」
アシリパさんとキロランケさんの言葉に固まる。杉元さんと白石さんも頷いている。良く食べるやつだと思われていたと知って羞恥心がこみ上げる。だって美味しいから……と返せばおかわり要るか、と笑顔のアシリパさんが手を伸ばしてきたので、お言葉に甘えてお椀を渡すことにした。もしかして、こういうところなのだろうか。
「……それに、食べることって、生きることじゃないですか。食べているときが一番生きているなって感じられるんです」
言い訳ではないが、ぐつぐつと煮える鍋を見ながら、誰に言うでもなく言葉を紡ぐ。
「確かに、死んだらこんな美味い物食えないもんな」
杉元さんがお椀に視線を落としながら言うと、アシリパさんがお椀とおたまを持ったまま立ち上がった。
「よしっ杉元、ナマエ!私が責任もって北海道中の美味い物を食わせてやるからな!」
「えぇ~どうせ脳ミソでしょ~?」
「フフっ……あらゆる脳ミソを食わせてやる!」
「脳ミソ以外も食べたいなぁ」
たくさん食べて、たくさん笑って、あたたかい時間が流れていく。皆さんとご飯を食べるこのひと時が、私はとても好きだった。
昼間に山ではしゃいでいたからか、ご飯を食べ終わったアシリパさんは、気づいたら私に凭れかかって寝てしまっていた。だいぶ暖かくなったとはいえ、風邪をひかないように私の外套をかけて床に寝かせる。あどけない寝顔に頬が緩む。
「……で、なんだよその顔」
「イタドリの若葉とかヨモギとか……傷に効く薬草だそうだ。クマの油もアシリパさんに毎日塗られる」
俺は傷跡なんてどうだっていいんだけど、と杉元さんがこぼす。確かに、日高で杉元さんが負傷してからこの数日、アシリパさんはかなり熱心に傷の手当を行っている。昼間だってプクサが顔の傷に効くと言って勧めていたし、私に効能を説明しながら色々と塗りこんでいくのだ。おかげで傷に効く薬草について、私も随分と詳しくなってしまった。化膿もしていないし、順調に治っているのでアシリパさんの治療が効いているのだろう。
「傷が増える前の顔が気に入ってたのかな?」
今ナスみたいですもんね、という言葉が出かかったがさすがに失礼なので飲み込んだ。
「たしかに、もともとモテそうな顔ではあるよな。さすがに結婚はしてないんだろ?地元にいい人くらいいるんじゃねぇのか?」
白石さんが下世話な方向に持っていく。視線を落として何も言わない杉元さんを良いことに、白石さんの言葉は止まらない。
「あれ?否定しないね?ひょっとして金塊が欲しいのもその女が関係してんのかい?」
「シライシ、もういいだろその話は」
キロランケさんが間に入ってくれて少しホッとした。同時に、この話をあまり聞きたくないと思っている自分が居ることに気がついた。別に、杉元さんに誰かいい人が居たとしても、自分には関係のないことなのに。
「ナマエちゃんは?看護婦さんってことは良いところのお嬢さんなんじゃないの?それこそ縁談とか色々ありそうだけど」
標的が今度は私に移った。
「両親も兄も亡くなって家も売ってしまったので、もう帰る家は無いです。仕事を優先していたので嫁の貰い手もないですよ」
自嘲気味に笑えば白石さんが半笑いで「ごめんねぇ?」と返してきたので肘で小突く。実を言うと縁談はあった。でもそれは鶴見中尉が持ってきたもので、大方家族ごと手籠めにして、自分の元から逃れられないようにするためのものだったんだろう。話が進む前に私は逃亡してしまったから、中尉の思惑が崩れたのは少し気分が良い。
「アシリパちゃんの力になりたいって言ってたけど、ぶっちゃけ分け前のことはどうなのよ?二万貫だぜ?」
「うーん……まあ、少し、貰えるなら嬉しいですけど」
正直なところ貰えるなら貰いたい。でも、元々アシリパさんたちアイヌの金塊だ。それを使ってどうこうしようという気持ちにもうなれないというのも事実だった。そもそも三人の旅についてきたのも、人のお金で何かをしようとしていたことへの贖罪の気持ちが大きい。
けれど、未だ夢を諦めきれていないのもまた事実だった。兄までも犠牲にして追い求めた理想と夢を、私はここで諦めていいのだろうか。アシリパさんたちと一緒にご飯を食べる日々が、この先もずっと続いたらと願わずにはいられないのに、今更歩みを止めるのかと過去の自分が囁きかける。今までのことが、兄の死が、すべて無駄になってしまうようで怖かった。
要するに、自分でもどうしたら良いのか良く分からないのだ。白石さんの質問で、そのことをまざまざと思い知らされた。三人から向けられる視線から逃れるように、囲炉裏の灰に視線を落とす。
「まあ、カネなんてあったほうがいいもんな」
ポツリと紡がれた白石さんの言葉が、囲炉裏の湯気とともに消えていった。
*
夕張の街で、キロランケさんとアシリパさんと聞き込みをしていたら、突如ズズンという音と共に山が、地面が揺れた。しかし地震ではない。何事かと驚いていたら「またガスケだ!」「大非常だ……!!」と町が騒がしくなる。炭鉱で爆発が起きたのか。
気になって三人で炭鉱の方に行けば、ちょうど杉元さんと白石さんが札幌で会ったチ……牛山さんに担がれて出てきたところだった。二人ともぐったりとしている。低酸素状態なのかもしれない。なぜ巻き込まれているのか分からなかったが、慌てて駆け寄って二人の状態を確認する。呼吸はしている。声かけにも反応がある。小さな傷はあるが目立った外傷はない。外気に触れたおかげか、段々と意識もはっきりしてきているようだ。良かった。
水を汲んできて杉元さんと白石さんに飲ませる。「なんであんたがこんなところに……」とガラガラの声で杉元さんが牛山さんに聞く。
「連れと夕張に来ていたがふらっと居なくなってな。探していたらお前らがトロッコに乗ってるのを見つけたんだ」
「連れ?」
牛山さんも誰かと組んで刺青人皮を探しているのか。
「しょうがねぇ、そいつら連れてついてこい」
後ろから聞こえてきたのは、聞き馴染みのある低い声だった。
「おっ、尾形さんっ?!」
フン、と私を見下ろす双眸は相変わらず真っ黒で感情が読めないが、見知った姿に少し嬉しさを覚える。顎の傷はもう完全に塞がっているようだった。尾形さんも煤だらけだ。さっきの爆発に巻き込まれたのだろうか。
「怪我してません?大丈夫ですか?」
「……なんともねぇよ」
外套の下を確認しようとしたら足早に歩き出してしまった。江渡貝という剥製屋に行くらしい。慌ててその背中に追いつく。
「すみませんでした」
「何がだ」
「一人で逃亡したことと、診察に行けなかったことです」
別に気にしてねぇよ、前を見たまま尾形さんが言う。あの日、約束を二つも反故にしまったことはそれなりに心残りだった。谷垣に私のことを聞いていたし、てっきり一発殴られるくらいには根に持っていると思っていたので、嘘でも気にしていないと言われて少し驚いた。
「髪、伸びましたね」
「お前もな」
