原作沿い
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10
札幌世界ホテルでの騒動から数日。白石さんの情報をもとに日高に向かうことになったが、路銀も足りないのでしばし苫小牧のアシリパさんの親戚の所でお世話になることになった。そこで発覚したのが白石さんのお金の使い込みである。しかも私だけでなく、アシリパさんからもお金を借りていたらしい。飴ちゃんを買いたいというから貸したのに、まさか競馬に使っていたなんて。釘がついた油樽の底を舐めさせられる白石さんを可哀想と思う気持ちは私にもなかった。
「素敵なニシパたちがいらっしゃいますね」
私たちの前に不思議な雰囲気を纏ったアイヌの女性が現れた。先ほど話題に上がった占い師のインカラマッという人だ。色々と言い当てるものだからコタンの者たちがおかしくなってしまった、とアシリパさんの大叔父さんが言っていた。
傷のある男性に弱いと言って、杉元さんのことを男前だと言う。杉元さんは言われ慣れていないのだろうか、軍帽を目深に被って少し俯いて照れる姿が可愛らしかった。アシリパさんがアイヌ語で何か話し始める。"スギモト"と"オハウ"と"オソマ"を並べているので何となく意味が分かって、その様子をキロランケさんと一緒にニヤニヤしながら見てしまう。昔、私も兄が知らない軍人さんたちと楽しくしていたことに臍を曲げていたのを思い出す。アシリパさんの可愛いところが垣間見えて、口元が緩んでしまう。
「ちょっと待って、あなた達は……小樽から来たんじゃないですか?」
急に真剣な顔つきでインカラマッさんが言った。
「大叔父の親戚が小樽に多いと誰かに聞いたんだきっと」
「私もそう思います」
あらかじめ情報を入手しておいて、あたかも今気づいたかのように情報を出す。ペテン師、人誑しの常套手段だ。あの死神のような風貌の男が頭に浮かぶ。
「わたし、見えるんです。誰かを……あるいは何かを探してる」
「うそでしょ?!すごいッその通りです!!」
「ちょっと白石さん」
人間、誰だって探しものをしてますよ、と耳打ちする。失くした物とか、戦争で戻ってこない家族とか、生きる目的だとか、なんだって"探しもの"のくくりに入る。村一つおかしくしてしまうほど良く当たると言われているこの占い師でさえも、こんな陳腐なことを言うのかと内心冷ややかに思っていた。でも白石さんはすっかり虜になってしまったようで、占いについての説明をうんうんと熱心に耳を傾けている。
「歯が上になれば良い兆しです……あなた達の探しものが見つかるかどうか占いましょう」
インカラマッさんがキツネの顎骨を頭に乗せ、下を向いた。コロン、と骨がゴザの上に落ちる。皆の視線が一点に集まる。
「歯が下を向きました。希望は持てません」
落ち着いたインカラマッさんの言葉が静かに響く。
「不吉な兆候を感じます。予定は中止すべきでしょう」
「何にでも当てはまりそうなことを、あてずっぽうで言っているだけだ。私は占いなんかに従わない」
私は新しいアイヌの女だから。
きっぱりと、毅然とした態度で言うアシリパさんに私も頷かずにはいられなかった。
「それに、不吉だとしても、今更この旅をやめるつもりなんてないです」
アシリパさんと顔を見合わせ、互いの覚悟を再確認し合う。そうですか、と先ほどから失礼なほど占いに否定的な私たちの方を見ながら、インカラマッさんが薄笑いを浮かべる。
「ところで……探しているのはお父さんじゃありませんか?」
さすがにその言葉に私もドキッとした。アシリパさんの表情にも焦りが見える。また大叔父さんから聞いたのか?それとも、ただの当てずっぽうが当たったのか?真意が読み取れない瞳が今度は私を捉える。
「そしてあなたは……お兄さんを亡くされていますね?」
ぶわっと鳥肌が立った。かすかに震える手を拳にして耐える。なんだ、この女は。鶴見中尉と繋がっているのか?いや、でも、兵舎にアイヌが出入りしていたのならかなり目立つはずだ。しかも若い女だ。取引をしていたらまず噂になる。噂好きの兵士たちが見逃さないわけがない。
当てずっぽうですから、お気になさらずに……と微笑まれて、初めて私が女を凝視していたことに気づく。掴みどころのない女はそのまま去っていった。
翌日、私たちは白石さんを追って競馬場に来ていた。盲目なほどにあの占い師の女を崇拝している白石さんを連れ戻しにきたのだ。昨日の時点でもっと気にかけておけば良かった。兄のことを言い当てられた焦りから自分のことで精いっぱいで、白石さんがおかしくなっていることに気づけなかった。しかし時すでに遅し、占いのおかげかたまたまか、ぼろ儲けした白石さんは欲に目がくらみ人が変わってしまっていた。
インカラマッ様買ってきて!と全財産を渡した白石さんを杉元さんが地面にねじ伏せる。アシリパさんが女を追いかける。
「杉元!お前はカネが必要だから北海道に来たんだろ?いくら必要なんだ?金塊二万貫じゃないだろ?!」
白石さんの悲痛な叫びに、後を追おうとした足が止まった。
「命なんかかけなくても稼ぐ方法が目の前にあるじゃねぇかッ」
ここにアシリパさんが居なくて良かった。こんなこと、あの子に聞かせられない。しかし白石さんの言い分も最もだ。こんな危険な旅をしなくとも、カネが欲しいのなら他にいくらでも稼ぐ方法はある。グッと唇をかみしめる。体に力が入る。杉元さんの返答を聞くのが怖かった。耳を塞ぎたかった。
「必要な額のカネが手に入ったからいち抜けたなんてそんなこと……俺があの子にいうとでも思ってんのかッ」
競馬場の喧騒が一瞬消えたように、杉元さんの力強い言葉がはっきりと聞こえた。あぁ、この人はなんてまっすぐなんだろう。傷ついても、色々な物を失っても、すべてを背負いこんで尚輝いて見える。それに比べて私はどうだ。もう随分とほの暗い底を漂っている。白石さんはぐっと口を噤んでしまった。大人しくなった白石さんが解放され、バツが悪そうに頬を掻きながら立ち上がった。
杉元さんと目が合う。ナマエさん、泣きそうな顔してる、と困ったように笑われた。そんな笑顔でさえ眩しくて胸が詰まる。
「行こう、アシリパさんと合流しないと」
私もいつか、杉元さんのように強くなれるのだろうか。その時は杉元さんが背負っているものを少しだけ、私にも背負わせてくれないだろうか。おこがましい思いを胸に、広い背中を足早に追いかけた。
