原作沿い
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09
全然あっという間じゃなかった。
途中、白石さんが落馬したり遭難したりしたので思ったより時間がかかったのだ。慣れない馬での旅に腰と尻が痛む。
宿探しもそこそこに、キロランケさんの知り合いの銃砲店に立ち寄る。そういえば、私も一応予備の銃弾を買っておいた方がいいのだろうか、と思ったところで以前杉元さんの前で取り乱したことを思い出して顔が火照る。悟られないように店内を歩き回って、種々様々な武器を眺めながら熱が引くのを待った。
「いつもはどこの宿も空いてるんだけどねぇ?中島遊園地で北海道物産のちょっとした品評会だか博覧会だとかで……」
店主の声が聞こえてくる。
「そうだ!近所に女将一人で管理してる洋風なホテルがあるんだわ」
なんでも、最近老夫婦に代わって若くて色っぽい女将が一人で切り盛りするようになったらしい。なんていうホテルだ?!と白石さんが食いつく。
*
「すみませーんだれかいますか?」
店主に紹介され、私たちは札幌世界ホテルに来ていた。広いホールに杉元さんの声が良く反響し、二階から可憐な女性が降りてきた。噂の女将に白石さんが真っ先に挨拶をし始めるのを、私たちは冷ややかな目で見ていた。
運良く二部屋空いていたので、今日はこのホテルに泊まることになった。女将・家永カノさんに部屋に案内される。しかしすごく入り組んだ構造をしていて、方向感覚がおかしくなる。まるで迷路だ。改築を重ねているかららしいが、火事や何か起きたら逃げるのが大変そうだなと感じてしまった。まあ、そんなこと起きないと思うけど。
「で、ナマエはどっちの部屋で寝るんだ?」
キロランケさんの言葉に皆さんの視線が私に集まる。
「どっちでも大丈夫ですよ、床で寝ます」
「えぇ〜?俺のベッド使いなよナマエちゃん」
「ナマエは私と寝る」
アシリパさんに手を引かれて、右側の部屋に連れ込まれた。その強引さにちょっとキュンとしてしまう。後ろでキロランケさんと杉元さんが何か言っていたが良く聞き取れなかった。
「これ、凄く上等なベッドですよ」
「なんか落ち着かないな」
「山では松の葉を敷いて地面で寝てるもんね」
ふかふかとしているベッドにアシリパさんと腰掛ける。いままで使ったことがあるベッドの中でも一、二を争うほど寝心地の良い物だと思ったけど、山育ちのアシリパさんはあまりお気に召していないみたいだ。杉元さんはもう一対のベッドで横になっている。少し目が合ったが、相部屋なのが気恥ずかしくてお互い目が泳いでしまう。
グーっという音が、なんとも言えない空気を変えるように部屋に響く。アシリパさんのお腹の音だった。夕飯にしようと隣のキロランケさんも誘ってみる。
「あれ?白石さんは?」
辺りを見渡すが白石さんが見当たらない。まさか、入り組んだホテル内で迷子になっているのだろうか。「またどこかフラフラしてるんだろ」と杉元さんたちは気に留めずに階段へと向かっていく。置いていくつもりらしい。まあ、白石さんが居なくなるのはいつものことではある。別にいいか、と私も後を追う。
「……ここにもいい女がいるとはな」
急に大きな影が落ち、上から声が降ってきた。びっくりして見上げれば、柔道耳の大男が居た。額の四角いものはこぶだろうか、あまりの威圧感に一歩退いてしまった。シンナキサラ、とアシリパさんとキロランケさんの声が聞こえる。確かにシンナキサラだ。シンナキサラ中のシンナキサラである。
「それは柔道耳ってやつだ」
杉元さんが怯まず大男に近づく。
「アンタ相当やってたね?俺は体質なのかそんな耳にはならなかったよ」
「ほう……心得があるのかね」
二人がグッと握手を交わせば、一瞬で空気が殺伐としたものに変わった。握手だけでそんなに色々なことが分かるのだろうか、大男は急にふっと笑みを浮かべ「このままでは殺し合いになる」と物騒なことを言い放った。
「気に入った……おごってやる!飲みに行こう」
ご機嫌な大男に連れられて、私たちは近くの洋食屋に来ていた。名物のエゾシカ肉のライスカレーをごちそうになる。
「う~ん、ヒンナだぁ……アシリパさん、これ凄くヒンナだよ」
香辛料がエゾシカ肉独特の臭みを消していて絶品だ。食欲もそそる。辛味の後にほんのりとした甘みが追ってきて、味に奥行きがある。これは何杯でも食べられるぞ。コタンでの食事も美味しかったが、街での食べ物もまた別の美味しさがある。スプーンがどんどん進む。カレーを恐る恐る一口食べたアシリパさんが、あまりの美味しさにガンッとテーブルに突っ伏した。
「お嬢さん、とても美味そうに食べるな」
大男に急にそんなことを言われて手が止まる。夢中になって食べているところを見られていたなんて恥ずかしい。もう酔っているのだろうか、続けて「そんなところも素敵だ」と頬を赤らめながら言われて、危うくスプーンを落としそうになってしまった。横の杉元さんの視線を感じるが気づかないふりをして、さっきよりも小さ目の一口を頬張る。あんなに美味しかったのに、あまり味が分からなくなってしまった。
気を良くした大男の一言によって、札幌ビールがじゃんじゃん運ばれてくる。いつのまにかアシリパさんも飲んでしまったらしい。ふぬぬぬっと大男のこぶを取ろうとしている。おやめなさいって!と私と杉元さんでアシリパさんを引きはがす。
「お嬢ちゃんいい女になりなよ。男を選ぶときは……チンポだ」
「チンポは海でみたけどぉ、なんか……フフ」
見たんだ。
「男は寒いと縮むんだよ?延びたり縮んだりするの知ってる?アシリパさん、ナマエさん」
「なっ、なんで私に振るんですかっ!」
反射的に返せば、当の杉元さんが真っ赤になるので二人であわあわとしてしまう。もしかして、アシリパさんが見たのって……と酒の入った思考がよろしくない方向に行ってしまって、更に頭が混乱する。私そもそも杉元さんの見てないですし!と余計な言葉が口から出る。
「大きさの話じゃないぜ~~?その男のチンポが『紳士』かどうか……抱かせて見極めろって話よ」
「そのとーり!!」
「ということでどうだい?一発見極めてみないかい、お嬢さん」
「ダメに決まってんだろッ!!」
杉元さんが大男にビール瓶を投げつける。こんなに大騒ぎして出禁にならないだろうか、そもそもチ……が紳士ってなんだ、一人でオロオロしていると「初々しいのもまた可愛らしい」などと熱っぽい目で大男に言われたのでもう正直早く帰りたかった。
──あれ?
杉元さんの怒った声が聞こえる。
バキバキと何かが壊れる音もする。洋食屋さんから帰ってきて、それからどうしたんだっけ。
「……へっ?」
うわああああという絶叫と浮遊感で完全に覚醒した。目の前の白石さんにたらいが当たる。どういうこと?
「ナマエ、大丈夫か」
「あっ、はい……えっ?」
キロランケさんの顔が近い。下ろすぞ、と言われて今までキロランケさんの腕の中にいたことに気づく。どういうこと?
追いつかない思考のまま皆さんと一緒に出口を目指す。間一髪、ホテルが崩れる前に外に出られたが、全員煤だらけである。状況を全く理解できていなかったが、この騒ぎで警察や軍が集まって来る前に、ひとまず退散することになった。そそくさと逃げる中、アシリパさんが手に四角いはんぺんのような物を大事そうに持っているのが見えた。どうしたのアシリパさん、そんなもの拾っちゃダメですよ。
逃げる途中で知ったことだが、あの女将も大男も囚人で、女将はアシリパさんと私のことを食べようとしていたらしく、なんやかんやあって白石さんがありったけの爆薬を使ってホテルを吹き飛ばしてしまったらしい。まだ薬が完全に抜けていないからか、私はその説明を聞いてもあまり意味が分からなかった。頭が痛い。
──
「杉元ぉ、手出すなよ」
「出すかよッアシリパさんが居るのに」
「……まるでアシリパが居なければ出すみたいな言い方だったな」
「キロちゃんやめてあげて、あいつ初心だから」
