原作沿い
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12
江渡貝邸に着けば、そこには土方歳三と永倉新八という幕末の英傑が揃っていて、泡を吹いて倒れそうになった。何でったって尾形さんはこの人たちと一緒に行動しているのか。聞きたいことは山ほどあったが、鶴見中尉が刺青人皮の贋物を作らせていたという話もそこそこに、目的の相違からいつの間にか土方陣営と険悪な雰囲気になってしまっていた。一触即発の雰囲気の中、アシリパさんのグルルッコロコロコロコロッという独特な腹の音に耐え切れず「何か作りましょうか」と現れたのは札幌世界ホテルの女将だった。
家永さんによってなんこ鍋が振る舞われる。馬の腸を使った夕張の郷土料理らしい。視線を少し左に向ければ、新選組の二人が目に入る。まさか土方歳三と永倉新八と食卓を囲む日が来るなんて、人生分からないことだらけだ。緊張しすぎて全く味が分からない。
「あんたらその顔ぶれでよく手が組めてるな」
右端の杉元さんが土方陣営を見ながら言う。
「特にそこの鶴見中尉の手下だった男……一度寝返った奴はまた寝返るぜ」
「杉元……お前には殺されかけたが、俺は根に持つ性格じゃねぇ。でも今のは傷ついたよ」
絶対に嘘だ。尾形さんは根に持つ性格だろう、と味のしないモツを口の中で咀嚼する。
「それに、一度寝返った奴はまた寝返るっていうなら、そいつはどうなんだ」
尾形さんと視線が合う。心臓が跳ねる。
「はぁ?何言ってんだ、ナマエさんはお兄さんが亡くなって行く場所がなかったから、仕方なく第七師団に居たんだろ」
「ちょっと、二人とも」
ご飯中にやめてください、と二人を嗜める。尾形さんを見れば、ははぁ、とわざとらしく笑みを浮かべた。まずい。
「何だ、聞いてないのか。そいつは──」
「尾形さんっ!」
「──中尉を裏切って、俺と金塊を山分けするつもりだった女だぞ」
えっ、と杉元さんの声が小さく響く。部屋がしんと静まりかえる。怖くてアシリパさんと杉元さんの方を見られない。面白いものを見るかのように、尾形さんの目が細められる。尾形さんのこうやって人を弄んで楽しむところが嫌いだ。善人面してアシリパさんたちの横に居る自分も嫌いだ。
「怒ってるのか」
食事は地獄のような空気のまま終わった。熊岸長庵の話なども出たが、正直あまり頭に入ってこなかった。あれから気まずくてアシリパさんたちと禄に会話も出来ていない。今だって、なんとなく尾形さんと共に江渡貝邸を捜索している。
「怒っています、とても」
「事実を言ったまでだろう」
「……そうですね」
その事実が都合が悪かった。それだけだ。いつか話さなければいけなかったことを、先延ばしにしてしまっていた罰なんだろう。
「でも、私はもう、金塊なんていいんです。人様のお金で何かしようなんて、もう思ってません」
「どうでも良かったらなんでここに居るんだ。夢とやらが諦めきれないからじゃないのか」
「見届けたいんです、アシリパさんたちの行く末を」
アホらしいとでも思っているのだろうか。尾形さんは私のことを暗い瞳で少し見つめたあと、また捜索作業に戻った。
突然、ガシャン、と窓が壊れる音がして見に行けば、剥製が燃えていた。火炎瓶だ。いくつも投げ込まれてどんどん火の手が広がっていく。あっという間に建物内に煙が充満する。まさか、贋物製造に繋がる証拠を隠滅しにきたのか。
「鶴見中尉の手下がこの家を消しに来たということは、月島軍曹が生きて炭鉱を脱出したと考えるべきか」
「だろうな。窓は鉄格子がある。外の連中にとっても突入するならば玄関以外はない」
外の連中を玄関まで追い込む、と言い終わるや否や尾形さんが走り出した。
「お前も来い」
「えっ?」
ぐいっと尾形さんに腕を掴まれて、そのまま二階に連れて行かれる。二階に着けばそこに隠れてろ、と部屋の隅に突き飛ばされた。尾形さんが手際よく外の兵士を狙撃しているが、部屋の中にも銃弾が撃ち込まれる。尾形さんが圧倒されるほどに囲まれているのだろうか。何かできることはないかと剥製と木箱だらけの部屋を見渡していると、下の階が騒がしくなった。玄関が突破されたようだ。銃声や建物が壊れていく音に交じって、ギシッと廊下が軋む音が聞こえた。誰か来る。尾形さんも気づいたらしい。私を背にして扉の陰に潜む。守ってくれているのか、あの尾形さんが。何かあった時には盾にでもされそうだと思っていたので、少したじろいでしまう。
二人で息をひそめていれば、第七師団の兵士が一人部屋に入ってきた。まだ私たちに気づいていない。尾形さんが隙をつき、あばらに銃剣を差し込むが銃床で殴られてしまう。
「尾形さんっ!」
咄嗟に兵士に向かって体当たりをするが、すぐに体勢を立て直される。ギョロっとした目が私を捉えた。腕が伸びてくる。よろめきながら距離を取るがあちらの方が早い。捕まる、と本能的に悟った時、すんでのところで尾形さんに突き飛ばされ壁にぶつかった。
「死ね!!このコウモリ野郎がッ」
尾形さんが馬乗りで殴られている。助けなくては。倒れ込んだ先で手に触れた剥製を振り上げたその時、杉元さんが現れた。
「ナマエさんっ!大丈夫?!」
あっという間に骸となった兵士を乗り越えて、杉元さんが血相を変えて向かってくる。まるでずっと会っていなかったみたいに、杉元さんの姿を見てひどく安心している自分が居た。私の体をポンポンと少し触って、無事を確認してから尾形さんと向き合った。
「なんだよ、お礼を言ってほしいのか?」
「お前が好きで助けたわけじゃねぇよ、コウモリ野郎。ナマエさんが危ねぇだろうが」
ペッと血を吐き出して尾形さんが起き上がる。傷の具合を確認しようとするが、杉元さんに手を掴まれ阻まれてしまった。
「そんなやつほっとけよ。すぐ治んだろ」
尾形さんの顔は血まみれである。そもそも私を庇ってくれたせいなのだけど、そんなことを知る由もない杉元さんにそのまま引きずられるように一階に連れて行かれる。辺りは火の海だった。上で尾形さんの小銃の音が何回か鳴って、止まった。
「逃げるなら今しかない!急げ!」
その言葉に私たちは一斉に江渡貝邸を飛び出した。
大勢で行動すれば目立つ。ふた手に別れて逃げよう。土方さんの提案で、私は杉元さん、アシリパさん、牛山さん、尾形さんと一緒に森を抜けて月形へ向かうことになった。
「見ろ杉元、ナマエ。ヤマシギだ」
「美味いの?」
「脳ミソが美味い」
「やっぱり脳ミソかぁ」
私たちのやりとりを聞いていた尾形さんが銃を構えるが、アシリパさんに止められてしまう。
「なんでだよ、食うんだろ」
「一羽に当てられたとしても他のが逃げてしまう。ヤマシギは蛇行して飛ぶのでその銃の弾じゃ当てるのは難しい。罠ならみんなの分も獲れる」
あまり納得してなさそうだが尾形さんが銃を下ろした。隣では「ざまあみろ」とでも思ってそうな悪い顔で、杉元さんが尾形さんを見ている。殺し合いをした二人だ。仲良くなんてできないのかもしれないけれど、こんなにも折り合いが悪いとは。よりによって二人が同じ班になってしまうなんて、この先が思いやられる。
「ナマエ、罠を仕掛けに行くぞ」
杉元たちは野営の準備をしてくれ、と言い残してアシリパさんが歩き出した。教えてもらった通りに、ヤマシギが通りそうな場所に黙々と罠を仕掛けていく。
「……みんな、なぜそんなにあの金塊が欲しいんだ」
アシリパさんの言葉に手が止まる。顔を上げれば、少しだけ陰った青い瞳と視線がぶつかった。
「ナマエも、金塊が欲しいのか?」
もしかして、ずっと江渡貝邸での尾形さんの言葉を気にしていたのだろうか。いつもよりも幾分か小さい声に、心が締め付けられる。
要らない、と咄嗟に言いかけて口を噤んだ。違う、これは上辺だけの言葉だ。その場しのぎでアシリパさんを安心させ、自分を良く見せるだけの、中身のない空っぽな言葉だ。アシリパさんとはそんな風に向き合いたくない。
「……分からない」
最後の罠を仕掛け終わった。アシリパさんともと来た道を辿る。
「金塊よりも今は、アシリパさんをのっぺらぼうのもとへ届けたい。どんなことが待っていても、私は最後まで見届ける。絶対に」
そうか、と呟いたアシリパさんの横顔が、先ほどよりは少し明るく見えたと思うのは、私の勝手な希望的観測だろうか。
