原作沿い
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07
「ああそうだ、ところで…不死身の杉元を見たか?それと、ミョウジナマエもだ」
チセから出る間際に、尾形上等兵が立ち止まった。真っ黒な瞳からは表情が窺えない。
「いいえ」
「……そうか」
杉元たちは海に囚人を探しに行っている。暫く帰ってくる心配はないだろう。ただ、俺の看病を買って出たミョウジさんはコタンの者たちと街に行っている。薬と替えの服を買いに行くと言っていた。まだ帰ってくるなよ、と生唾を飲み込む。
「ミョウジ、先生がどうしたのですか」
「いや、知らないなら良い……行くぞ二階堂」
なぜ尾形上等兵はミョウジさんについて尋ねるのか。ミョウジさんと再会してからしばらく経つが、尾形上等兵について何か聞いたことはない。ただ、兵舎で聞いた下世話な噂が頭にちらつく。
──鶴見中尉の飼い猫と山猫はただならぬ関係らしい──
誰が言い始めたか、そんな噂はあっと言う間に広がった。噂話に興味がない自分にまで届いたのだからよっぽどだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。居場所がバレてしまったのなら、もうここにはいられない。フチたちに迷惑はかけられないし、ミョウジさんが帰ってくる前に片を付けなければ。
*
「何があったの?」
尾形上等兵と二階堂と決着をつけてコタンに戻れば、ミョウジさんがオソマとフチと一緒に待っていた。変装のためだろうか、マタンプシとアットゥシを着ていたから一瞬誰だか分からなかった。詳しい話は中でとチセに入れば、中の散らかり具合に驚き、切り抜かれた壁を見つけると口をあんぐりと開けた。
「すみません……尾形上等兵と二階堂が来ました」
「え、」
ミョウジさんの瞳が揺れる。
「大丈夫です、多分もうこの辺りには居ない」
その言葉にミョウジさんは安心したように大きく息を吐いた……と思ったら、急に自身の顔を両手で思いっきり叩き始めたのでギョッとしてしまう。
「え、ちょっと、何してるんですか」
「気合いを入れようと思って」
「やめてください。嫁入り前でしょう」
それにもしもあんたに何かあったら俺が杉元に殺される。「撃たれたって聞きました。診せてください」とミョウジさんは少し赤くなった頬で近づいてきた。
「尾形さんと二階堂はなんて?」
「玉井伍長や杉元のことと……ミョウジさんのことを聞かれました」
「私?」
なんで?と首を傾げるミョウジさんに「そういう関係だからじゃないのか」という言葉が喉まで出かかる。ダメだ、先ほどの噂話がまだ頭に残っている。もっと言葉を選ばなければ、いや、でもなんて言えばいいんだ……黙り込んでしまった俺に向かって、ミョウジさんは「あぁ」と納得したように小さくこぼした。
「私と尾形さんの噂なら出鱈目だよ」
「す、すみません……」
「一緒に造反の計画は練ってたけど」
「えっ」
内緒ね、といたずらっ子のような笑みでとんでもないことを言う。
この人は、こんなにも表情豊かに話すのか。鶴見中尉の下にいた時の彼女は、もっと冷静で、したたかで、あまり感情を表に出さない人だった。兄君のミョウジ少佐が亡くなった翌日もテキパキと、淡々と業務をこなしていた。そもそも第七師団へ連れて来られた時に、ケシの栽培に目をつけて協力する代わりにモルヒネの研究をさせろとあの鶴見中尉相手に取引を持ち掛けたらしい。身の程知らずが!と宇佐美上等兵が激昂していたのを覚えている。そんな記憶の中の彼女と、今の彼女は随分と違って見える。どれが本当の彼女なのか。
──女は怖いぞ、谷垣。
二瓶の言葉が脳裏をよぎる。
「オソマちゃん、多分痛いと思うから谷垣の手を握ってあげてて」
少し我慢してね、と優しい声色でミョウジさんが言う。傷口を縫われる痛みで呻いたら、オソマがぎゅっと手を握ってきた。その様子を柔らかい笑みで見つめる彼女が、本当の彼女だったらいいのにと願わずにいられなかった。
