原作沿い
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13
「おい」
「んぅ……?おがた、さん……?」
行くぞ、と言われるがままに寝ぼけ眼でついていく。まだ日が昇っていないのに一体どうしたのか。おぼつかない足取りで薄暗い森の中を歩いていたらすっ転んでしまった。しかしおかげで目が覚めた。いたた、と立ち上がれば、尾形さんが少し先で薄ら笑いを浮かべているのが見えた。嫌な人だ。
「こんな朝から何のつもりですか?」
「ヤマシギ狩りだ」
まさか、昨日その銃では無理だと言われたことを根に持っているのか。
「静かにしてろよ、ヤマシギが逃げる」
「えぇ……なんで私を連れてきたんです?」
「また急に居なくなられでもしたら困るからな」
やっぱり根に持つ性格だ。帰りたいが寝ぼけていたせいで、どの方角から来たのかあまり覚えていない。仕方なく鬱蒼とした森の中をそのまま尾形さんについていく。尾形さんが止まった。真剣な眼差しを辿れば、ヤマシギが何羽か群れているのが見えた。ボルトをそっと手早く引いて、引き金が引かれる。二羽倒れた。すかさずもう一撃を放ち、蛇行して飛ぶ三羽目を仕留める。
「わ、すごいっ……!尾形さん、凄いです!」
神業ともいえる芸当に、早朝に叩き起こされたことも忘れて、心の底から称賛の気持ちがあふれ出す。肝心の尾形さんはヤマシギを回収するために歩き始めてしまったので、慌てて後を追いかける。興奮している私とは正反対で、とても冷静だ。文字通り、尾形さんにとってはこんなの朝飯前なんだろう。
「お前もやるか」
「できる気がしない……」
やってみたいけれど、あんな凄い射撃を見せられたあとなので気後れしてしまう。
「どうせ最近まともに射撃訓練していないんだろう」
「してません……でも教わった通りに拳銃の手入れはちゃんとしています」
「当たり前だ」
小銃を渡され、手に持っていたヤマシギを引き取られる。だいぶ明るくなってきた森を歩き回り、獲物を探す。ヤマシギよりももっと狩りやすい動物が居ればいいのだけれど、という思いはヤマシギの群れをまた見つけたことで裏切られる。構えようとすれば尾形さんが木の幹に銃剣を刺してくれたので、有難く小銃を乗せて安定させる。
「肩に力が入りすぎだ。目移りするな、標的を一つに絞れ」
後ろから尾形さんの落ち着いた指示が聞こえてくる。ふーっと深呼吸をしてまたヤマシギへ視線を移す。一羽に狙いを定め、いつでも撃てるように引き金に指をかける。
「……銃口を少し上げろ」
「っ……!」
耳元で囁かれた声に驚いて引き金を引いてしまった。ヤマシギが一斉に飛び立つ。予期せぬ銃声と、想像以上に尾形さんが近づいていたことに心臓がバクバクとうるさい。落としそうになった小銃を慌てて抱きかかえる。尾形さんと距離を置こうにも、木の幹に阻まれてどこにも行けない。
「び……っくりしたじゃないですかっ!」
「ハハッ」
「笑い事じゃないですよ!近い!」
「一羽仕留めたんだ、上出来じゃねぇか」
その言葉にすっかり忘れていたヤマシギのことを思い出した。てっきり当たっていないと思っていた。先ほど群れがいた所に目をやれば、一羽だけ動かない個体が居た。
*
朝起きたらナマエさんと尾形の姿が無かった。早くから稽古をしていた牛山に聞いても知らないと言う。尾形はいつもふらっと居なくなってふらっと帰ってくるから気にするなと言われたが、こっちはナマエさんを連れていかれているのだ、気にせずにはいられない。こんな森の中で、日が昇る前に一体どこへ行ったのだろう。
──そいつは中尉を裏切って、俺と金塊を山分けするつもりだった女だぞ。
江渡貝邸での尾形の言葉が脳裏から離れない。あの時は驚きが勝ってしまったが、今思い返せばまるで俺の女だと言わんばかりに挑発してきた顔と言葉に、腸が煮えくり返る。ナマエさんとはあれから何となく距離があいてしまった。
尾形の言葉を額面通り受け取るほど、俺も馬鹿じゃない。なにより、小樽から今までのナマエさんを見てきて、アシリパさんを想う気持ちに偽りがないことは俺が一番分かっている。アシリパさんの寝顔にかかった髪を優しく払う指先も、フキで顔を真っ黒にしたアシリパさんを愛おしそうに見つめる眼差しも、食卓を囲んでいる時の花のような笑顔も、危険が迫ればアシリパさんを身を呈して守ろうとする豪胆さも、全部、見てきた。同時に、以前と比べてどことなく翳のある雰囲気に、誰も救えなかったと泣き崩れる姿に、ナマエさんも未だに心が戦場に縛られていることを悟った。あんな地獄にさえ行かなければ、ナマエさんは今ごろ心の底から笑って、幸せに生きていたはずなのに。
以前分け前について白石に聞かれた時、歯切れ悪く答えていたことを思い出す。あの時、ナマエさんは明らかに戸惑っていた。焦ったり、取り繕ったりするような様子もなく、ただ純粋にどうしたら良いのか分からない、そんな様子だった。あの後、お兄さんの拳銃を手入れするナマエさんは酷く悲しそうに見えた。ナマエさんを戦場に縛り付けているのは、もしかしたら中尉ではなく、お兄さんなのかもしれない。
ヤマシギが二羽しか獲れなくて、ご機嫌斜めなアシリパさんと共に羽を毟っていたら、やっとナマエさんが尾形と帰ってきた。元気そうな姿にホッとする。俺たちに見せつけるように尾形がドサドサっとヤマシギを放った。
「四羽も……」
「今朝また居なくなったと思ったら……散弾じゃないのによく撃ち落としてこれたもんだ」
牛山の言葉にフン、と得意げに尾形がふんぞり返る。
「腹立つなコイツ」
殴りたいほどにムカつく顔をしていたが、「一羽はこいつが獲った」とナマエさんを指すのでそんな怒りも引っ込んでしまった。
「そうなのか!すごいじゃないか、ナマエ!」
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってな」
「一発しか撃ってませんって!」
しかし二人の距離感に苛立ちが再燃する。日高で赤毛を撃っていた時に思ったが、ナマエさんは人を撃つことに抵抗があるだけで、それなりに銃の扱いが上手い。以前射撃の練習をしていたとか、拳銃の手入れの仕方を教わったと言っていたが、もしかして尾形に教わっていたのか。やたらと尾形の傷の具合を気にするのも気に食わない。
「杉元は銃が下手くそだから妬ましいな」
「別に!!」
苛立ちをぶつけるようにブチブチと力任せに羽を毟っていると、ナマエさんが隣に腰を下ろして、獲ってきたヤマシギの羽を毟り始めた。
「朝起きたらナマエさんと尾形が居ないからびっくりした」
「あ……ごめんなさい。急に起こされて狩りに連れて行かれてしまって」
「何も言わないで居なくなるのはやめて欲しい」
思っていたよりだいぶ低くて冷たい声が出てしまった。ごめんなさい、と消え入るような声に胸が苦しくなる。違う、そんな顔をさせたいわけじゃない。尾形との仲を疑っているわけでもない。ナマエさんがいつか急に、尾形に連れ去られて居なくなるんじゃないか、不安で八つ当たりをしている。俺はただ、ナマエさんに笑っていてほしいだけなのに。
「……ごめん」
金塊が欲しかった理由は?何で尾形と?お兄さんはどうしたの?中尉の下で何があったの?聞きたいことは山ほどあったけど、踏み込む勇気がなかった。女々しい考えだけがグルグルと頭を巡る。そもそも俺自身、金が欲しい理由をナマエさんに伝えていないくせに、土足で踏みこもうなんて都合が良すぎる。ナマエさんの人生に立ち入る権利なんて、俺にはないのに。それでも、願わずにはいられない。手放したくないと心が叫ぶ。
「……俺に何かあったらさ、アシリパさんを頼むよ」
俺はナマエさんを信じてる。どこにも行かないで。幸せになって。剥き出しの感情を、みっともなくぶつけられたらどれだけ楽だろう。これが、俺にとっての精一杯だった。ナマエさんが手を止めて、俺を見た。どんな言葉が返って来るのか怖くて体が強張る。
「元からそのつもりです」
少し寂しげに、しかしはっきりと紡がれた言葉に、胸が詰まる。そんなこと言わないでください、なんてはぐらかされなくて良かった。一番聞きたかった言葉を、ナマエさんが言ってくれた。アシリパさんとナマエさんが笑っていられればそれでいい。例えそこに俺が居なくても。
じんわりと目頭が熱くなったのを誤魔化すように、羽を毟り取る速度を上げる。ふわふわとした羽が舞い上がって口に入り込む。ぺっぺっと吐き出すが、羽がさらに入り込んでくる。息が上手くできない。
「羽ついてますよ」
先ほどよりもずっと柔らかい表情で、俺の頬にナマエさんの指が触れた。ふわふわと羽が舞う中、ナマエさんの綺麗な瞳に俺の間抜け面が映っている。
聡明で、優しくて、芯の強いナマエさんが、俺はどうしようもなく好きだった。
