スケアリー・モンスターズ

図書室から鏡の間への移動中、ガシャン、ガシャンと音が聞こえる。
その音の発生源はイデアの甲冑で、ジェイドは感心したように言った。

ジェイド「イデアさん。そのように重そうな甲冑を着て、よく歩けますね」

イデア「鎧の造形は軽量素材を使ってるから見た目のわりに重量ないんだよ」

ジェイド「ではこの響き渡る金属音は一体?」

イデア「あ、き、気付いた?歩行に合わせてSEが鳴るようにスピーカー仕込んでるんだ。いいでしょ、ヒヒッ」

ジェイド「僕らのような常人には思い付かない変態的なこだわり、さすがですね」

イデア「……なんか褒められている気がしない」

パンプキン騎士を忠実に再現したイデアに、ジェイドが貶すように褒める。
それを聞いたイデアが釈然としない顔を浮かべるのは当然の反応だ。

カリム「なあなあ。鏡の間って、基本的に学園関係者以外は入っちゃいけないんじゃなかったっけ?大切な場所だから一般人は入ったらだめだってマジフト大会のときに聞いたような……」

ロゼッタ「カリム君の言うとおり、普段はいかなる行事の際も鏡の間は部外者立ち入り禁止になっているわ。だけど毎年『ハロウィーンウィーク』の期間だけは拝観可能にしているの。鏡の間にある『闇の鏡』はナイトレイブンカレッジのとても大切な魔法道具。学園の権威に関わるから写真撮影は禁止だけどね。」

カリムの疑問に、ロゼッタはしっかりと答えた。
たしかに『闇の鏡』は歴史遺産と同等の価値を持つ。彼女の説明は初めて『ハロウィーンウィーク』を体験する1年生たちも納得の表情を見せた。

学園長「さあ、鏡の間につきました!」

クロウリーが鏡の間の扉を開き、一同は中に入る。

ルーク「ボンジュール、ハロウィーン運営委員のみんな。そして学園長。みんな素敵な仮装だね。『ハロウィーンウィーク』は必ずや盛り上がることだろう!……もちろん、私たちのポムフィオーレも負けてはいないけどね」

鏡の間についた一同を迎えたのは、寮服姿のルーク。
彼はいつも通り礼儀正しい礼儀を見せる。

ルーク「さあ見てくれたまえ。この素晴らしき、ハロウィーン会場を!」

ルークはそう言うが、中はいつもと変わっていない。
あるとすれば、『撮影禁止』の看板があるだけだ。

「見てくれって言われても……ハロウィーンの飾り付けどこにも見当たらないっすよ」
「もしかして間に合わなかったのか?」
「ふふふ。違うよ。鏡の間がそのままなのはね……この状態こそが、完成された『美』だからさ!」

ルークがそう言った直後、背後から靴音が響いた。

ヴィル「そう。鏡の間に手を加える必要なんてない。闇の鏡は、この学園のアイコンだもの。ファッションで大切なのは調和。ロケーションに合わせた装いは美しさの基本よ。
 アタシたちの存在が、鏡の間を引き立てる最高のコラボレーション。伝統との調和、それがポムフィオーレの提案する美しきハロウィーンよ!」

その声と共に登場したのは、エペルとヴィル。
彼らは花の刺繍がされた紫色を基調とした上着とズボン、上着の下には真っ赤なベストと黒いシャツ。
そして、その衣装の上に襟が経った真っ黒のマントを羽織っていた。

エペル「僕たちの仮装は……“ヴァンパイア”です」

ヴィル「どう?ポムフィオーレに似合う美しい仮装でしょう?」

普段見せない額を晒しているヴィルの言葉に、全員がぽー……と見惚れる。

学園長「ぽー……。……はっ!いけない、見惚れて言葉を失っていました」

ロゼッタ「目を奪われちゃう…それにお化粧も素敵・・・」

最初に我に返ったクロウリーに続いて、他の運営委員も正気を取り戻した。

ヴィル「ふふふ。当然の反応ね。出会った者たちを一目で虜にするモンスター。それがヴァンパイアだもの。でもアタシが美しいなんていつものこと。今日はさらに特別なの」

ジャック「特別?」

「……」

ジャックが首を傾げると、ヴィルは無言で見つめる。
いつも見ている顔なのに、今日は何故かいつもより迫力があった。

ジャック「そういや、いつものヴィル先輩よりさらに……すごみがあるかもしんねえ。なんつーか、『目を逸らしたら負ける!』って思っちまうような迫力があります」

ヴィル「そうよ!今日はいつもの『美しく見せる』だけのメイクじゃないの。アイシャドウはオーバーと感じるほどに濃く広く。目の合った獲物を逃さない目力を意識して。
 血の気を消すためにチークはなし。代わりにコントゥアリンクで頬の凹凸を強調。印象的なダークリップの唇は、まるで夜の闇のよう。囁くたびに全ての人を魅了する。
 衣装はクラシカルなゴブラン織りとフリルで高貴なゴシックホラーを演出……全て、目指したのは『退廃的な美』よ。見る人をゾッとさせる仮装に仕上げたわ。恐怖と美の共演……これこそハロウィーンにふさわしいテーマじゃない?


ロゼッタ・・・そんなにそのメイクが気になるのなら、後でやってあげる」

「いいんですか?」

ヴィル「もちろん。あなたには何回でもやってあげたくなっちゃう。」

ヴィルの説明はメイクに明るくない者には難しく聞こえるが、それでもかなりの準備をしていたことが伝わってきた。

エペル「へへっ。僕もこのメイク、すごくかっこいいと思ってるんだ。怖くて、迫力たっぷり。どんなゴーストにも負けないぐらい強そうでしょ!」

ヴィル「エペル。そのポーズ、品がゼロ」

エペル「うっ……はい」

ヴィルの指摘に、エペルは文句を言わず姿勢を正した。

ルーク「ヴァンパイアは鏡に映らないと言われているんだ。こんなに美しいのに自分でそれを確認できないとはなんて悲劇だろう!」

ヴィル「ええ。アタシなら、アタシを見られないなんて耐えられないわね。でもだからこそ、この美しき鏡の間に憧れる。ヴァンパイアとしては完璧なストーリーでしょう」

ようやく鏡の間になにもしていない理由を知り、全員が感心したようにため息を吐いた。

デュース「舞台に手を加えず、このリアリティー……勉強になります!」

ケイト「日頃から美にこだわり抜いたポムフィオーレじゃなきゃ、説得力ないよね」

エペル「スタンプラリーの参加者がうっかり写真を撮っちゃうといけないから『撮影禁止』の看板を立てたけど……手を加えたのは、それだけだよ」

ルーク「鏡の間はこの学園の心臓部といっても過言ではないとても大切な場所だ。スタンプラリーを担当すると同時に私たちが警備の任を請け負おう」

スタンプラリーだけでなく警備を担当するルークたち。
今までの話を聞いて、クロウリーは感激したように闇の鏡を見た。

学園長「素晴らしい。そんなに大切にしてもらえて闇の鏡もさぞかし喜んでいることでしょう!」

「……」

学園長「ほら!あんなに大喜び!」

そう言うクロウリーだが、闇の鏡の顔は仏頂面のままだった。

マレウス「あれは喜んでいるのか?」

リリア「嬉しい時、素直に笑顔を見せるのに照れてしまうシャイなタイプかもしれんな。よう知らんが」

「……」

マレウスとリリアの言葉に、闇の鏡はただ沈黙するだけだった。

学園長「……さて。これで7寮全てのスタンプラリー会場を見ました。みなさん、ハロウィーンの準備は完璧ですね」

クロウリーの言葉に全員は何も言わないが、自信たっぷりの笑みを浮べて答えた。

学園長「明日は日曜日。お休みですからたくさんのお客さんが来るでしょう。みんなで、楽しいハロウィーンにしましょう。ハッピーハロウィーン!」

「「「ハッピーハロウィーン!」」」

クロウリーに続くように、運営委員は大声でお祝いの言葉を言うのだった。
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