王子様と秘密のお嬢様 番外編

ロゼッタの自室

「…じゃあいいです」

「は」

「食べたくないのでしょう?じゃあ食べなくて結構です」

「んなこと・・・」

「いいですよ。無理に食べなくて。これはユウたちに渡しますから。」

ロゼッタはレオナの目の前にあった食器を下げ、タッパーに入れる。

彼女はその様子を黙って見ているであろうレオナを放っておき、監督生に連絡を入れた。

もちろん、「余った料理があるから食べて欲しい」と伝える。

ロゼッタが1度タッパーに入れた料理を冷蔵庫に置き、洗い物をするべく振り返るとレオナが耳をぺそりと下げ尻尾も元気なさげにだらんとしている。

「…なんですか?そこに立っていられると邪魔です」

「!」

明らかに凹んだであろう様子にどうするでもなく洗い物をする。
後ろでどうするべきか悩むレオナの雰囲気が何となく伝わるがそれには構わない。

レオナさんが野菜が嫌いなのは知っている。

では何故ロゼッタは料理に出したのか。
理由は単純。少しでも栄養バランスの良い食事を摂ってほしいからだ。

いつも綺麗に野菜を避けて食べているとロゼッタは知っていた。野菜嫌いなことは重々承知しているけれど、1口くらい口にしてくれても良いのではないかとロゼッタは思っていた。


洗い物を一通り終えた頃、グリムの声が聞こえ、ロゼッタは2人が来たことを察する。するりとレオナの横を通りドアの方に急いだ。

「ユウ!」

「こんばんは。珍しいですね、こんな時間に連絡をするなんて…」

「実は誰かさんが食べてくれなかった料理があるので食べてくれないかな、と思って」

「・・・・でも(ロゼッタさん苛々してる?)」

「遠慮しないで。いつもお世話になってるお礼だから」

「ロゼッタの飯はうまいからな!大歓迎なんだゾ!」

監督生が思っている通り、ロゼッタは苛々していた。生理前だったからだ。PMSの症状が出ていたのである。

ロゼッタはユウたちが帰った後、今度はラギー君に連絡を取った。

「どうしたんスか?」

「お願いがあるの」

「ん、何スか?」

「あそこに居る、ライオンさんをサバナクロー寮に連れて帰ってくれる?」

「!!」

「!?!?ゃ、いやいや無理ッスよ!!つーか嫌ッス!!!」

ピッと指さされたレオナがどんな表情で居るかロゼッタは気になった。しかし、ラギーのこの感じを見ると限りなく不機嫌な顔をしているに違いないと察した。

静かにメラメラしてる怒りを更に爆発させてしまいそうだから出来れば連れて行ってほしい。ロゼッタは心の中でそう願った。

「…お願いよ。今近くにいると、どうかなりそうなの」

「…………わかった」

「ぇ、ぁ、レオナさん?」

後ろからロゼッタの横を通り過ぎるレオナに1人慌てるラギー。

「ごめんね、ラギー君。多分これから荒れると思うけど、よろしくね。」

「早く仲直りするッスよ~」

言いながらレオナの後を追いかけるラギーにロゼッタは感謝した。そして、今度ドーナツでもあげようと誓い部屋に入った。

──────
翌日。

ロゼッタは朝からレオナとラギーに会ったがレオナにいつもの意地悪げな感じはなく、耳はぺそりとしていた。

「…おはようございます」

「おはよーッス」

レオナは何かを言うわけじゃなかったが耳をぴる、と動かし幾分か機嫌が治ったように見えるが多分すぐダメになるだろうと隣にいるハイエナは悟った。

「…じゃあ、これで失礼します。ぁ、今日はお昼ユウ達と食べるのでそのつもりで」

「え」

「は」

監督生達と食べるのは本当だ。昨日から約束していたことだから。

そして昼食。監督生とグリムのほかに、エースやデュースとも一緒に食べることになった。

ロゼッタは席で待っていた。監督生たちが、選びたいといってきたからだ。何を選んでくれるのかとワクワクしながら待っていると…

「ぁ、ロゼッタちゃんじゃないッスか!」

「…ラギー君」

「ここ失礼するッスね」

既にどかりと座ったラギーを見てもシシ、と笑うだけだった。

「(隣にレオナさんが居ないのを見ると1人だけで食事?珍しいわね。)」

「ロゼッタちゃん、レオナさん居ないのホッとしたでしょ。すぐ来るから大丈夫ッスよ!」

「…ラギー」

「あ、レオナさん遅いッスよ!自分で取ってくるとか、らしくないことするから!!」

「うるせぇ」

そのままどかりと目の前に座ったレオナのトレーの上には当然ながら肉がたくさん乗っているものの野菜も乗っていた。

「…え」

食堂の野菜は食べるってこと?ロゼッタはそう思ってしまった。

「…へぇ」

「…ロゼッタちゃん?」

「何?」

「や、雰囲気ヤバいッスよ」

「そう?」

「ロゼッタさん!持ってきましたよ……って、今日は一緒に食べないんじゃ?」

「食べないって言ったわよ。目の前に座られてるだけ」

「…絶対そんなことないんだゾ」

「そんなことあるの。あのライオンさんは気にしないで、食べましょう」

そう言うとグル、と聞こえたが、ロゼッタは聞こえないフリをした。

料理に手を合わせ食べ始める。

「…ロゼッタさん」

「ん、なぁにデュース君」

「その、なんとも居づらい気がするんですが…」

「じゃあ、席移動する?」

「えッ!?それはダメッスよロゼッタちゃん!!マジで勘弁して!!」

ロゼッタがカチャリとトレーを持ち上げようとした時、ラギーに引き止められる。

「…ロゼッタさん」

「なぁに?エース君」

「レオナ先輩となんかあったんすか?」

「え?あぁ、まぁ少しね」

「早く仲直りしてくださいね(じゃないと、学園が大変なことになる)」

「…そうね。あと少し、我慢してちょうだい」

「…嫌なんだゾ」

「ごめんねグリム君、今度、少しお高めのツナ缶買ってあげるから」

「!にゃっはー!!なら良いんだゾ!!」

ロゼッタはグリムも何とか宥め、3人にも今度ジュースでも奢ろうと決める。

ロゼッタが、ちら、とレオナを見遣るとぺそりと耳を伏せたまま、ちまちまと野菜を食べている。

ぱち、と目が合えばぴる、と嬉しそうに動くもまた野菜を食べ始めた。

「(食堂の野菜だったら食べるっていう意思表示なのね)」

ロゼッタが自分のを食べ終えて食器を片付けるべく立ち上がると、レオナも合わせて立ち上がった。

「(私より早く食べ終わったのに待っていたの?私の少し後ろをついてくるあたり、特に話すことがあるわけではなさそう…。)」

=ラギーSIDE=

「あのぉ、ラギー先輩」

「なんスか」

「どうしたんスかあの2人」

エースくんがチラリと先程席を立った2人を見遣る。
まぁそうッスよね。一緒に食べないと聞いていたのに席に戻ってきたら当然のように居るんだから。

「詳しいことはちゃんとわかんないんスけど、レオナさんがロゼッタちゃんの作ってくれた料理食べなかったらしいんスよね」

「はぁっ?!」

「あ、全部食べなかったわけじゃないッスよ?野菜入ってるやつだけ。ユウ君とグリムくんは心当たりあるんじゃないッスか?」

「たしかに。月曜日は野菜料理が多い気が…」

「まぁそういうことッスよ多分」

レオナさんが野菜を食べないのはいつもの事だけど、少しでも食べて栄養バランスを良くしたい。ロゼッタちゃんの気持ちはよく分かるッス。
俺だって自分の王様には健康で居て欲しいし。

「もう我慢ならなくなっただけじゃないッスか?レオナさんも、あれで結構気にしてるし、さっきも野菜食べてたでしょ?」

「あぁ、嫌そうな顔して食ってましたね」

「あれ、レオナさんなりのアピールッスよ。食うから許してくれっていう」

「…あぁ」

でも、さっきのロゼッタちゃんの様子じゃ逆効果ってとこッスかね。
多分・・・自分のは食えないのに食堂ここのは食えるのかっていう。
まぁ作ってる側からすりゃ気持ちは分かるかな。

で、今のロゼッタちゃんはしっかり怒ってるッスね。

「まぁ多分そのうち仲直りするんでお互い我慢しましょ」

「いやまぁ…こっちは大きな被害ないけどラギー先輩はそうもいかないっしょ」

「今すぐ仲直りしてくれるならして欲しいくらいッスね。でも、今回のレオナさんはメンタル結構殺られたのか静かなんスよね」

いつもなら不機嫌バシバシなのに、今回のはショックすぎてメソメソしてるっつーか。あんなレオナさん出来れば見たくないッスね。

「なんか、静かなキングスカラー先輩とか怖いっすね」

「シシッ、まぁそっちもロゼッタちゃんの機嫌気にしてみてほしいッス。なんかあったら連絡して」

「了解です!」

帰ってくる2人の姿を確認し立ち上がってレオナさんを待つ。
…あぁ、あの感じじゃ相手して貰えなかったな。

ロゼッタちゃんはケロリとしてるけど、あの子あまり感情が表に出るタイプじゃないから分かりづらいし。

「ハイハイ、レオナさん行きますよ〜」

「…あぁ」

あれま、耳ぺそりとさせちゃって。

ロゼッタちゃんを見つけた時はぴるぴる動くのに、相手して貰えないんじゃこうなるか。そのまま俺は特に何かをするでもなく、ロゼッタちゃんに挨拶してレオナさんを引き摺ってその場を去った。

**
ロゼッタSIDE

結局、レオナさんはついてくるだけで何かを話しかけてくるでもなくラギー君に引き摺られて行った。

「どうでした?」

「何が?」

「レオナ先輩ですよ!」

「…どうもないわよ。私達も行きましょう」

きっとラギー君と何か話したんだな。と1人納得した。
生理痛はひどいし‥最悪

あれから数日。

毎日ユウたちと食べると報告しているのに、特に話しかけてくるわけでもなく、レオナさんは目の前に座って昼食をとっていた。

その分、ラギー君も必然的に一緒になるわけで。彼とはそれなりに話している。レオナさんは毎日嫌いであろう野菜をもそもそと食べている。

何だっていうの?俺は食べれるぞって?

なら見せつけてくれなくていいから食べててください。

「…レオナさん」

「!なんだ」

今まで話しかけていなかったからか突然名前を呼んだ私に、ぴる、と嬉しそうに反応した。

「毎日毎日、目の前で野菜食べて、どうしたんです?」

「…は?」

「ラギー君や私の作った料理では嫌がって食べないですよね?もしかして食堂の料理なら食べれますという意思表示ですか?」

「ちょ、ロゼッタちゃんストップ!!!」

「…どうしたの?」

止めないでとばかりにじっとラギー君を見れば慌てたようにユウたちも首をブンブン振っている。

「……お前の目には、そう映っていたのか」

「?はい」

だってそう見えてしまう。今まで何言っても食べなかったのに急に食べるようになって。しかも目の前で。

実は自分食べれますけど?って?
だったら最初から少しでも良いから食べて欲しかった。

野菜ごときでという人もいるかもしれない。だけど、料理を残すのは許しがたい。それに、自分の大切な人には健康であって欲しいし、それがほんの1ミリでも自分にできることなら、と結局は作ってしまう。

完全に自分のエゴだわ。

「…そういうことだったんですね」

「は?」

「え?」

「ちょ、ロゼッタさん?」

「ごめんなさい。・・・レオナさんに押し付けすぎたみたいです。もう何も言わないので自分の好きな物を好きなだけ食べてください」

失礼します。そう言ってその場を立ち去る。

イライラが止まらない。どうしよう…

「…中庭で、落ち着こう」

1人ベンチに腰掛け、ため息をつく。

…言い方がきつすぎたわよね。
もう食事に関しては何も言わない。
好きな物食べてもらおう。

「ロゼッタ?1人でいるなんて珍しいですね」

「…お義父様」

「1人でお昼ご飯を?」

お隣失礼しますよ?と聞いてくるお義父様に少しズレると肯定と捉えて貰えたのか、静かに座ってくれた。

「何を悩んでいるんです?」

「…なんでもないです」

「いつもキングスカラー君とお昼食べてますよね?今日はどうしたんです?」

お義父様はチラ、と此方を見てまた視線を戻した。

「話してみませんか?今、私以外いませんから」

「…じゃあ、質問してもいいですか?」

「ええ」

「自分が作った料理が残されたらどうしますか?」

「キングスカラー君が残したんですか?」

「…私が悪いんです」

そう言えばキョト、とした顔で再度此方を見たお義父様。

「…レオナさん、お肉しか食べないから、栄養バランス悪くなっちゃうと思って野菜も一緒に出してるんです。完全に自分のエゴだなってさっき自覚して」

「それで、ここに来たんですね?」

「…はい」

「別にいいじゃありませんか」

「ぇ」

今度は此方がキョト、とする番だ。どうして、何が別に良いの。

「ロゼッタは、キングスカラー君のことを気にして作ったのでしょう?」

「はい」

「作った側からすれば大切な人に食べて貰えないのは、悲しいかもしれません・・・もしキングスカラー君が食べなかったら私が食べますから持ってきてください」

「ぇ?」

「久しぶりにロゼッタが作った料理を食べたいと思っていたんです。ですから、今度キングスカラー君が食べなかったら持ってきてください」

「?…はい」

「生憎、その日は来ねぇな」

突然、グイッと後ろに引き寄せられる。とはいえベンチなので背中が反るくらいだが。

「…レオナさん」

「連れていく」

「ええ。今度私にも作ってくださいね〜」

グイグイ引き摺られ自室に連れてこられた私。レオナさんは、ソファにどかりと座ると私を抱き込んだ。

「…なんですか」

「……悪かった」

「ぇ」

「…お前の料理食わなかった」

「…」

「食うから、作って欲しい」

「……野菜が入っていても・・・ですか?」

「…あぁ」

グリグリと額を押し付けてくるあたり多分相当参っているのかしら。

「…私も、変に怒ってごめんなさい」

「別にいい。考えて作ってたんだろ」

「…え」

「ラギーに聞いた。“番としてできること考えてしてくれてる”って」

ラギー君、そんなこと言ってくれてたのか。これは本当にドーナツをあげなければならない。

「…ここ数日、食堂で野菜食べてたのはどうしてですか?」

「言わなきゃわかんねぇか?」

「…はい」

「好きで食ってるわけねぇだろ」

「じゃあどうして・・・」

「…お前が食いたくねぇなら食わなくていいとか言うからだろ」

!?まさか…。

「…野菜も食べるからまた作って欲しいということ・・ですか?」

「…ああ」

何て不器用な伝え方なのかしら‥

「…ふふ」

「……なんだ」

「いえ。可愛いなと」

「…それはお前だろ」

そう言ってスリ、と額を擦り付けられる。
それに応えるようにし返すと目を見開いたあと破顔した。
それはもう、今まで見た中で1番綺麗に。

「…レオナさん」

「ん」

ぐるぐると喉を鳴らしながら、ぎゅうぎゅう抱きしめてくるレオナさんを受け入れつつ話しかける。もちろん、今日の夜ご飯のことで。

「…今日の夜ご飯はお好み焼きにしてみようと思って。どうですか?」

「…オコノミヤキ」

「…ユウが前作ってくれたんですけど、とっても美味しくって。キャベツが結構入ってます・・・でも、豚肉を乗せるので食べてみませんか?」

「…お前が作ったんならいい」

そう言ってまたすり、と額を擦り付けてくるから、同じように返す。
そして、レオナさんと一緒に午後の授業に行けばラギー君が嬉しそうに笑ってくれた。

夜、レオナさんと一緒に焼いたお好み焼きは美味しくて、レオナさんも満足げに食べていた。共同作業で作る料理、良いかもしれない。

「…ロゼッタ」

「はい」

呼ばれて振り向くとグイッと引き寄せられてソファに座り込む。

「レオナさん?」

「…良いだろ。ここ数日お前に触れてなかったからな」

そう言われて、大きなライオンさんの可愛いスリスリを受け入れるのだった。
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