熱砂の策謀家

もう全てをあきらめたように…ジャミル君は吐き捨てた。

不味い……本能的にそう感じた。

ジャミル「俺も、家族も……なにもかも、どうにでもなれ!!」

カリム「ま、待て、ジャミル!」

「っ!ジャミル君!駄目よ!!」

私やカリム君が止めに入る前に、彼は詠唱を始めた。

ジャミル「"瞳に映るはお前の主人……命じれば頭を垂れよ__【蛇のいざない】‼‼‼」

途端、周囲の寮生達が頭を抱えだした。そして、顔を上げた彼らの目は…薄ら赤く染まっている。

アズール「なっ……!まさか寮生全員に洗脳をかけただと!?」

ジャミル「お前達、カリムとオクタヴィネルのヤツらを…外につまみ出せ!」

スカラビア寮生たち「はい、ご主人様…!」

カリム「ジャミル!?」

操られた寮生の人達が、私達を取り囲む。どれだけ攻撃しても、ゾンビのように起き上がる寮生達。

アズール「信じられない。これほどの大人数を同時に、しかも個別に操れるなんて…。平凡なんてとんでもない。彼の魔力はスカラビアどころか学園の中でも間違いなくトップクラスだ!」

「っ…駄目よ!ジャミル君!その魔法じゃ、ブロットの容量が越える!今すぐ魔法を…!!」

ジャミル「黙れ!!!!!」

止めようとした私を振り払い、突き飛ばす。

カリム「っ!エリーゼ!」

咄嗟にカリム君が受け止めてくれたが…もう少しで壁と激突する所だった。

ジャミル「俺の事を…分かった様に言いやがって……エリーゼ、お前も見ていてイライラする!!!!」

「っ…ジャミル君」

ジャミル「俺はお前を利用するために呼んだ、駒の分際でちょこまかしやがって!!!お前は…言ったな?この学園に必要ないのは自分だと…‥。
あぁそうだ、俺も肯定してやる!!精霊の加護がないお前なんて、この学園では必要ない!!誰もお前なんか、求めていない!!!」

カリム「もうやめろ!ジャミル!!わかったから。お前が寮長になれ!オレは実家に戻るから……っ」

私を背に庇い、カリム君はジャミル君にそう訴える。すると、ジャミル君は「はぁ?」と冷たく吐き捨てた。

ジャミル「なに言ってんだ。俺の呪縛は、そんなことで簡単に解けはしない。カリム、お前がこの世に存在する限り!」

ジャミル君の魔法で倒れた生徒達が起き上がり、攻撃してくる。

ジェイド「これ以上ユニーク魔法を使い続ければ、ブロットの許容量が……!」

「っ…ジャミル君!駄目よ!!」

私達が叫ぶが、彼は聞く耳を持たない。空気が、よどみ始める……。

彼のマジカルペンにつく魔法石が……黒く染まり出す。

ジャミル「うるさい!うるさいうるさいうるさい!俺に命令するな!
俺はもう、誰の命令も聞かない!俺は、もう自由になるんだ__!!」

そう叫んだジャミル君を___真っ黒な影が覆った。

「っ…ジャミル君!!!!」

____ポチャッン

【俺だって____1番に____】

「っ!?…ジャミル君!」

___また、止められなかった


___ピチャンッ

インクの様なものが垂れる音が脳裏に響いた。

砂漠を覆うの赤褐色の魔法石が真っ黒に染まった。

リドル君、レオナさん、アズール君と同様に、黒い影に覆われたジャミル君。

影が晴れて、姿が見えたジャミル君の姿は異なっていた。

長く美しい彼の黒髪は…まるでメデューサのように蛇の髪を持ち、邪悪な服をまとう。

そして、背後に見えるのは__魔人。
だが、青色ではなく……“紅色”をした魔人だった。

カリム「なんだあれ!?ジャ、ジャミルの姿が!?」

監督生「…空の色までまた変わった…またオーバーブロット!」

アズール「援軍の見込みがない冬休みだというのに厄介な事になりましたね」

グリム「アイツも闇落ちバーサーカーになっちまったのか!?」

アズール「ブロットの負のエネルギーが膨れ上がっていく……皆さん、構えてください!」

ジャミル君の猛攻と寮生達の攻撃に耐えるアズール君たち。だけど、彼らにも限界がある…何とかしないと。

「っ‥‥メリッサ!ノーム!……!?」

彼らを呼んだ__が、現れない。

ハッと思いだし、右手首を見た。銀のバングルは未だにつけられたままだ。

ジャミル【ハハハハ!!エリーゼ、言っただろ?俺が魔力を解かないと…その腕輪は外れない。お前は本当にお荷物なただの女になったんだ!
アハハハ!!!】

右手首を抑え、バングルに触れる私をおかしく笑うジャミル君。

ジャミル【それに気づかず、大事そうにソレを守って……滑稽だな!俺に歯向かわなければ…優しい対応をしてやろうと思ったんだが_もうお前も必要ない!!!】

そういうと、彼の背後の魔人がその大きな手を伸ばし、私達を掴み上げた。

ジャミル【無能な王も、ペテン師も ……お前らにもう用はない! 宇宙の果てまで飛んで行け!そして、二度と帰ってくるな!ドッカーーーーーーン!!!!!!】

怪物が私達を空の彼方へ投げ飛ばした。

「「「うわぁああ!?」」」

と、叫びをあげる私達はなすすべなく、寮から吹き飛ばされた。

ジャミル【ナイスショーーーーット!!!!フハハハハハ!!!!!
あばよ、カリム!!!!!!ヒャーッハハハハハ‼‼!!!】


__スカラビア寮 砂漠の果て

空高く飛ばされた私達は……そのまま薄暗く、寒い、砂漠の果てへ。

ドースンという音と共に着地……いや、落下した私達。

グリム「イテテ……なんか最近こんなのばっかりなんだゾ~」


監督生「…エリーゼさんと、先輩たちが、風魔法使ってくれなかったら…危なかった」

落下直前、私とアズール君とジェイド君が地面に向かって風魔法を起こしたことで、特に衝撃なく落下出来た…痛いけど。

アズール「随分遠くまで飛ばされたようですね」

フロイド「うへぇ、マジで寒いんだけど……!流氷の下みてぇ」

「カリム君!しっかり起きないと死ぬわよ!この寒さ!」

ジェイド「その通りですが、表現が怖いですよ、エリーゼさん」

気絶していたカリム君をやや乱暴に揺らして起こす。じゃないと死んでしまうからな…。でも、本当に寒い。真夏のスカラビア寮と対照的に真冬だ。

「…っ」

フロイド「エリーゼ、寒い~?俺のジャケット貸してあげる~」

「あ、ありがとう……‥‥」

ジャケット借りれたのは嬉しいし、とても感謝だけど……。今のフロイド君の声は慣れないわね。

カリム「ここは……」

ジェイド「よかった。気がつかれましたね。どうやらスカラビア寮のある時空の果てのようです」

アズール「グリムさんは毛むくじゃらですし、僕達人魚はある程度寒さに強い身体ですが…エリーゼさんと監督生さんとカリムさんは長時間ここにいるのは命の危機が伴いそうな寒さだ」

ジェイド「帚も絨毯もありませんし、飛んでいくことはできません。
どういたしましょうか」

フロイド「だるいけど、歩いていくしかなくね?」

アズール「吹き飛ばされて着地するまでかなり滞在時間が長かった。
徒歩で帰るには何十時間かかるか…」

監督生「……………それより気付いたんですけど」

アズール「何です?」

グリム「何か作戦あんのか?!」

監督生「ジャミル先輩、ドッカーンとかナイスショーーーーットとか言うんですね」
 
フロイド「うわっ、今クソどうでもいいじゃん」

監督生「すいません、場を和ませようと」

アズール「いらない気遣いですよ……。それにしてもフロイドのその声、落ち着きませんね。契約書を破って破棄しますから、元に戻しましょう」

フロイド「えー、結構気に入ってたのにぃ……」

残念がるフロイド君だが、アズール君は契約書を破り捨てた

フロイド「あー…ンンッ、声元に戻ったみたい」

「…あ、やっぱりその声の方がフロイド君らしいわね。」

フロイド「マジ~?俺の声好き?やったー」

「私はいつもの声の方が好きよ」

フロイド「やったー」

監督生「扱い方がわかってるな」

フロイド君にぎゅーっと抱きしめられるが、もう好きにさせている。

ジェイド「アズールと契約してユニーク魔法を"貸す"だなんてよくできますね。我が兄弟ながら感心します。なんだかんだ理由をつけて魔法を返してくれない気がするので、僕なら絶対にアズールと契約なんてしたくありません」

フロイド「確かにアズールならやりそうだけどさ」

監督生「……それもそれで酷いですよ」

フロイド「オレ別に魔法が返ってこなくてもいーし。声に飽きたらまた別の契約すりゃいいじゃん」

アズール「お前達、聞こえてますよ」

すると…すすり泣くような声が聞こえてきた。その声の正体はカリム君だ。

カリム「う、うぅ……っ。うう、ジャミル……信じていたのに」

フロイド「あれ。ラッコちゃん泣いてんの?涙凍るよ」

「ほらカリム君。涙拭いて」

持っていたハンカチでカリム君の涙をふく。

カリム「オレのせいだ……!知らないうちに、ジャミルのことを追い詰めちまってた。ジャミルは、本当はあんなことするようなヤツじゃない!」

監督生「………カリム先輩」

カリム「いつもオレを助けてくれて、頼りになるいいヤツで……ッ」

監督生「…先輩、多分、そう言う所が彼を追いつめていたんですよ」

カリム「え…?」

監督生「良い人は人をこんな所まで吹き飛ばしません」

グリム「で、でた。監督生のキツイツッコミ‥」

フロイド「あー、でもオレも小エビちゃんと同意見。ラッコちゃん、イイコすぎるっていうか……なんつーか、ウザい」

カリム「え、ウザ……?」

ジェイド「そうですねぇ。もし僕があんな裏切り方をされたら……持ちうる語彙の限り罵って精神的に追い詰め、縛って海に沈めますよ」

「…それは・・怖すぎる」

何、縛って海に捨てるって……。

ジェイド「それを自分のせいだなんて、いいヤツを通り越してちょっと気持ち悪いです」

カリム「気持ち悪……いや、でも。ジャミルは絶対にオレを裏切ったりはしないはず……」

フロイド「いや、めっちゃ裏切ってるじゃん」

監督生「罪なすりつけて追い出そうとしたじゃないですか‥最低ですよ、あれは」

ジェイド「卑劣さのレベルで言えば、アズールと比べても見劣りしません。自信を持って"裏切り者!"と罵っていいと思いますよ」

「どんな自信?」

アズール「カリムさんの他人を信じ切った良い子ちゃん発言は、僕やジャミルさんのようにひねくれた……いえ、計算で生きている人種からすれば、チクチクと嫌味を言われている気すらなります」

監督生「……ひねくれてはいるので言い直さなくても…むぐっ」

グリム「お前、ほんとにだまるんだゾ」

アズール「小さい頃からずっとそうやってジャミルさんを追い詰めてきたんですね。ですが、貴方は何も悪くありません。貴方は生まれながらに人の上に立つ身分であり…両親や身の回りの人間から一身に愛情を受け、素直に真っ直ぐに育った。それ故に、無自覚に傲慢である……というだけですから」

ジェイド「カリムさんの場合、生来天真爛漫な性分でらっしゃる気もしますが」

真っ直ぐ育ったんでしょうね、本当に。

毒とか、裏切りとか、誘拐とかあったのでしょうけれど___

それでもなお信じ続けるという事は、汚い所を見せられないように育てられたんだろう。

まぁ、次期当主であるからなおさら見せられなかったのかもしれない。

見せたら、壊れてしまう人だっているし…ね。

カリム「……っ、ジャミルは…悪い奴なのか」

本当に信じたくないんだろう…ずっと俯いている。

………その姿は“あの時”の私と重なった。
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