熱砂の策謀家

ジャミル["瞳に映るはお前の主人。尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよ__【蛇のいざない】"]

次の瞬間、聞こえたのは“詠唱”だった。

アズール[なにっ!?……うぅっ頭が……っ!]

アズール君の抗う声が聞こえたが…更に追い打ちの声をかけるジャミル君。そして…しばらくの沈黙の後、聞こえてきたアズール君の声…。

アズール[僕の主人は__……あなたさまです、ジャミル様]

ジャミル[……フ、ハハ。ハハハハハ!俺を"平凡な魔法士"と思って油断していたな。オクタヴィネルの寮長ともあろう者が、ザマァない]

今まで聞いてきた優しい彼からは想像もつかない、意地の悪い声が聞こえてきた。


「…‥……」

グリム「エリーゼ?」

監督生「どうかしましたか?」

「…ジェイド君、よろしくお願いね」

ジェイド「え?…あ、エリーゼさん!?」

談話室から出ようとする私…けれど、そんな私を止めた褐色の手。

カリム「エリーゼ!…どこに…行くんだ?」

「……」

不安な顔。とても怯えている。
……もう気付いている筈なのに……‥認めたくないのでしょうね。

私が、精霊が見え無くなった時みたいに。

“当たり前の存在”が自分から離れて行くことを___。

画面から聞こえてくるジャミル君はアズール君に、お義父様に弱みがないか、と聞いている。そして、それにこたえるアズール君。

お義父様の弱みがあると知った彼の高笑いも聞こえてきた。

「…………ちょっと早いですけど、行ってくるわね」

カリム「お、おい!エリーゼ!」

「カリム君」

そっと彼の褐色の手に自身の手を重ねた。

「……受け入れないといけない現実もあるのよ」

カリム「え……」


「………また後で」

彼の手を離させて、私は談話室から飛び出た。

**

ジャミル「やはりお前は俺のランプの魔人だ、アズール!」

アズール「ご主人様は、学園長の秘密がお望みなのですか?」

ジャミル「そうだとも。学園長の弱みが握れれば、やっと俺は自由になれる。学園からカリムを追い出し、寮長になれるんだ!」

廊下の角を曲がる直前、彼の高笑いと共に嬉々とした声が聞こえてきた。

…あぁ、やっぱりそうだったのね。駒としてうまく利用されたんだ…私とユウとグリム君は。

私は廊下の角から出て、ジャミル君とアズール君を見た。

ジャミル「!?……エリーゼ!」

私に聞かれていたことが予想外の様子だが…すぐに余裕の笑みに変わる。

「…貴方のユニーク魔法は、人を操るものなのね」

ジャミル「………クックク、あぁ、やっぱり…お前は厄介だったな。体質さえ取り除けば、頭を垂れてくると思っていたが……思ったより頭の回転が速い。単純な監督生やグリムと違って、中々に骨が折れたよ。そう、これが俺のユニーク魔法【蛇のいざない】だ。コイツを見れば分かる通り…人を操ることが出来る」

「……私にバラしていいの?」

ジャミル「今のお前に何が出来る?精霊の加護を受けている状態なら俺に危険はあるだろうが…」

私に近付き、顎に手を伸ばす。そして、クイッと持ち上げる

ジャミル「今のお前は“ただの女”だ。そんな奴、ユニーク魔法を使うまでもない」

「……私だって魔法は使えるのよ」

ジャミル「この状態でよくそんな軽口が叩けるな…。お前など、魔法を使うまでもなく、再起不能にすることだってできるぞ?」

「ジャミル君はできないわ」

ジャミル「……まだ俺に夢を見ているようだな」

顎から首に手をかける…ちょっと苦しいけど、命が危険がある訳じゃない。

ジャミル「お前のこの細い首を俺なら折る事が出来るぞ?伊達に従者をしていないからな」

「……そうするなら、最初からそうしていた筈よ。私を厄介だと思っていたなら猶更…私がここに来た時点で手にかけておけばいい話。それが出来なかった……それに、私が弱っている事を大分気にかけていたわよね」

私がそう言うと、彼の余裕の笑みが消え、忌々しいものを見る目に変わる。

「駄目よ、ジャミル君。私から見て、貴方は優しい人…貴方に私はつぶせない。カリム君も」

ジャミル「っ‥‥…ほぉ、良い度胸だ。どうせ、お前は…俺が魔力を解かない限り…その腕輪で精霊達に助けを求めることはできない。なら……」

ぐっと首にかける力を強めて行く。

ジャミル「なら、望む通り…グチャグチャにしてやる」

その顔は狂喜に染まっているけど………何でだろう。

あの夢の様に…“幼い私”に手を伸ばした時のように…彼の頬に触る。
ビクリとなるジャミル君。

優勢なのは彼の方なのに…。

「何で、そんなに怖がってるの?」

ジャミル「!?…………俺が、怖がる…だと?……寝ぼけた事を言うのも対外にしろ!!」

カッと怒りに染まり、片手から両手を私の首にかける。

ジャミル「っ…そんな舐めた態度、二度ととれないようにしてやる!!」

強く力を入れようとした…その時。

ジェイド「__話は聞かせていただきました」

ジャミル「!?」

現れたジェイド君やグリム君達の登場に、ぱっと手を離した。

グリム「やっと本性を表したんだゾ!よくもオレ様達を騙してくれたな!」

監督生「許しませんよ!!」

ジャミル「なっ……お前達、どこから聞いて……!?」

ジェイド「談話室を出てからのお2人の会話は……ずっとアズールのスマートフォンから全世界にライブ配信されていたんです」

ジャミル「……は?」

ジェイド「そして、貴方がエリーゼさんにした事も、しっかりと聞かせて頂きました。現在アズールのマジカメアカウントのライブ配信を視聴中のユーザーは5000人越え。"某有名魔法士養成学校学校の闇実況"として話題騒然です。副寮長の晴れ舞台。もちろん寮生の皆さんも談話室に集まって視聴中です」

そして、ジェイド君の背後からぞろぞろと寮生達が駆け寄ってきた。

寮生「ジャミル副寮長、今の話は本当なんですか?」

寮生「今までずっと、寮長や僕達を騙していたと……!?」

グリム「いい人ぶっておいて、ひでぇヤツ!とんだ嘘つき野郎なんだゾ!」

ジャミル「そ、それは……、違う、俺は……っ」

ジェイド「もう言い逃れ出来ませんよ。アズールに使った洗脳魔法が動かぬ証拠。そして、エリーゼさんの首にある貴方の手の痕も、ね」

ジェイド君がスルリと私の首を撫でる。…痕が、出来ているのね。

ジェイド「貴方こそ、ユニーク魔法でカリム先輩を操り、スカラビアに混乱を招き入れた黒幕だ!」

ジェイド君に言われ、ジャミル君はジリジリと後ずさり、悔し気な顔をする。

ジャミル「っ……事を荒立てるつもりはなかったが……。アズール!命令だ!コイツら全員捻じ伏せて、拘束しろ」

アズール「……はい、ご主人様」

ジェイド「くっ……、アズール!いけません。正気に戻りなさい」

ジャミル「呼びかけなど無駄だ!」

アズール「はい。僕はジャミル様の忠実な下僕___……な、わけないじゃないですか」

ジャミル「なに!?」

アズール君は背を向けていたジャミル君の方を向き直る。

アズール「ジャミルさん、先程のお言葉、そのまま貴方にお返しします。
僕を"傲慢な魔法士"と思って油断していましたね。熟慮の精神をモットーとするスカラビアの副寮長ともあろう者が、ザマァない」

ジャミル「どういうことだっ?確実に目を見て、洗脳したはず……!」

アズール「僕はいつまでも万全な対策を練ってから行動を起こす堅実な魔法士ですから。ねぇ、フロイド」

ジェイド君の隣に立っていたフロイド君に話しかけるアズール君。

フロイド「ウミヘビくんさぁ、ちょっと油断すんのが早かったんじゃない?」

その声は…いつもの飄々とした高い声…ではなく、低い声になっていた。能天気で可愛い声から随分とダンディになったわね。

グリム「ふな"っ!?オメー、なんだその声!?」

監督生「すっごく低い声」

フロイド「オレ、アズールと契約して、この低い声をもらったんだぁ。
どお?渋くていいでしょ」

「……違和感は拭えないわね」

フロイド「かわりにぃ、オレの自慢のユニーク魔法【巻きつく尾】をアズールに差し出した」

フロイド君のユニーク魔法【巻きつく尾】は相手の魔法を妨害し、矛先を逸らすことができる魔法。これのお蔭で、アトランティカ記念博物館の時は大分苦労したわね。

その魔法を使って、ジャミル君の洗脳魔法を妨害し、逸らした。

アズール「僕はフロイドから巻き上げた……もとい、担保に預かった【巻きつく尾】を使い、ジャミルさんの洗脳魔法を回避した。そして、操られたフリで、油断したジャミルさんから真相を聞き出した……というわけです」

グリム「流石アズール!無茶苦茶性格、わりぃんだゾ!」

監督生「頭脳派といってあげようよ」

アズール「ま、カリムさんがジェイドのユニーク魔法にも屈さないほど強く想う相手など、彼しかいないだろう……と予想がついていたからこそ立てられた作戦ですがね」

__「ジャ……ミル?」

か細く、悲しみに染まった声……カリム君がゆっくりと前に出てきた。

カリム「これは一体……どういうことだ?」

ジャミル「カ、カリム……」

カリム「お、お前がオレを操ってたなんて……嘘だよな?最近たまに意識が遠のいて、いつの間にか時間が過ぎてたりしたことがあったけど……でも、ただの貧血か居眠りだろう?オレ、どこでも寝ちまうからさ。お前にもよく怒られてたし……。なあ、そうだろ?オレ、居眠りしてただけだよな?」

今にでも泣きそうな声色でジャミル君に縋りつくような声を上げる。

【___あいつだけは、俺を裏切らないでくれたんだ】

そう言っていた彼だからこそ、ジャミル君の裏切りは……辛く、悲しい物よね。富豪の息子ということで裏切られ続けていた毎日…そんな中、唯一信頼できる従者。

それすらも嘘だった……。

カリム「ジャミルは……、ジャミルはそんなことしないんだ!!
なあジャミル、お前がオレを操るなんて、オレを追い出そうとするなんて、するわけないよな?ジャミル、お前だけは……お前だけは絶対にオレを裏切ったりしないよな?だってオレ達、親友だろ!?」

カリム君の哀しい声が、廊下に響き渡る。

信じすぎたのよ、彼は。そしてジャミル君も信じられすぎた。

……何て、薄い友情なのかしら。一方通行の友情。

カリム君、気付いているでしょう…?だって、ジャミル君は貴方と目を合わせようとしない、ずっと俯いている。

監督生「…カリム先輩、いい加減前を見ないと、何も救われません」

カリム「っ!…ち、違う…だって、だって…‥ジャミルは・・・!!」

ジャミル「……クックク、フッフフ、ハハハハハッハハ!!!!」

すると、ジャミル君が笑い始めた。

狂ったように、どこか悲しそうに……カリム君をあざ笑うように。

カリム「お、おい。どうしたんだ?」

ジャミル「……そういうところだよ」

カリム「え……?」

ジャミル「俺はな……物心ついた時から、お前のそういう能天気でお人好しで馬鹿なところが……大っっっっっ嫌いだったんだ!!!」

ジャミル君の声が…廊下に響きわたる。これが、彼がずっと溜めていた本音…。

ジャミル「こっちの苦労も知らないで……ヘラヘラしやがって!!お前の笑顔を見るたび虫酸が走る。____もううんざりだ!!」

ジャミル君の言葉に、目を見開き、カリム君は少し後ずさる。

ジャミル「もう取り繕っても意味がない。俺はな、お前さえいなければと毎日毎日願い続けてきた。だが____それも今日でおしまいだ!!!!」
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