熱砂の策謀家

___モストロ・ラウンジ

(ドスーン)

とんでもない音と共に私達は床に投げ出された。隣でグリム君が「ふな″ぁあ」と言っているが、私も言いたい気分だ。床に打ち付けた肩を抑えつつ、起き上がる。それと同時にカチッと音が鳴り、視界が明るくなる。

壁一面の水槽、こじゃれたソファや机、キラキラと輝くシャンデリア……。

辿り着いた場所は……オクタヴィネル寮のモストロ・ラウンジだった。

ジェイド「………おや、こんな深夜にどんなお客様がいらっしゃったのかと思えば」

フロイド「食べ物を盗みに来た泥棒かと思って締めにきたのに……エンゼルちゃんと小エビちゃんとアザラシちゃんかぁ。つまんねぇ~の」

「ジェイド君、フロイド君?」

あ、そうか…ホリデーは帰省せず、寮で過ごすって言ってたわね。

グリム「ほぇ……?オマエら、なんでここに?」

フロイド「なんでって……冬休みは流水で家に帰らないって言ったじゃん」

グリム「それじゃあ、ここはオクタヴィネル!?」

ジェイド「はい。オクタヴィネル内のモストロ・ラウンジです」

グリム「や、やった~~~~!ついに牢獄からの脱出に成功したんだゾ!」

絨毯「♪」

脱出できたことがそうとう嬉しいのか、絨毯と共にクルクルと踊っているグリム君。

ジェイド「牢獄とは……?」

フロイド「つーか、その四角いヒラメみたいなの、ナニ?」

ジェイド「カリムさん所有の魔法の絨毯によく似ていますが」

監督生「え、っと…」

事情を話そうとした時、バタバタと足音が聞こえ、モストロ・ラウンジの扉が開かれた。入ってきたのはスカラビア寮生達だ。

寮生「もう逃げられないぞ、盗人どもめ!」

寮生「大人しくお縄につけ!」

グリム「ふな"っ!こんなところまで追っかけてくるなんて、しつけーヤツらなんだゾ!」

アズール「君達、こんな深夜に一体なんの騒ぎです」

その声と共に店の奥からやってきたのはアズール君だ。

「あ、アズール君!…えっと、これは…その」

アズール「また君達ですか…」

アズール君は一度私の方を見たあと、私達の背後にいるスカラビア寮生達に視線を移す。

寮生「お前はオクタヴィネルの寮長、アズール・アーシェングロット……!」

アズール「……これは一体、どういう状況ですか?」

寮生「オクタヴィネルには関係ないことだ!大人しくその3人を引き渡してもらおうか」

アズール「よく見れば、床に転がって震えているのは、エリーゼさんと監督生さんとグリムさんじゃありませんか。あまりに小汚いので、雑巾かと思いましたよ」

グリム「ひでー言い方なんだゾ!」

監督生「ほ、本当に…いっ!?」

「痛いっ」

グイッと背後にいたスカラビア寮生の1人に腕を掴まれ、引っ張られる。

寮生「大人しくしろ!」

「いっ…痛っ、は、はなし…て!」

アズール「……ジェイド、フロイド」

「「…はーい/はい」」

私達を一瞥してからアズール先輩は低い声で2人の名を呼ぶ。すると、2人はそれに反応し、ややドスが効いた返事を返し、前に出た。

「っ・・きゃっ」

グイッと引っ張られ、今度はフロイド君の腕の中に納まる。そして、私を掴んだ寮生の腕を掴むのはジェイド君。

フロイド「ちょっとエリーゼ、嫌がってんじゃん」

ジェイド「女性に優しくできないとは…紳士の名折れですね」

寮生「引き渡さないのであれば、お前達もただでは済まないぞ!」

フロイド「……はァ?誰に向かって言ってんの?」

フロイド君が私を抱え、そっと背後のソファに下ろしてくれた。ポンと私の頭を撫でて、グリム君を押し付けられる。ユウもソファの近くに移動した。

アズール「モストロ・ラウンジではいかなる揉め事も認めませんよ。
ここは紳士の社交場ですから」

寮生「なんだと?邪魔する気か」

寮生「構わん。実力行使あるのみだ!」

スカラビアの奴らはマジカルペンを3人に向けて構える。やれやれと頭を振るアズール君。眼鏡のブリッジを押し上げ、彼らを睨む。

アズール「フン。品のないお客様にはお引き取り願いましょう。ジェイド、フロイド。彼らをつまみ出しておしまいなさい」

「「はい/はぁ~い」」

2人は寮生たちにマジカルペンを構え、氷の魔法を次々と打ち出していく。スカラビア寮生は負けじと相性の悪い草魔法を出しているが…

相手になってない。

スカラビア寮生はお約束の台詞を吐き捨てて、モストロ・ラウンジから出て行った。

フロイド「オラ、散れよ、小魚ども!アハハッ!」

ジェイド「みなさまのまたのご来店、お待ちしております」

グリム「にゃっはー!!やったんだゾ!見たかコンニャロ~!」

監督生「・・・グリム、何もやってないじゃん」

アズール「良い気分になっているところ恐縮ですが…オンボロ寮のおふたりには、今の戦いで傷ついた机や椅子の修繕費……および巻き込まれた僕らの労働費を支払っていただきたいのですが?」

グリム「えーっ!?金取るんだゾ!?」

アズール「タコ殴りされそうなところを救ってあげたんです。安いものでしょう?」

監督生「・・・先月のバイト代で勘弁してください」

アズール「バイト代とはまた別です。タダ働きさせてしまうので」

監督生「うぅ…そんな」

グリム「オレ様達、スカラビアの揉め事に巻き込まれてひでぇ目に遭ったばかりだってのに……。やっぱりこの学園にはロクなヤツがいねぇんだゾ」

アズール「……なんですって?スカラビアの揉め事、とは?」

「…えっと、実はね…」

この3日間が起きた出来事について、彼らに打ち明けた。

アズール「スカラビアの寮長が圧政を……?」

グリム「そう!寮生達が毎日カリムに大変な目に遭わされてるんだゾ」

アズール「あのカリムさんが、そんなことを?」

フロイド「えぇー。ラッコちゃんってそういうことするタイプなんだ?」

ジェイド「あまりイメージにありませんね」

グリム「副寮長のジャミルってヤツがめちゃくちゃ困っててよ。
この学園にしては珍しくいいヤツで、オレ様ちょっぴり同情しちまったんだゾ」

監督生「珍しくは失礼……いや、当たってるな」

ジェイド「そこを否定しない所を見ると、貴方もこの学園に染まってきましたね」

「ここの人たちがキャラが濃い・・・・な、何でもないわ」

フロイド「え~エリーゼ、俺等の事見て、キャラ濃いって?アハハ~どういう意味?」

ギューッと私を抱きしめてくるフロイド君から必死で目線を逸らす。
…ん?というか名前で呼ばれてる?

「え‥私の名前…」

フロイド「エリーゼが俺らのこと、ちょっと手のかかる弟って言ったんじゃん。いいでしょ~」

「・・確かに言ったわね‥良いわよ、好きな風に呼んでちょうだい」

やった~とプニプニと私の頬を突くフロイド君。何が楽しいのかしら、この行為…。

アズール「……」

ジェイド「アズールはジャミルさんと同じクラスでしたよね」

アズール「ええ。選択授業も同じことが多いのでよくご一緒しています。
彼は…グリムさんの言う通り、彼はこの学園では珍しいタイプかもしれません。あまり主張がない……というか。大人しくて地味というか」

監督生「アズール先輩が目立ち過ぎなのでは?」

アズール「お黙りなさい」

フロイド「あー、オレもバスケ部でウミヘビくんと一緒だけど、イイコちゃんなプレイするヤツって印象。他の寮にあんま興味ないから知らなかったけど、スカラビアの副寮長だったんだ?」

「…同じ部活なのに知らなかったの?」

フロイド「うん、きょーみねぇもん」

気分やって恐ろしいわね…本当に。

ふと、アズール君が顎に手を置き何か考え込む。この顔は知っている…悪いこと考えている顔。

アズール「寮長の圧政に、副寮長である彼が困っている………ふむ。……では、力になってさしあげなくては」

グリム「ほぁ?オメーがそんなこと言うなんてどういう風の吹き回しなんだゾ?」

アズール「失敬な。僕は前回の一件で自分の欲深さを反省し、心を入れ替えたんです。これからは海の魔女のように、慈悲の心で学園に貢献しようと決めていますので」

監督生「慈悲の心ですか…‥………嘘くさっ」

アズール「監督生さん、何か言いました?」

監督生「い、いえ、何も」

ユウは慌てて首を振る。彼は不服そうな顔を浮かべたが、眼鏡のブリッジを上げる。

アズール「今、スカラビアが危機に瀕し、クラスメイトが助けを求めている……そんな一大事、無視することは出来ません」

フロイド「ふ~ん?」

ジェイド「ほほぅ…?」

彼の両隣にいるリーチ兄弟はニヤニヤと悪い顔をしだした。

アズール「毎年同じ顔に囲まれてターキーをつつくのにも飽きてきたところです。僕たちも明日からスカラビアへお邪魔しようじゃありませんか」

「え!?」

グリム「せっかく逃げ出したのに、また監獄に戻るのか?オレ様、嫌なんだゾ」

フロイド「まーまー、アザラシちゃん。そう言うなって」

ジェイド「アズールに任せておけば、きっと楽しいホリデーになりますよ」

アズール「お邪魔するのに手ぶらも失礼です。ジェイド、フロイド、手土産の準備を忘れずに」

「「はい/はぁ~い……フフフ」」

アズール「灼熱の砂漠で過ごすホリデー悪くないじゃありませんか。
楽しみですね。フフフ………」

私たちはとんでもないところに来てしまったのかもしれない

結局あの後、オクタヴィネル寮で寝泊まりさせてもらい、朝を迎えた。

グリム「はぐはぐっ!うまいんだゾ~!」

そして朝食はフロイド君やジェイド君が作った料理を食べている。

ジェイド「エリーゼさん、紅茶のお代わりどうですか?」

「あ、頂こうかしら」

フロイド「そーいやさ、エリーゼって精霊に好かれてるんでしょ?だったら脱走すんのラクショーだったんじゃねぇ~の?」

「!……それは」

フロイド先輩の言葉にカップを下ろした。黙り込んだ私に不審な顔を浮かべる3人。

グリム「そ、そういうのじゃねぇーぞ!ただ、エリーゼのその…凄ぇ体力が…」

監督生「あっと・・その」

「いいのよ2人とも」

庇おうとしてくれているのだろう、口を開く2人を止める。

アズール「…事情がおありのようですね」

「……聞こえなくなってしまったの」

「「「え?」」」

「……精霊の声が……加護がなくなってしまったみたいで」

私の言葉にギョッとした顔をした3人。

ジェイド「…という事は、今も?」

「…ええ。だから水のある所でウィンディーネを呼んでも来てくれなかった。嫌われてしまったのかも」

アズール「それは無いでしょう」

苦笑していると、アズール君のザックリとした否定の言葉が飛んできた。
え…と顔を上げ、彼を見ると、彼は険しい顔を浮かべ、どこか怒った様子だった。
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