熱砂の策謀家

ジャミル「止めないのか、か……止めたさ、何度も。聞く耳を持ってもらえなかったけどな」

まぁ、あの暴君状態では何も聞き入れてはもらえないでしょうね。

グリム「オマエら、そんなにブーブー言うなら、ジャミルじゃなくてカリムに直接文句言ってやればいいんだゾ」

寮生「それは………………その…………」

グリム君の言葉に寮生たちは口ごもる。

グリム「なんなんだ、オマエら。ジャミルには言えてもカリムには言えねぇのか?いくじがねぇヤツらなんだゾ」

監督生「…カリム寮長が怖いから、自分達に被害が向くのが怖いから…何も言えないんですか?他寮の問題ですし…口に出されるのは嫌だろうけど…それじゃ」

寮生「ち、違う」

ユウが言おうとしたことが分かったのか、寮生の1人が反論した。

寮生「俺たちだって言おうとしたさ、何度も!」

寮生「でも、様子がおかしくないときの寮長は本当に大らかで、優しいいい人で…………」

寮生「こんなことになる前は、俺たち全員寮長のことを尊敬していたんだ。どの寮よりも素晴らしい寮長だと思ってた」

でも気持ちは分かる。カリム君は、他の寮長と違い、どう見ても裏表がない…それこそ太陽の様な人だ。だからこそ、あの横暴な性格には驚かされた。

寮生「入学したばかりの頃、寮に馴染めなくて悩んでた俺の話を親身になって聞いてくれた」

寮生「俺は、授業のレベルについていけなくて学校を辞めようと思ってた時、朝まで特訓に付き合ってくれた」

寮生「ちょっと大雑把で頼りないところもあるけど、俺たちはみんな寮長が大好きだったんだ。スカラビア寮生でいられるのが楽しかった。それなのに……」

愚痴などじゃなく、本心からの彼らの言葉。尊敬しているのね。

大らかな性格は作ったものではない。私がまだ“見えていた時”、カリム君の側には精霊が見えた。精霊は“嘘”を嫌う種族。嘘だらけに固めた性格であんなに好かれることはない。きっと何かべつの要因があるはず。

ジャミル「そう、カリムは本当にいい寮長だ。誰とでも分け隔てなく接し、偉ぶることもない。ああ、なんでこんな事になってしまったんだ……」

ジャミル君も他の寮生達同様に言葉を募る。…けれど、……違和感を感じた。

「・・ジャミル君?」

ジャミル「ん?何だ?」

「‥いいえ、何でもないわ」

違和感はあるけれど、その違和感の正体がわからない

グリム君や他の寮生から凄い怪訝な顔をされた……寝不足で頭が回らないからね。

グリム「あのよー。カリムのヤツ、医者にでも見てもらったほうがいいんじゃねーか?言ってることがコロコロ変わるし、性格がまるで別人みてーになっちまうなんて、ちょっと変だろ?なんか悪いモンでも食っちまったんじゃねーのか?」

監督生「グリム君じゃあるまいし・・・まぁ確かに…情緒の話もしていましたし…精神的な病とかなのでは?」

ジャミル「その可能性は十分にある。しかし、医者か。熱砂の国に戻ればアジーム家お抱えの医者がいるが……今の様子じゃ、実家に連れ戻すのも一苦労だろうな」

寮生「そんなぁ……」

寮生「このままじゃ、俺たちが先に参っちゃいますよ……」

ガックリと肩を落とす皆。本当にどうしたものか……せめて原因さえわかればいいのに。

ジャミル「……今のスカラビアが抱えている問題は、つい先日までハーツラビュルが抱えていたものと似ている。ハーツラビュルも、寮長の圧政に寮生たちが苦しめられていたとか……」

確かに状況的には似ている。

ジャミル「あっちは寮長であるリドルのユニーク魔法が怖くて誰も逆らえなかったんだろうが」

監督生「…全てがリドル先輩のせいだったわけじゃないですよ」

リドル君のユニーク魔法は強力で誰も逆らえなかった。だが、あれはリドル君の負の感情によって起きた事だ。

誰かに止めて欲しくて、誰かに許して欲しくて…

その結果、リドル君を孤立させてしまったんだ。

今度はカリム君がそうなってしまう。

ジャミル「そこで、ハーツラビュルの問題解決に活躍した君たちにアドバイスをもらいたい。俺たちはどうしたらいいと思う?」

ジャミル君だけではなく、他の寮生達の視線も私達に集まった。

グリム「ジャミルがカリムに決闘を挑んで、寮長になっちまうのはどうだ?リドルのときは、学園長の提案でエースとデュースがリドルと決闘したんだゾ!」

「……あの場合とはまた違うんじゃないかしら?」

グリム「そうか?エースやデュースじゃリドルにはかなわなかったけど…カリムならジャミルで一発なんじゃねーか?」

監督生「それはもうカリム先輩を冒涜しているよ、グリム」

ジャミル「__それだけは、絶対に出来ない」

グリム君の口を押えているとジャミル君のキツイ言葉が返ってきた。彼の顔を見ると…今までにない位、怖い顔をしている。

…はっ、またグリム君が不快な事を言ってしまっただろうか。

グリム「ぷはっ!アドバイスを求めといて即却下するんじゃねーんだゾ!
なんでダメなんだ?」

ジャミル「俺の一族、バイパー家は先祖代々アジーム家に仕えているん。
家臣が主人に刃を向けるなんて許されるわけがないだろう?」

「……従者と主人だから…なのね」

ジャミル「あぁ。俺がそんなことしたとカリムの父親が知れば、バイパー家の処分は免れない。悪いが俺の身勝手で家族全員を露頭に迷わせるわけにはいかないんだ」

「それって………何でもないわ」

子供に背負わせていい未来じゃない…と言おうとしたが、辞めた。私だって、ルシファー家の人間の行動に振り回されて、ここまで来たんだ。
…そんな事で口を挟んでいいものじゃない。何より、そのルールで生きてきたのは、彼らだ。それを否定してしまうという事は、彼ら自身も否定する事になる。

「それが‥あなたの宿命なのね」

ジャミル「…あぁ、それがバイパー家に生まれた者の宿命だ」


また、違和感を感じた。当たり前のように言いのけたジャミル君___だけど、何だか………苦しそう。マジフト大会の時、幼き頃からの宿命で苦しんでいたレオナさんのように見える。

グリム「ジャミルがカリムに決闘を挑めないのはわかったけどよぉ。
寮長があんな調子じゃ、寮生みんなが振り回されて参っちまうんだゾ。
リドルも大概だったけど、支離滅裂な分、カリムのほうがひでぇ気がするんだゾ」

寮生「そうですよ。俺たち、もうカリム寮長にはついていけません」

寮生「今のカリム寮長は、寮長の条件を満たしていない!スカラビアの精神に反しています!」

監督生「寮長の条件……?」

ジャミル「ナイトレイブンの7つの寮における寮長の条件は
“寮の精神に一番相応しい者であること”_____逆に、寮で一番でないなら寮長の資格はない。決闘はわかりやすく“一番”を決める方法と言えるな」

監督生「…あーだからシンプルと言っていたのか」

ジャミル「7寮それぞれ特色が違うから“ふさわしい”条件も寮によるんだ」

監督生「特色…具体的にはどういう事なんですか?」

「そうね……。例えば、ポムフィオーレは、誰より強烈な毒薬を作れる者が寮長になる伝統になってるわ」

監督生「ど・・毒薬」

グリム「なんか怖い寮なんだゾ!じゃあ、カリムはなんでスカラビアの寮長に選ばれたんだ?」

ジャミル「前寮長の使命さ。カリムのそれまでの働きぶりと人徳が“寮で一番”だと評価されたということだな。……アイツが指名された時は、俺も嬉しかったよ」

ジャミル君がそう呟いた時、なんだかゾワリと寒気がした。そう感じた途端、彼の腕をガシッと掴んだ。掴まれたジャミル君も、周りの寮生も、ユウもグリム君も私の行動に驚いていた。……かくいう私も驚いている。

ジャミル「どうした?」

「い、いえ・・ごめんなさい」

ジャミル「何か気付いたことがあるなら遠慮なく言ってくれ」

ジッと彼は私との瞳を見る。………その瞳の奥の闇にゾクリとしてしまったのは、気のせいなのかしら

「ほ、本当に嬉しかったのよね?」

ジャミル「…何を言っている、従者が主人の成功を喜ぶのは当然だろう?」

「そうよね……ジャミル君…手先器用そうだし、悔しいとかあったのかと思ったけど・・・」

と彼の顔をもう一度見た時、

ジャミル「……あぁ、そんなわけはない」

脳裏の奥から警報が鳴った。蛇のように目を細め、笑みを浮かべるジャミル先輩は私の右手首につけられた銀のバングルを撫でる。

「‥…ご、ごめんなさい、話止めちゃって」

ジャミル「いや、気にするな。そこまで俺を評価してくれるのは個人的にも嬉しい事だ」

変わらない笑み。初日からずっと見てきた、こちらを心配する優しい笑み。けど、何故だろうか…今、その裏側を垣間見てしまった気がする。
まさか、気のせいだ…そう考えなおし、首を振る。

寮生「ジャミル副寮長の助力あってのものじゃないですか!寮生はみんな知っていますよ」

寮生「なんで前寮長はジャミル先輩を選ばなかったんだ!?」

私の言葉を筆頭に他の寮生達が騒ぎ出した。引き金引いたの私だわ、ごめんなさい。

…………けどなぜだろう、何か“これ”自体”……仕組まれていた様な気が……。まさか・・・・まさかね

ジャミル「前寮長を責めるな。アジーム家の親戚筋の人間が本家の跡取りカリムを差し置いて俺を選べるわけが………あっ!」

ジャミル君は慌てて口を紡ぐ。だが、その言葉は全員に聞こえてしまった。

グリム「はぁ~!?また“アジーム家”なんだゾ!?」

寮生「そんな事情があったなんて、知らなかった……つまり、コネじゃないですか!」

寮生「汚ねぇ……汚すぎるぜ、アジーム家!」

ジャミル「頼む。どうか今の話は聞かなかったことにしてくれ!」

必死に皆を宥めるジャミル君。だけど、コネだと気づいた寮生さん達の不満が止まる事はない。というか、この事お義父様は知っているのかしら?

寮生「ナイトレイブンカレッジは、実力主義だからこそ、名門と呼ばれているはず、親の威光で評価されていいわけがない!」

寮生「そうだぜ、副寮長!俺達、そんなの納得いかねぇよ!」

寮生「学園の中では身分や財力なんか関係ない!誰もが平等であるべきでしょ!」

ジャミル「それは__しかし……」

……正直、今の言葉に頭が痛くなった。お義父様のコネで今ここで働いているのだから

寮生「スカラビアは砂漠の魔術師の熟慮の精神をモットーとした寮。
俺は昔から、アジームよりもバイパーのような思慮深いヤツが寮長になるべきだと思っていたんだ」

ジャミル「待ってくれ!俺だって特別優秀なわけじゃない。成績だって、いつも10段階でオール5の平凡さだ。寮長にはふさわしくないよ」

オール5?作られたかのような”普通”だわ。私の疑念は益々深まっていった。
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