熱砂の策謀家

時間も無い為、イソイソと着替える。露出度はどの寮より半端なく高い。
砂漠の熱さ対策なのだろうけども。

早く行かないと不味い。お情け程度にフードを被り、部屋から出た。

**
駆け足でスカラビア寮の噴水前に到着した。

グリム「エリーゼ~!!監督生~!!」

スカラビア寮生に首根っこ掴まれていたグリム君が私の姿を見て、ビョンと飛んできた。

カリム「それでは今から、東のオアシスに向けて行進を開始する!これは足腰を鍛える訓練だ。隊列を乱した奴は、あとで折檻だからな!」

私達が来たことを確認した後、彼は象の上で、宣言した。

監督生「え?象?」

グリム「なんでオレ様がこんな目に……」

カリム「口じゃなく足を動かせ。さあ、出発だ!」

カリム君の言葉で皆、歩き始める。

ジャリジャリとした砂漠に足が踏み込み、とても歩きづらい。まだ6時台だからか、日の熱さは昨日着た時よりマシだった。けれど、それでも日差しは暑い。そして、何より歩きづらい砂漠の為、体力がすぐに消費される。

グリム「ふ、ふぇ~」

四足歩行のグリム君は苦しそうに息を吐いている。他の寮生も同じような感じだ。体力がある私でも、かなり体力が消費される。そして、かれこれ15分位歩いているが、一切の休憩が無い。

寮生個人に水を持たせている訳でもないのに……熱中症で倒れる子が出てきそう

カリム「そこ!隊列が乱れてるぞ」

象に乗るカリム君が隊列が乱れる寮生たちに厳しい言葉を投げかける。
寮生たちの顔が段々虚ろになっていく。

グリム「ひぃ、ハァ……少し休憩させてくれ~」

グリム君もかなり疲労している。平気そうなのは、象に乗るカリム君とジャミル君位だ。

カリム「甘えるな!さあ、進め!この程度で音をあげるのは日頃の鍛錬が足りてない証拠だ!昨日までの自分を恨むんだな」

ジャミル「……」

息が荒いグリム君。歩幅が小さいから人間よりキツイだろう。

「グリム君。肩に乗せてあげる」

グリム「ほ、ほんとか!?で、でもエリーゼは…」

「体力には自信があるの、ほら、おいで」

手を差し伸べるが、グリム君はムムッと悩んだ後、自分で歩き出した。

「グリム君?大丈夫よ、私なら…」

グリム「駄目だゾ…!エリーゼは、起きた時、凄ぇ顔してたゾ!オレ様は未来の大魔法士様だから、自分で歩くんだゾ!」

自分に言い聞かせるようにして、トコトコと歩き出す。

起きた時……あの時の事か。心配してくれたのだろう……。
気持ちは嬉しいし、グリム君の気持ちは優先したいけど…心配だな。
無理しそうだったら抱えて上げよう。

チラリとカリム君を見上げる。どうしてあんなに変わってしまったの…。

昨日まで見えた筈の精霊は、彼の側に見えない。

寮生「はぁ…はぁ……」

カリム「ペースが落ちてきたぞ!もっと足を上げろ!」

寮生「そ、そんな…もう無理です……!」

カリム「貴様…そんな体たらくだから試験もマジフト大会も最下位になるんだ!」

グリム「ヒェ~み、水をくれ……!干からびちまう…」

ジャミル「もうすぐオアシスだ、しっかりしろ」

もう寮生たちは限界だ。彼らを鼓舞するため、ジャミル君が話しかけている。私は今にも倒れそうなグリム君を抱え上げた。

「無理しないで、グリム君。後は抱えてあげる」

グリム「うぅ~水ぅ…」

「もうちょっとでオアシスよ」

ポンポンと彼の背を撫で、歩き出す。

監督生「す・・すみませ・・ん・・えりーぜ・・さん」

「大丈夫よ、もう少し頑張りましょう」

ジャミル「グリムを抱えて、大丈夫か?」

「平気です。人より体力はあるはあるから」

グリム君を抱え、なおかつ女でもある私の体力を心配してか、後ろで寮生たちを支えていたジャミル君が隣へ来てくれた。

彼自身、汗一つかいていない所がまたすごい。息も乱していない。

「ジャミル君…凄いわね、平気なの?」

ジャミル「熱砂の国ではこの気温は普通だ。砂漠を行進する特訓も何度もやった事があるからな」

「慣れか・・」

ジャミル「まぁ小さい頃から往復訓練をしていれば嫌でも暑さには体性がつく」

________スカラビア寮 東のオアシス

グリム「オイ、エリーゼ。なにボーッとしてんだゾ。暑さでやられちまったのか?」

「…え?」

グリム「やっぱり、オレ様降りた方が…」

「…ううん。大丈夫よ」

夢の事を考えていると、ボーッとしてしまったようだ。心配そうに顔を覗き込むグリム君の頭を撫でる。

カリム「全体、止まれ!」

カリム君の声で全員が止まる。寮生たちは膝をついたり、俯いたり、息を正そうとしている。

グリム「や、やっとオアシスに着いたんだゾ?」

監督生「だけど・・・」

目の前に広がるのは、枯れたオアシス。水があったであろう場所は、干からびた土地が広がるのみ__。

ジャミル「これより15分の休憩をとる。その後、また寮へ向かい、行進再開だ」

グリム「水、水…………って、このオアシス、水が全部干上がっちまってるんだゾ!」

「この暑さじゃ干上がってしまうのも無理ないわね」

グ「あ、そうだ!エリーゼ!ウィンディーネを呼ぶんだゾ!あいつなら、水出してくれるだろ!?」

アズール君の事件で大変お世話になったウィンディーネ。。確かに彼女を呼べば、何とかしてくれる___と、言いたいけど。

「駄目なの、グリム君」

グリム「えぇ!?何で!?」

「水に関わる精霊を呼ぶには、水が無いと…。」

グリム「うぅ…そんなぁ~」

「水の1滴あれば、呼べる可能性はあるかも…だけどね……」

でも、今の私は本当に呼べるの?昨日の鍵開けの呪文が失敗したことが、頭を過る。

____それに、あの夢は____。

カリム「みず……水………、水がほしいのか?」

カリム君の言葉に思わずビクリとする。また、あの威圧的な言葉が出てくるのだろうか…。

グリム「当たり前なんだゾ!もう喉がカラカラだぁ……」

カリム「なら___オレがよく冷えた美味い水を飲ませてやるよ!」

カリム君の言葉に、え?となる皆。先ほどまでの威圧的な態度が何処へ行ったのか、昨日みた太陽な笑顔をこちらに向ける。あれ?前までのカリム君に戻った?ユウやグリム君や他の寮生達と同様目を丸くする。

カリム「“熱砂の憩い、終わらぬ宴 歌え、踊れ!”_____【枯れない恵み】 !!」

詠唱と魔法の名を告げるカリム君。

___ポツン、ポツ…

すると、頭上から雫が落ちてきた。上を見上げると、曇り空…がある訳でも無いのに、オアシス周辺に雨が降り始めた。

こんな砂漠に雨__?いや、あり得ない…だとしたら、これが……カリム君のユニーク魔法?

グリム「うわ~~~!恵みの雨なんだゾ~~~!!」

監督生「…冷たっ…‥でも気持ちいい」

寮生「うめぇ~!乾いた身体中に染み渡る美味さだ……!」

寮生「はぁ、生き返る……」

カリム「そうか、美味いか!水だけでいいなら、乾いたオアシスをたっぷり満たすくらい出してやれるぜ」

監督生「…これがカリム先輩のユニーク魔法なんですか?」

カリム「そうだ!これがオレのユニーク魔法【オアシス・メイカー】は、少しの魔力で美味しい水をたくさん作り出すことができるんだ」

「水を沢山作り出す………だから空から雨が降ってきたのね」

グリム「なんか……“水がいっぱい出る”って、ユニーク魔法にしてはめっちゃ地味なんだゾ。水が出せる魔法士は他にもたくさんいる…むぐっ!?」

監督生「グリム!!」

失礼な事を言うグリム君の口をユウがふさぐ。ユウが「すいません」とカリム君に謝ると、彼は気にするなよー!と笑顔で答えてくれる。

カリム「少しの魔力でいっぱい出るってのが、オレの【オアシス・メイカー】のウリなんだ。水道が普及していない時代なら、水汲みや加熱殺菌しなくていい水がいくらでも出るなんてすっげー重宝されたと思うんだがなぁ。ま、お前の言う通り、水道が普及した時代じゃあんまり役に立たない魔法なんだけどさ」

監督生「え、いや、そんな事無いのでは…」

この世界にも、未だに水道が普及していない国は存在している。この魔法があれば、水不足の国は多く救えるだろう。

しかも、彼の故郷、熱砂の国は砂漠の国。干乾びた砂の国にとってこの魔法は国宝級の財産だ。

……それに、自然は一番恐ろしい災害の1つ。

もし、無限に水を湧き上がらせることが出来るのならば…大洪水を起こしたりすることも容易い筈。一見、平凡に見える魔法だが…使い方次第では凶器にもなる。

彼自身、これを悪用しようと考えない善人であることが救いかしら……。

カリム「でも! オレが生み出す水は、世界一美味いって自信があるぜ」

カリム君に言われて、水を飲んでみると…確かに普通の水とは少し違うと分かる。

グリム「そう言われてみれば……確かに、お腹に優しい冷たさでありながら、決してぬるくない。新鮮な湧き水のように口当たりまろやかでゴクゴクいけるお水なんだゾ」

ジャミル「モンスターに水の違いなんかわかるのか?」

グリム「なにおぅー!?失礼な!オレ様の味覚は確かなんだゾ!」

監督生「味覚が確かな獣は拾い食いしないと思うよ」

カリム「うんうん、オレの見込み通りだ!グリムは違いがわかるヤツだって思ってた!よし、褒美にクラッカーをやろう」

グリム「ウッ、ハラは減ってるけど、今パサパサしたものは食いたくねぇんだゾ~……」

「どこからクラッカーを…」

懐から取り出したクラッカーをグリム君に押し付けるが、彼は口を噤んで拒否している。

監督生「……さっきと別人だね」

グリム「確かに…」

カリム君の態度が、激変した。さっきまでの威圧的な態度がどこへ行ったのか、いつものカリム君に戻っていた。何がキッカケで、あぁなったの?

___でも、まだ不安な事がある。

「・・・精霊が見えない」

昨日までは見えていた精霊たちが見えない。いつものカリム君に戻っているのに妖精たちが現れてくれない。

【お前への加護はなくなった】

夢の中で聞いた言葉が脳裏に浮かびあがる。一抹の不安を抱え、私はユウとグリム君から少し離れる。そして、カリム君の魔法によって溜まった水たまりにそっと手を当てる。

水が少しでもあれば“彼女”は来てくれる。そうだと言われていたんだ、だから___きっと、大丈夫。

「ウィンディーネ」

彼女の名前を小さく呼ぶ。いつもなら水の中に水流が現れて、ウィンディーネが出てきた。けど、水面に変化はない。

今度は砂の上に手を置いてみた。

「ノーム?」

大地の精霊でもあるノーム、普段はサバナクロー寮のマジフト場にいることが多いけど、砂がある所ならば大抵来てくれる……と言ってくれていた。だけど、私の前に小さな砂嵐は現れてくれない。
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