熱砂の策謀家

困ったわね。ここはスカラビア寮…建物の構造なんかも彼らの方が詳しい。あと、この部屋からどうやって抜け出せばいいのか…。

グリム「あ、そうだ!エリーゼ!この間の授業の奴、やってみればいいんだゾ!」

「授業?」

グリム「クルーウェル先生の授業!えっと…鍵あげの呪文って奴!」

そういえば、ホリデーに入る1週間くらい前にそういう実施授業を見せて貰った。内容は『鍵閉めの呪文』と『鍵あけの呪文』だ。

【妖精・精霊学】の授業だったため、精霊に協力して貰う授業で、実際に成功した生徒はいなかった。

グリム「オレ様もエースやデュースも訳わかんなかったけど、エリーゼだけは出来てたゾ!」

監督生「そういえば…ジャックが悔し気な顔していた」

意外と精霊に好かれるジャック君。だけど頭の耳と尻尾を遊ばれて全然協力してくれなかったみたいだった。

そういえば、ノームも頭の上に乗っていたな…獣人好かれるのかしら?

グリム「おい、エリーゼ!早くやってここから脱出するんだゾ!」

監督生「また囲まれた意味ないんじゃ…」

グリム「そこは…オレ様の炎と妖精の力を足せば、何とかなるんだゾ!」

「そうかもしれないわね」

ここで呼び出せる子と言えば………砂漠だからノーム?

グリム「あ、でも対価がいるとかなったら…今日クッキーは」

「ノームを呼ぶ予定だから対価はいらないと思うわ」

グリム「う~ん」

「信じて」

グリム「エリーゼ………よし、脱出するんだゾ!」

ポンポンと彼の頭を撫でて、ドアノブに手を掛ける。周りを見るが、以前のように精霊たちが現れてくれない。

__呪文を言っている間に、来てくれるだろうか……。

【鍵あけの呪文】の詠唱を唱える。

『“小さきものよ、我の声にこたえよ。我の名はエリーゼ・・・・扉を開けよ』

授業では、実験室の窓の鍵が外れてくれた___が、今回は何も起きない。失敗した?と思い、振り返るが、そこに精霊の姿は1人も見当たらない。

監督生「精霊の加護を受けたエリーゼさんが失敗した!?」

「……そう、みたい…それどころか、精霊が1人も見当たらない」

外は砂の大地なのでノームが現れてくれるかと思ったけど…‥。窓がないから来れない、とか?

…‥それかサバナクロー寮のマジフト場で眠っている?

___本当に失敗?来れないだけ、なのかしら?

予期せぬ不安が襲いかかる。彼らがここにいない事で起きた失敗なのか

___いや、まさか………。

グリム「ロゼッタ!そんなに心配するんじゃないゾ!精霊だって、こんな狭ぇ部屋に来たくねぇだけなんだゾ~!」

「……そうかしら」

グリム「そうだゾ!あいつらがエリーゼを嫌う何て、あり得ないゾ!」

監督生「グリムの言う通りですよ!嫌うはずがありません!」

私をフォローしてくれているのだろう、必死に言葉を紡ぐグリム君。
こんな彼に悩ませるなんて、よくないな。

「そうだね。ごめんなさい、失敗しちゃった…どうしましょうか」

グリム「う~ん……あっ、そうだ!!学園長にすまほ?って便利なアイテムをもらったんだろ?それでアイツにスカラビアのことチクッてやるんだゾ!」

監督生「…あ、そうか。その手が」

正直、信用にかけるが、非常事態と分かれば学園に戻ってくるはず。
ユウは懐からスマホを取り出し、お義父様に電話をかける。

(RRRRRRR…………)

クロウリー《はい、クロウリーです》

監督生「が、学園長!もしもし。監督生とグリム君です!」

グリム「オイ、学園長!オメーがいない間に、こっちは大変なことになってんだゾ!」

「何ですと!?」という言葉が続くだろう…と、思っていたのだが。

クロウリー《現在南の島でバカンス中……ゴホンッ!重要任務中につき、スマホの電源を切っております。ご用の方はピーッという音の後にメッセージを。気が向いたら折り返します。私、優しいので》

聞こえてきたのは…留守電。
その後に、ツーツーという機械音が部屋に響き、暫く沈黙した。

グリム「コラァアア!!!」

グリム君が沈黙に耐え切れず、叫び出す。いやもう私も叫びたい。

グリム「オマエ、今バカンスって言ったんだゾ!?」

監督生「渡された意味ないじゃん」

「学園の長として恥ずかしくないのかしら」

グリム「チクショー!本当にいい加減なヤツなんだゾ!」

もう怒鳴るのも馬鹿らしくなったのか、ユウは通話を停止した。

「どうしましょう」

グリム「とりあえず、エースとデュースにも連絡しとくんだゾ」

監督生「え?エースとデュースに?休暇中なのに…」

グリム「アイツらじゃ、なんの役に立たなそうだけど、一応やっとくんだゾ!」

監督生「そんな事も無い気がするけども……えっと、何て打てば…」

グリム「ちょっと貸すんだゾ!」

そういうと、ユウはグリム君にスマホを奪われ、彼はポチポチとボタンを押していく。

グリム「えっと…【スカラビアに、かんきんされてるんだゾ!】…よし!」

「どこが”よし”なの?」

グリム「なんとかなるんだゾ!」

監督生「寝ようか、何もできないし」

グリム「そうだな…ふわぁ~眠いゾ」

職員寮とは違う、スカラビアのベッドにもぐりこむ。

空き部屋だという割にはしっかり掃除もされていて、埃が溜まっている様子が無い。

グリム「スピーッ、スピー」

ユウ「スー・・スー」

寝るのが早いユウとグリム君に布団をかぶせる。

「………ノーム?」

ふと、名前を呼ぶが、彼が出てきてくれる様子はない。

「サラマンダー」

今日出会ったばかりのサラマンダーの彼を呼ぶ…だが、現れてくれない。

あの物置部屋から、彼はどこへ行ってしまったんだろうか___。

____何、この嫌な予感は。


「気のせいよね」

明日になれば外に出られる。その時にもう一度試してみよう。

___大丈夫、大丈夫だから。

私は自分自身にそう思い込ませ、布団へ潜り込んだ。

***********

【無くなった、無くなった】

耳元で不協和音のような嫌な音がする。耳を塞ぎたいのに、手が動かない

【お前への加護はなくなった】

どんどんその声は近付いてくる。

__いやだ、来ないで__近づかないで

途端、体が動くようになり、私はパッと目を開けた

・・・けれど、そこにいたのは。

「ロ‥ゼッタ?」

【無くなったのに、まだここにいるの?】

幼い頃の姿の私がいた。

「はっぅ!!!?」

ガバリと起き上がる。うにゃ!?と隣にいたグリム君も跳ね起きた。
私は布団を抱きかかえ、息を乱す。

グリム「お、おい!急に何を……て、どうしたんだゾ?」

グリム君の声でユウも目が覚めたようだった

監督生「えりー・・ぜさん?」

「グリ・・・ム君」

側に寄ってきた彼をギュッと抱きしめる。

「私・・・ここにいるわよね」

グリム「何いってんだ?どうしたんだゾ?」

監督生「どうかしましたか?」

肉球の手で私の頭を撫でてくれる。優しくポコポコと撫でてくれるグリム君の手。

いつもならば、すぐに落ち着くはずなのに___ずっと気分が悪い。

【無くなったのに、まだここにいるの?】

幼い頃の自分自身が、歪んだ笑みを浮かべ、私を見下ろしていた。

あの言葉の意味は、一体……“無くなった”って

グリム「どうしたんだゾ、エリーゼ?」

「何でもない‥何でもないの」

心配そうにするグリム君の背中を撫でる。部屋に付けられていた時計を見ると…まだ6時だ。

「ごめんなさいね、早く起こしちゃって…ちょっと悪い夢を見たの」

監督生「そうなんですね。もう大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫」

グリム「…ならいいんだゾ。じゃあ、朝飯までもう一度…」

寝直す、とグリム君が言いかけた時、バタンと部屋の扉が開いた。
入ってきたのはスカラビア寮生数名。

寮生「お前たち、いつまで寝ている気だ!起きろ!」

突然入ってきた寮生たちに驚く3人。

監督生「……え、えっと…お、おはようございます?」

寮生「暢気に挨拶などしている場合か!これより、東のオアシスに向けて10キロの行進を行う!」

「い、今から?……それに足場が悪い砂漠を10キロも」

グリム「なんでオレ様たちがそんなことしなきゃいけねぇんだゾ!!」

スカラビア寮生の1人がグリム君の尻尾を掴む。宙ぶらりんになったグリム君は足をジタバタしつつ、抵抗するけれど…とても人間にはかなわない様子。

寮生「つべこべ言うな。お前たちも参加せよと寮長が仰せだからだ!来い!」

グリム「フギャ~!ヤダヤダ~~離すんだゾ~~!」

寮生「おい、お前ら!部屋のクローゼットの中にスカラビアの寮服が入っている。それに着替えて、お前は噴水の前に集合しろ!くれぐれも遅くなるな!いいな!」

そして、グリム君を引っ張り、彼らは部屋を出て行った。

「クローゼット?」

部屋のクローゼットに近付き、中を開けると、女子用の寮制服が2着あった。
12/42ページ
スキ