熱砂の国のアリア―ブ・ナーリヤ

監督生がカリムとケイトと投げ技や他の技について盛り上がっていると、周囲を見回しながら歩いている1人の男性の姿がロゼッタの目に飛び込んできた。
 
確かあの男性はザハブ市場で出会った花火師ではなかっただろうか。男性の目がこちらを向きジャミルの姿を見つけると笑顔を浮かべた。

「いたいた! おーい、ジャミルくん!」

カリム「お? 花火師のおっちゃんだ。なんかあったのかな?」

ジャミル「ま、まさか、またトラブルが起きたのか? 花火が打ち上げられないとか……!?」

小猿に奪われた打ち上げ花火のデータが入ったUSBメモリは先程取り返したはず、まさかデータに破損が…!? ジャミルは動揺を見せる。

「いいや、ジャミルくんたちがUSBメモリを取り戻してくれたおかげで無事に打ち上げられるぞ。改めてお礼を言わせてくれ、さっきは本当にありがとう」

ジャミル「いえ、別にたいしたことは……」

「ロゼッタ様にもご迷惑をおかけしたお詫びと、なにかお礼をしたいと考えてな。キミとロゼッタ様にお願いしたいことがあるんじゃ」

「そんな、お詫びだなんて。こうして素敵な花火を見させていただけるだけで十分です」

「謙虚ですな……。だが、それではワシの気が済まん! そこで、大会の目玉である、仕掛け花火打ち上げの合図をキミたちに任せたいんじゃ」

ジャミル「えっ、仕掛け花火?」

「花火の打ち上げの合図を?」

これはもう決定事項じゃ! と有無も言わさぬ笑顔で合図となる手持ち花火を1本ずつジャミルとロゼッタの手に男性は乗せる。

ジャミル「まさかそれって、【ヤーサミーナ河 花火大会】で最も重要とされる……」

「そう、ラストの大玉100連発のことじゃ! 打ち上げ方法が近代化された今でも、【アリアーブ・ナーリヤ】で魅せる美しい花火の価値は変わらん。仕掛け花火を打ち上げられることは、【ヤーサミーナ河 花火大会】で最大の名誉と言われている。このUSBを取り返してくれたキミにぜひやってほしいんじゃ、ジャミルくん、ロゼッタ様」

カリム「おー! やったな、ジャミル、ロゼッタ!」

そんな責任重大な大役を突然頼まれ、ジャミルとロゼッタは目を見開いて驚き、受け取った手持ち花火がとても重たく感じた。

ジャミル「ま、待ってください! そんな大役を引き受けるわけにはいきません! そういうことは使用人の俺ではなく、主催者であり、アジーム家次期当主のカリムに相応しい。カリムを差し置いて、俺がやるわけにはいきません……」

「ジャミルくん……」

断ろうとしているジャミルの手にロゼッタはそっと手を添える。

ロゼッタはジャミルがオーバーブロットしてしまう以前から、カリムに様々なことやものを譲ってきたことを知っていた。

今回、盗人を捕まえられたことはジャミルのおかげだ。それなのにジャミルはまたカリムに譲ろうとしている。ロゼッタはジャミルの目をじっと見つめ笑顔を浮かべた。

ジャミル「ロゼッタ様?」

「ジャミル君、せっかくこう言ってくださっているんだから……喜んで引き受けましょう?」

ジャミル「ですが……」

「ジャミル君はこの大役を引き受けるのに相応しいくらい今日頑張ってくれたわ。だからご褒美があってもいいと思う。一緒に合図を出すの、私も精一杯頑張るから、ね?」

【ヤーサミーナ河 花火大会】

これまでジャミルのアテンドでどれ程この国の人々や、国外の人々がこの花火大会を楽しみにしていたかを知った今、この大役を引き受けるのはとても勇気がいること。

それを託され、その小さな身体で気丈に振る舞うロゼッタにジャミルは重なっているロゼッタの手が小さく震えていることに気がついた。

カリム「ロゼッタの言う通りだ。めちゃくちゃ大事なことだからこそ、今日1番頑張ったジャミルにぴったりじゃないか!」

トレイ「そうだな。カリムや花火師のおじさんだけでなく……お兄ちゃんが活躍したら、ナジュマちゃんも喜んでくれるんじゃないか?」

ケイト「うん。今日1日オレたちを完璧にアテンドしてくれたジャミルくんだもん。きっと格好良くキマるよ。あ、ちゃんと記念の撮影もしてあげる! 任せて!」

マレウス「こういう時は素直に受け入れることも大事だぞ、バイパー」

監督生「ジャミル先輩っ、ロゼッタさんもがんばってください!」

「ジャミル君」

ジャミル「…………」

小さく震えているロゼッタを止められるのは自分しかいない。

口を揃えて自分に相応しいと認めてくれるケイトたちにジャミルは一度目を閉じ、口元に笑みを浮かべ、ロゼッタの手を握り返した。
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