熱砂の国のアリア―ブ・ナーリヤ

……まず、厳命する以前に食べ物はちゃんと食べるよう言った方がいいんじゃないかしら?

そんなことを思っているうちに、マレウスさんは無事コーヒー豆と茶葉を購入し、そのまま市場を歩く。

すると、トレイさんがある土産物屋の前で足を止めた。

トレイ「おっ、綺麗な砂時計が売っているな」

カリム「これはただの砂時計じゃないんだ。お守りにもなるんだぜ!中に入っている砂の色ごとに、色んなご利益があるんだ」

ジャミル「ご利益の由来は、伝承にちなんでいます」

トレイ「店先の看板に、砂の色が持つお守りの効果が書かれているな。どれどれ……」

そうしてトレイさんが砂時計を吟味すると、2色の砂時計を手に取った。

トレイ「……よし、ピーコックグリーンとクリムゾンレッドの砂時計を買おう」

ケイト「それって、誰と誰に渡すの?」

トレイ「ピーコックグリーンはデュースに、クリムゾンレッドはエースへのお土産だ」

ケイト「ふーん。どんなお守りの効果があるか、看板を見てみようっと」

監督生「あ、私も見ます」

ケイト「あ、やっぱりピーコックグリーンの砂時計は伝承のお姫様が由来になってるみたいだね。頭の回転が早かった姫にちなんで『学業成就』だって」

ジャミル「クリムゾンレッドは、伝説の『砂漠の魔術師』が身に纏っていた服の色だったようです。ひたむきに国のために尽くした彼にあやかって、『集中力向上』の効果があるそうです」

監督生「あははっ!確かにあの2人にはピッタリなお守りだ」

ケイト「いいな!オレも欲しくなってきたかも!どの色の砂時計にしようかな~」

「私もこのピーコックグリーンの砂時計を買います」

サラマンダー『どうして買うの?』

「まだまだ学びたいことがたくさんあるからよ。」

トレイ「勉強熱心なのはいいことだ」

監督生「どっかの誰かさんも見習ってほしい」

マレウス「クローバーとダイヤモンドは、他の誰かへの土産を買ったのか?」

トレイ「あぁ。リドルに、赤いティーカップとソーサーをな」

ケイト「オレとトレイくん、2人で割り勘してね」

ジャミル「この国では、紅茶やコーヒーが盛んに飲まれるので茶器もたくさん売られているんです。金装飾された磁器製のカップや、アイスドリンク用のガラス製のカップは土産の定番ですよ」

「私もティーカップはこの国のを使ってるんです。」

監督生「あ、なんか見覚えあるなと思ったら、この前のあれは熱砂の国のだったんだ。」

トレイ「それと、『ラクダバザール』でドライフルーツを買ったんだ。パイナップル、オレンジ、キウイ、バナナ……今日食べたメロン、それとデーツ……」

マレウス「ずいぶんたくさん買ったな」

トレイ「あぁ。このドライフルーツをたっぷり使ったタルトをリドルに焼いてやろうと思って」

マレウス「なるほど、ただ渡すわけではないわけか。ローズハートも喜ぶだろう」

監督生「そうだね。想像できる」

今の一瞬で、脳裏に目を輝かせながらタルトを食べるリドル君が浮かぶくらいに。

ケイト「けーくんも、すっごく素敵なお土産買っちゃった♪ピーコックグリーンのビーズブレスレット、伝統柄のハンカチ……。あとは小分けに包装されたデーツチョコ、個装されたコーヒー豆でしょ……」

カリム「おおー。リドル1人に、随分たっくさん買ったんだなー」

ケイト「あ、これリドルくんにだけじゃないよ。寮のみんなやクラスメイトにあげる分も入ってるんだ。『いかにも熱砂の国!』っていうものが欲しい人もいると思うし……、そういうものを貰っても、使い道がなくて困るから、食べ物がいいって人もいるでしょ?
 それにリドルくんの性格だと、自分にだけお土産を渡されたら……『他の寮生がもらっていないのにボクだけもらうことはできない』って言いそうじゃん」

トレイ「だよな。だから、俺もドライフルーツのタルトを寮生みんなに振る舞うつもりだ」

ジャミル「至れり尽くせりですね。さすがはあの暴君……いえ、厳格な寮長に仕えるおふたりだ」

「いいんじゃないかしら?それだけ慕われてるってことで」

入学当初と比べたら、今のリドル君の態度は比較的軟化している。

今も変わらず彼に尽くす2人は、まさにトランプ兵の鑑だと改めて思えた。

ザハブ市場を歩いていると、ふとある一角が賑やかであることに気付いた。

ケイト「ん?あそこのアイスのお店、人だかりが出来てるよ」

トレイ「買うための列というより、見世物客みたいだ。なにか特別なアイスなのかな」

マレウス「熱砂の国の氷菓か。注文しないわけにはいかないな」

氷菓大好きなマレウスさんが目に付けないわけはなく、そのままお店のほうへ行く。

マレウス「1つもらってもいいか」

「あいよ!お兄ちゃんは観光客かな?ウチのアイスを食べたらビックリするぞ。今すぐ用意するから、このカップを持って待っててくれ」

そう言って店主が棒を使ってアイスを伸ばしていく。

あ。もしかしてあれ、『ドンドゥルマ』?

ケイト「うわ!棒でこねたアイスがぐんぐん伸びてる!おっもしろーい!」

ケイトさんは初めて見るのか、スマホで写真を撮っていた。

あれ?でも、こういう店ってたしか……。

「はい、出来上がり!さあ、お兄ちゃん。カップを差し出してくれ」

マレウス「ああ」

マレウスさんが言う通りにカップを差し出したら、乗っていたアイスが消えた。

マレウス「む……!?」

ケイト「わっ!目の前からアイスが消えちゃった……!?」

「違いますよ。アイスはまだ棒の先に付いてます」

あれ、デンプンを含んでる粉と一緒に混ぜて作ってるから、粘着性すごいのよね。

そのため、店には工程を含めてこういうパフォーマンスがあるのだ。私もお母様と一緒に行ったとき、やられた覚えがある。

「ほら、ちゃんと取ってくれないと困るよ」

マレウス「あぁ。次はしっかり受け取る」

そう活き込んだマレウスさんだけど、アイスはまたカップに乗せられなかった。

マレウス「……」

「あはは、どうだい!伸びるアイスなんて、初めて見ただろう!」

トレイ「マレウス……もう何回も、アイスを鼻先に突き出されては、じらされているな……」

「あの手のパフォーマンスは付き物ですよ。それに……」

ジャミル「うわ―――――!!!」

私が言おうとした直後、ジャミル君の大声でそれが遮られた。

ジャミル「申し訳ありませんマレウス先輩!遊びとは言え我が国の者が無礼な真似をッ!!どうか、どうかお目こぼしを……!」

マレウス「……なにを言っているんだ、バイパー?」

ジャミル「いや……あの、ずっとアイスを取らせないイタズラをされてお怒りになっていましたよね?」

マレウス「これくらいで、僕が怒るわけがないだろう。店主のパフォーマンスに感動していたんだ」

監督生「あの顔はそう見えなかったけど……まぁ、楽しんでたのはなんとなくわかった」
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