熱砂の国のアリア―ブ・ナーリヤ
「お客様、言いがかりをつけられては困ります。艶のある被毛に立派なしっぽ……この高貴なお客様が偽物を見抜けないはずがありません!」
グリム「にゃはは~!やっぱりオレ様はすげーんだゾ!」
監督生「……グリム、こんなアズール先輩の劣化版みたいな人の言葉を信じないで」
ジャミル「はあ……」
あっさり騙されているグリム君にユウが頭を抱えていると、ジャミル君はため息を吐いた後、目の前の商人を睥睨する。
ジャミル「あいにく俺は観光客じゃないんでね。『絹の街』の“お作法”には詳しいんだ。そのランプの価値は……せいぜい5000~1万マドルがいいところだ。相場を知らないタヌキ相手にしても、さすがに吹っ掛けすじゃないか?」
グリム「おい、オレ様タヌキじゃないんだゾ!」
「グリム君、し~」
タヌキ扱いをされて怒るグリム君に今は静かにしようと言う前に、商人は忌々しそうに舌を打つ。
「チッ!このあたりじゃ見ない顔だし、いい服を着ているから金を持った観光客かと思ったら……地元民が混じってやがったのか。それじゃ商売あがったりだ。場所を移して次のカモを探すとしよう」
「すごい開き直りね……」
グリム「ふなっ!?ってことは、そのランプ、ジャミルの言う通り偽物だったのか!?」
ジャミル「そういうことだ。熱砂の国はしたたかな人間ばかり。油断していると財布がすっからかんになるぞ」
監督生「その『したたかな人間』の代表格が言うと説得力がありますね」
「うるさい」
私たちが会話する横で商人がいそいそと別の場所へ移動しようとするのを見て、グリム君が悲しそうにランプを見つめる。
グリム「残念なんだゾ……。めちゃくちゃ格好いいランプなのに……」
監督生「……まあ、確かに見た目はよかったよね。エイジング加工されているおかげで、寮に飾ればそれなりにいいインテリアになりそう」
トレイ「……。そうだな、旅の記念とするなら悪くない。もう少し安ければ買ってもいいんじゃないか」
「お兄さん、意外と話がわかるじゃないですか!おっしゃる通り、旅の記念
に買うにはうってつけ。お部屋に飾れば誰からも褒められること確実です。それに、ずっと大事にしていれば、いつしか本当に魔法の力が宿る……かもしれません」
「……ああ、それは……ありえるかもしれないわね」
長年大事にした物に願うとその願いはかなうのだとお母様に教わった。
「この精巧に作りこまれた魅惑のランプ……1万マドルでお譲りしましょう!」
ジャミル「はあ……接客中に寝言なんてよしてくれ。こっちは偽物と知ったうえで買ってやろうと言っているんだ。あんたも誠意を見せてくれないと困る」
「いやいや、お兄さんも言っていたでしょう。このランプは1万マドルに相当する品物だと。魔法の力はなくとも、精巧な細工が施された極上品。1万マドル以上の価値があるのは間違いありません」
ジャミル「ふん、まだそんな口を利く気か?偽物を高値で売りつける店だと広めてやってもいいんだぞ。この先も『絹の街』で商売していくつもりでいるなら……信用を失うわけにはいかないよな?」
「くっ……わかりました。9000マドルでお譲りいたします」
ジャミル「こっちは大事な客人が騙されかけたんだ。5000マドルなら手を打ってやる」
「お兄さんこそ足元見すぎでしょう!私には生まれて間もない子どもがいるんです。さすがにこれ以上は…」
ジャミル「俺の知ったことではないな。交渉の余地がないなら、被害者が増えないように注意喚起をして回るまでだ」
「うぐぐ……わかりました。8500マドルでいかがでしょう」
ジャミル「5000マドルと言っているだろう」
徐々に白熱し始めた値切り交渉。
ジャミル君も商人も一歩も引かない駆け引きに、マレウスさんが感心したように見る。
マレウス「ほう……。熱砂の国で“賢い買い物”をするにはああすればいいのか」
トレイ「慣れたものだな。まだまだ土産物は買うし、勉強させてもらうとしよう」
監督生「ちゃっかりしてますね……」
まあ、後学のためだと思えば、あの値切り交渉もいい勉強になるのかっしら。
これがアズール君なら、『結構です。間に合ってます。また今度』で終わるけど。
「7500マドルだ!これ以上は下げられないぞ」
ついに根を上げた商人が言った値段に、私はこの辺りが妥協だと思った。
相場を考えれば安くも高くもないけど、オマケでなにか欲しいところね。
ジャミル君も同じことを考えたのか、見切り品のワゴンを見ていた。
私も釣られてワゴンを見ると、その中にある布を見てすぐに納得した。
ジャミル「あのワゴンの右端にあるベージュの布でランプを包んでもらえないか?そしたら7000マドルで買わせてもらうよ」
「この布かい?どうせ買い手もつかないからな……やれやれ、わかりました。お客様の仰せの通りに」
商人は肩を竦めながら、例の布にランプを包んでジャミル君に渡す。
ユウがきっちり7000マドル払っていると、ランプを受け取ったジャミル君はそれをグリムに渡した。
ジャミル「ほら、ご所望のランプだ」
グリム「やった――!格好いいランプが手に入ったんだゾ!」
「良かったわね、グリム君」
喜ぶグリム君の横で、ジャミル君はさっき包んでもらった布をじっと見た。
ジャミル「…………。次の店に行く前に、そこの古美術店に寄って行こう」
トレイ「別に構わないが……どうしてだ?」
ジャミル「そのランプに包んでいる布を、売りに出すんですよ」
グリム「ええ?こんな雑巾みたいなぼろきれをか?売れねえだろ」
ジャミル「いいや。くすんだ色味のせいで汚れて見えるが、実際は希少な染料で仕上げた高級品だ。確かな目利きの店で売りに出せば、さっきのランプが30個は買える値がつくだろう」
「「さ、30個……!?」」
「あの商人、相手が悪かったわね」
まさかの値段を聞かされ、目を見開くグリム君とトレイさん。
なんとなく意図を察していた私が、ジャミル君に一杯食わされた商人を憐れむその隣で、マレウスさんがくすりと笑う。
マレウス「さすが大商家アジーム家の従者だけある。見事な審美眼だ、バイパー。一貫しておのれの優位を崩さず、上物を騙し……いや、手に入れたお前の交渉術にも関心させられた」
ジャミル「お褒めに預かり光栄です。黙っていると相手の言い値でホイホイ買ってしまう気前のいい主人がいるもので……その経験が活きましたね」
トレイ「……故郷が嫌いだというわりに上手くやっているじゃないか」
ジャミル「好きではないとは言いましたが、嫌いと言った覚えもありませんよ。それに……熱砂の国の人間はしたたかだって話したでしょう?俺も例外じゃないということです」
そう言って微笑むジャミル君は、かつて見せた熱砂の策謀家の顔だった。
グリム「にゃはは~!やっぱりオレ様はすげーんだゾ!」
監督生「……グリム、こんなアズール先輩の劣化版みたいな人の言葉を信じないで」
ジャミル「はあ……」
あっさり騙されているグリム君にユウが頭を抱えていると、ジャミル君はため息を吐いた後、目の前の商人を睥睨する。
ジャミル「あいにく俺は観光客じゃないんでね。『絹の街』の“お作法”には詳しいんだ。そのランプの価値は……せいぜい5000~1万マドルがいいところだ。相場を知らないタヌキ相手にしても、さすがに吹っ掛けすじゃないか?」
グリム「おい、オレ様タヌキじゃないんだゾ!」
「グリム君、し~」
タヌキ扱いをされて怒るグリム君に今は静かにしようと言う前に、商人は忌々しそうに舌を打つ。
「チッ!このあたりじゃ見ない顔だし、いい服を着ているから金を持った観光客かと思ったら……地元民が混じってやがったのか。それじゃ商売あがったりだ。場所を移して次のカモを探すとしよう」
「すごい開き直りね……」
グリム「ふなっ!?ってことは、そのランプ、ジャミルの言う通り偽物だったのか!?」
ジャミル「そういうことだ。熱砂の国はしたたかな人間ばかり。油断していると財布がすっからかんになるぞ」
監督生「その『したたかな人間』の代表格が言うと説得力がありますね」
「うるさい」
私たちが会話する横で商人がいそいそと別の場所へ移動しようとするのを見て、グリム君が悲しそうにランプを見つめる。
グリム「残念なんだゾ……。めちゃくちゃ格好いいランプなのに……」
監督生「……まあ、確かに見た目はよかったよね。エイジング加工されているおかげで、寮に飾ればそれなりにいいインテリアになりそう」
トレイ「……。そうだな、旅の記念とするなら悪くない。もう少し安ければ買ってもいいんじゃないか」
「お兄さん、意外と話がわかるじゃないですか!おっしゃる通り、旅の記念
に買うにはうってつけ。お部屋に飾れば誰からも褒められること確実です。それに、ずっと大事にしていれば、いつしか本当に魔法の力が宿る……かもしれません」
「……ああ、それは……ありえるかもしれないわね」
長年大事にした物に願うとその願いはかなうのだとお母様に教わった。
「この精巧に作りこまれた魅惑のランプ……1万マドルでお譲りしましょう!」
ジャミル「はあ……接客中に寝言なんてよしてくれ。こっちは偽物と知ったうえで買ってやろうと言っているんだ。あんたも誠意を見せてくれないと困る」
「いやいや、お兄さんも言っていたでしょう。このランプは1万マドルに相当する品物だと。魔法の力はなくとも、精巧な細工が施された極上品。1万マドル以上の価値があるのは間違いありません」
ジャミル「ふん、まだそんな口を利く気か?偽物を高値で売りつける店だと広めてやってもいいんだぞ。この先も『絹の街』で商売していくつもりでいるなら……信用を失うわけにはいかないよな?」
「くっ……わかりました。9000マドルでお譲りいたします」
ジャミル「こっちは大事な客人が騙されかけたんだ。5000マドルなら手を打ってやる」
「お兄さんこそ足元見すぎでしょう!私には生まれて間もない子どもがいるんです。さすがにこれ以上は…」
ジャミル「俺の知ったことではないな。交渉の余地がないなら、被害者が増えないように注意喚起をして回るまでだ」
「うぐぐ……わかりました。8500マドルでいかがでしょう」
ジャミル「5000マドルと言っているだろう」
徐々に白熱し始めた値切り交渉。
ジャミル君も商人も一歩も引かない駆け引きに、マレウスさんが感心したように見る。
マレウス「ほう……。熱砂の国で“賢い買い物”をするにはああすればいいのか」
トレイ「慣れたものだな。まだまだ土産物は買うし、勉強させてもらうとしよう」
監督生「ちゃっかりしてますね……」
まあ、後学のためだと思えば、あの値切り交渉もいい勉強になるのかっしら。
これがアズール君なら、『結構です。間に合ってます。また今度』で終わるけど。
「7500マドルだ!これ以上は下げられないぞ」
ついに根を上げた商人が言った値段に、私はこの辺りが妥協だと思った。
相場を考えれば安くも高くもないけど、オマケでなにか欲しいところね。
ジャミル君も同じことを考えたのか、見切り品のワゴンを見ていた。
私も釣られてワゴンを見ると、その中にある布を見てすぐに納得した。
ジャミル「あのワゴンの右端にあるベージュの布でランプを包んでもらえないか?そしたら7000マドルで買わせてもらうよ」
「この布かい?どうせ買い手もつかないからな……やれやれ、わかりました。お客様の仰せの通りに」
商人は肩を竦めながら、例の布にランプを包んでジャミル君に渡す。
ユウがきっちり7000マドル払っていると、ランプを受け取ったジャミル君はそれをグリムに渡した。
ジャミル「ほら、ご所望のランプだ」
グリム「やった――!格好いいランプが手に入ったんだゾ!」
「良かったわね、グリム君」
喜ぶグリム君の横で、ジャミル君はさっき包んでもらった布をじっと見た。
ジャミル「…………。次の店に行く前に、そこの古美術店に寄って行こう」
トレイ「別に構わないが……どうしてだ?」
ジャミル「そのランプに包んでいる布を、売りに出すんですよ」
グリム「ええ?こんな雑巾みたいなぼろきれをか?売れねえだろ」
ジャミル「いいや。くすんだ色味のせいで汚れて見えるが、実際は希少な染料で仕上げた高級品だ。確かな目利きの店で売りに出せば、さっきのランプが30個は買える値がつくだろう」
「「さ、30個……!?」」
「あの商人、相手が悪かったわね」
まさかの値段を聞かされ、目を見開くグリム君とトレイさん。
なんとなく意図を察していた私が、ジャミル君に一杯食わされた商人を憐れむその隣で、マレウスさんがくすりと笑う。
マレウス「さすが大商家アジーム家の従者だけある。見事な審美眼だ、バイパー。一貫しておのれの優位を崩さず、上物を騙し……いや、手に入れたお前の交渉術にも関心させられた」
ジャミル「お褒めに預かり光栄です。黙っていると相手の言い値でホイホイ買ってしまう気前のいい主人がいるもので……その経験が活きましたね」
トレイ「……故郷が嫌いだというわりに上手くやっているじゃないか」
ジャミル「好きではないとは言いましたが、嫌いと言った覚えもありませんよ。それに……熱砂の国の人間はしたたかだって話したでしょう?俺も例外じゃないということです」
そう言って微笑むジャミル君は、かつて見せた熱砂の策謀家の顔だった。