深海の商人

エリーゼSide

レ「…そこでだ。なあアズール、俺と取引をしようぜ。」

ア「・・・・は?」

レオナさんの提案に拍子抜けしたような声を出すアズール君。ちらっとレオナさんの方を見るが・・うまくいくだろうか…でも、アレはされたくないだろうし、その効果に期待するしかないわね。

レ「この契約書をお前に返したらお前は俺に何を差し出す?」

ア「な、なんでもします。テストの対策ノートでも卒業論文の代筆でも、出席日数の水増しでも、何でもあなたの願いを叶えます!」

レ「なるほど、実に魅力的な申し出だ。」

一応、寮母として働いている私の前でこんなこと言っていいと思っているのか‥‥まあ、いったんこのことは置いておいて、レオナさんの返答に安心したような声を出すアズール君。契約書が破棄されることはなくなったと思っているのだろう。

ア「ならー」

レ「だが…。悪いが、その程度じゃこの契約書は返してやれそうにねぇなァ。」

ア「・・・えっ?」

アズール君は天から地に落ちたような顔をしている。あんなことを言われたら、誰だってそうなるだろう。

レ「俺はな、今、アイツに脅されてんだよ。契約書の破棄に協力してくれなきゃ、毎日朝まで毛玉と一緒に部屋の前で大騒ぎしてやるってなァ。」

ア「は・・・・?」

何を言ってる?という顔だ。だけど、私も昨日、経験したからわかる。あれは‥‥

レ「お前にオンボロ寮取られちまったら俺が寝不足になっちまう。アイツらにサバナクローから出て行ってもらうためにも、契約書は破棄させてもらうぜ。」

ア「まさか、そんなことで・・・!?」

レ「悪党として、アイツに一歩負けたな、アズール。」

ア「う、うそだ・・・・やめろ!」

レ「-さあ、『平伏しろ!』『王者の咆哮』!」

ア「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

アズール君が叫ぶがもう遅い。レオナさんのユニーク魔法によって契約書はすべて砂に変えられてしまった。


ア「あ、あああ・・・・・あああああ・・・・・・!!僕の、僕の『黄金の契約書』が・・・・っ!ぜんぶ、塵に・・・・っ!」

膝をつき、砂となり消えた契約書を見つめながら絶望の声を出すアズール君。この契約書を破くことはできないというのはやはりハッタリだったのね。

ラ「アズール君のユニーク魔法『黄金の契約書』一度サインをした契約書は何人たりとも傷つけることはできない。」

レ「わざわざ何度も破れないところを見せびらかし無敵だと印象付けていたが・・・・・」

「すべてにおいて完全無欠の魔法なんてこの世に存在しません。」

レ「状況からみて、VIPルームの中、あるいはお前が手にしているときだけ無敵効果が付与されてるんじゃないかと予想していたんだがー。俺の魔法で簡単に砂に変えられたとこを見るとその読みは当たってたらしいな。契約書自体の強度は、ただの紙同然だ。」

ア「そ、そん・・・・・な・・・・」

しゃがみ込んで、俯いてしまったアズール君。少しやりすぎてしまったかも‥‥

ラ「シシシッ!アイツらの脅しなんかレオナさんなら1発でぶっ飛ばせちゃうのに‥‥何でここまで手伝ってやるのかなーって思ってたんすけど。オレ、理由がわかっちゃたッス。」

言われてみれば確かに、そうだ。ではなぜ協力したのだろう?

レ「あん?」

ラ「レオナさんが前にアズール君と結んだっていう契約これに乗じて破棄しちゃおうって魂胆だったんでしょ。」

レ「・・・はっ、詮索屋は嫌われるぜ?俺は困ってるやつを見逃せない優しい性分なだけだ。くくっ。」

ラ「うはっ。自分で言ってて笑ってんじゃないスか。砂にされる前にどんな計や内容だったのか見とけばよかったッス。」

アズール君には申し訳ないけれど、この2人が協力するといった時点で、こういう結果になることは何となく感じていた。

契約書が破れたのなら、みんなの魔法も元に戻っているはず…。リーチ兄弟も戻ってくるだろうな…

ア「・・・あ・・・ああ・・・・」

さっきまであんなに静かだったアズール君が急に嘆き声を上げ始めた。

レ「ん?」

ア「ああ、ああああ・・・っ!あ~~~~っ!!!!もうやだ~~~~~!!」

その声はだんだんと大きくなる。どこか様子がおかしいと思ったとき、アズール君のキャラが一気に豹変した。

ラ&レ「!?」

いつも冷静沈着な彼はどこへ?というくらい泣きじゃくるアズール君。その姿はさながら先日のグリム君のようだ。

ア「消えた…コツコツ集めた魔法コレクションが!僕の万能の力があ‥‥!」

レ「・・・・・なんだァ?」

ラ「き、急にキャラが…。」

レオナさんたちもアズール君のこんな姿を見るのは初めてなのか、困惑している。

ア「ああ、もうすべてがパァだ!!なんてことをしてくれたんだ!!!アレが無くなったら、僕は‥‥僕はまた、クズでノロマなタコに逆戻りじゃないか!そんなのは嫌だ‥‥いやだ、いやだ、いやだ!!もう昔の僕に戻るのは、嫌なんだよぉ…っ!」

黒いオーラが出てくると同時に私はレオナさんがオーバーブロットした時と同じような胸の痛みに襲われ始めた。

「っぅ・・・」

レ「エリーゼ!」
胸を抑え始めた私をとっさに支えてくれるレオナさん。

「…・だ、大丈夫…です」

レ「大丈夫じゃねーからこうなってんだろうが。しかし、なんだ・・・・!?黒いオーラが‥‥」

ラ「レオナさんが期待させてから落とすようなマネするからッスよ!アズール君。ほ、ほら。ちょっと落ち着こ、ねっ!」

ラギー君が前に出て、アズール君を説得しようとするが、アズール君から出てくる黒いオーラは止まることなく溢れ出してくる。

ア「うるせ~~~!!!お前らに僕の気持ちなんかわかるもんか!クズでノロマなタコ野郎と馬鹿にされてきた僕のことなんか…・お前たちにわかるはずがない!」

私は知っている。この心の”叫び”を。

ああ、あなただったのね。この前感じたブロットの音の持ち主は。

「っ・・・アズール君…落ち着いて!これ以上…っつ・・負の気持ちが…強く‥なったら…っつ」

レ「エリーゼ!おとなしくしとけ!」

ラ「無理はだめッス!」

レオナさんとラギー君にアズール君に近づくのを止められる。すると、アズール君は泣いていたのから一変して狂ったように笑い始めた。

ア「・・・・・・・・。ふ、ふふふ。ああ、そうだ‥…。なくなったなら、また奪えばいいんだ…くれよ。なあ、お前らの自慢の能力、僕にくれよぉ!」

ズキンという痛みとともにブロットが完全に黒く染まる音が脳裏に響き渡った。
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