呪術廻戦(五七)

「今日はどうしますか」
そう問われたので、
「いつもと同じに」
と答えた。
 理容師はバリカンを取り出し、七海の髪を五ミリの長さに刈り上げていく。そして鋏を取り出し、長い部分を整え始めた。
 金髪がはらりはらりと落ちていく。床に落ち、力なく横たわる金色を眺め、かつて言われた言葉を思い出す。
「七海の髪は、きれいだね」
五条さんが褒めた髪が、切り捨てられていく。

 昨夜五条さんはベッドで私の傍に横たわり、邪気のない笑顔で問うた。
「七海、僕のこと好き?」
 ――あいしています、とても。
 その言葉を、私は言えなかった。

 整えられた髪をショーウインドウの反射で確かめる。ジャケットを着なおし、大通りを進んだ。
 こぢんまりと構えらえた店舗が可愛らしい洋菓子店に入る。ショーケースの中には鮮やかで艶めかしい光沢を湛えた洋菓子が鎮座している。
 五条さんはこの店の苺のタルトが好きだ。
 タルトとケーキを四つほど見繕い、包んでもらう。忙しなく動き回る従業員の帽子は白く、その清潔な色がひどく目に染みた。

 カサカサと音を立てる軽い箱を抱え、七海はバス停のベンチに座った。
 顔を伏せる。自動車が目前を切りなく行き交っている。コツコツと高い音を立てるハイヒールが七海に近づき、隣のベンチに座った気配がした。七海の左側ではアイドルがジュースを持って満面の笑みを浮かべたポスターが一面に貼られている。

 あいしています、と言い損なった七海を、五条は責めなかった。ただ寂し気な笑みを浮かべ、七海の頭を撫でた。
 確かにこの身に眠るあいを、七海は口にできない。言葉を作ろうと思うと口は動きを止め、舌は硬直し、一度震える。こめかみから汗が噴き出す。口にしたい言葉が宙に浮き、のしかかる沈黙に耐え兼ねて七海は何度も瞬きする。
 言葉と心と体が分離する。
 この軽い箱に入った苺が、昨夜七海が確かに傷つけた五条を慰めてくれたらいいのに。
 振動と共にバスが停車する。立ち上がった女性は、僅かに躊躇ったあと、コツコツと音を立てて乗車した。座ったままの七海をその場に残して。
 今晩は五条さんの好きな食べ物だけを食卓に載せよう。食後にはとっておきの日に飲む紅茶と共にタルトを出そう。そして私たちは、私たちの間に生じてしまった不協和音を噛み砕き、咀嚼し、一緒に呑み込んでしまおう。

 七海は肩を丸め、紙製の小箱を守る。この世で縋れるものがこれしかないといったように。
 他者をいとおしむ言葉を持たぬ己が、ただ虚しい。
 七海はじっと、ベンチに座り続けた。
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