呪術廻戦(五七)

 おかえり七海、どうしたのそんな疲れた顔して。すごい隈。
 しかしあっついねー。ねえ、涼しくなる話していい? これは僕が知り合いの呪術師から聞いた話なんだけど――

 ***

 とあるところに妻子持ちの呪術師がいた。フリーの呪術師を生業としていたが、とにかくこの男、根っからの道楽者で借金がかさんでいた。そして遂に数日前、最愛の妻から離婚を突きつけられたそうだ。
 そこで男は、普段仕事を斡旋してくれている仲介人に、多少危険でもいいから稼ぎのいい仕事をくれとせっついた。仲介人も男を多少哀れに思ったのか、高額な報酬が約束された仕事を手配した。
 なんでも、廃校の屋上に人を呼び寄せて突き落とす呪霊がいるのだそうだ。誰が祓っても上手くいかず、報酬だけが日々うなぎ登りになっていっているらしい。男はこの話に飛びついた。場所も男の住んでいる所から近く、好都合だった。この依頼をこなして金を手に入れ、どうにか妻に離婚を思いとどまるよう説得する心積もりだった。
 彼は夜に廃校を訪れ、残穢を辿って屋上に到達した。そこには確かに呪霊がいた。女の呪霊だ。長い黒髪を垂らし、顔はのっぺらぼう。意思はあるようだが、彼女は無言のまま。敵対的な態度もみせない。
 肩透かしをくらった呪術師は、術式を発動して祓った。呪霊はこの世から消え去る。呆気ない話だ。
 気分良く仕事を終えた呪術師は翌朝、仲介人に電話を掛けた。おい、仕事をしたから急ぎで金を払え――と。
 電話先の仲介人は何故か怒り心頭だ。互いに怒鳴りあい、荒い息をついて、ふと両者が冷静になったところで話をしようと持ちかけると、仲介人は静かに言った。
『知らないのか、昨日も人が廃校の屋上から飛び降りたんだぞ』
 呪術師は半信半疑のまま、その夜も廃校の屋上に行った。どうせ俺が呪霊を祓ったあと、どこかの一般人が侵入して自殺したんだ。何てはた迷惑な野郎だ。
 そう毒づきながら屋上に通じる扉を開けた呪術師は、動きをとめた。

 ――いたのだ。屋上に、髪の長い女の呪霊が。
 のっぺらぼうの顔が呪術師をじっと見ていた。

 呪術師は再び術式を発動して祓った。無我夢中だった。女は消えた。祓った手ごたえは呪術師の手に残っている。周囲を確認しても、呪霊が潜んでいる気配は一切ない。
 呪術師はその場で仲介人に電話を掛けた。
「おい、祓ったぞ」
『ご苦労だが、念のため明日も確認してくれ』
「それをするなら追加料金を貰うぞ」
『ああ、無事祓えていたなら払ってやるよ』
 呪術師は納得し、電話を切った。

 だが、ねえ。もうわかるでしょ? 七海。呪術師は毎晩廃校の屋上に行った。その度に女の呪霊がいた。祓った。帰った。人が飛び降りていた。屋上に行く。祓う。飛び降りる。その繰り返し。
 その繰り返しはなんと九日も続いた。呪術師は疲れ果てていた。

 十日目。

 深夜、仲介人の元に電話が入った。例の呪術師からだ。
 電話にはノイズが混じり、上手く聞き取ることができない。彼は半ば叫んでいた。
『――つまだ、妻だ。アレは妻の顔をしていた、そしてアイツがのっぺらぼうになっちまった! クソ野郎、アレは、あの正体は――!』
 絶叫。

 電話は切れた。心配になった仲介人は、呪術師の家を訪れた。扉には鍵も掛かっておらず、部屋はもぬけの殻だった。居間のフローリングの上には、巨大な水たまりだけが残っていた。

 次の朝、廃校の屋上から飛び降りてこと切れている呪術師が発見された。彼の家族である妻と子供の行方は杳としてしれない。

 今も廃校では、人が時折屋上から飛び降りるのだという。

 ***

 どう、涼しくなった? 七海。

「――奇遇ですね。ねえ、五条さん。
 私も明日が十日目なんです。
 私は明日アナタを祓うべきなのでしょうか?」
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