fate(槍弓)

「オレ達はただ命じられたまま戦うのみ、そうだろう?」

 屋上でオレがそう言い放ったとき、構える黒髪の少女の背後で、赤い外套をまとった正体不明の謎のサーヴァントは、何故か嬉しそうに、ひたりひたりと押し寄せる悦びにひたるような表情で、空気で、ゆっくりと片側の口角を皮肉気に吊り上げた。本人が自覚していたのか否かは知らないが、ぎこちないものであったとしても、あれは確かに笑みだったのだ。
 オレは奴が抱いているであろう感情に似たものであればよく知っていた。知り尽くしていた。敵を前にして戦うことができる昏く熱い悦び。奴が同じ感情を抱いていたかなどわからない。けれど、昏い悦びにあてられたオレの思いはひとつだった、奴を前にして戦うことを望んでいたのだ。二人のサーヴァントの間に生じた感触は、オレにとって忌避すべきものではなかった。むしろ愉快でさえあった。満たされようとしていた、オレが求めた戦いの相手が条件付きとはいえ手の届く距離に存在しているのだから。
 新たなマスターになった男は気に食わねえが、対等に力をぶつけあえる喜びは、男がもたらす苦々しさをゆうゆうと超えていった。  
そうだ、戦うのみ。
 一度だけの撤退、それさえ守ればいつか敵を倒すだけのときがくる。それだけだ。難しいことなど、どこにもなかった。


 秋の冬木の街はどこか空々しく、白くくすんだ建物の隙間を黒い影がちらりと姿を見せ、路地裏を駆けていく。なだらかな坂道の途中にある外人墓地の横を通り過ぎて至る丘の上の建物も、どこか存在感に欠けていた。置き去りにされてからからに乾ききったじょうろと、投げ出されたホースの上に、重みのない夕日の色が重なっている。
 風が砂をさらう。瓦礫が積み重なっている壊れ荒れ果てた教会は、海底に沈んでいるかのような静けさを漂わせていた。夕暮れどき、昼も夜も届かぬ境界線上で潮の混じった生ぬるい風が吹き、気まぐれに破れた窓と橙色の太陽光を反射する砕け散った硝子を揺らしている。
 教会の屋根には大きな穴が空いていた。突き出た梁がギイギイと鳴りながら天を指す。昼に捧げられる祈りの声と、夜に過去で戦う女が生じさせている轟音が、はるか遠くから響く。
 境にある教会はひどく不安定な場所だった。それはこの場の主であった大柄な男の欠如の所為かもしれないし、毎日この時間にふらりと訪れる弓兵の所為かもしれない。丘の上にあるのは残響だけだった。修道女に奏でられる旋律も、魔術師をねじ伏せる死の匂いも、かつての神父が残していった気配と同一のものだ。遠く儚いものであるにも関わらず、それらがなければ、ここは存在できない。
 足音と気配で誰が訪れたか判る。重い足音は礼拝堂を経由せずに中庭へと歩む――壊れ朽ちた信仰の家は、礼拝堂を経由することなく中庭へ行くことができるようになっていた。きっと弓兵は逢魔が時に、教会の入り口付近でひひひと笑う黒い影を冷め切った目で流し見ながら海底で眠る建物の荒れた中庭に侵入して、静かにひとり腰を下ろすのだ。崩れかかった白い柱にもたれながら。

 目を開けた。
破れた穴越しに、朱色の空が視界一面に広がる。かろうじて形を残す礼拝堂の長椅子から、むくりと身体を起こした。強張る肩を左右とも回し、深く呼吸しながら背を伸ばした。礼拝堂で寝そべっていてもわかる、馴染んだようで違和感の残る異質な弓兵の気配。足を床に下ろし立ち上がると、足元で踏みつけた硝子と木片、そして石のタイルが割れる音が鳴った。
 石造りの、かつて廊下だった路を進みながらふと脈絡なく思い出す。ある日弓兵が投影していた呪いの槍のレプリカ。それを中庭の乾いた土の上から大地に差し、冷徹な眼差しで隅々まで観察していた。そして関心を失ったかのように弓兵が顔を背けると、槍は霧散して消えた。離れた場所で壁にもたれ、一部始終を追っていたランサーに注意を払うこともなく、ただ「君のものにはとても及ばないな」と呟く。
「なにに使いてえのか知らねえが、オレの槍が入用か?」
半ば冗談のつもりで放った台詞に、弓兵は呆れたように首を振ってみせ
「張りぼてで丁度いいんだ、君が有している本物では不相応すぎる」
と感情なく断ずる。オレはそのとき、そんなものか、とでも返したのだろうか。

 案の定、弓兵はいつもと同じ場所にいた。共に馬鹿をする昼の弓兵と、獣を狩る夜のアーチャーの間にいる、危うげな空気をまといながら一点を注視し続けている男。赤い外套を近頃目にしないなと、胸の内で密かに思った。
 奴は一点に吸い込まれている。崩れかけた柱に背を預け、左足は雑草の繁る庭の上に伸ばし、右ひざを立て右手をその上に乗せている。感情のない表情で時折両目を伏せながら、かつて地下へ続いていた階段の入り口だった枠だけを、ぼうと眺めていた。地下へ続いていた空間には木材や崩れた瓦礫が積み重なり、最早何人たりとも侵入できない状態にある。
 オレの足音をとっくに聞いているであろうアーチャーは、オレを気にも留めず、関心がある素振りもみせない。
「テメエも飽きねえ奴だな、なにが面白いのか」
弓兵は意地の悪い笑みを浮かべた。どしん、と遠くから衝撃音と揺れが伝わってくる。夜が近い。
「君もだろう。こうして毎日わざわざ顔を合わせる必要もなかろうよ。まめだな」
草を踏みつけると青い匂いが鼻を刺した。
「そりゃ美味そうな獲物がのこのこ歩いてくりゃ食いたくもなる。そういやオレは空腹だったってな」
「野蛮極まりない回答をどうも」
「……こいよアーチャー」
「断る、私は君のためにここに居る訳ではない」

 昼と夜。オレたちは昼と夜で関係が変わる。アーチャーは不機嫌そうな顔をしながらも、昼のオレを受け入れる。共に冬木の街を出歩き、感情が昂れば互いの身体を貪りあう。いい加減にしろと悪態をつきながら、オレの足に褐色の足を絡める。口にできぬ望みを伝えるために。だがどうだ、夜に近づけば奴の神経を逆立てる境界に侵入した途端、鋭い刃がオレの足の二十センチ先に突き刺さる。なにかが爆発でもしたかのような轟音を響かせ、大地を抉る。冷え切った殺意がオレを狙う、オレも狙う、奴と戦う幸運がそこいらに落ちているのではないかと舌なめずりをしながら。
 
 一歩近づく。昼でも夜でもない、境界線上のアーチャーへ。オレを口で拒みながらするりと躱し逃げる獣の首根っこを、今日こそ掴みあげてやろうと決意していた。
 アーチャーの正面から、奴の全身を愛撫するように視線を送る。昼はすぐにぐずぐずと溶けてしまう肢体は、緊張を漲らせていた。ゆるりと手をあげ、掌を向けオレを制止させる。一方的に定めた侵入してはならぬ範囲を指先で示す。
「オマエが拒むのは口先だけだな、ここでは」
「無闇に争ってなにが楽しい」
アーチャーは心底煩わしそうに首を振りながら、奇妙な光を滲ませた鋼の瞳でオレを貫く。
「鬱陶しい。貴様の相手など十分にしているだろう。むしろ、しすぎているほどだ」
「そうか? 近頃オマエと仲良くしていないと思ってな、夜も、昼も。……ここでも」
手を伸ばす。アーチャーの指し示す境界線上に。乱反射する夕日の中にいるアーチャーは、極上の獲物だった。
「そもそも、いつだろうと私は君の相手など願い下げだ。貴様に割く時間が惜しい」
アーチャーは威嚇するようにオレを睨みつける、怒りと欲を同時に抱えた顔をしながら。オレは境界線を越え侵入する。拒まれないと知っていた。弓兵の頭頂部を見下ろし、屈んで唇を寄せる。耳と首の境に唇を押し当てる。弓兵の産毛が震える微かな反応が、互いを煽る。
 アーチャーはただ空を、それを突き抜けた果てを見ようと天を仰ぎ、ハァと艶めかしい溜息をついた。
「……抗ってみろよ、アーチャー。刃向かわねえのか?」
「つくづく度し難い。本当にそれを望んでいる訳でもなかろうに」
「さぁ、どうだろうな」
後頭部の白髪を掴み、奇妙な熱を抱く弓兵と対峙する。
「ひとつ言えんのは、無抵抗の奴ほどつまらんものはねえ」
怒りを燃え上がらせた弓兵は口を歪め、ならば私は抗わないでおこうと槍兵を嗤う。二人の間に張りつめる緊張が、今にも決壊しそうな限界まで達したとき、教会の空気が変わった。

――ほら、なにもないだろ。びびりが。怖くない、お化け屋敷なんて嘘だ。
「けど、誰かに見つかったら怒られるよ。もう帰ろうよ」
「誰もいねえよ。こんな場所に誰かがいるもんか、ほら、幽霊の声がするなんてやっぱり嘘だったんだ」
「なあ、ここ秘密基地にしようぜ」
「そんなの駄目だよ」
「うるさいなあ、じゃあお前はさっさと帰ってろよ。いいか、誰かに俺らのこと言ったらもう一緒には遊んでやらないからな」
「危ないよ、こんなの。先生だってさ」
「優等生してたけりゃ一人でしてろってば」
甲高く、汗のにじむ幼い声が雪崩をうって侵入する。あれ、ここ外だ、という騒ぎ声が中庭に辿りついたとき、弓兵はきれいさっぱりその姿を消していた。オレは僅かな苛立ちと共に、壁の陰から歩み出る。
「おいガキ共」
ランサーの一喝で、教会の時が止まる。壁に空いた大穴から鈴なりに顔を出していた子供たちは、うわぁ、うぎゃぁと叫びながら散り散りに逃走していく。ひとり、鈍くさい動きをしていた小柄な男子が石に躓いて、大きな音を立てて転んだ。下らねえとぼやきながら、ランサーは地面に落ちた子供の襟首を掴みあげる。細い手足がもぞもぞと抗うようにバタついているが、どうにもはっきりしない動きだった。
「探検ごっこもいいがな、人の迷惑くらい考えろ」
そう言って放り出すと、子供はふらつきながらもう一度通路の上で転び、やがてよたよたと先に逃亡した友人たちを追いかけていった。
 ――ふっ、君に言えた義理か。にしても、番犬も楽ではなさそうだ。
「なにか言ったか、さっさと逃げた卑怯者」
「私はここの住人ではないのでね」
「オレだってそうだ」
霊体化したアーチャーは、脇にある小部屋の破れたソファにふんぞり返り、ランサーをせせら笑った。そのまま、目に見えぬ何かを弄ぶような動きをしていたかと思うと素早く構えながら肉体を取り戻し、投影した武器を教会の外へと躊躇いなく投擲する。見慣れた呪いの赤い槍。外につながる穴の脇に刺さった槍をみて弓兵は心外だとでもいいそうに舌打ちした。奥にちらりと見えていた黒い影がそっと身を引く。ひひひと幻は笑う。
「オマエこの頃よくそれを作るな」
アーチャーは肩をすくめ、墓標にでもしようかと思ってなと気のない態度で手を振った。突き刺さった槍は一顧だにされず崩れて消える。
 弓兵は再び徐々に薄らぎながらオレに近づき、なにかを言いたそうな顔をする。瞳の軸がぶれる。オレを通して夕暮れのアーチャーは別のものを見ている。
「なにか言いてえならオレを見て言え」
短い躊躇いのあと、アーチャーはさっきオレがしたように耳と首筋の境に口を寄せ
「……できるなら、私は君のことを忘れてしまいたいよ」
という台詞と温い吐息だけを残して姿を消した。
 ――忘れてしまいたい? オレは知っている。その身体は四日目を超える度にオレを忘れることを。そして弓兵、オマエがむける眼差しの芯はいつもずれ、目の前にいる槍兵ではなくそのうしろを見ていることを。忘れるもなにも、オレを見てさえいないのに、どうやって忘れるというのか。

 気配を感じて顔をあげた。幼く小柄な少年が、遠く教会の庭の隅に立ち、オレたちを見ていた。あたり一面の朱色の中で闇を孕み、細い身体のシルエットが影絵のように浮き出る。影は静止し、やがて丘の下へと消えていった。
 その日を境に、境界線上のアーチャーは消えた。

昼下がり、コテージを模した喫茶店のドアが開き鈴の音が店内に響く。ランサーはメニューと伝票を抱え、見慣れた面々が腰かけるテーブルへ注文を取りに行く。
「ごきげんよう、ランサー。ふふ、本当に働いているじゃない」
「だから嘘はついてないって」
「別に士郎を疑ってなんてなかったわよ。もうクビになっていないかどうかは気になってたけど」
散々な言い分に、ランサーはあえて特別な笑顔を黒髪の少女へ向けた。
「メニューでございます」
「ありがと。あらヌワラエリヤがあるじゃない。最近飲んでいなかったからこれにしようかしら」
「遠坂、ついでに俺の分も注文してくれよ。紅茶はよくわからないんだ。おすすめのやつ」
「ランサー、ここのお薦めはなに?」
「そら勿論アイリッシュ……」
凛と士郎に紅茶の解説をしながら、ちらりと奥の席を見遣った。一言も発していない大男は腕を組み、オレの解説に気まぐれに頷き、木材がふんだんに使用された店内と窓の外を興味深そうに観察している。
「んで、そっちのオニイサンのご注文は」
伝票にボールペンを押し当てながら無愛想に訊ねる。
「君に任せよう。ああ、紅茶名や解説などは結構。貴様の腕を存分に堪能しようじゃないか」
ぴし、と空気が凍る。手にしたボールペンがミシリと不穏な音を立てたが、まだ許容範囲内だろう。
「言ったな、後悔すんなよ」
「君を過大評価していた後悔はありうるかもな」
「はいはい、喧嘩なら外でやって頂戴。ランサー、注文は以上で。あ、それとあとで連れがくるの」
「……あいよ」
注文を厨房に回し、近くのテーブルを片付けながら三人組を窺うと、会話の弾む少年少女の傍らで肘をつき手を重ね、普段の奴には似つかわしくないぼんやりとした表情で考え込む弓兵の姿があった。片付けた茶器を奥に運ぶと「八卓よろしくお願いします」と声がする。
「あい……」
よ、と返事をする前に暇を持て余していた同僚が
「はい八卓」
と、三人組の注文の品を手に取る。彼女が姿勢よく歩く姿の奥で店の入り口が開き、涼やかな鈴の音が、着飾った桜と大きな獅子のぬいぐるみを抱えるセイバーの訪れを知らせた。

 境界線上のアーチャーが消える。教会に響く足音は砂塵が夕日のなか風に舞う音だった。
夜のアーチャーが消える。夜に響く弓の弦の音は木の枝がしなり窓硝子を打つ音だった。

 大海に接する堤防は人が満ち、うるさく感じるほどざわめいていた。常にない空気への戸惑いを打ち消そうと煙草へ火をともす。最も関わり合いになりたくない男が近づいてくる気配に、胸の内で深い溜息をついた。
「おい雑種犬」
面倒な奴は面倒なことしか運んでこないと、己の右上をじろりと睨みつける。男と会話する気にもなれず、金ぴかに光る装飾品の磨き抜かれた表面にうつる己の顔だけを追った。
「この間までここにきていたFを知らんか」
「……F」
その名には覚えがあった。海辺の堤防、ランサーの後ろ、フェイカーの隣で騒々しく釣りをする子供混じりの一団のなかで、親切にランサーに話しかけた少女の名札に記されていた名。そういえば、と思い出す。
「友達が大きな病院にいるんだって言ってたぞ、花を買いにきたから見舞いにでも行ったんじゃねえの」
そこではたと思い至る。なんだ金ぴか、傲慢なツラばかりして
「テメエでも他人を心配することがあんのか」
半ば喧嘩を売った恰好の台詞は、すでにランサーへの興味を失っていた『もう一人の』アーチャーに届かなかったらしい。白いジャケットを着た後ろ姿に眉を上げ、口の端で笑いながらあたりのない釣り糸をくい、と引いた。
 不穏な雲が急速に広がってきていた。波が次第に荒れ始める。金ぴかの一団は早々に港を後にしていた。残ったフェイカーはひとり、微動だにせず離れた場所で釣竿を垂らしている。

 異質な存在が、静かに迫りくる。
「ランサー」
こんな時間に訪れた人型の影が、強くなった風に煽られながら呼びかける。
「なんだ坊主、こんな時間に珍しい」
「こんな時間だからだよ。……ランサー、テレビは見てないだろう。ラジオくらいはあるか? 嵐がくるんだ。冬木へ台風がくる」
「この時季にか。随分遅い台風だな……だからか、風がこんなに生臭いのは」
人間の皮を被った悪が笑う。
「しっかりとした屋根の下に居た方がいい。……海辺は危険だ。言ってやってくれよ、あそこのアイツにもさ」
「ご忠告どうも、ありがとさん。……それで」
まだなにかあるのか、と振り返ったときには、黒い影は消えていた。あったのは先程から変わらないアーチャーの後ろ姿だけだ。
忠告に従い道具を手早くまとめ、竿を担ぎながらアーチャーの隣に立つ。地平線の左手から黒い雲が忍び寄る。
「アーチャー」
反応はない。よくよく観察すれば、ご立派な釣竿に釣り糸はセットされていなかった。
「聞こえねえのか、嵐がくるぞ。……なにをしてるんだ、帰れよ」
オマエの家がどこか知らねえが。反応のない肩を掴む。その瞬間、アーチャーは身体を慄かせ弾かれたようにランサーへ見開いた瞳をむけた。驚きと共に両手が跳ね、釣竿が放物線を描いて荒れて大きく波打ち始めた海面へと落下していく、スローモーションのようにゆっくりと。濁った海の中に沈んでいくそれを、呆然と二人で眺めていた。アーチャーが虚空へ手を伸ばす、もう遅すぎるとわかっていながら。その手は空中で止まり、やがてそのまま肩を掴むランサーの腕を力なく握った。
「驚いた。いつの間にきていたんだ」
「……さっきからいたぞ、オマエの近くに」
「そうだったか。……そうだったのか」
苛立ちがランサーの身体を蝕む。身体の中心で燃える炎は、苛立ちを燃料としてどこまでも増幅していく。
「この間からそうだ、どうしてオレを避けている?」
アーチャーは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、避けているとは、と鸚鵡返しに訊いた。
「教会にこなくなった。夜もいない」
「昼間はいるだろう。教会はまた行く意味がなくなってしまっただけだ。いまだ十分ではなくて」
弓兵は強く風が吹く天を見上げ
「夜にいない訳ではないが、そうだな。今夜は表へ出よう。なにがあるかわからない」
と強い意志をのぞかせながら己に言い聞かせる。ランサーを置き去りにする振る舞いに耐え切れず、思わず褐色の腕を引き荒々しく弓兵へ齧りついた。キスなどという甘いものではなく、ただ弓兵の支配者はランサーであると主張するための口づけを。弓兵は反射的に仰け反ったが、腰に回されたランサーの腕によって逃亡を阻まれ、嫌そうに首を振った。執拗に弓兵を追い、何度も何度も歯を立てる。オレをみていえよという言葉が、いつしか声に出ていたらしい。弓兵は困ったように目尻を赤く染め、水音の間に囁く。
「なにを苛立っているんだ。……見ているさ。ただ、思い出してしまうだけだ」
「なにをだ」
音をたて幾度も吸い付く。久しぶりに食いついた弓兵の肌に煽られる。
「君には関係のないことだよ」
怒りが燃え上がる。弓兵のすべてを手にしたいと、強欲が身体に渦巻く。
「答えになってねえ」
「答える気はない。いい加減にしろ、外でこんな振る舞いをするなど。私の堪忍袋の緒が切れるのも近いぞ」
弓兵はそう言い残し、ランサーが身体を抱きしめる隙も与えずに霊体化し、不穏な空気が渦巻く街へと一直線に去っていた。

 影に忠告された通り、かろうじて屋根が残る教会へと戻る。そのまま中庭へ行き、青い匂いを放つ草を踏みつけた。朽ちた信仰の家で、ランサーは崩れた地下へ続く階段の前に立つ。アーチャーがしていたように下を見ようとした。じっと耳をすます。考えていることはひとつだ。「嘘だ」。あいつが何を考えていたか、それだけを知りたいと。「あいつが考えているものもそれ以外もすべてこの手のものにしたい」。あいつが何を考えて地下をみていたのかだけを知りたいだけだ。「地下へ吸い込まれている弓兵の傍にオレが居続けた理由などわかりきっている」。
『私は君のことを忘れてしまいたいよ』
雑草が生い茂る中庭を横断し、弓兵がしていたように崩れかけた白い柱へ身を委ねる。左足を伸ばし、立てた右ひざの上へ腕を置く。空に渦巻く暗雲は夕日を覆い隠している。切り裂くような風の音の底から、ランサーは確かに遠い声を拾い上げた。すぐにかき消されるか弱い呻きが終わりなく助けを求めている。こちらから働きかけることはもう二度と叶わない、もう終わったのだと解放することさえできない。
 アーチャー、毎日毎日飽きもせず聴いていたのはこれか。呆れたものだ。指先で足を叩く。――ふん、うだうだ考えることはオレの性にあわねえ。欲しけりゃ手に入れるだけだ。奴が抱えるもの、なにもかもひっくるめて丸ごと全部。同情も共感もない、そもそもアーチャーの望みなどオレには関係ない、ああそうだ。
 季節遅れの台風が街を侵食する。柱は軋み、ガタガタと窓が揺れる。木々がしなる。太陽のない灰色の空の下で、ランサーは拳を握りしめた。迷いなく立ちあがり、瓦礫を踏みつけながら教会の外へと一歩一歩進んでいく。
 血潮が歓喜の声をあげる。いいか、殺してはいけない。殺してはいけない、間違って殺してはいけない。
 口が悦びに歪む。人影のない街を駆ける。奴はいつもと同じ場所にいるだろう。気配を消す、槍を掴み、爪を立てる。気づかれるな。殺さないために槍で突くな。油断させるために隣のビルに侵入する。嵐の騒音に紛れ屋上まで一直線に駆けあがる。さあアーチャー、楽しもう。そうだ、オレたちの愛だの情だのの示し方はこんなにくだらなくて、それ故に悦びに満ち溢れるモノだった。
 辿りついた屋上から迷いなく暗闇へ跳躍する。暗雲と地上の間に雷鳴が鳴り響き閃光が天に昇る。
「アーチャー!」
上空から襲いかかり、躊躇いなく赤色の槍を眼下のビルへ投擲した。振り向いた小さな弓兵の姿、弓を手にしながら驚きと苦々しさを迸らせ、しなやかな動きでビルから飛び降りた。彼方の落雷と共に落下した槍が屋上を抉り破壊する。
 弓兵は逃亡を選択した。否、こちらの目的を推し量っているのかもしれない。奴は道路へ着地したかと思うと、即座に陰となったビルの非常階段を足場に高みへ上る。上を取るつもりか。弓兵の死角となるビルの階段の手すりに足を乗せ、そのまま跳ねる。足元でみしりと金属製の手すりがたわんだ。十数階を数秒で上昇し、屋上へと飛び出した。同時に、ランサーが一瞬前にいた地が空気を裂いた剣で抉られる。
「遂にとち狂ったかランサー!」
 オマエはこの状況でオレと対話するつもりか。随分余裕のある振る舞いだ、そんな情などいらない、オレが剥ぎ取ってやる。槍を握りながら踏み込み、隣のビルへ飛び移ると同時に、一面を力の加減なく薙ぎ払う。オレに抵抗せずに槍の下へ伏せた弓兵はそのままバネのように身をしならせ転身しようとした。その隙に至近距離へ踏み込み弓兵の横腹へ足を振るう。
 憎悪を迸らせた目がオレを捕らえる。落下していく弓兵に叫んだ。
「さァ、知らねえな!」
 高揚だけがあった。いつの間にか降りだしていた大粒の濁った雨が血湧き肉躍るオレの肌を容赦なく叩く。再び地に墜ちた弓兵を追った。雨で視界が霞む。飛び降りた道路の先でアーチャーは仁王立ちになり、双剣を構えていた。雨に濡れ周囲に溶け込む褐色と黒い武装、白髪は乱れその奥でオレを射殺す眼が光る。
 躊躇いなく槍を振るう。突き出し薙ぎ払う、弓兵の足を振り払い、双剣を叩き落とす。滝のように降る暴風雨のなかで双剣を振るう弓兵は、まるで舞い踊っているようだった。水分を吸いじっとりと身体を拘束する黒い服をまとった戦士が、身体の軸を揺るがすことなく鈍い輝きの刃を操る。オレを倒すための軌道を迷いなく描き、研ぎ澄まされた足の運びは洗練されたステップそのものだ。息をあわせオレも舞い踊る。槍を振るいながら弓兵への愛を告げる。オマエを地に叩きつけたいと最大限の賛辞をおくる。
 金属がこすれる耳障りな音と共に槍と刃が重なり、互いを弾く。視界を邪魔する水滴を振り払うと、槍兵へのどうしようもない呆れと、狂った敵を断ち切ろうとする決意を同時に宿らせた表情が胸元に飛び込んできた。闇に浮いた鋭い刃の先が迫る。
 アーチャー、そうだ。初めて会ったときから叩きのめしたくてたまらなかった。先立つ義務を振り払えば、残るのは闘争心だけだ。殺意をこえた果てにある曖昧な力強いだけの感情。オマエを倒したい、目の前の身体が欲しくてたまらない、オレのものにしたくてたまらない。尽きない高ぶりが愛おしい、生きていると思えた。
 この瞬間、オレはアーチャーと共に生きている。
 槍が雨ですべり落ちる。刃を躱して手を伸ばした。豪雨のなか武器も持たずに、輪郭が際立つ弓兵へ両手を伸ばす。驚いた顔をして生まれる躊躇いを嗤った。オマエは戦いに理由を求めるか。油断に嗤う。互いを縛って拭い去れない情を嗤う。
 冷えた頬を包む。愛しい敵も見えぬほどの雨の下で顔を掴み口づける。足を絡めると弓兵は簡単に崩れ落ちた。倒れた頭になおも食らいついて、水の味がする口づけを飽きるほどに繰り返した。苛立ったように弓兵が噛みついてくるのがおかしくてたまらなかった。
道路を濁流が下り渦巻く。川と化したアスファルトの上で、横たわったアーチャーに馬乗りになり、沸騰した頭を持て余す。身体は冷えていくのに頭は茹だったままだった。大粒の雨が世界を白く覆い隠す。たまらずアーチャーの頭蓋を抱いた。
「……意味がわからん」
――なぜ君がこれほどまでに私へ執着するのか、さっぱりわからないな。
 小さな声は、ランサーの耳へ静かにすべりこんだ。あまりにも易しい問い。
「初めて会ったときから戦いたかった。……オレのものにしたくなった。それ以外に理由が必要か?」
 アーチャーは呆気にとられた表情で、ゆるゆると首を振った。やがて、ふ、ふふ、と堪えられなかったように笑い出し、目を片腕で覆い隠すともう一方の手でランサーの胸倉を掴んだ。それは笑いだった。きりなく笑い、ひきつった笑いはやがて泣き叫ぶような絶叫にかわる。風雨に負けぬ強さで怒鳴る。
「知らないのか! 私などとっくに貴様に塗りつぶされている。私は君の中で生きている、最初から君に囚われている、今更私になにを求める! ……これ以上、なにを、なにを……さしだせというんだ」
 濁流に沈みながら叫ぶ弓兵を、呆けた顔で見下ろした。
「……なにも。なにもいらない、さしだされるものなど。ただオマエが欲しいだけだ。アーチャー」


 どうやって屋根の下に辿りつけたのか、思い出すことはもうできなかった。周囲に街灯のひとつもない暗闇のなか小部屋へなだれ、雨に熱を奪われた身体を破れたソファに押しつける。濡れた武装がまどろっこしく、半ば無理矢理引き裂くと、無礼に怒った足がオレを蹴りつける。伸びた髪の先を力加減せずに引っ張る手を拒まず、勢いのまま上半身に覆いかぶさって太い首筋に噛みついた。重なる身体を跳ね除けようとする拒絶が欲望を煽ることをアーチャーはいまだに知らないらしい。
 湿った武装を剥ぎ取り胸の中心へ口づける。皮膚の下の激しい鼓動が、アーチャーの隠された興奮を教える。
「くそ、がっつくなケダモノめ」
邪魔くさい口へ指を突っ込めば、沈黙の代わりに薄皮を一枚噛み切られる。血の匂いがしているから一枚どころではないかもしれない。だがそんなものアーチャーの裸体を前にすればスパイスに過ぎなかった。鍛えられた胸の突起に歯をたてれば、ひくりと反応する震えが伝わってきた。舌でゆっくり、焦らすように舐めあげると息をのむ気配がする。ざらついた肌の感触が美味く、全身をしゃぶりつくしてやりたいと心がざわめく。
「指を舐めろよアーチャー」
命令に、弓兵は膝を叩きつけて不満を言う。それでも軟体生物のような舌が指に絡みつき、啜った。濡れた指を引き抜いて後孔を探る。アーチャーの両手が力なくオレの両肩を押した。拒んでいるのか強請っているのか判別のつかない動き。
「腰上げろ」
アーチャーは嫌そうに首を振る。仕方なく大きな体を力任せにひっくり返す。ぐう、と呻きが漏れた。苦痛か期待か、それでも耳は赤く目元も染めているのだろうと、かつて昼間にみたアーチャーの姿態を思い出す。
 腹の中に指を埋めれば、入口はいまだ固くとも、オレが快楽を教えた腹奥の粘膜が艶めかしく蠕動し、指の訪いを悦んでいる。
「あっ……ァ」
小さな声がくぐもって聞こえた。手で口を隠しているのだろう、眉を顰め肌を上気させながら。こらえきれず、緩くなった後孔へ己の性器を当てた。先走りで孔の周囲が濡れる。
「っ……! おい、まだはや……っい、ひっ」
焦る声につられて孔へと侵入する。慣らされきっていない入り口はぎこちなく口を開けた。侵入する。強く締めつけられながらじわり、じわりと入っていけば、力を入れ拒絶していた身体はオレを思い出して甘く溶け、誘うように粘膜が侵入した性器にまとわりつく。
ソファに押しつけられているアーチャーの性器を片手で探れば、そこはこれ以上ないほどに硬く張りつめ雫をこぼしていた。アーチャーが羞恥に身悶える。ぐい、と最奥まで肉棒をねじこみ、額をつたう雨か汗かわからぬものを拭った。
「……あぁ……あっ、ひ」
せわしなく呼吸を繰り返す広い背中にかぶさり、うなじを舐める。
「わかるかアーチャー、誰に抱かれてるか」
アーチャーは歯を食いしばり、自棄を起こして己の性器を掴み、さっさと一人で果てようとする。
「つれねえことすんなよ」
耳元に吹き込む声は、自分でも判るほど熱く湿っていた。
アーチャーの両手に触れ、両手を背中に回させて拘束する。そのまま腹の浅い部分を何度も往復した。アーチャーが己を見失ってしまうほど乱れる一点を、思う存分突き上げる。
「ああっ……! や、やめろランサー……っあ、あはぁ、ふ、うぅ……っ!」
 ひ、あぁ、やめろ、ランサー、やめっ……。弓兵が必死で堪えていた喘ぎ声が放たれる。頭を振り、過ぎる快楽にアーチャー自ら腰を揺すりながら、ランサーに強請る。浅い箇所へ幾度もランサー自身をおしつけ、時折最奧まで突き入れてやれば、むせび泣く声がアーチャーから終わりなく発せられる。ずるり、ずるりと腰を前後させるとランサー自身を締めつけられ、快楽に全身が貫かれた。
「アーチャー、このままいってみろよ」
ランサーの下で身悶える身体はすでに、喘ぐことしかできなくなっていた。
「――あ、む……むりっ……だ」
「無理なわけあるか……っよ」
日頃武器を持つ頑丈な両手を押さえたまま、ごり、と性器で内壁を撫でる。すすり泣くように喘いだアーチャーは、尽きぬ快楽の源を刺激される度に身をよじり、やがて背を反らすと全身を硬直させ、震えたかと思うとやがて弛緩した。はぁはぁと荒い息が部屋に満ちる。
うう、と呻いたアーチャーはかすかな声で
「なにを……なんてことをさせるんだ」
と力なく悪態をついた。
 脱力したまま横たわったアーチャーに、オレはまだだ、と耳に声を吹きこめば
「知るか、私にそんなこと……関係ない」
と素気のない返答がなされる。だが、アーチャーの身体の奥にいまだ燻る熱の存在を、ランサーは知っていた。その証拠に、硬く張りつめた性器でアーチャーの奥をゆっくり揺さぶってやれば、掠れた甘い声が漏れる。
「おい、もう……」
「やめろとは言わせねえぞ」
アーチャーは腰を引き寄せる腕に抗うことなく、諦めたように――好きにしろ、と聞き逃してしまいそうなほど小さな声で許しを与えた。

 互いに力尽き、ソファの上に二人で重なっていた。雨水や体液、そのほかの様々なものでべたつく身体はずっしりと重たかった。上にいたアーチャーは力なくランサーの身体からすべり落ち、床の上に座って背をむける。うしろから差しだしたランサーの手を、振り返らないまま取って掌を頬にあてた。おかしそうにアーチャーは笑う。
「……君は初めて会ったときと言ったな」
「あぁ」
「初めてとはいつのことだ」
「……学園の屋上だろう」
 その答えを、アーチャーは予測していたようだった。
――ああ、君にとってはあれが初めての出会いだったのだろうな。そうか、私と出会うのはあれが初めてだったか。アーチャーは天井を見上げ、ソファへ背をもたれさせた。語ろうか、と呟く。
語ってもいいだろうか、ランサー? かつて存在していた男の話を。そう、こんな曖昧な場所に置き去りにするしかない話だ。
そう喋る男は、なにかに憑かれているかのように言葉を重ねだした。

「そのとき、走っていた」
 男は走っていた。進んでいた、前進だ。身体が動く方向こそ前だった。どこをどれだけ歩んでいたのだろうか、測ることも記憶することもとうに諦めていた。心臓の脈打つ音と、血液が体内を巡る熱さ――ああそうだ、私は生きていたんだ。確かに生きていたんだ。罪人として追われる立場でありながら、それでも救いに行かねばならない人々がいた。行かねばならない場所と約束があった。
 頼み込んで入れて貰った、灼熱の大地を往く人々の群れ。君は歩いてみたことがあるか? 火傷してしまう熱そのものが突風となって身体を叩きのめす、風が巻き上げる数多の砂が人々と動物、車両と荷にぶつかる煩い音を君は知っているだろうか。大地が震え唸りをあげる度に、連なる旅人をひとりふたりと振り落としていく。水も食料も十分ではなかった。口はからからに乾いて、砂を噛んでは粘膜を切り裂かれるんだ。昏い目をした旅人は、一瞬光を取り戻しやがて彼方へ消える。とても自然に足が止まり立ち尽くし倒れていく。私は幾度も手を伸ばした、だがどうだ私の腕は二本しかなく背負うことができるのは一人きりだ! それでも私は止まらなかった、死と隣り合わせの地で君を感じながら走っていた、そう君を感じ想っていた。想い続けていた、私をとりまく世界に、過酷としか呼べぬ自然の中心で君を感じていた、なぜなら既に私は貫かれていたのだから、君に身体の中心を。私のうちに君は残り、外の世界に君はいた。君の槍の感触を抱きながら虚像だけを追っていた、剣の輝きを放つ星を、かつて私を導きいつしか袂を別った女性を、かつての己を作ったどうしようもない運命を追いかけるように振り払って走った。有限の肉体を限界まで使い切り、誰かのいのちを救い誰かのいのちを取りこぼし私のいのちを失い果てには誰かのいのちを潰しながら――そうして私は「私」になった。君の隣に立つ「アーチャー」になった。君の槍こそすべての始まりだった、何故だろうな、そんなことずっと忘れていたのに君を目にするたびに思い出すんだ。どうして忘れられていたのだろう、砂嵐の中で君を感じ、私は私をとりまく君の世界の中心にいたのに――。

 台風の目に入った教会は静寂にみち、月の光が淡く降りそそいでいた。はあ、と荒れた息を吐いて、熱病に浮かされているかのように喋っていた男は徐々に冷えていく。夢から覚める、うつつへ戻る。口を堅く結び、奴は「アーチャー」へと帰ってきた。凍りついた瞳は振り返ってオレを捉えると、静かに閉じられた。
 戸惑いをきっちりと覆い隠して、奴は言った。
「ここへはきただけだった。地下を這う苦悶の声へ墓標を建てようと。私のためだけに、自分勝手に、過去を弔おうと。今を生きている少年ではなく、確かに私が生きていた過去を弔おうと、しただけ、だったのだがな」
『アーチャー』へ至った、名もなき少年をな。
好き勝手に喋り終え、我に返ったアーチャーの腕を捕らえる。ゆるりと、しかし絶対に逃さぬように。血管の浮き出た太い腕を撫でる。無性に愛らしかった。男の不器用さが妙に心を揺さぶってくる。
「死者が生者を弔うか。歪な男だ」
「……かもな」
「今度はオレがしてやるよ」
振り返ったアーチャーが反射的に浮かべた、不思議そうな表情へ笑いかける。
「今度はオレがその役割を請け負ってやろう。オマエを倒した日に、いつか」
オレの誓いを理解した弓兵は、「はっ」と呆れ果てたように鼻で笑ってみせた。
「いくら私が君だけに塗りつぶされていようと、情など不要だ。『オレ達はただ命じられたまま戦うのみ、そうだろう』ランサー」
なによりも。
「もう私は君に負けることなどありえないのだから。そのときがきたならば、貴様のすべては私がねじ伏せよう」
ランサーは見逃さなかった。牙を剥きだしにした獣の顔のアーチャーが一瞬だけ浮かべた、少年そのものの晴れ晴れとした笑顔を。
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