fate(槍弓)
星降る日に、彼が好む煙草を探していた。倒れた身体を抱き上げ、口づけ、失うことにも慣れてしまった。それでも全身の毛が逆立つ冷たさを感じるたびに、これを最後にランサーは消失し、訪れる地下牢は空のままなのではないかと怖れを抱いてばかりいる。
空中庭園に新たな剣を土に刺し、地下牢に辿りつく。片手で強く煙草と燐寸の箱を握りしめながら。
彼らは言った。そう、最初に人形だって言っていた。眠れば終わりはきたる、いつどのような形で訪れるかわからずとも。アーチャーが目を閉じればきたるのだ。その言葉は、アーチャーを心の底から奮い立たせた。
終わりがくるのならば、一度だけ。
おそらく些細な事柄として、流れ去るだけだとしても。
目覚めたランサーにルールを説きながら、考えているのは己を支配する欲望についてだった。地下から抜け出し連れだって中庭に面する廊下を進む。人間では腕を回すことが叶わない径の柱の間で見え隠れする、ランサーの背を追っていた。彼が足を止めるのに合わせて、アーチャーは不器用な手つきで煙草の箱を取り出し、指に挟んだ一本を口に銜える。
終わりがくるのならば、一度だけ。燐寸を擦り、煙草の先端に火を灯して深々と息を吸う。生前に異国の地で勧められ、交流のために肺を煙で満たした淡い記憶が現れて消える。ランサーはすぐ近くにいるのに、目の前の背中はひどく遠いように思えた。
煙と共に吐き出した声に、震えは一切ない。
「実に不可解だろう、この城は。それに君には記憶も残っていないときた。ならば当然、覚えていないのだろうな。……私と君は、ベッドを共にしたこともあったのだが」
初めて嘘を、口にした。
***
嘘は紫煙に混じって吐き出された。ランサーはアーチャーを窺う気配をみせたが、アーチャーは彼と目をあわせられずに目線を下にやった。
「へえ」
ランサーは気の抜けた声を出し、
「今回は仲が良かったのか、オレたちは。意外だな……まあ、ありうるのかもな」
となんでもない事のように応えた。
アーチャーは思わず顔をあげ、指に挟んだ煙草の先端で宙に曲線を描いた。ランサーはぼんやりと中庭を眺めている。
「ランサー?」
訝るアーチャーの声に振り向いたランサーは、感情を上手く覆い隠した表情で問うた。
「それともテメエが嘘をついているのか? なんのために?」
アーチャーは思わず手にしていた煙草の箱を投げつけた。中身の詰まった軽い箱をランサーは難なく受けとめる。続いて投げつけられた燐寸の箱も軽々と手で捕まえ、手にした煙草を鼻に近づけ、匂いを嗅ぎながら「馴染みのねえ匂いだ」と呟いた。
アーチャーは灰が落ちかけている煙草を指で挟んだまま
「君は正気か?」
と呆れ果てた。
「先に言ったのはテメエじゃねえか。なんだ、テメエの相手をしたオレは正気じゃなかったのか」
「……正気、だったさ」
隠しきれない戸惑いをにじませて、アーチャーは途方に暮れたように佇んでいた。
「そうだな、仲が良かったんだろう。喜ばしいことだ」
そう口にして、アーチャーはふらりとその場をあとにした。男の広い背を見送るしかないランサーは
「なんだあいつ」
と唇を曲げ、改めて与えられた煙草をまじまじと観察した。 調度品だけは整った無人の城の片隅で、取り出した煙草を銜え火をつける。中庭から差し込む穏やかな日光を浴びながら、ランサーは煙を吐き、考えを巡らせていた。
***
初めてついた嘘で、閉塞した状況に変化が訪れるなどという希望は初めから持っていなかった。ランサーが信じるとは露ほども思わず、ただ手ひどい拒絶が返ってくるだけだろうと予測していた。それでも嘘を口にしたのは、一度だけでも彼に手を伸ばし触れることができたならという淡い欲望に抗えなかっただけだ。
だからこそ、アーチャーの嘘を受け入れたランサーに当初は困惑はしたが、それ以上ランサーはこちらへ踏み込んでくることもないだろう、そもそもそんな感情は彼にないのだからとアーチャーは割り切っていた。
それ故に、ねぐらにしている部屋に響いた荒々しいノックに動揺もせず、アーチャーは蹴られた窓を警戒心の欠片もなく開いて
「珍しい、私の部屋にくるなど」
と、城の外壁を掴み足を泳がせているランサーに対して、冷静に話しかけた。
「部屋にくるなとはいわないが、せめて廊下からドアを使って訪れてはくれないかね。奇矯な方法ではなく」
アーチャーが休んでいた部屋に夜風が侵入する。開けてもらった窓から反動をつけて飛び込んだランサーは、身体の埃を叩いて払い
「外から見たら明かりがついてたからな。ついでに寄った」
となんでもないことのようにアーチャーの苦言を受け流し、部屋を軽く見渡した。
最低限の家具が置かれた一室は、誰かが住んでいるとは思えないほど清潔で、乱れが一切なかった。魔力の残滓こそあるものの、机に積み重なった数冊の書籍と巻紙、並べられた短刀とおぼしきもの以外に住人の個性を表す物はなく、寝台も整ってはいるが長い間使われていないようだった。
「それで、用件はなんだ。わざわざこんなところに訪れるなど、私に聞きたいことでもあるのか」
「聞きたいことは特にねえな」
アーチャーは眉を上げ、ではなんだ、と手にしていた図面を机に伏せた。
ランサーは無造作にアーチャーに近づくと、狭まった距離に動揺する鋼の瞳を見つめながら褐色の手を取り、骨ばった手首に唇を寄せた。握られたアーチャーの手は緊張で強張り、掌を指先でなぞるとうっすらと汗をかいていた。
「なんのつもりだ」
「『仲良く』したいからきた」
呆然とした顔で、穴が空くほどまじまじとランサーを見つめたアーチャーは一言
「君は正気か?」
と、以前放った台詞を再び一言一句違わず口にした。
「テメエを抱いたオレはよっぽど変わってたみてえだな」
「あ、いや……そんなことはないが」
抱いたオレ。つまり貴様はこの身体を抱きたいのか。
と、混迷を極めた末に妙なところで冷静になったアーチャーは思考した。
ランサーは構わず手首に押し当てた唇を這わせ、腕の筋肉に沿っては吸いつき、アーチャーの肌に柔らかな感触を残していく。赤い目を細めながら己の身体を食む男を前にして、アーチャーは自身の精神が熱を帯び、興奮で視界が揺らいでいくのを感じていた。
「本当に私を抱くつもりか」
「当然」
するりと腰に回されたランサーの手によって、次の瞬間二人の身体は強く密着させられていた。顔を埋めた男は喉仏に唇を這わし、そのまま柔く歯を立てた。
「いいだろアーチャー」
ランサーの声が振動となって全身を伝う。
「いや、待ってくれ。落ち着けランサー。冷静になれ」
「オマエがな。オレはこれ以上ないくらいに冷静だぞ」
いや、でも冷静になられたら抱いてもつまんねえな、とランサーは耳元で囁いた。片方の手でアーチャーを抱き寄せたまま、すっと胸元に腕を差し込み、分厚い武装の上から心臓の上を数回撫でる。己の欲望をわかりやすく伝えるために。
アーチャーは身体をこわばらせ、そっとランサーの肩を押した。弱々しい抵抗に、ランサーは耳たぶに舌を這わせることで応える。
「嫌か」
「……嫌、というより」
「いうより?」
『半ば諦め、その末に吐き出した嘘偽りを下敷きとして、君の体温を知るという事実が許せない。私は私を許せない。私の行為を私は許すことができない』
アーチャーは手を固く握り、浮かんだ答えを押し殺した。
「なぜ身体を重ねようとするのかと」
「そんなの理由があってするもんじゃねえだろ。少なくとも今のオレはおまえが嫌いじゃない。むしろ抱けるなら抱きたい。おまえは?」
アーチャーは救いを求めて視線を彷徨わせ、ここに救いなどというものは存在しなかったではないか、いま自分を抱きしめている男以外にはと自嘲した。唇を歪め瞼を下ろす。
「私が、嫌いな人間に対して『君と寝たことがある』と告げる性格をしていると思うか?」
「否定できねえ」
「それはしてくれ」
冗談にきまってんだろ、とランサーは笑いながら耳の縁を歯の先端でなぞる。抱えた身体を強引に寝台まで押しやり、抵抗を許さぬ手つきでアーチャーの上半身を柔らかな羽毛の海に沈ませた。
「……本気なのか」
「ああ。アーチャー、武装解けよ」
ランサーは、アーチャーの上着を繋ぐ飾り紐を人差し指に引っ掛けながらねだる。部屋の燭台では蝋燭が燃え、揺らぎながら二人を照らしていた。アーチャーは腕で顔を覆い隠し、胸を大きく上下させてから
「君もそうしてくれるなら」
と、己に被さる男に手を伸ばした。
***
香油の在り処を指し示す指が震えているのではないかと恐れ、必要以上に力の入った指先に焦点を合わせていた。ランサーはそんなアーチャーに気づくことなく傍らのチェストを漁っている。
「しっかし人はいねえのに食料やら酒やらよくわからねえ薬剤やらガスやら、なんでも揃ってんだな。なのに生活感はねえし、ありがたさを通り越して不気味だ。酒は美味かったけどよ」
「まさかとは思うが飲んだのか」
「おう、駄目だったか? 匂いは一応確認したけどな」
「駄目では……ないだろうが、いや別に、君が納得しているならいいが」
ランサーはむき出しの首筋を撫でながら笑い、おまえも飲んでみりゃいい、ここのシワがなくなるかもしれんとアーチャーの眉間を指先でつついた。
共に裸になっていたが寒さは感じなかった。城のなかは冷えた空気で満たされていても、凍えるほどではない。蝋燭が灯るだけの薄暗い部屋の寝台の上でふたり、距離を測りながら唇をあわせた。
何度も唇を食む行為を繰り返したあと、ランサーは舌をアーチャーの口内へ差し込んだ。こわばるアーチャーの背中を手のひらでなでおろしながら、舌を絡ませ水音を響かせる。
導かれるように、アーチャーも舌を差し出してランサーに応えようとする。互いの口元が唾液で光るまで、飽くことなく口づけを交わした。ちりちりとした刺激がアーチャーの背骨を走り、そのむずがゆさはやがて下半身を重くさせていく。
ランサーとの口づけだけで容易く自身が熱を持ち始めたことがひどく恥ずかしく思えて、アーチャーは腰を後方に下げようと身をよじり足掻いた。
するとランサーは片手でアーチャーの顎を強く掴み、ちゅ、と音を残して重なる唇を遠ざけ
「集中しろ」
とためらいなく視線を正面からぶつけた。赤色の中心にある瞳孔が、見るものすべてを取り込むように輝く。
かつてテラスで躍り凶暴に笑んだ獣の瞳が、いまやアーチャーだけのものになっている。その色が放つ魅力に耐えきれず、己の視界を瞼で閉ざしたアーチャーは手探りの状態でランサーの口に再び吸い付いた。
ランサーは徐々に体重をかけ、アーチャーのがっしりとした身体を寝台に沈ませる。寝そべるアーチャーを跨ぎ、互いの両手を絡ませシーツに押し付けた。
「ん、ランサー……」
自由を許されずもがく身体へ、ランサーは丁寧に唇を落としていく。耳元に近い首筋を舌が這う感触にアーチャーが思わず腰を跳ねさせると、含んだ笑いと共に同じ場所を何度も刺激する。眉を寄せ、むずかるように首を左右させたアーチャーに
「おまえ、意外とかわいいな」
とランサーは囁き、宥めるようにほどいた手で胸を撫でた。
そのまま厚い胸にある尖りを親指で優しく捏ね、もう一方も口に含み舌の表面を押し当てるとざらりと可愛がる。
「っぁ、ら、ランサー」
羞恥のあまり掴んだランサーの髪を引っ張ると、本人はおもしろがっているのか更に強く舌を絡ませ、ぢゅ、と先端を吸い上げた。
「ん、んっ……あ、ぁ」
与えられた快感によって己が硬くそそり立つ感触を逃そうと、アーチャーは足の指先でシーツを掻き宙を蹴った。
「大人しくしてろ。それともそんなに暴れるくらいここが好きか?」
アーチャーの胸へ舌を這わしながら見上げてくるランサーは壮絶な色をその顔ににじませていた。きゅう、と上げられた口角にアーチャーはどのような言葉も発することができず、ただ首を横に振った。乱れた白髪が額を打つ。
「嘘つけ」
アーチャーは自由になった両手で己の乱れた髪を撫でつけると、そのままランサーの頬を包んだ。ざらりとした男の肌の感触に皮膚を粟立たせながら、「ん?」と目線でアーチャーに問いかける男の存在を確かめるように、何度も手を上下させる。
「くすぐってえ」
「は、ぁ、わたしだって、そうだ」
「ちげえよ、よく覚えとけ弓兵。これは『気持ちいい』だ」
頬を撫でる指を口で銜えてやりながら腰を浮かせたランサーは、そのまま手を伸ばしそそり立つアーチャー自身を掌で包んだ。
「あっ、あ、や、やめ……」
一気に昇った血によって、アーチャーの頬が紅潮する。寝台を蹴る足に構わず、ランサーは手にしているものの形を確かめるように万遍なく触れたあと、くびれた部分をやわく刺激してやる。一気に硬度を増した感覚に涙をにじませたアーチャーは、ランサーの腰を指先が埋まるほどに強く掴んだ。
「ほら、どこがおまえの好きなところだ……?」
先端を親指の腹で押されると、あふれていた先走りによってぐじゅ、と部屋に水音が響く。アーチャーは奥歯を噛み締めながら、自由に振る舞うランサーの手の動きに対し、身体の震えで、殺しきれなかった喘ぎで、答えを返す。
「っは、あぁ、……ランサー、やめっ、やめてくれ……」
「どうした」
アーチャーは涙でより一層悪くなった視界に浮かぶランサーへ、息も絶え絶えに訴えかける。
「っ、こんなっ……私、ばかリ」
「は、随分積極的だな。嫌いじゃねえけど、悪ぃな。しばらく力抜いてろ。おまえ男に抱かれた経験が……まあ、あんまなさそうだし」
熱に浮かされた頭は、冷静な思考を既に放棄していた。だが残されたアーチャーの理性が、自分はいまからこの男に抱かれるのだ、と訴えかける。その事実を認識した瞬間、腰の深くが強く疼いた。
「……う」
ランサーの声は低く、そしてひどく甘かった。なぜ彼がここまで愛情らしきものをのぞかせるのか、皆目見当がつかなかった。むしろ欲望を発散させるためだけに荒々しく抱き潰され、肉体に傷をつけられたほうが余程納得がいく。そうされたならアーチャーはランサーという存在を容易く理解できただろう。
身体に渦巻く熱で胸を上下させるアーチャーから離れたランサーは、寝台の近くに置いてあった香油の蓋を抜くと、植物の香りを放つ液体を掌に垂らした。
「はっ、ん……ぁ」
ランサーによって瓶から直接下半身に垂らされた液体の感触に腰を反らすと、流れた油が最奥までしたたり落ちる。むずがゆい刺激に腰を揺らすアーチャーの片足を、己の太ももの上にのせたランサーは、硬い指先で秘められた口に触れた。
「あ、そん、な」
場所に触れるなど、とアーチャーは続けてしまいそうになり唇を噛んだ。腕で顔を覆い隠す。初めて他人に触れられた秘所も、腰の奥も、頭もすべて与えられる熱で溶け落ちてしまいそうだった。指が穴の縁をくすぐり、何度か表面を撫でたあと、吐く息にあわせてぬるりと体内にすべりこむ。
「あ、あっ……」
油で助けられていてもなお存在する違和感によってずり上がろうとする身体を片手で拘束されながら、内部を上下する感触に耐える。ランサーは、液体を指が届く奥まで隙間なく塗りこめ、穴をひろげるように指で優しく縁を押しては、内部を柔らかくする動きを繰り返す。
シーツを両手で掴み、抱えられた片足でランサーにしがみついていたアーチャーは、ふと己に注がれている視線に気づいた。慎重な手つきとは裏腹に、ランサーは欲望を一切隠す気のない笑みでアーチャーを見下ろし、合間になまめかしく舌で唇を舐めていた。獲物を狩り、かぶりつく寸前の獣だ。そして食われるのは自分なのだ。
「うぅ、あっ……も、ぅ」
――もうまどろっこしいことは止めてくれ。ランサー、私に噛みつき、頭から全部喰らいつくせばいい。欲望のまま骨の一片たりとも残さずに。そして私を解放してくれ、このどうしようもない世界から。私は君に食らいつくされてしまいたいんだ。
「ん、はっ……らん、さー」
アーチャーは熱の奔流に翻弄されながら、満足に動かせぬ自分の両足をぎこちなく開いて、ぬめる指で自分を愛するランサーを誘った。
互いの歯がぶつかる荒々しい口づけをアーチャーに浴びせながら、ランサーは唸る。
「いいな。いいだろ。止めらんねえ」
両脚を抱えられ、いつしか硬直し天をさしていたランサー自身の先端で、散々ほぐされた最奥をノックされる。
ああ、そのままとアーチャーが願うと同時に、じわりと内部が侵された。
「あ、っん――!」
初めて肉体を犯される感触に顎を反らせ、アーチャーは後頭部をシーツに擦りつける。ぬめりを伴って体内に侵入したランサーの屹立は、アーチャーを気遣っているのか驚異的な忍耐力でじわりじわりと進む。
「はっ、ああ、ランサー!」
いっそ躊躇なく貫いてくれ、と告げたくともアーチャーの口からこぼれるのは意味を持たない喘ぎばかりだった。激しい鼓動が全身を支配する。縋るものもなくシーツを引き裂きかねない強さで掴んでいた。抱えられた両脚はとうに正常な感覚を失っている。あるのは足を抱えているランサーの掌の熱さだけだ。
じりじりと進み、最後互いの下生えが接するほど深く交わると、ランサーは姿勢を立て直し、アーチャーの両脇の傍に両手をついた。
「う、ぁ……あっ」
己の脇腹を蹴る躾のならない足を受け入れながら、ランサーはアーチャーの呼吸が落ち着くときをじっと待っていた。互いに性器は硬く張りつめ、汗が寝台に飛び散る。
興奮しきったランサーは、ふうふうと息を繰り返すアーチャーを拘束しながら、欲にまみれた声で問うた。
「それで、アーチャー。喋るくらいできんだろ。答えろ、テメエなにを隠してやがる。
テメエの誘いに乗ってやったんだ、全部吐け。己の身体を明け渡してまで、テメエはオレになにを望んでんだよ」
アーチャーは己の奥深くで目覚めつつある快感に震えながら、覚束ない手つきでランサーの前腕を撫でる。ランサーはその手に己の手を絡め、穏やかにシーツの上に組み敷いた。
ランサーに貫かれ手酷い言葉をかけられてもなお、アーチャーに植え付けられた欲望は醒めてくれなかった。だがランサーもそうだ、とアーチャーは嗤う。ぎしぎしと悲鳴をあげる腰をよじりながら吐き捨てた。
「……滑稽だ」
「なにがだ」
「私も、君も……こんな行為に快感を味わっている」
「下らねえこと言う余裕があんなら下らねえこと言えなくなるまで抱くぞ」
「それで、いい……あっ、くそ、いきなり動くな!」
「抱けっつったのはテメエだろうが!」
部屋に響く荒い息づかいは、最早どちらのものか区別がつかなかった。腰をゆるゆると動かしては時折最奥を抉る動きに呻き、アーチャーは敷かれたシーツに頬を擦りつける。焦らすランサーに、動いてくれ、とアーチャーは掠れた声で懇願した。
「吐くもなにも、なにもない」
答えへの不服からか、ぐい、と最奥を突かれてアーチャーは背を反らした。
「あ、ぁ……ランサー。やめろ、抜いてくれ。話を、したいのなら、退けっ……」
なんでだ、これがお望みだったんだろ、と吐息交じりに耳元で喋られ、その快感にたまらずアーチャーは再びランサーを蹴った。
男を銜えた腹の中から焼けつくされてしまいそうだった。
「あたまが、うごかない……は、んん……は、初めてなんだ」
「なにが」
抱かれるのが、と消え入りそうな声でなされた告白に、ランサーは汗ばむ髪をかきあげながら「やっぱりあれは嘘か」と不機嫌に鼻を鳴らし、屈みこむと掌でアーチャーの涙と唾液で濡れる顔を荒々しく拭ってやった。
しゃくりあげるように息をして、アーチャーは熱に浮かされるまま「そもそも、抱くか……抱かれるかも考えていなかった。わすれていた」と告げる。
「……あのな、おまえさんな。本当、おまえなあ……」
ランサーは乱れる長髪もそのままに力なく項垂れ、己自身を深々と侵入させている腹を撫で、悪戯にアーチャーの白い下生えを擽った。
「オレ、そういうところ、なんだ。……オマエがなにも言おうとしねえの本気で腹が立つな。好きになれねえ」
そう言い切ると、ランサーはアーチャーの開いた唇に優しく己のそれを重ね
「んで、どうしたいアーチャー。今更オレにおあずけでも命じるか? んなことできる気しねえな」
と、唇同士が接した状態のまま問いかけた。
アーチャーはランサーの手首を掴んだ。骨さえ砕きそうな強さで、語気で告げる。
「ランサー……君が、ほしい。いきつくところまで、全部」
壊れてしまいそうな力で全身を抱きしめられる。軋む骨に頓着せず眼前の首筋に顔を埋めたアーチャーもまた、両腕でランサーを力一杯抱き返した。
薄暗い寝室で、身体に与えられる律動に快感の悲鳴を上げ、生まれる熱に啼き涙を流した。できることは獣のように喘ぐことだけだった。後ろから犯され、体内に放たれる熱を感じ涎をシーツに落としていた。
背後のランサーに抱え上げられ、胡坐の上に乗せられる。尽きぬ欲に動かされるがまま後頭部をランサーの胸板に押しつけ、アーチャーは「お願いだ、ランサー。もっと」と飽くことなく口にしていた。
***
短い眠りから覚めても、外にはいまだ深い闇が広がっていた。アーチャーはこれまでに感じたことのない、全身に広がる痛みとだるさに顔をしかめつつ寝返りをうった。窓際に立っていたランサーが物音に振り返る。
部屋の蝋燭はとうに燃え尽きていたが、窓から淡い光が差し込み、部屋にある家具の影は生き物のように蠢いていた。
アーチャーはぽつりぽつりと語る。
私は繰り返し続けてきた。
この城が巡るさまを観察してきた。泡沫が終わりなくわきでるように過去が浮かんでは消え去る、大きな流れにいつしか足をすくわれていた。
私はこの現状を終わらせる術を教えてはもらった。だがそれに従うことでもたらされる結果を私は知らない。
だから私は望んだんだ。全てを諦める前に、ただ私は、巡る同じ城の日々のなかで一方に進む大河の水に押し流されるばかりではなく、水に浮かびながら錨を降ろし、己の居場所を一か所に固定してみたかった。
再び日々が始まる動きを覆すことが不可能でも、私は自分自身を、頑丈ななにかを支えにして舫いを繋ぎ、いっときの安寧を得てみたかった。諦めきってしまうまえに、一度だけ。
「ならオレは舫い綱か」
むしろ綱を結わえ付けられるずっしりとした支柱だ、とアーチャーは感じたが明言はせず、誤魔化すように再び布団にくるまった。
窓辺で煙草を咥えたランサーが箱を見せながら訪ねる。
「おいアーチャー、煙草いるか」
アーチャーは背中を向けて、関心なく答える。
「申し訳ないが煙草は好まないんだ」
ランサーは裸の肩を呆れたようにすくめ、
「通りで慣れてねえなと思うはずだわ」
と唇を突き出しぼやいた。
ランサーは窓の外に広がる森林の影を眺めていた。到達することのできない、終わりの境界を。
アーチャーはくるまっている布団を肩まで持ち上げると、苦悶の表情を隠すように顔を狭間に埋めた。
――ランサーの熱を知った。肌を這う感触を、身体を突き上げる硬さを、ランサーが囁いた愛を私は忘れることが叶わないだろう。たとえまた彼が、全てを白紙に戻された状態で、地下牢に囚われていても。この一夜を忘却していたとしても。
私はひとり歩いていかねばならないのだ。この夜を背負い進み続ける。
不可能なことはわかっていた、私にはできない。私は眠ることを二度と選択できない。
気まぐれにランサーから与えられた愛情は、まるで砂漠の中心で身を焦がす灼熱のようにアーチャーを苛む。じりじりと焦げ、心に注がれた水は蒸発していく。
虚空を彷徨していた、あてどなく。寂寞たる砂漠にひとり残されている。
アーチャーは背中の向こうに立つランサーの気配を肉体に刻みながら、強く頭を抱えた。
――ランサー、私は君に愛された私自身を果てなく呪いながら、きっと近い未来で願うんだ。
いつか私を愛してくれた、君に会いたいと。
空中庭園に新たな剣を土に刺し、地下牢に辿りつく。片手で強く煙草と燐寸の箱を握りしめながら。
彼らは言った。そう、最初に人形だって言っていた。眠れば終わりはきたる、いつどのような形で訪れるかわからずとも。アーチャーが目を閉じればきたるのだ。その言葉は、アーチャーを心の底から奮い立たせた。
終わりがくるのならば、一度だけ。
おそらく些細な事柄として、流れ去るだけだとしても。
目覚めたランサーにルールを説きながら、考えているのは己を支配する欲望についてだった。地下から抜け出し連れだって中庭に面する廊下を進む。人間では腕を回すことが叶わない径の柱の間で見え隠れする、ランサーの背を追っていた。彼が足を止めるのに合わせて、アーチャーは不器用な手つきで煙草の箱を取り出し、指に挟んだ一本を口に銜える。
終わりがくるのならば、一度だけ。燐寸を擦り、煙草の先端に火を灯して深々と息を吸う。生前に異国の地で勧められ、交流のために肺を煙で満たした淡い記憶が現れて消える。ランサーはすぐ近くにいるのに、目の前の背中はひどく遠いように思えた。
煙と共に吐き出した声に、震えは一切ない。
「実に不可解だろう、この城は。それに君には記憶も残っていないときた。ならば当然、覚えていないのだろうな。……私と君は、ベッドを共にしたこともあったのだが」
初めて嘘を、口にした。
***
嘘は紫煙に混じって吐き出された。ランサーはアーチャーを窺う気配をみせたが、アーチャーは彼と目をあわせられずに目線を下にやった。
「へえ」
ランサーは気の抜けた声を出し、
「今回は仲が良かったのか、オレたちは。意外だな……まあ、ありうるのかもな」
となんでもない事のように応えた。
アーチャーは思わず顔をあげ、指に挟んだ煙草の先端で宙に曲線を描いた。ランサーはぼんやりと中庭を眺めている。
「ランサー?」
訝るアーチャーの声に振り向いたランサーは、感情を上手く覆い隠した表情で問うた。
「それともテメエが嘘をついているのか? なんのために?」
アーチャーは思わず手にしていた煙草の箱を投げつけた。中身の詰まった軽い箱をランサーは難なく受けとめる。続いて投げつけられた燐寸の箱も軽々と手で捕まえ、手にした煙草を鼻に近づけ、匂いを嗅ぎながら「馴染みのねえ匂いだ」と呟いた。
アーチャーは灰が落ちかけている煙草を指で挟んだまま
「君は正気か?」
と呆れ果てた。
「先に言ったのはテメエじゃねえか。なんだ、テメエの相手をしたオレは正気じゃなかったのか」
「……正気、だったさ」
隠しきれない戸惑いをにじませて、アーチャーは途方に暮れたように佇んでいた。
「そうだな、仲が良かったんだろう。喜ばしいことだ」
そう口にして、アーチャーはふらりとその場をあとにした。男の広い背を見送るしかないランサーは
「なんだあいつ」
と唇を曲げ、改めて与えられた煙草をまじまじと観察した。 調度品だけは整った無人の城の片隅で、取り出した煙草を銜え火をつける。中庭から差し込む穏やかな日光を浴びながら、ランサーは煙を吐き、考えを巡らせていた。
***
初めてついた嘘で、閉塞した状況に変化が訪れるなどという希望は初めから持っていなかった。ランサーが信じるとは露ほども思わず、ただ手ひどい拒絶が返ってくるだけだろうと予測していた。それでも嘘を口にしたのは、一度だけでも彼に手を伸ばし触れることができたならという淡い欲望に抗えなかっただけだ。
だからこそ、アーチャーの嘘を受け入れたランサーに当初は困惑はしたが、それ以上ランサーはこちらへ踏み込んでくることもないだろう、そもそもそんな感情は彼にないのだからとアーチャーは割り切っていた。
それ故に、ねぐらにしている部屋に響いた荒々しいノックに動揺もせず、アーチャーは蹴られた窓を警戒心の欠片もなく開いて
「珍しい、私の部屋にくるなど」
と、城の外壁を掴み足を泳がせているランサーに対して、冷静に話しかけた。
「部屋にくるなとはいわないが、せめて廊下からドアを使って訪れてはくれないかね。奇矯な方法ではなく」
アーチャーが休んでいた部屋に夜風が侵入する。開けてもらった窓から反動をつけて飛び込んだランサーは、身体の埃を叩いて払い
「外から見たら明かりがついてたからな。ついでに寄った」
となんでもないことのようにアーチャーの苦言を受け流し、部屋を軽く見渡した。
最低限の家具が置かれた一室は、誰かが住んでいるとは思えないほど清潔で、乱れが一切なかった。魔力の残滓こそあるものの、机に積み重なった数冊の書籍と巻紙、並べられた短刀とおぼしきもの以外に住人の個性を表す物はなく、寝台も整ってはいるが長い間使われていないようだった。
「それで、用件はなんだ。わざわざこんなところに訪れるなど、私に聞きたいことでもあるのか」
「聞きたいことは特にねえな」
アーチャーは眉を上げ、ではなんだ、と手にしていた図面を机に伏せた。
ランサーは無造作にアーチャーに近づくと、狭まった距離に動揺する鋼の瞳を見つめながら褐色の手を取り、骨ばった手首に唇を寄せた。握られたアーチャーの手は緊張で強張り、掌を指先でなぞるとうっすらと汗をかいていた。
「なんのつもりだ」
「『仲良く』したいからきた」
呆然とした顔で、穴が空くほどまじまじとランサーを見つめたアーチャーは一言
「君は正気か?」
と、以前放った台詞を再び一言一句違わず口にした。
「テメエを抱いたオレはよっぽど変わってたみてえだな」
「あ、いや……そんなことはないが」
抱いたオレ。つまり貴様はこの身体を抱きたいのか。
と、混迷を極めた末に妙なところで冷静になったアーチャーは思考した。
ランサーは構わず手首に押し当てた唇を這わせ、腕の筋肉に沿っては吸いつき、アーチャーの肌に柔らかな感触を残していく。赤い目を細めながら己の身体を食む男を前にして、アーチャーは自身の精神が熱を帯び、興奮で視界が揺らいでいくのを感じていた。
「本当に私を抱くつもりか」
「当然」
するりと腰に回されたランサーの手によって、次の瞬間二人の身体は強く密着させられていた。顔を埋めた男は喉仏に唇を這わし、そのまま柔く歯を立てた。
「いいだろアーチャー」
ランサーの声が振動となって全身を伝う。
「いや、待ってくれ。落ち着けランサー。冷静になれ」
「オマエがな。オレはこれ以上ないくらいに冷静だぞ」
いや、でも冷静になられたら抱いてもつまんねえな、とランサーは耳元で囁いた。片方の手でアーチャーを抱き寄せたまま、すっと胸元に腕を差し込み、分厚い武装の上から心臓の上を数回撫でる。己の欲望をわかりやすく伝えるために。
アーチャーは身体をこわばらせ、そっとランサーの肩を押した。弱々しい抵抗に、ランサーは耳たぶに舌を這わせることで応える。
「嫌か」
「……嫌、というより」
「いうより?」
『半ば諦め、その末に吐き出した嘘偽りを下敷きとして、君の体温を知るという事実が許せない。私は私を許せない。私の行為を私は許すことができない』
アーチャーは手を固く握り、浮かんだ答えを押し殺した。
「なぜ身体を重ねようとするのかと」
「そんなの理由があってするもんじゃねえだろ。少なくとも今のオレはおまえが嫌いじゃない。むしろ抱けるなら抱きたい。おまえは?」
アーチャーは救いを求めて視線を彷徨わせ、ここに救いなどというものは存在しなかったではないか、いま自分を抱きしめている男以外にはと自嘲した。唇を歪め瞼を下ろす。
「私が、嫌いな人間に対して『君と寝たことがある』と告げる性格をしていると思うか?」
「否定できねえ」
「それはしてくれ」
冗談にきまってんだろ、とランサーは笑いながら耳の縁を歯の先端でなぞる。抱えた身体を強引に寝台まで押しやり、抵抗を許さぬ手つきでアーチャーの上半身を柔らかな羽毛の海に沈ませた。
「……本気なのか」
「ああ。アーチャー、武装解けよ」
ランサーは、アーチャーの上着を繋ぐ飾り紐を人差し指に引っ掛けながらねだる。部屋の燭台では蝋燭が燃え、揺らぎながら二人を照らしていた。アーチャーは腕で顔を覆い隠し、胸を大きく上下させてから
「君もそうしてくれるなら」
と、己に被さる男に手を伸ばした。
***
香油の在り処を指し示す指が震えているのではないかと恐れ、必要以上に力の入った指先に焦点を合わせていた。ランサーはそんなアーチャーに気づくことなく傍らのチェストを漁っている。
「しっかし人はいねえのに食料やら酒やらよくわからねえ薬剤やらガスやら、なんでも揃ってんだな。なのに生活感はねえし、ありがたさを通り越して不気味だ。酒は美味かったけどよ」
「まさかとは思うが飲んだのか」
「おう、駄目だったか? 匂いは一応確認したけどな」
「駄目では……ないだろうが、いや別に、君が納得しているならいいが」
ランサーはむき出しの首筋を撫でながら笑い、おまえも飲んでみりゃいい、ここのシワがなくなるかもしれんとアーチャーの眉間を指先でつついた。
共に裸になっていたが寒さは感じなかった。城のなかは冷えた空気で満たされていても、凍えるほどではない。蝋燭が灯るだけの薄暗い部屋の寝台の上でふたり、距離を測りながら唇をあわせた。
何度も唇を食む行為を繰り返したあと、ランサーは舌をアーチャーの口内へ差し込んだ。こわばるアーチャーの背中を手のひらでなでおろしながら、舌を絡ませ水音を響かせる。
導かれるように、アーチャーも舌を差し出してランサーに応えようとする。互いの口元が唾液で光るまで、飽くことなく口づけを交わした。ちりちりとした刺激がアーチャーの背骨を走り、そのむずがゆさはやがて下半身を重くさせていく。
ランサーとの口づけだけで容易く自身が熱を持ち始めたことがひどく恥ずかしく思えて、アーチャーは腰を後方に下げようと身をよじり足掻いた。
するとランサーは片手でアーチャーの顎を強く掴み、ちゅ、と音を残して重なる唇を遠ざけ
「集中しろ」
とためらいなく視線を正面からぶつけた。赤色の中心にある瞳孔が、見るものすべてを取り込むように輝く。
かつてテラスで躍り凶暴に笑んだ獣の瞳が、いまやアーチャーだけのものになっている。その色が放つ魅力に耐えきれず、己の視界を瞼で閉ざしたアーチャーは手探りの状態でランサーの口に再び吸い付いた。
ランサーは徐々に体重をかけ、アーチャーのがっしりとした身体を寝台に沈ませる。寝そべるアーチャーを跨ぎ、互いの両手を絡ませシーツに押し付けた。
「ん、ランサー……」
自由を許されずもがく身体へ、ランサーは丁寧に唇を落としていく。耳元に近い首筋を舌が這う感触にアーチャーが思わず腰を跳ねさせると、含んだ笑いと共に同じ場所を何度も刺激する。眉を寄せ、むずかるように首を左右させたアーチャーに
「おまえ、意外とかわいいな」
とランサーは囁き、宥めるようにほどいた手で胸を撫でた。
そのまま厚い胸にある尖りを親指で優しく捏ね、もう一方も口に含み舌の表面を押し当てるとざらりと可愛がる。
「っぁ、ら、ランサー」
羞恥のあまり掴んだランサーの髪を引っ張ると、本人はおもしろがっているのか更に強く舌を絡ませ、ぢゅ、と先端を吸い上げた。
「ん、んっ……あ、ぁ」
与えられた快感によって己が硬くそそり立つ感触を逃そうと、アーチャーは足の指先でシーツを掻き宙を蹴った。
「大人しくしてろ。それともそんなに暴れるくらいここが好きか?」
アーチャーの胸へ舌を這わしながら見上げてくるランサーは壮絶な色をその顔ににじませていた。きゅう、と上げられた口角にアーチャーはどのような言葉も発することができず、ただ首を横に振った。乱れた白髪が額を打つ。
「嘘つけ」
アーチャーは自由になった両手で己の乱れた髪を撫でつけると、そのままランサーの頬を包んだ。ざらりとした男の肌の感触に皮膚を粟立たせながら、「ん?」と目線でアーチャーに問いかける男の存在を確かめるように、何度も手を上下させる。
「くすぐってえ」
「は、ぁ、わたしだって、そうだ」
「ちげえよ、よく覚えとけ弓兵。これは『気持ちいい』だ」
頬を撫でる指を口で銜えてやりながら腰を浮かせたランサーは、そのまま手を伸ばしそそり立つアーチャー自身を掌で包んだ。
「あっ、あ、や、やめ……」
一気に昇った血によって、アーチャーの頬が紅潮する。寝台を蹴る足に構わず、ランサーは手にしているものの形を確かめるように万遍なく触れたあと、くびれた部分をやわく刺激してやる。一気に硬度を増した感覚に涙をにじませたアーチャーは、ランサーの腰を指先が埋まるほどに強く掴んだ。
「ほら、どこがおまえの好きなところだ……?」
先端を親指の腹で押されると、あふれていた先走りによってぐじゅ、と部屋に水音が響く。アーチャーは奥歯を噛み締めながら、自由に振る舞うランサーの手の動きに対し、身体の震えで、殺しきれなかった喘ぎで、答えを返す。
「っは、あぁ、……ランサー、やめっ、やめてくれ……」
「どうした」
アーチャーは涙でより一層悪くなった視界に浮かぶランサーへ、息も絶え絶えに訴えかける。
「っ、こんなっ……私、ばかリ」
「は、随分積極的だな。嫌いじゃねえけど、悪ぃな。しばらく力抜いてろ。おまえ男に抱かれた経験が……まあ、あんまなさそうだし」
熱に浮かされた頭は、冷静な思考を既に放棄していた。だが残されたアーチャーの理性が、自分はいまからこの男に抱かれるのだ、と訴えかける。その事実を認識した瞬間、腰の深くが強く疼いた。
「……う」
ランサーの声は低く、そしてひどく甘かった。なぜ彼がここまで愛情らしきものをのぞかせるのか、皆目見当がつかなかった。むしろ欲望を発散させるためだけに荒々しく抱き潰され、肉体に傷をつけられたほうが余程納得がいく。そうされたならアーチャーはランサーという存在を容易く理解できただろう。
身体に渦巻く熱で胸を上下させるアーチャーから離れたランサーは、寝台の近くに置いてあった香油の蓋を抜くと、植物の香りを放つ液体を掌に垂らした。
「はっ、ん……ぁ」
ランサーによって瓶から直接下半身に垂らされた液体の感触に腰を反らすと、流れた油が最奥までしたたり落ちる。むずがゆい刺激に腰を揺らすアーチャーの片足を、己の太ももの上にのせたランサーは、硬い指先で秘められた口に触れた。
「あ、そん、な」
場所に触れるなど、とアーチャーは続けてしまいそうになり唇を噛んだ。腕で顔を覆い隠す。初めて他人に触れられた秘所も、腰の奥も、頭もすべて与えられる熱で溶け落ちてしまいそうだった。指が穴の縁をくすぐり、何度か表面を撫でたあと、吐く息にあわせてぬるりと体内にすべりこむ。
「あ、あっ……」
油で助けられていてもなお存在する違和感によってずり上がろうとする身体を片手で拘束されながら、内部を上下する感触に耐える。ランサーは、液体を指が届く奥まで隙間なく塗りこめ、穴をひろげるように指で優しく縁を押しては、内部を柔らかくする動きを繰り返す。
シーツを両手で掴み、抱えられた片足でランサーにしがみついていたアーチャーは、ふと己に注がれている視線に気づいた。慎重な手つきとは裏腹に、ランサーは欲望を一切隠す気のない笑みでアーチャーを見下ろし、合間になまめかしく舌で唇を舐めていた。獲物を狩り、かぶりつく寸前の獣だ。そして食われるのは自分なのだ。
「うぅ、あっ……も、ぅ」
――もうまどろっこしいことは止めてくれ。ランサー、私に噛みつき、頭から全部喰らいつくせばいい。欲望のまま骨の一片たりとも残さずに。そして私を解放してくれ、このどうしようもない世界から。私は君に食らいつくされてしまいたいんだ。
「ん、はっ……らん、さー」
アーチャーは熱の奔流に翻弄されながら、満足に動かせぬ自分の両足をぎこちなく開いて、ぬめる指で自分を愛するランサーを誘った。
互いの歯がぶつかる荒々しい口づけをアーチャーに浴びせながら、ランサーは唸る。
「いいな。いいだろ。止めらんねえ」
両脚を抱えられ、いつしか硬直し天をさしていたランサー自身の先端で、散々ほぐされた最奥をノックされる。
ああ、そのままとアーチャーが願うと同時に、じわりと内部が侵された。
「あ、っん――!」
初めて肉体を犯される感触に顎を反らせ、アーチャーは後頭部をシーツに擦りつける。ぬめりを伴って体内に侵入したランサーの屹立は、アーチャーを気遣っているのか驚異的な忍耐力でじわりじわりと進む。
「はっ、ああ、ランサー!」
いっそ躊躇なく貫いてくれ、と告げたくともアーチャーの口からこぼれるのは意味を持たない喘ぎばかりだった。激しい鼓動が全身を支配する。縋るものもなくシーツを引き裂きかねない強さで掴んでいた。抱えられた両脚はとうに正常な感覚を失っている。あるのは足を抱えているランサーの掌の熱さだけだ。
じりじりと進み、最後互いの下生えが接するほど深く交わると、ランサーは姿勢を立て直し、アーチャーの両脇の傍に両手をついた。
「う、ぁ……あっ」
己の脇腹を蹴る躾のならない足を受け入れながら、ランサーはアーチャーの呼吸が落ち着くときをじっと待っていた。互いに性器は硬く張りつめ、汗が寝台に飛び散る。
興奮しきったランサーは、ふうふうと息を繰り返すアーチャーを拘束しながら、欲にまみれた声で問うた。
「それで、アーチャー。喋るくらいできんだろ。答えろ、テメエなにを隠してやがる。
テメエの誘いに乗ってやったんだ、全部吐け。己の身体を明け渡してまで、テメエはオレになにを望んでんだよ」
アーチャーは己の奥深くで目覚めつつある快感に震えながら、覚束ない手つきでランサーの前腕を撫でる。ランサーはその手に己の手を絡め、穏やかにシーツの上に組み敷いた。
ランサーに貫かれ手酷い言葉をかけられてもなお、アーチャーに植え付けられた欲望は醒めてくれなかった。だがランサーもそうだ、とアーチャーは嗤う。ぎしぎしと悲鳴をあげる腰をよじりながら吐き捨てた。
「……滑稽だ」
「なにがだ」
「私も、君も……こんな行為に快感を味わっている」
「下らねえこと言う余裕があんなら下らねえこと言えなくなるまで抱くぞ」
「それで、いい……あっ、くそ、いきなり動くな!」
「抱けっつったのはテメエだろうが!」
部屋に響く荒い息づかいは、最早どちらのものか区別がつかなかった。腰をゆるゆると動かしては時折最奥を抉る動きに呻き、アーチャーは敷かれたシーツに頬を擦りつける。焦らすランサーに、動いてくれ、とアーチャーは掠れた声で懇願した。
「吐くもなにも、なにもない」
答えへの不服からか、ぐい、と最奥を突かれてアーチャーは背を反らした。
「あ、ぁ……ランサー。やめろ、抜いてくれ。話を、したいのなら、退けっ……」
なんでだ、これがお望みだったんだろ、と吐息交じりに耳元で喋られ、その快感にたまらずアーチャーは再びランサーを蹴った。
男を銜えた腹の中から焼けつくされてしまいそうだった。
「あたまが、うごかない……は、んん……は、初めてなんだ」
「なにが」
抱かれるのが、と消え入りそうな声でなされた告白に、ランサーは汗ばむ髪をかきあげながら「やっぱりあれは嘘か」と不機嫌に鼻を鳴らし、屈みこむと掌でアーチャーの涙と唾液で濡れる顔を荒々しく拭ってやった。
しゃくりあげるように息をして、アーチャーは熱に浮かされるまま「そもそも、抱くか……抱かれるかも考えていなかった。わすれていた」と告げる。
「……あのな、おまえさんな。本当、おまえなあ……」
ランサーは乱れる長髪もそのままに力なく項垂れ、己自身を深々と侵入させている腹を撫で、悪戯にアーチャーの白い下生えを擽った。
「オレ、そういうところ、なんだ。……オマエがなにも言おうとしねえの本気で腹が立つな。好きになれねえ」
そう言い切ると、ランサーはアーチャーの開いた唇に優しく己のそれを重ね
「んで、どうしたいアーチャー。今更オレにおあずけでも命じるか? んなことできる気しねえな」
と、唇同士が接した状態のまま問いかけた。
アーチャーはランサーの手首を掴んだ。骨さえ砕きそうな強さで、語気で告げる。
「ランサー……君が、ほしい。いきつくところまで、全部」
壊れてしまいそうな力で全身を抱きしめられる。軋む骨に頓着せず眼前の首筋に顔を埋めたアーチャーもまた、両腕でランサーを力一杯抱き返した。
薄暗い寝室で、身体に与えられる律動に快感の悲鳴を上げ、生まれる熱に啼き涙を流した。できることは獣のように喘ぐことだけだった。後ろから犯され、体内に放たれる熱を感じ涎をシーツに落としていた。
背後のランサーに抱え上げられ、胡坐の上に乗せられる。尽きぬ欲に動かされるがまま後頭部をランサーの胸板に押しつけ、アーチャーは「お願いだ、ランサー。もっと」と飽くことなく口にしていた。
***
短い眠りから覚めても、外にはいまだ深い闇が広がっていた。アーチャーはこれまでに感じたことのない、全身に広がる痛みとだるさに顔をしかめつつ寝返りをうった。窓際に立っていたランサーが物音に振り返る。
部屋の蝋燭はとうに燃え尽きていたが、窓から淡い光が差し込み、部屋にある家具の影は生き物のように蠢いていた。
アーチャーはぽつりぽつりと語る。
私は繰り返し続けてきた。
この城が巡るさまを観察してきた。泡沫が終わりなくわきでるように過去が浮かんでは消え去る、大きな流れにいつしか足をすくわれていた。
私はこの現状を終わらせる術を教えてはもらった。だがそれに従うことでもたらされる結果を私は知らない。
だから私は望んだんだ。全てを諦める前に、ただ私は、巡る同じ城の日々のなかで一方に進む大河の水に押し流されるばかりではなく、水に浮かびながら錨を降ろし、己の居場所を一か所に固定してみたかった。
再び日々が始まる動きを覆すことが不可能でも、私は自分自身を、頑丈ななにかを支えにして舫いを繋ぎ、いっときの安寧を得てみたかった。諦めきってしまうまえに、一度だけ。
「ならオレは舫い綱か」
むしろ綱を結わえ付けられるずっしりとした支柱だ、とアーチャーは感じたが明言はせず、誤魔化すように再び布団にくるまった。
窓辺で煙草を咥えたランサーが箱を見せながら訪ねる。
「おいアーチャー、煙草いるか」
アーチャーは背中を向けて、関心なく答える。
「申し訳ないが煙草は好まないんだ」
ランサーは裸の肩を呆れたようにすくめ、
「通りで慣れてねえなと思うはずだわ」
と唇を突き出しぼやいた。
ランサーは窓の外に広がる森林の影を眺めていた。到達することのできない、終わりの境界を。
アーチャーはくるまっている布団を肩まで持ち上げると、苦悶の表情を隠すように顔を狭間に埋めた。
――ランサーの熱を知った。肌を這う感触を、身体を突き上げる硬さを、ランサーが囁いた愛を私は忘れることが叶わないだろう。たとえまた彼が、全てを白紙に戻された状態で、地下牢に囚われていても。この一夜を忘却していたとしても。
私はひとり歩いていかねばならないのだ。この夜を背負い進み続ける。
不可能なことはわかっていた、私にはできない。私は眠ることを二度と選択できない。
気まぐれにランサーから与えられた愛情は、まるで砂漠の中心で身を焦がす灼熱のようにアーチャーを苛む。じりじりと焦げ、心に注がれた水は蒸発していく。
虚空を彷徨していた、あてどなく。寂寞たる砂漠にひとり残されている。
アーチャーは背中の向こうに立つランサーの気配を肉体に刻みながら、強く頭を抱えた。
――ランサー、私は君に愛された私自身を果てなく呪いながら、きっと近い未来で願うんだ。
いつか私を愛してくれた、君に会いたいと。
