fate(槍弓以外)
諸君に完全なる理解は求めない。だが人間には想像力という素晴らしい翼がある。その自由な翼を少しばかり羽ばたかせ、共感してくださればよろしい。それはつまり、私のマスターである少女が、少女がだ、近頃妙に私の周りをうろついている。ふと気づけば近くに立っており、歩く私の後ろをついてくるのでなにか用件があるのかと振り向けば、彼女は顔をそらして私を見ていなかったフリをする。あるいは食堂で毎日昼夕にばったり出くわす。正確には出くわしたフリをしている。偶然だねなどと白々しく会話しながら私の隣に腰かけ、どこか明後日の方向を見ながらエネミー退治のコツなどを上の空に訊ねてくるのだ。
私も紳士の端くれである、少女に言いだしかねている事柄があるならばと水をむけるが、特にこれといったものがある訳ではないらしい。それなのに後ろをついてくる頻度は日に日に増し、更には人数が増える始末だ。匂いでわかるとも、雷電の男だ。あのすっとんきょうとマスターは、残念なことに私の耳の感度について勉強が不十分である。背をむけていたところで、耳を軽く後ろにひねれば、彼らがどのような動きをしているのかありありと思い描くことができるのだ。衣擦れの音、匂いの強弱に空気の揺らぎ、荒い息遣いに生唾を飲み込むいささか下品な――失礼――様子が手に取るようにわかる。
彼らは私が気づいていないと勘違いしては、カルデアのよく磨かれた床に這いつくばり、なにかを探し求めているようだ。マスターと雷電が、特にマスターが私のうしろで荒い息を吐きながら床を這う地獄絵図を想像してほしい。なんとも形容しがたい恐怖を想像してほしい。時折「あァ!」という叫びが背後から響き渡り、その声に驚き弾かれたように振り返れば、二人は私とは正反対の方角へ体をひねってこそこそとなにかを懐に収めている。まったくもって不気味な光景である。
***
「おお、おう、やあフロイライン、今日のご機嫌はいかがかな」
なにか馴染みのない言語を使ってしまった気はするが、平静さを保って挨拶できた己を紳士の鑑であると自画自賛したくなるものだ。なにしろ朝の支度を整え部屋のドアを開けた瞬間、真正面に気配なくマスターが立っていたのだから。彼女は朱い髪を揺らしながらしなを作り、私へ笑いかけた。表面上は親しみをこめているが、細められた目の奥で何かを求める欲が渦巻いている。
「おはようエジソン、今日は暖かいね。いつもより暖房が強いんだ。きっと今頃の日本では桜が見ものだと思うの」
ああ桜かね、と頷いてみせる。
「私にはあまり親しみがないがさぞ素晴らしいものなのだろう」
「ええ」
同意した彼女はより一層笑いを深めた。部屋の出入り口のど真ん中に彼女が陣取っているものだから、私はここから出るに出られないのだ。彼女は不思議なブラシ様の道具を両手で握りしめ、私を見上げてくる。
「あー、マスター。私は朝食へ行こうと思っていたのだが、どうかね、一緒に」
居心地がどことなく悪く、それを誤魔化すように半ば無意識にヒゲをうごめかせる。
「素敵な提案ありがとう。でも私、別のことをお願いしようと思って」
マスターは目を輝かせながら、ずいと私に迫る。身長差が随分あるにもかかわらず、その迫力に気圧され思わず身を反らせた。
「テスラと話していて、ええ。冬も終わるしそろそろ換毛期だよね」
かんもうき?
発せられた言葉と意味がうまく接合されず、顔を少しばかり顰めてたてがみに手をやる。もさもさと頭を掻きながら、ああ、換毛期、換毛期かと思い至る。
「マスター。なにか誤解があるようだが私もサーヴァントの一人でね、今更だが。この身体はエーテルによって構成されているのだよ」
「そのくらい知っているよ、勿論」
「ならばわかるだろう、毛の生え代わりなど」
「でも生きているの、あなたの毛皮。ある意味では死んでいるけれど」
どういう意味かねそれは、というニュアンスを込めて冗談半分に目を見開いてみせた。許されるのであれば、あるはずのない尻尾をぱたりと動かしてみせただろう。
「ねえエジソン。少しだけでいいから、あなたの」
どこか鬼気迫る少女を部屋に入れまいと両手をむけて制止しながら、むむうこれは身体に触れてやんわり拒否を示してもよい案件なのだろうかと心が怯む。
「マスター、落ち着いてくれたまえ……」
「あっ、先輩。ここにいたんですかせんぱーい!なにしてるんですか、約束忘れていませんか!」
マスターと二人振り向いた廊下の先には、全力でこちらに駆けてくるマシュ嬢の姿があった。既に武装まで済んでいる。
「やくそく?」
「そうですよ、扉狩りですよ。遅刻したらマルタさんに怒られてしまいますー!」
そう言うマシュ嬢に半ば無理矢理引きずられてマスターは去っていった。遠くから声が届く。
「エジソーン、またあとでねー……!」
やれやれ一難去ったと首を振り、しばらくはダ・ヴィンチ女史の工房へ避難させてもらおうと、まとわりつく寒気をぶるりと払った。
***
「おや、われらがヒーローのご登場だ。最近随分執着されているようだねえ、誰にとは言わないが。ああ勿論全く羨ましくないとも、当然だな」
薄い煙が宙に漂う工房の主は、的確に先手を打ちこんできた。だが言葉の強さほどには訪問客に興味がないらしく、机上の物体をレンズで覗きこみながらいまだ一言も発していない私に対し義手の動きだけで適当に椅子を示す。勝手の分からぬ部屋でもないため、女史の指示に素直に従って様々な薬品が染みついた革のソファへゆったりと腰かけた。
「ああ、言う通りだよ。自分でも自分の魅力に驚愕するほどだ。先ほど朝食を摂ってきたが、食堂の主は卵を余分にサーヴィスしてくれた上に搾りたてのオレンジジュースと淹れたてのコーヒー責めにしてくるんだ。ここ最近、彼もまた妙に親切でね」
それもこれも私が性別も人種も種族も超えて魅力的な存在だからだろう、と半ば自棄になって己へ賛辞を送っていると、ダ・ヴィンチ女史は意味ありげな含み笑いをみせた。まるで事情を全て見通しているような横顔だ。実際そうなのかもしれないが、彼女は自分で言おうと思わない限り知っていることを口にはしないだろう。
「ネコ科は柑橘類が平気なんだっけ。それとも君限定? またネコ科サーヴァントに関する新たな知識を学んでしまったなあ」
彼女は笑いながら一心にレンズを見つめ、片手で器用に緑色の炎を灯した。部屋に満ちていたマナが振動する。静かに燃え上がるその光から、部屋に漂う白い煙は発生しているらしい。
「今、君がどのような問題に取り組んでいるのか大変気になるのだが、訊ねてもいいものかね」
「訊ねるのは自由さ。それを断ることもまた自由だ。神秘は安売りするものではないし。ふふ、それにね、君には口が裂けても言えないなあ。ちゃんと特許をとって権利関係を確定させない限りはね」
「ならやめておこう、私はいつだって礼儀正しくありたいのでね」
女史は炎が気配を残して燃え尽きるさまを静かに観察すると、眉間をほぐしながら背中をそらした。うーん、と悩ましい声を発する。
「いくらでもあるさ、解決すべき問題も、発展させながら過去へ戻る技術も、好奇心を満足させるための学びもね」
先人が残した様々なものについてもそうさ、と彼女は遠い目をして静かに呟いた。
「それで、なんの用だい。別に用件がないならないで構わないが。それともネット経由でマーリンに魔術論文の催促でもしてみるかい」
「いやいや……もし万が一その催促が奇跡的に成功したところで、その重要さは理解できるが、私に活用できるものかどうか」
ふうむ、とダ・ヴィンチは息を吐いたあと「面倒だなあ、いやこっちの話さ。色々なことが山積みでね」と珍しく不平らしきものを漏らした。
「そしてその中の一つには君に関することも含まれている。まあ深刻なものではない、むしろポジティブな面しかない。従って重要度は高くない。……いや高いかな? まあ優先度は低いかなあ」
「申し訳ないが、単刀直入に願いたい。何故なら」
「君は合理を尊び」
「個人的な好奇心も旺盛なのだ。隠し事に我慢がならない、今のように」
彼女はおかしそうに笑いをこらえると椅子をぐるぐると何回転もさせた。
「まあ事の発端は彼だよ、彼。偉大なる交流くんさ。偉大なる星の開拓者、偉大なる交流。業腹かもしれないが彼に聞いてみたまえ、すごくラッキーですごく下らないことさ。君もキャスターならわかるだろう、部屋の外でうろうろするアーチャークラスの気配がさ」
そう言うとダ・ヴィンチ女史は新たな素材を引きずり出し、再び炎を灯し始めた。揺らめく光は妖しく白肌を照らしている。
「邪魔をして失礼したなダ・ヴィンチ。では私はこれで」
「幸運を祈るよ、偉大なる発明家」
甲高い革靴の足音が前を行く。廊下に人の気配はなかった。私が召喚されたカルデアには多くの人間とサーヴァントが存在しているが、それらを抱える施設は巨大に作られており、人々が集まる一部を除いて概ね静かな場所だった。緩やかな曲線を描く廊下の先で、群青の服を着た長身の男が背中を見せ去ろうとしている。私は彼を視界におさめながら、男と同じ速さで同じ方向に廊下を進む。彼は後ろにいる私の存在を十分に意識しているらしく、神経質な音をさせて次第に速足になった。清掃の行き届いた白い廊下はどこまでも続く。変化のない光景のなかでは、掲げられたナンバープレートを確認しない限り今、自分がどこにいるのかさえも分からくなる。
一際広い空間へ出て、テスラは立ち止った。燦々と降り注ぐ光。人工的に風景を映し出す巨大な窓から、彼に作り物の太陽光が降り注ぐ。私を振り返る彼の胸元で、青く輝く髪の毛先が苛立ったように火花を散らした。
「しつこいぞ貴様」
「奇遇だな、おはよう。いやもうこんにちは、かねミスター」
挨拶をする私へ、青白く発光し透き通っている瞳が、まるで遠くから観察するように向けられている。長く重い沈黙だけが場に残る。テスラはしばらくして、口の端を笑ったのか嗤ったのか判別がつかないほど小さく動かし、そのまま目線を外した。その小さな動きがあまりにも平常の彼と違って人間くさく見え、好奇心に突き動かされるまま彼に近づく。一歩進んでみると一歩足を引かれた。常に傲岸不遜な彼にしては随分弱気にみえる動きだ。
「丁度よかった、出会えたことは幸運だ。少しばかり君に聞いてみたいことがあるのだが」
「ははは、殊勝になったものだな凡骨。素晴らしい、私に教えを乞うか。いいとも、なにが望みだ。私の優れた才能の何について」
「君とマスターはなにをしているのかな、テスラ」
彼は口を開けたまま動きを止めた。一歩近づくと、ぎこちなく窓の外を窺う仕草をする。草原が果てなく広がりやがて空と混じりあう架空の景色を眺めながら、彼は目元をうっすらと赤く染めた。
「……一体なんの話だ」
「なに、最近私の後ろをついてくる人々が妙に騒がしいのでね、どのような楽しみをマスターと共有しているのか気になっているだけだよ。なにも私を除け者にしなくてもいいではないか、テスラ」
「……私の名を安易に呼ぶな」
手を後ろで組みながら、ふむ、とテスラを見つめた。彼は自分自身の声に滲む怒りに自分で驚き、言い訳をするように手を広げかけたが躊躇って、やがて両手を力なくおろした。
「……ふん、知らないな、私はなにもしていない。勘違いもほどほどにすることだ。私が誰の後を追うだって? 馬鹿馬鹿しい」
「ほう。ならばマスターに聞いてみるしかないな」
気は進まないが、という率直な感想はあえて口にしなかった。私の答えを耳にした彼は思わずといった様子で首を振り、口を堅く結ぶと私を睨みつけた。
「余計な手間をかけさせるな」
「意外だな、君がマスターの心配をする性格だとはね」
「双方の面倒を省いてやっている。極めて合理的だろう」
「確かに、それについて否定はしない。だが」
一歩進む。私たちの間に横たわる距離はいつしか、手を伸ばせば互いに触れることのできる近さになっていた。
「だがそれでは不十分だな。ヒトとヒトの間の合理的な行動というにはまだ足りないものがあるなテスラ」
「人の」
名前を安易に呼ぶな、と繰り返したかったらしい口は閉じられた。一瞬だけ、彼はまるで熱に浮かされたような表情で私を見つめると、そのまま決然と背をむけ足音高く私の前から立ち去った。残された私は顎を撫で、さて、真相究明よりも彼をからかうほうが楽しくなってくるとは、と困惑したまましばらく立ち尽くした。
私も紳士の端くれである、少女に言いだしかねている事柄があるならばと水をむけるが、特にこれといったものがある訳ではないらしい。それなのに後ろをついてくる頻度は日に日に増し、更には人数が増える始末だ。匂いでわかるとも、雷電の男だ。あのすっとんきょうとマスターは、残念なことに私の耳の感度について勉強が不十分である。背をむけていたところで、耳を軽く後ろにひねれば、彼らがどのような動きをしているのかありありと思い描くことができるのだ。衣擦れの音、匂いの強弱に空気の揺らぎ、荒い息遣いに生唾を飲み込むいささか下品な――失礼――様子が手に取るようにわかる。
彼らは私が気づいていないと勘違いしては、カルデアのよく磨かれた床に這いつくばり、なにかを探し求めているようだ。マスターと雷電が、特にマスターが私のうしろで荒い息を吐きながら床を這う地獄絵図を想像してほしい。なんとも形容しがたい恐怖を想像してほしい。時折「あァ!」という叫びが背後から響き渡り、その声に驚き弾かれたように振り返れば、二人は私とは正反対の方角へ体をひねってこそこそとなにかを懐に収めている。まったくもって不気味な光景である。
***
「おお、おう、やあフロイライン、今日のご機嫌はいかがかな」
なにか馴染みのない言語を使ってしまった気はするが、平静さを保って挨拶できた己を紳士の鑑であると自画自賛したくなるものだ。なにしろ朝の支度を整え部屋のドアを開けた瞬間、真正面に気配なくマスターが立っていたのだから。彼女は朱い髪を揺らしながらしなを作り、私へ笑いかけた。表面上は親しみをこめているが、細められた目の奥で何かを求める欲が渦巻いている。
「おはようエジソン、今日は暖かいね。いつもより暖房が強いんだ。きっと今頃の日本では桜が見ものだと思うの」
ああ桜かね、と頷いてみせる。
「私にはあまり親しみがないがさぞ素晴らしいものなのだろう」
「ええ」
同意した彼女はより一層笑いを深めた。部屋の出入り口のど真ん中に彼女が陣取っているものだから、私はここから出るに出られないのだ。彼女は不思議なブラシ様の道具を両手で握りしめ、私を見上げてくる。
「あー、マスター。私は朝食へ行こうと思っていたのだが、どうかね、一緒に」
居心地がどことなく悪く、それを誤魔化すように半ば無意識にヒゲをうごめかせる。
「素敵な提案ありがとう。でも私、別のことをお願いしようと思って」
マスターは目を輝かせながら、ずいと私に迫る。身長差が随分あるにもかかわらず、その迫力に気圧され思わず身を反らせた。
「テスラと話していて、ええ。冬も終わるしそろそろ換毛期だよね」
かんもうき?
発せられた言葉と意味がうまく接合されず、顔を少しばかり顰めてたてがみに手をやる。もさもさと頭を掻きながら、ああ、換毛期、換毛期かと思い至る。
「マスター。なにか誤解があるようだが私もサーヴァントの一人でね、今更だが。この身体はエーテルによって構成されているのだよ」
「そのくらい知っているよ、勿論」
「ならばわかるだろう、毛の生え代わりなど」
「でも生きているの、あなたの毛皮。ある意味では死んでいるけれど」
どういう意味かねそれは、というニュアンスを込めて冗談半分に目を見開いてみせた。許されるのであれば、あるはずのない尻尾をぱたりと動かしてみせただろう。
「ねえエジソン。少しだけでいいから、あなたの」
どこか鬼気迫る少女を部屋に入れまいと両手をむけて制止しながら、むむうこれは身体に触れてやんわり拒否を示してもよい案件なのだろうかと心が怯む。
「マスター、落ち着いてくれたまえ……」
「あっ、先輩。ここにいたんですかせんぱーい!なにしてるんですか、約束忘れていませんか!」
マスターと二人振り向いた廊下の先には、全力でこちらに駆けてくるマシュ嬢の姿があった。既に武装まで済んでいる。
「やくそく?」
「そうですよ、扉狩りですよ。遅刻したらマルタさんに怒られてしまいますー!」
そう言うマシュ嬢に半ば無理矢理引きずられてマスターは去っていった。遠くから声が届く。
「エジソーン、またあとでねー……!」
やれやれ一難去ったと首を振り、しばらくはダ・ヴィンチ女史の工房へ避難させてもらおうと、まとわりつく寒気をぶるりと払った。
***
「おや、われらがヒーローのご登場だ。最近随分執着されているようだねえ、誰にとは言わないが。ああ勿論全く羨ましくないとも、当然だな」
薄い煙が宙に漂う工房の主は、的確に先手を打ちこんできた。だが言葉の強さほどには訪問客に興味がないらしく、机上の物体をレンズで覗きこみながらいまだ一言も発していない私に対し義手の動きだけで適当に椅子を示す。勝手の分からぬ部屋でもないため、女史の指示に素直に従って様々な薬品が染みついた革のソファへゆったりと腰かけた。
「ああ、言う通りだよ。自分でも自分の魅力に驚愕するほどだ。先ほど朝食を摂ってきたが、食堂の主は卵を余分にサーヴィスしてくれた上に搾りたてのオレンジジュースと淹れたてのコーヒー責めにしてくるんだ。ここ最近、彼もまた妙に親切でね」
それもこれも私が性別も人種も種族も超えて魅力的な存在だからだろう、と半ば自棄になって己へ賛辞を送っていると、ダ・ヴィンチ女史は意味ありげな含み笑いをみせた。まるで事情を全て見通しているような横顔だ。実際そうなのかもしれないが、彼女は自分で言おうと思わない限り知っていることを口にはしないだろう。
「ネコ科は柑橘類が平気なんだっけ。それとも君限定? またネコ科サーヴァントに関する新たな知識を学んでしまったなあ」
彼女は笑いながら一心にレンズを見つめ、片手で器用に緑色の炎を灯した。部屋に満ちていたマナが振動する。静かに燃え上がるその光から、部屋に漂う白い煙は発生しているらしい。
「今、君がどのような問題に取り組んでいるのか大変気になるのだが、訊ねてもいいものかね」
「訊ねるのは自由さ。それを断ることもまた自由だ。神秘は安売りするものではないし。ふふ、それにね、君には口が裂けても言えないなあ。ちゃんと特許をとって権利関係を確定させない限りはね」
「ならやめておこう、私はいつだって礼儀正しくありたいのでね」
女史は炎が気配を残して燃え尽きるさまを静かに観察すると、眉間をほぐしながら背中をそらした。うーん、と悩ましい声を発する。
「いくらでもあるさ、解決すべき問題も、発展させながら過去へ戻る技術も、好奇心を満足させるための学びもね」
先人が残した様々なものについてもそうさ、と彼女は遠い目をして静かに呟いた。
「それで、なんの用だい。別に用件がないならないで構わないが。それともネット経由でマーリンに魔術論文の催促でもしてみるかい」
「いやいや……もし万が一その催促が奇跡的に成功したところで、その重要さは理解できるが、私に活用できるものかどうか」
ふうむ、とダ・ヴィンチは息を吐いたあと「面倒だなあ、いやこっちの話さ。色々なことが山積みでね」と珍しく不平らしきものを漏らした。
「そしてその中の一つには君に関することも含まれている。まあ深刻なものではない、むしろポジティブな面しかない。従って重要度は高くない。……いや高いかな? まあ優先度は低いかなあ」
「申し訳ないが、単刀直入に願いたい。何故なら」
「君は合理を尊び」
「個人的な好奇心も旺盛なのだ。隠し事に我慢がならない、今のように」
彼女はおかしそうに笑いをこらえると椅子をぐるぐると何回転もさせた。
「まあ事の発端は彼だよ、彼。偉大なる交流くんさ。偉大なる星の開拓者、偉大なる交流。業腹かもしれないが彼に聞いてみたまえ、すごくラッキーですごく下らないことさ。君もキャスターならわかるだろう、部屋の外でうろうろするアーチャークラスの気配がさ」
そう言うとダ・ヴィンチ女史は新たな素材を引きずり出し、再び炎を灯し始めた。揺らめく光は妖しく白肌を照らしている。
「邪魔をして失礼したなダ・ヴィンチ。では私はこれで」
「幸運を祈るよ、偉大なる発明家」
甲高い革靴の足音が前を行く。廊下に人の気配はなかった。私が召喚されたカルデアには多くの人間とサーヴァントが存在しているが、それらを抱える施設は巨大に作られており、人々が集まる一部を除いて概ね静かな場所だった。緩やかな曲線を描く廊下の先で、群青の服を着た長身の男が背中を見せ去ろうとしている。私は彼を視界におさめながら、男と同じ速さで同じ方向に廊下を進む。彼は後ろにいる私の存在を十分に意識しているらしく、神経質な音をさせて次第に速足になった。清掃の行き届いた白い廊下はどこまでも続く。変化のない光景のなかでは、掲げられたナンバープレートを確認しない限り今、自分がどこにいるのかさえも分からくなる。
一際広い空間へ出て、テスラは立ち止った。燦々と降り注ぐ光。人工的に風景を映し出す巨大な窓から、彼に作り物の太陽光が降り注ぐ。私を振り返る彼の胸元で、青く輝く髪の毛先が苛立ったように火花を散らした。
「しつこいぞ貴様」
「奇遇だな、おはよう。いやもうこんにちは、かねミスター」
挨拶をする私へ、青白く発光し透き通っている瞳が、まるで遠くから観察するように向けられている。長く重い沈黙だけが場に残る。テスラはしばらくして、口の端を笑ったのか嗤ったのか判別がつかないほど小さく動かし、そのまま目線を外した。その小さな動きがあまりにも平常の彼と違って人間くさく見え、好奇心に突き動かされるまま彼に近づく。一歩進んでみると一歩足を引かれた。常に傲岸不遜な彼にしては随分弱気にみえる動きだ。
「丁度よかった、出会えたことは幸運だ。少しばかり君に聞いてみたいことがあるのだが」
「ははは、殊勝になったものだな凡骨。素晴らしい、私に教えを乞うか。いいとも、なにが望みだ。私の優れた才能の何について」
「君とマスターはなにをしているのかな、テスラ」
彼は口を開けたまま動きを止めた。一歩近づくと、ぎこちなく窓の外を窺う仕草をする。草原が果てなく広がりやがて空と混じりあう架空の景色を眺めながら、彼は目元をうっすらと赤く染めた。
「……一体なんの話だ」
「なに、最近私の後ろをついてくる人々が妙に騒がしいのでね、どのような楽しみをマスターと共有しているのか気になっているだけだよ。なにも私を除け者にしなくてもいいではないか、テスラ」
「……私の名を安易に呼ぶな」
手を後ろで組みながら、ふむ、とテスラを見つめた。彼は自分自身の声に滲む怒りに自分で驚き、言い訳をするように手を広げかけたが躊躇って、やがて両手を力なくおろした。
「……ふん、知らないな、私はなにもしていない。勘違いもほどほどにすることだ。私が誰の後を追うだって? 馬鹿馬鹿しい」
「ほう。ならばマスターに聞いてみるしかないな」
気は進まないが、という率直な感想はあえて口にしなかった。私の答えを耳にした彼は思わずといった様子で首を振り、口を堅く結ぶと私を睨みつけた。
「余計な手間をかけさせるな」
「意外だな、君がマスターの心配をする性格だとはね」
「双方の面倒を省いてやっている。極めて合理的だろう」
「確かに、それについて否定はしない。だが」
一歩進む。私たちの間に横たわる距離はいつしか、手を伸ばせば互いに触れることのできる近さになっていた。
「だがそれでは不十分だな。ヒトとヒトの間の合理的な行動というにはまだ足りないものがあるなテスラ」
「人の」
名前を安易に呼ぶな、と繰り返したかったらしい口は閉じられた。一瞬だけ、彼はまるで熱に浮かされたような表情で私を見つめると、そのまま決然と背をむけ足音高く私の前から立ち去った。残された私は顎を撫で、さて、真相究明よりも彼をからかうほうが楽しくなってくるとは、と困惑したまましばらく立ち尽くした。
