fate(槍弓)

 風呂から上がってもランサーは帰ってきていなかった。男の足音が聞こえないかと耳を澄ませながら、アーチャーは奥の部屋に布団を並べ、寝間着を着た身体のままベランダに出て、はぁ、と息を吐いた。雪は残っていても、どこかこれまでとは違う温もりがあった。異常だった冬はもう終わりを迎えつつあるのかもしれない。あちらこちらで雪が水になって勢いよく下に滴り落ちている。雲の流れは速く、青白い月は僅かに黄みがかっていた。下へ目を遣ると、黒い人影がアパートへ続く坂道を上ってきていた。ランサーが迷いなくアーチャーの元へ帰ってくる姿に、アーチャーは、今自分が抱いているもの全てを投げ捨て縋りつけたならどれほど楽だったろうと胸のうちで弱音を吐いたが、金属の手すりに手を当てて下らないことを考えるものではないと自分自身を叱った。
 外の空気と共に帰宅したランサーはすっかり温もりを失っていた。寒さと、アーチャーには理由の分からぬ頑ななふるまいによって、ランサーの身体は強張って動きが鈍い。アーチャーはランサーが脱ぎ捨てたコートを手に取って
「君、もう一枚厚いコートがあっただろう。そちらを選んできていきたまえよ」
と小言をぶつける。
 どこか上の空なランサーは小言を聞き流し、買ってきた小さな荷物を袋ごと畳の上へ置いた。そのまま既に敷かれていた布団の傍までくると顎をしゃくり、
「なぁ、ちょっと横になれよアーチャー」
と皺にならないようにとコートを掛けていたアーチャーに命じる。唐突な指示にアーチャーは呆気にとられた顔をした。
「なぜ?」
「なぜもなにも」
ランサーはアーチャーの胸の中心にゆっくりと手を伸ばして、見た目の緩やかさに反して咄嗟に抗うことができぬほどの一方的な強い力で押し、アーチャーにたたらを踏ませる。そのままバランスを崩して地に手をついたアーチャーの上に素早く圧しかかった。遠慮の欠けたふるまいに怒りを露わにして、アーチャーは抗議する。
「どうしたんだ君、なんのつもりだ。今すぐ下りろ、退きたまえ」
 仰向けになったアーチャーの両膝の真上へ、ぐっとランサーは両足を乗せて動きを封じ、弓兵を布団の上に縫いつける。アーチャーは己の肝が一気に冷えた感覚をありありと抱く。意に反して腹の中へ巨大な氷の塊を飲みこまされた心地がした。
 私はこの男に、このまま縊り殺されでもするのだろうか。咄嗟に思い描いた予想に反して、ランサーは一切の殺意を抱いていないようだった。
「一体なんなんだ、貴様」
戦いに応じようとする気概を殺がれたアーチャーが着ている寝間着の一番上の釦を外しながら、ランサーはアーチャーと目をあわせようともせず、平坦な声で呟いた。
「俺は、お前を抱くぞ」
それは懇願でも同意を求めた問いかけでもなく、ただ決定している事実を告げる行為にすぎなかった。静まり返る部屋の中で、ランサーは両手で釦を上から順番に外していこうとする。己の胸元に屈みこむランサーの頭頂部を前にして動きを止めたアーチャーは、目を見開いたまま
「――は?」
と、理解しかねた声を出し、思わず身体の下に広がる敷布を引掻いた。
「抱くぞ」
 ランサーは乱れた襟元から、冷えた掌をアーチャーの厚い胸の上に滑らせ、素肌の上から心臓を掴もうとでもするように、指の腹へ力を籠めた。その生々しい感触と、距離の近いランサーの吐息の温さにアーチャーは正体の分からぬ焦りをおぼえ、ランサーからのびる骨太な両手首を思わずとらえた。
「ま、まて。なにを言っているんだ貴様は。なにとち狂ったことを……」
両手首を掴む褐色の手を呆気なく振りほどいたランサーは、そのままアーチャーの両手首を片手でまとめて拘束し、アーチャーの頭上へ押しつけた。両手と両足の動きを封じられ布団の上に拘束されたアーチャーは、己の力でランサーを振りほどくことができず、無礼な男を蹴り飛ばすことも叶わない。男との力の差をまざまざと見せつけられて、男としての、そして戦士としてのプライドを踏みにじられている屈辱に、アーチャーは顔を歪めランサーを睨みつける。プライドと闘争本能に火がついた弓兵にランサーは片眉を上げて、ちろりと赤い舌を口元にのぞかせた。
「貴様の下劣な欲望などに付きあっていられるか。大体、相手をよく見たうえで選びたまえ。外に出て女性とでも遊んでこい」
ランサーは強い抗議に煩そうな顔をして、動きを封じたままかさついた唇に唇を近づけ乾いた声で囁く。
 ――お前が欲しいんだよ、アーチャー。
 からかいも蔑みもない純粋なランサーの求めに、アーチャーの胸は意思に反して激しく高鳴った。同時に、自身に近すぎる領域へ異物が侵入することへの本能的な恐怖が生じる。相反する感情を振り切ろうとしてアーチャーはのたうつ。
「馬鹿も休み休み言いたまえ。私は男だぞ、趣味の悪い。ついでに、いつ君の首を刎ね飛ばしたっていいと思っている、それを忘れたわけでもあるまい」
 抗いながらなんとか逃げようと、ランサーの下で動かぬ身をよじって腰を浮かせるアーチャーの姿を目にして、ランサーは赤い瞳に欲望を滲ませながら目を細め、物欲しそうに自身の唇を舐めた。アーチャーは男の隠す気もない色気に戸惑いながら、しかしその欲望が伝染してじわりとはらんだ腰の中心にわだかまる重い熱を確かに感じた。
「もう満足したかアーチャー」
「貴様が退けば満足するとも」
「男を相手にするのは初めてか?」
「そういうことではなくてだな!」
 動かせぬ両手がもどかしかった。なんとかしてこの状況から抜け出さねばならないとわかっているのに、頭は空転するだけで、身体はランサーの熱に硬直している。ランサーはアーチャーの胸元に頭を埋めると、犬のようにアーチャーの寝巻の襟元を歯で銜えて、持ち上げながら上目遣いにアーチャーを見つめる。そのあからさまな誘惑に、アーチャーの頭が沸騰する。困惑し、羞恥に動揺しながら、聞き逃してしまいそうなほど小さな声で訴えた。
「こんなこと……こんなことまでする必要などないだろう……」
「本当にそう思ってんのか、アーチャー。本当に?想像したこともなかったのか。……俺はもうずっと、お前をどう抱こうかと、それだけしか考えてなかった」
アーチャーは、己の上に被さる真剣な目をした男を見上げた。
「大体、なぜ私が抱かれねばならんのだ」
迫るランサーの唇に、口づけされるのだろうか、とアーチャーの乾いた唇が戦慄く。ランサーは頭のなかが真っ白になったアーチャーの下唇に歯を立て、甘く噛んでやりながら、くくく、と笑った。歯が立てられる圧迫感が退いた後も、弓兵の口元にかかる吐息がアーチャーを煽る。
「俺を抱きてえのか、アーチャー。意外だな。……できねえだろうなあ」
ランサーは駄々をこねる子供を穏やかに諭すように告げる。
「お前にゃできえねよ」
 アーチャーはありもない救いを求めて顔を逸らし、不意にランサーの買ってきた袋から商品が覗いていることに気づき、それがなにかを悟って赤面した。ランサーはアーチャーに構わず目の前の首筋へ顔を埋め、褐色の肌に噛みついた。服越しに全身を撫でまわす他人の掌の感触に、知らず背に汗をかく。一人でいた時間があまりにも長すぎて、他人の肌がいつぶりかなど思い出せもしない。その上男の自分が男に、それも性的に抱かれるなど、想像さえできなかった。耳元で鐘を鳴らされているような響きで心臓が脈打つ。身体がざわめいている。ランサーはアーチャーを抱きしめるように全身へ絡みつき、右手で釦を一つ一つ外していく。外から帰ってきたばかりの彼の肌は冷え切っていたが、暖房の効いた部屋の空気と、室内にいて体温の高いアーチャーの温もりが混然一体となって互いの境界が溶けだしていく。ランサーが舌を差し出して、肌蹴たアーチャーの胸元に這わせると、唐突に与えられた生温くぬめる感触に驚いた弓兵の身が跳ねてランサーの左肩を、拘束の外れた右手で力一杯に押した。男はその勢いを予測していたように力の流れに従って退き、押しのけるはずの存在を失って空振りしたアーチャーの体勢をひっくり返す。
「ぐっ、このっ」
 うつ伏せの状態で膝だけを立てた姿勢となって、肩を布団に押しつけられたアーチャーの背中から圧しかかり、膝の内側を膝頭で、肩甲骨の間を左手で押さえつけたランサーは、器用な右手でアーチャーの下半身の衣服をずり下げた。アーチャーは手で宙をかき、逃げようとする度にぐっと押さえつけられもどかしく布団と畳の境目に指をかける。途中まで下げられた下半身の衣服は足首で縺れ、いくら自由を求めてもがいても解放に至る術はない。ランサーはアーチャーの張りつめた褐色の肌を撫でて思案し
「……なあ、アーチャー。俺、まずはお前を俺のものにしてえわ。あとで十分可愛がってやるからよ」
と告げた。その言葉の意味する内容を、アーチャーはランサーが手を伸ばした先を見て理解した。薬局の袋から、男同士の交わりに必要な潤滑剤が覗いている。
 ランサーは躊躇いなくボトルの封を片手と口で切ったようだった。アーチャーは眼前に広がる布団と、畳の地と、急所を押える男の重みだけに囲まれたまま、ランサーに冷えてぬるつく液体を腰の上に垂らされる、その鮮やかな感触に奥歯を噛みしめ下腹部に力を籠めることしかできなかった。ぴくぴくと腹筋が痙攣している。冷えた水の膜を、ねばついた音を立てて擦っていたランサーの手は、そのままアーチャーの後孔を隠す狭間を辿りだす。
「……っ!」
ぬく、と液体を絡みつかせた指が後ろを探り、他人に触られたことなどないアーチャーの孔をぐにぐにと押した。緊張で強張った肩の関節が悲鳴を上げる。
「い、やだっ……、ランサ、あっ!」
アーチャーは後孔に執着を示す指先の動きとぬめりに耐えられず、手に力をこめ爪を畳に立てる。拒否する身体へ、ぬぷり、と指が一本侵入した。ぞわりと全身の毛が逆立つ。指は、閉じられていた境目に侵入した後、容赦なく中を蹂躙して中の具合を確かめるようにぬぐぬぐと緩慢に出入りしながら奥へと進む。
「力を抜いてろ、アーチャー。怖がんな、息をするんだ」
「ぐっ……、っあぁ」
 漏れ出る声を許すまいと、アーチャーは下唇に強く歯を立てた。布団と擦れている腹に嫌な汗をかいて、乱れた服の狭間から汗がシーツに吸い込まれて冷える。狭い孔に捻じ込まれた異物は焦ることなく、その存在を知らしめるように時間をかけて全てを納め、拡げるために一度中で大きく円を描いた。
ランサーは額に淡く汗を滲ませながら、どこか幼い仕草で男を拒み続ける美味そうな身体を見下ろして唾を飲み込んだ。孔はランサーを拒んでいる様子をみせたが、丹念に解していってやると柔軟に指を飲みこみ始めた。
「……大丈夫だろう。おら、アーチャー。二本目だ」
 ランサーは熱を帯びた吐息まじりに、組み伏せたアーチャーをいたぶるように告げる。弓兵は下半身の圧迫感に堪えきれず、アァ、と食いしばった歯の隙間から息をもらした。指がぬちぬちと出入りし、潤滑剤の助けを借りた二本目が押し入ると、この後アーチャーへどのような行為がなされるのかを予感させるように中を突きあげながら前後する。あからさまに欲望をぶつけ、アーチャーの男としての部分をねじ伏せる行為に、やめろ、抜け、と低い地を這う声で呻き身をよじると、背中に置かれたままのランサーの左手にぐっと力が込められ、動きを封じられる。
「少し我慢してろ、怪我させたくねえんだよ」
 そう宥めながら、ランサーが弓兵が食む二本の指でくぱ、と後孔を拡げると、粘膜が空気に晒された。身体も、精神も、耳も犯されているようだ、と荒くなる息を殺しながらアーチャーは額を地に擦りつけ、駄々をこねるように首を左右に振った。拒む仕草をしながら、アーチャーは内心で自分はランサーを拒みたいのか歓び受け入れたいのか、自分でさえ分からなくなっていた。困惑と共に力なく伸びる腕に頬を当て、アーチャーの動きを封じこめるランサーを見上げた。怒りと高揚で赤味を帯びたアーチャーの肌と、熱のこもる視線に気づいたランサーは、欲望に濡れた赤い瞳を細め、力を抜けよアーチャー、俺は覚えのいい奴が嫌いじゃねえ、と囁く。弓兵はぐにゅぐにゅと後孔の浅い部分を何度も行き来する異物にいやだ、いやだと壊れたレコードのように力なく繰り返したけれど、なにが嫌なのかと疑問を抱く。男なのだから犯されるのなど御免だ、でもお前はこの男を確かに好いていた、否、こんな行為まで求めていたわけじゃない。ランサー、どうにかしてくれ。どうにか、私を。男に救いを求めて縋りつかんとする己を叱咤するために、厳しい表情で目を閉じたアーチャーの姿を目にしたランサーは、一瞬だけ辛そうな気配をのぞかせ、けれど身悶えているアーチャーに接して、興奮し荒い息を繰り返した。
「痛えか?アーチャー。……はっ、もうとろとろになってる。あと一本位大丈夫だろ?」
アーチャーはその言葉に歯を食いしばる。苦痛の呻きの裏に、荒々しい熱をはらんだ息が見え隠れしている。自由を許されていない両足は緊張で硬直し、腹のなかは侵入者による未知の感覚で冷え切っているが、背中越しに心臓の上へ置かれた男の掌が燃えるように熱いのではないかと錯覚して、そこから二人の間に親密さが生まれている気がしていた。アーチャーの精神は確かに欲望を抱いていた。これほどだっただろうか。人の体温とはこれほど温かく、悲しみを掻き立てられるものだっただろうか。肺と心臓を鷲掴みされて、誰かの胸で泣いてしまいたいと思わせるものだっただろうか。
 ぐい、と捻じ込まれた指は先程より増えていた。孔が乾き、ぴりぴりと痛む感覚に腹をへこませ顔を歪めると、ランサーはアーチャーが抱いた苦痛に気づいたのか、潤滑剤を再び上から垂らした。冷たい液体が後孔へ滴る温度に息をのむ。ぬく、と指が出入りする違和感と身体のどこか遠くで弾けた快感。アーチャーの背骨に電気が走る。あられもない喘ぎが出そうになって、アーチャーは力の加減をせず己の腕に歯を立てた。口内に血が滲み、鉄のにおいが鼻を刺す。長く節ばった指が、アーチャーの体内でばらばらに動かされていたかと思うと、ずるりと水音を立てて引き抜かれた。ふっとこらえていた息を吐く。
 力の抜けたアーチャーの身体の向こうで、服のジッパーを下げる音が聞こえた。汗を垂らしながら背後を窺うと、ランサーはボトムスを緩め、大きく張りつめ天をさす自身を取り出していた。その凶暴な姿に、アーチャーは喉を詰まらせる。己の身体で食むには、それはあまりにも大きすぎるように思えた。反射的に「無理だ」と掠れた声を発して逃れようとしたが、後ろから腹を抱え上げられ、腰を大きな掌で固定される。
「おう、ここまできてビビってんじゃねえ。痛くしねえから、諦めて力抜け」
手の平でばちん、と尻たぶを叩かれる。嫌に決まっているだろうが、と腕を突っ張らせもがくと、ランサーはアーチャーの前に手を回し、軽く立ち上がっていたものの萎えかけたアーチャー自身を、宥めるように上下に擦った。
「ほら、……アーチャー」
 “アーチャー”と、背中に覆いかぶさって耳殻を噛みながら乞うように囁いたランサーの、ぬるい息のこそばゆさに思わず力が抜ける。その隙を逃さず、ランサーの肉棒がアーチャーの後孔へ押し入ろうとする。じわじわと入口のへりを拡げられる苦痛に眉根を寄せ歯を食いしばろうとしたとき、ランサーの手が伸びて唇の端へ引っかけるように指を口内へ二本、乱暴に突き入れられた。
「息を吐け、アーチャー。声を出せよ……」
舌の上をそっと撫でる指の動きに抗えず、身体を襲う圧迫感と苦痛を逃そうとアーチャーは何度も忙しなく呼吸を繰り返す。
「そうだ……ほら、もう少し」
「あ、……がっ」
声と空気が一緒くたになって胸から吐き出される。灼熱の棒が、身体の奥の狭い器官をみちみちとゆっくり進んでいく。一際大きく拡げられたところで、つぷ、と孔は最も張り出している部分を飲みこんだ。
 ランサーは弓兵の唾液にまみれた指を口内から引き抜き、両手でアーチャーの腰を抱えなおして、長さのある自分自身を慎重に最奥まで沈ませた。アーチャーの口の端から、溢れた唾液がたらりと流れ落ち、下に跡を残す。乱れ切った布団の上で二人汗をかいてふうふうと荒く呼吸する、そのきりない響きが部屋の温度と互いの体温を高めていた。
「あ、あ……」
 アーチャーは、その身に全てを銜えた男の熱をありありと感じ取った。アーチャーを落ち着かせるようにじっと動きを止めた塊は、やがて沈黙に耐えられず肉壁がひくりと動くと、ゆっくりと揺さぶるように小さく前後した。後ろから手を伸ばして、ランサーはアーチャーの後頭部を荒々しく、しかし愛しそうに掻き乱す。
「忘れんなよ、アーチャー。俺のものだからな。お前は俺のもんだってことを忘れんじゃねえぞ」
ランサーの汗が背中に散る感触に反応する余裕もなく、ぐったりと身を横たえ目を閉じていたアーチャーは、熱に浮かされ碌に動かない頭でぼんやりと、ああ、私はランサーに犯されているのだ、と理解する。ぐちりとランサーを包む場所が悦んで肉棒に絡みつく。体験したことのない強烈な違和感と、ランサーがわずかに前後するたびはじける快感に、身体を震わすことしかできない。
「き、み……の」
焦点を失いかけているアーチャーの反復に、ランサーは喉をならして、そのまま徐々に早くなる速度でアーチャーの奥を穿つ。
「っ、あ、ぁっ……」
「ふっ、ここ、気持ちいいのか?」
ランサーのこめかみに、青い髪が汗ではりつく。反応が返ってくることが楽しいのか、男は執拗に浅い場所を抉った。男を食む腹の上をそっと撫でる掌に、薄い快感を見出したままアーチャーは制御できぬ下半身を差し出し、苦しそうに呻いた。
「くそっ……、さっさと、いってしまえ……この狗め……」
「っ、はっ、元気だけはあるんじゃねえか」
悪態をついたアーチャーは背を反らし、頭を振った。白髪が舞う。ランサーは上半身を倒して覆いかぶさると、両腕を脇の下に通してアーチャーの胸の尖りを指先で探る。ぐに、と押したあと捏ねるように潰し、刺激と快感を教え込もうとする。
「まだだ、まだ」
ランサーはがちがちに張りつめた自身をアーチャーの孔の中で何度も往復させながら、耳を齧ってうなじを舌で嬲る。
「……俺のもんにしたら、その後に可愛がってやるって言っただろ」
「そんなものっ、あ、ぐ、必要なっ……!」
じわり、じわりと体内でランサーの先走りが零れる度に、アーチャー自身が硬くなっていく。魔力が中に滴り落ちているのだ、と不意にアーチャーは気づいた。腹のなかがかっと火傷するように痛む。男の種が体内へこぼれ落ちる度に、アーチャーの身体は長い間潤沢に与えられなかった魔力にはしたなく悦び、食らいついて己の力にしようと蠢く。熱で赤味を帯びた肩と背中に噛みついていたランサーは、息を止めたまま上半身を起こすと、快楽を求めて手加減なく腰を尻に叩きつけ、肌のぶつかる音を何度も立てた。
 く、そっ、という罵倒は役に立たないまま宙に掻き消えた。ランサーはアーチャーの経験したことのない深みにまで己の性器を押し込み、喉を低く鳴らして身体を震わせた。アーチャーの最奥で吐精する快感に、目を閉じたまま固まり、やがて弛緩する。
 その瞬間、アーチャーの世界で光が走り全てを塗りつぶした。与えられた予想外の刺激に目を見開き仰け反って、手足を動かすことも叶わず強烈な衝撃に唇を戦慄かせる。数秒後、これは痛みではなく快楽なのだと、身体はようやく理解した。
「……? あァ、お前殆ど魔力がなかったからか。おい落ちんなよ。まだこれからだぞ」
ランサーは満足げにアーチャーの腰の側面を叩き、萎えた自分自身を使って肉壁に精を塗りこむようにぐいぐいと推しつける。
「――――っ!」
 快楽で滲む涙が瞳から一粒流れ落ち、アーチャーはゆるく頭を振ると、力なく敷布に身体を落とした。静かな部屋には性の気配が満ちている。ランサーの魔力は、アーチャーの乾ききった身体にじわりと浸透していく。頭を殴られたかのように真っ白になった意識の中、あふれ出る唾液が布団に落ちる。
 ぐぷ、とランサーが身を引くと後孔は物足りなさそうにぽっかりと口が開き、ひくひくと開閉する。そこからしばらく時間を置いて、あわ立つ白濁が流れ落ちて褐色の肌の上に一筋の白い線となって伝い落ちた。ランサーは容易くアーチャーの身体を反転させ、正面から向かい合って投げ出されていた足を抱える。血のにじむ口元に噛みつくようにキスをして、深く舌を絡ませあう。甘い魔力が唇の傷と接触して痛みをもたらしたが、アーチャーは構うことなく口を開いてランサーの舌の訪れを歓迎した。

 二人は終わりなく交わり続けた。いくら肌を接しても不十分だった。ランサーは幾度もアーチャーの中を穿ち、疲れ果てぐったりと横たわるアーチャーを、この世で最も大切なものを抱えるように何度も抱きしめた。アーチャーもそれに応じて褐色の腕を回す。言葉など不要だった。ランサーの全てがアーチャーを求めていることを伝え、アーチャーの全てがランサーを求めていることを教えていた。なにも実らせない愛でアーチャーの器は充たされていく。白い手が黒い手に絡み、汗でべたつく身体を重ねたまま、アーチャーはランサーへ遠慮なく噛みついた。頭の先から爪先まで、君を食べてしまいたいと戯れに囁く。ランサーもアーチャーに食らいついた。最早思考など必要なかった。両尾を食いあう蛇のように、二人はその瞬間だけ一つになれた。完璧な円を描くことができた。アーチャーの全てを白い快感が押し流す。これ以上の「この先」など、二人には必要なかった。

***
 
 アーチャーには、ランサーと交じり始めてから何日たったのかわからなかった。互いに力尽きて、息を切らしながら敷布に崩れ落ち、そのまま眠りについて次に目を開けたときには外から窓越しに太陽の光が差し込んでいた。四角い窓枠のままの形をしたそれは、焼けた畳の上に差し込み、舞う埃をちらちらと輝かせていた。
 アーチャーは全てを脱ぎ捨てた裸体のまますっくと立ちあがり、武装を纏う霊体へと変化して玄関をすり抜けた。濃密な魔力だけの存在となって、ランサーとの部屋を一顧だにせず、新都へ向かい一直線に走る。街では日の差さぬ陰を中心にして、残り雪が惨めに汚れた姿を晒しているが、人々は長い暗闇の季節が終わりつつあることを悟り、安堵しあっている様子だった。
 それは今、新都の駅に下り立ち、丘の上の教会へ向かって歩を進めている少女も同じだっただろう。赤いコートの釦を上までかけた彼女は、日が照り乾いた部分のアスファルトへ華奢な足を踏み出し、久しぶりに吸う故郷の空気で胸を満たしていた。
“入り口で待っていて。中には入らなくていい。支障があるようなら遠くにいて。くれぐれも神父の前で実体化はしないで、余程の事情がない限り。わかった?”
 アーチャーは、彼女の声と、思いと、感情が再び二人の間にあるラインによって交わり、アーチャーの中で熱をもって駆け巡り始めていることを実感していた。少女は聡明な口調で、教会で落ち合うことを求めてきた。彼女は言う。聖杯は再び動き出し、戦争が開始されつつあるのだと。彼女は警告する。他のサーヴァントとマスターを、出来得る限り最大限に警戒するようにと。
 アーチャーは、つい先程まで自分自身を抱き撫でまわしていた、ランサーの節ばった手の熱を肌の上から拭い去ることもできないまま、ただ一言、了解した、とだけ素っ気なく応じた。冬木の街を疾走し、教会の門へ至る。
 
 マスターの到着はまだだった。教会の中に己がマスターの気配はない。門に近い、外の僅かな平地で霊体のままマスターを待っていると、賑やかな声が教会の中から迫ってきた。どうやら礼拝があったらしく、カソックを着た神父を老若男女が取り囲み、賑やかに喋りあっては銘々が別れの言葉を告げて去っていく。
 門柱に近い場所から神父の姿を目にしたアーチャーは、己の傍らを通り過ぎ人々を見送るその姿に目を見開き、ぐっと腹の底から圧迫される違和感を再び抱いた。いつかの夜に抱いたものと同じそれは、にこやかに人々と談笑する神父が原因だと主張する。人畜無害そうなフリをした男は、道の先で立ち止まり、女性達と他愛のない世間話をしている。
 子供たちが走り去り、女性達との会話を適当に切り上げた神父は、門へと引き返してきた。気を張りつめた霊体のアーチャーに気づいているかのように、神父は目線を動かした。手を後ろで組み、堂々とした胸元で十字架を輝かせ、可笑しくてたまらないといった様子で、左右の口角を吊り上げる。禍々しい愉悦を滲ませる男は、嘲笑うかのようにアーチャーの正面を通り過ぎ、アーチャーにだけ聞こえる声で、アーチャーにだけ向けた声で、笑いを噛み殺しながら呟く。
「そろそろだ。一番大切なものを、返して貰おう。私の……ランサーをね」
 子供たちは歓声を上げて坂道を下っていく。彼らと入れ違いにアーチャーのマスターは坂を上る。少女は、まるで逃げるようにその場を後にする自身が召喚したサーヴァントの気配を感じて首を傾げた。道の先で荒事が起きた様子はない。目の前には平和な休日だけがあった。世間話に花を咲かせる女性たちの間を通って、教会へと歩む。レイラインを通じてアーチャーに呼びかけても、返答がない。訝しそうな表情をした少女の訪問に気づいた神父は、丘の上で手を広げて少女を歓迎した。一見穏やかに見える笑みを浮かべながら、聖杯の問題を解決するために散々人に使われ、また人を使ってきて、そして久しぶりに故郷に戻ることのできた一人のマスターを出迎えた。

 理性を失いかけている。
マスターのもとに今すぐ戻るべきだ。マスターの発した警告が何度も頭をよぎる。サーヴァントとして存在している、その理由を思い返せと理性が命ずる。役割を果たせと弓兵を叱りつける。アーチャーはその声にうるさい、そんなもの十分承知していると内心で怒鳴り返した。先程通った道を、正確に辿って戻る。
 汗でぬめる掌を握りしめて、アーチャーは強く後悔し、自分自身を罵った。それでも湧き出る恐怖心を押さえきれない。
 ――私は、戻るのだろうか。戻れるのだろうか、再び、ひとりに。ひとりきりに。
 それは怖れだった。一人でいるうちに忘れ去った感情の一つだった。その行き場のない恐怖はアーチャーの背骨に深々と絡みつき、葉を伸ばして瑞々しい花を咲かす。ランサーへの愛情という、ただ一輪の花を咲かす。
 震える足がどこかの家の瓦を踏む。跳ね飛ぶ足元は、ふらつきながらも部屋に向けて地を蹴りつける。アーチャーは気が狂いそうになるほど一心にランサーの気配だけを求めながら、お願いだから、君、どうかもう部屋にはいないでくれと、強く願った。姿を消していてくれと縋るように願った。
 アーチャーはふらふらとした身体で、やっとの思いで行きついた閉ざされた部屋の扉を前にして、強張る身を僅かに屈め、明らかにわざと魔力を遠慮なく垂れ流している、中で待つ男の存在を終わりなく呪った。それでもアーチャーにはドアノブへと手を伸ばし、軽い感触のそれを回す他に道はなかった。
キィ、と呆気なく開く先から紫煙の香りが漂う。
 窓を開け、窓枠に背を持たれかけさせながら煙草を燻らしていたランサーは、左手に灰皿を持ったまま、力なく外を眺めていた。
 どこまでも静かで、まるで世界には二人しかいないようだった。そうだったら、真実そうだったならどれほど私は救われただろう。アーチャーの足掻きに似た祈りに気づいているのか、いないのか、ランサーはアーチャーを拒む意思を見せず、けれど受容する態度もとらなかった。
 口内が乾き、舌がはりつく。縺れる言葉を、それでも押し出した。地を這うように、アーチャーは怨嗟を絞り出す。
「こんな……こんなものが、幸せというなら」
ぽたり、とアーチャーのこめかみから汗が落ちて、下に幾つかの円を描いた。
「これが君のいう幸せなどというなら、これが幸せと呼ばれるものなら、こんな代償が必要ならば、私は」
 おれは。
「たとえ遊びだろうと、君を愛しなどしなかった……!」
まるで泣くように、アーチャーの口から生まれ出た絶望はランサーに一蹴された。ランサーはため息まじりに紫煙を吐き出し、投げやりに言い放つ。
「遊びな訳ねえだろうが。そんなもの、とっくにわかってんだろ」
遊びでこんなことができるかよ。苛々と手元の煙草から灰を落としたランサーは、一息置いて、真面目な顔でアーチャーを正面から見据えた。耐えきれずに顔を伏せたアーチャーへ、言葉の矢が突き刺さろうとする。とんでもなく恐ろしい言葉が発せられる気配を感じて、アーチャーは息を止めた。
「なあ、弓兵よ。……アーチャーよ」
 かつて少女が純粋に問いかけてきた、その姿が、ふと脳裏をよぎった。
 “ねえ、あなたは、だあれ”
「……お前の名を、知りてえな」
 アーチャーは、あぁ、よかった、私の心はきちんと止まってくれたと安堵した。指先は温度をなくし、まるで自分自身が長く街に降り積もっていた雪になったようだった。身体のなかに隙間なく満ちていた、目の前の男を愛する歓びは全て凍りつき動きを止める。アーチャーは理由もわからずに、笑みを浮かべた。さぞ醜悪なさまだろうと思いながら、ランサーへ笑いかけた。私のこんな顔を君に晒したくなどなかった。君に記憶されたくなかった。
「なぜ私の名を知りたい」
「アーチャー、お前は思ってくれないのか。俺の名を知りたいと」
「……君はランサーで、私はアーチャーだ。それ以外にない」
「なぜ、と言ったな」
ランサーは首を傾け、後頭部をがりがりと掻いた。
「覚えておくんだ」
「……互いに忘れる名を」
「忘れるけど、忘れねえよ。覚えておくんだ、絶対忘れないように」
「私は知りたくなどない」
鋭く尖る剣の先の上で、ステップを一つ間違えれば命を失う状況で、互いに手を取り合い踊っている心地だった。アーチャーもランサーも、互いに踏み込みすぎていることを十分に理解していた。けれど、後戻りできる場所などとうに過ぎ去っていたのだ。二人が達した深みは二人の足を絡めとり、逃げ道をかき消している。音を立てて底が抜けていく。私は彼に言わなければならないのだろうかとアーチャーは思い、苦しみと共に吐き出す。
「……だって、私が君の名を呼べるのは、君を殺すときだけじゃないか」
アーチャーは自分が発した言葉に自ら深く傷つき、こらえきれず膝を折った。冷たい床に力なく腰を落とす。どうしてこんな簡単な事がわかっていなかったのだろう、これほどの思いをして、それでもなぜ私の心臓は粉々に砕け散ってくれないのだろう。
 ランサーは立ち上がり、玄関で蹲るアーチャーへ歩み寄る。ランサーは迷いなく、軽い音を立てて丸くなったアーチャーの肩を二度叩き、そしてアーチャーの傍らを躊躇いなく通りすぎた。玄関の扉が重い響きと共に閉ざされ、がらんどうの部屋にアーチャーだけが残される。
 出ていった男の、廊下を歩いて階段を下る足音が聞こえない理由が、アーチャーには痛いくらいに理解できた。サーヴァントにとっては薄すぎる扉一つを間に挟み、二人は背中合わせで悩み続けている。立ち止まり続けている。
 頭を抱え、アーチャーは喉から声にならない叫びを発した。私が背にしているこの扉を開けたら、私たちのなにかが変わるとでもいうのだろうか。わたしたちの、……おれたちの行く道が作れるとでもいうのだろうか。
「……ランサー……」
聞こえないほどかすかな声で、すがるように名を呼んだ。
アーチャーに与えられた、愛しい相手の、思い出以外のただ一つのかたちあるものを口にした。


 [エピローグ]

 溶けかけた氷の塊が木肌からすべり落ち、地に叩きつけられ湿った音をたてた。郊外の森林の奥にある、人里から遠く離れた古城は寒々とした木々に囲まれている。その城の高みに位置する窓の際に少女は座り、部屋の暖炉の熱で曇る硝子窓を素手で一撫でしては、外の景色に見入っていた。彼方まで続く冬の森林のなかで求めているものが動いていないかと、目を凝らし耳を澄ませる。暖炉の木が爆ぜた。少女は傍らに吊るした鳥籠を時折気にしては、外に向けて、る、る、る、と歌うように呼びかける。厚い壁と窓に閉ざされた部屋の中で発せられた声は、外へ届くことなく空気と共にかき消える。それでも少女は白く長い、絹を思わせる髪の毛先で遊んでは、不意に思い出したようにかつて失くした鳥を呼ぶ。
 廊下から、上品なノックの音がした。訪れたメイドが少女に告げる。
「お電話です」
少女は静かに振り返り、桜色に染まる小さな唇から柔らかな声を出した。
「くだらない知らせなら私は今いないと言って。……それとも、やっと“おにいちゃん”に会いに行ってもいいと言っているの」
「その件も含まれてはいるそうですが……」
メイドの躊躇いを感じ取った少女は、煩そうに首を横に振った。
「でたくない」
困惑したメイドは主人の名を数度呼んで乞うたが、少女は頑なにその場から動こうとしなかった。
「おにいちゃんに会いに行けるときにだけ、私を呼んで」
 主人の頑なな態度に諦めたメイドは、せかせかと相手が答えを待つ電話口へとって返す。日頃から言葉数の少ないもう一人のメイドが、立ち去るメイドを見送って部屋の入り口で物言いたげに佇んでいた。少女は彼女を気にせずに、る、る、る、と歌う。その気まぐれな態度のまま、少女は話しかけた。
「ねえ、私が一度おにいちゃんに会いに行ったとき、サーヴァントを見たの。マスターの一人の屋敷でよ。……わかる?」
「うん」
「彼を見たとき、なんでだろう、どこかおにいちゃんに似ていると思った。でも、よくよく考えたら似ていない気がするの。……あのサーヴァントもどこかが空っぽだった。皆と同じように」
メイドは石造りの建物の冷えた廊下で、主人の邪魔をしないように最低限の相槌をうった。
「聖杯が……いえ、私が不完全な間は皆同じだった。ただ、不思議ね。彼は人間みたいに、……そう、彼だけはまるで人間みたいに、なにかを悲しんでいたようだった。彼を見ていると、私は悲しくなった。なんでだろうって、今でも思うの」
「いまでも、かなしいの」
少女は厚いカーペットの敷かれた床へ視線を落とした。
「さあ。少なくとも、今から考えるべきことじゃない。それだけは確か」
「そのひとは、とりをみつけたら、しあわせ?」
「……さあ。それは、私が決めることじゃない」
彼が幸せかどうかなんて、私にわかることじゃない。そう呟いた少女の傍らで、繊細な作りの鳥籠がキイキイと揺れる。空の鳥籠のなかに、根元だけ灰色がかった白い羽が二枚落ちている。互いに寄り添うように、二枚の羽根が落ちている。
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