fate(槍弓)
街は震え、深い夜から目覚めようとしている。
一帯を長い間覆っていた影は急速に散っていく。戦争に関わった人間たちは皆、砕けた聖杯を前にして疲れ果てていた。だらしなく寝そべり、目を閉じている者もいる。
戦い切った少年と少女が無事であることを確認してから、目立たぬようにそっとその場から離れた。幾人かのサーヴァントがちらりと目線を寄越す。もう英霊もサーヴァントも必要とされてなどいない。彼らは勝利とともにその果実を各々の手でもぎ取った。
目的の場所は少々遠い。
自分としては確かな足取りで歩んでいるつもりだったが、外から見たら存在さえ危ういほどふらふらとしていたかもしれない。もうこの身体には魔力の一滴すら残っていないのだ。日が未だ昇らぬ冬木の街を進む。ただ高みを目指す。あんたはここが本当に好きなのね、と遠くで呆れる声が聞こえた。
そう、好きなんだ。誰がなにをしているか、何処にいるのかちゃんと無事でいてくれるのか、きちんと見守れるじゃないか。そっと、離れた場所から。
上へ。うえへ。
街を見下ろすことができるビルの上へ辿りつく。身体は重く、もう立ち上がっていることも困難だ。見慣れた街の一部になって、東の地平線へ身体をむけた。ずるずるとへたりこむ。
一瞬、黄金色の線が走る。ひろびろとした空が光の色に染まる。闇は薙ぎ払われ、重い紺色が淡い水色へとみるみるうちに変化していく。
愛しい街が新たな生を謳歌する。
朝の新しい風が身体を撫でた。爽やかな感触にうながされ、いつからか隣に佇んでいる青い男と目をあわせた。私にむかってやわく微笑む男は、なぜか悲しんでいるようだ。私も男へ微笑みかえす。
“もう少し一緒にいられたらな”
その言葉を聞いた私は笑みを深め、男へ手をのろのろと伸ばした。透きとおった手の先が朝日と混じりあい、ほろほろと金色に崩れていく。
君との時間は私にとって十分すぎたほどだ。君との記憶は私のどこかに残り、けっして消えることはないだろう。
全身が細かな光の粒へ分解されていっても、その一つひとつに君への思いがしみこんでいるだろう。青い男はエミヤの手を取った。手の甲へ口を押しあて、囁く。
“俺はお前を追うぞアーチャー。お前をいつか掴まえるために”
やさしい男だ。私を好いた上に存在理由さえ与えようとしてくれる。
なにもかもが曖昧に溶けていく。この街も、この男も、すべて幻なのかもしれない。消えゆく私が奇蹟的に見た泡沫の夢の欠片かもしれない。それでも、私がこの男と交わした親密な感情は“私”にとっての真実なのだ。例え身体がばらばらになっても君を忘れたくない。だから体のすべてに刻んだ。いつか出会える日のために、君を私に焼きつけたのだ。
“ああ、楽しみにしている”
エミヤは疑いなく信じることができた。この男と再びどこかで会うのだろうと。世界から“私”がかき消える。ああ、と声が出た。あと少しだけここにいられたなら、君と強く抱きあったのに。君が好きだと囁けたのに。
でも構わない。
再び会う日に君へ告げることができるだろう。きっと、いつか。
きっと、いつか。
一帯を長い間覆っていた影は急速に散っていく。戦争に関わった人間たちは皆、砕けた聖杯を前にして疲れ果てていた。だらしなく寝そべり、目を閉じている者もいる。
戦い切った少年と少女が無事であることを確認してから、目立たぬようにそっとその場から離れた。幾人かのサーヴァントがちらりと目線を寄越す。もう英霊もサーヴァントも必要とされてなどいない。彼らは勝利とともにその果実を各々の手でもぎ取った。
目的の場所は少々遠い。
自分としては確かな足取りで歩んでいるつもりだったが、外から見たら存在さえ危ういほどふらふらとしていたかもしれない。もうこの身体には魔力の一滴すら残っていないのだ。日が未だ昇らぬ冬木の街を進む。ただ高みを目指す。あんたはここが本当に好きなのね、と遠くで呆れる声が聞こえた。
そう、好きなんだ。誰がなにをしているか、何処にいるのかちゃんと無事でいてくれるのか、きちんと見守れるじゃないか。そっと、離れた場所から。
上へ。うえへ。
街を見下ろすことができるビルの上へ辿りつく。身体は重く、もう立ち上がっていることも困難だ。見慣れた街の一部になって、東の地平線へ身体をむけた。ずるずるとへたりこむ。
一瞬、黄金色の線が走る。ひろびろとした空が光の色に染まる。闇は薙ぎ払われ、重い紺色が淡い水色へとみるみるうちに変化していく。
愛しい街が新たな生を謳歌する。
朝の新しい風が身体を撫でた。爽やかな感触にうながされ、いつからか隣に佇んでいる青い男と目をあわせた。私にむかってやわく微笑む男は、なぜか悲しんでいるようだ。私も男へ微笑みかえす。
“もう少し一緒にいられたらな”
その言葉を聞いた私は笑みを深め、男へ手をのろのろと伸ばした。透きとおった手の先が朝日と混じりあい、ほろほろと金色に崩れていく。
君との時間は私にとって十分すぎたほどだ。君との記憶は私のどこかに残り、けっして消えることはないだろう。
全身が細かな光の粒へ分解されていっても、その一つひとつに君への思いがしみこんでいるだろう。青い男はエミヤの手を取った。手の甲へ口を押しあて、囁く。
“俺はお前を追うぞアーチャー。お前をいつか掴まえるために”
やさしい男だ。私を好いた上に存在理由さえ与えようとしてくれる。
なにもかもが曖昧に溶けていく。この街も、この男も、すべて幻なのかもしれない。消えゆく私が奇蹟的に見た泡沫の夢の欠片かもしれない。それでも、私がこの男と交わした親密な感情は“私”にとっての真実なのだ。例え身体がばらばらになっても君を忘れたくない。だから体のすべてに刻んだ。いつか出会える日のために、君を私に焼きつけたのだ。
“ああ、楽しみにしている”
エミヤは疑いなく信じることができた。この男と再びどこかで会うのだろうと。世界から“私”がかき消える。ああ、と声が出た。あと少しだけここにいられたなら、君と強く抱きあったのに。君が好きだと囁けたのに。
でも構わない。
再び会う日に君へ告げることができるだろう。きっと、いつか。
きっと、いつか。
