fate(槍弓)
汗がこめかみから下へ落ちる。水分が肌を伝うむず痒さが、精神を弛める契機になった。息苦しさに身じろぎし、内側から日常へ還ってくるたびに味わう苦痛を、今日もまた迎え入れた。上半身は力を抜くと崩れ落ちそうになる。暑さに耐えかね、汗で湿った白髪へ手を差し込みばさばさと髪ごと煽いでしまう。
眠る気には到底なれず、己の下にある寝具をちらりと見て息を吐いた。就寝前のトレーニングをいつから始めたのか疾うに記憶にはないが、通常であれば習慣となった行動が仮初の眠りを呼び寄せる。しかし今のエミヤの頭は必要以上に回転している上、目は冴えて仕方なかった。
カルデアの中にいる複数の英霊の、特に神経質なサーヴァントも同じ思いを抱えているらしく闇の中を蠢く何かの気配があった。勿論どのような環境でも生き、眠り、戦うことを求められているサーヴァントにとって、停電や空調停止による室内温度と湿度の上昇、あるはそれらの極端な低下など些事にすぎぬと気に留めないものも多い。
だが、一度快適な環境に馴染んでしまっていたエミヤにとって、身体に贅沢を忘れさせ過酷な状況に適合するにはまだ時間が必要だった。
清潔に清掃された白い床へ足を下ろす。足裏は滑らかな表面にぴたりと吸い付き、温度が割合低い床から僅かな涼しさを少しでも多く得ようと神経がざわめいている。立ち上がって音を立てずに廊下へ出る。
目的がないまま非常灯だけが光る通路を進む。むっとした空気が充満し、弓兵の目でなければ見通せぬほど闇は深い。多くの人間と大半のサーヴァントは自室にこもっているようだが、時折ちらりちらりとサーヴァントの影が遠くを横切る。
長く暗い廊下は果てしなく続く。同じドアが幾つも現れては後ろへ遠ざかっていく。空気は湿り、暑い。水を含んだ雑巾のように絞ってしまえそうな空気が充満している。どこまで歩いていても、進んでいるのか止まっているのかわからない。同じ風景が延々と続いたかと思うと、唐突に廊下の左手に広大な空間が現れる。
硝子に包まれた中庭は重い沈黙に支配され、黒い木々はぴくりとも揺らがない。その陰に紛れて青い長髪の暗殺者と、黒子のある槍兵が地に座している。碁でも打っているのか、瞑想でもしているのか、風景に紛れて判別することが難しい。汗がぱたりと落ちた。終わりのない通路は、出口のない巨大な迷路を彷徨っている気分にさせる。服は汗ばんだ身体の水分を吸い、じっとりと纏わりつく。己の息が煩い。回廊を抜けた通路の先で一つの扉が開け放たれ、ぎいぎいと小さく軋んでいる。
軋みだ。心中を覆う影が言う。
マスターに寄り添う少女が倒れてから、カルデアの空気はどこか軋んでいる。目に見えぬところで巨大になりすぎた人類最後の地に歪みが出ているのだろう、と他人事のように思う。
「眠れませんか、アーチャー」
扉の奥でぽっかりと口を開けた空間から、低い女の声が響く。
「君こそ眠れていないようだ、ライダー。暑さは苦手か?」
答えはひっそりとした笑いだった。
「私は今帰ってきたばかりなんです、姉さまたちは我儘で……応えていたらこの時間」
一拍だけエミヤは口を閉じた。
「互いに大変だな、うるさい者が近くにいると」
見えていないと分かりながら、皮肉を滲ませて片側の口角だけを上げた。
「それが誰かは……聞かないでいてあげますよ……」
細くなる声と共にライダーの気配は薄くなり、鎖が擦れる金属音がした直後、気まぐれなライダーは闇へ完全に溶け込んだ。
足は無意識のうちに冷えた空気を求め外へと向かう。遠ざかる建物の中心では今も音を立てて様々な人、機械、魔力が動き、残されてしまった人間を守ろうとする力に満ちている。道に沿って進むと、擦り硝子越しにふわりと澄んだ光が漏れ、エミヤの横顔を照らした。眩しさに目を細める。ゆるゆると人が歩く速度で移動する橙の光は、面積が広い資料室の中を漂っているようだった。入口の扉の下にある狭間を光と影が動く。やがて足音と一緒に光は隣の部屋へ進む。
資料室の隣には、かつて倉庫か準備室として使用されていたらしい小部屋がある。だが人間が減りサーヴァントが増えた結果、その小部屋もまたサーヴァントに支配されることとなった。主に、書物と近い距離をとる英霊たちに。重厚な扉に、カラフルな画用紙がテープで無造作に貼りつけてある。クレヨンで書かれた「しっぴつしつ」という幼い字と絵は、重々しい扉と全く調和していなかった。
中にいる住人は光に恵まれている反面、暑さは如何ともし難いらしい。風を少しでも通すためか、扉は全開にされている。先程から忙しなく往復する高い靴音に苛立ったのか
「静かにしないか!」
と、男の声が怒鳴った。動き回る足音は発せられた大声に怯むことなく廊下に近づき、頭を突き出した。エミヤを見る前から遠慮なく問いを投げる。
「やあ、やあアーチャー!いい夜ですな!ところでいきなりだが、我輩の本を見なかったかね?確か表紙には竜が描かれていた筈なのだがなあ!」
廊下からは死角になっていた扉の内側には、クレヨンで書かれた似顔絵が地を埋め尽くすほど隙間なく貼ってあった。
「あぁキャスター。君の本かね?」
エミヤは偉大な劇作家を前に腕を組んだ。
ちらりと室内へ目をやると、一目で人を圧倒する大量の本、書類、原稿で出来た地層が天井まで築きあげられている。
地層に埋もれた机の中で、青い髪が動いた。
「キャスター、残念だが生憎、ここ数日“本”という存在そのものを見た記憶がない」
「それはいけない、このような生活に必要なのは文化というゆとりではありませんかな?」
無言のまま肩を竦めたエミヤへ、机に向かっていた青い髪の少年がうんざりしきった声で言い放った。
「アーチャー、お前そこのサーヴァントへ“諦め”と“片づけ”という言葉を教えてやってくれんかね!ただでさえ暑いのに煩くてかなわん!」
少年は腹を立てた様子のまま白く細い足先を金盥の中へ差し入れた。本の積み上げられた部屋に似合わぬ水の満ちた容器には、大きな氷が幾つか浮かんでいる。狭い室内は勝手に動く光によって柔らかく照らしされていた。盥を見つけ眉を上げたエミヤに、少年は高慢さを隠さぬ口調で言う。
「全く暑くてかなわん。いいだろう、狐はいつでも氷を作れるからな、貰いものさ。だが、勿論紙に水気は厳禁だとも……いつになったらこのうんざりする環境が復旧するのか知っているか?」
少年キャスターの言葉に青年のキャスターが大きく笑う。
「獅子と天才のどちらが電気回線を修復するか揉めに揉めているところなら見ましたがなぁ」
ははははは、という声に心底嫌気が差したらしい少年は、真顔のまま両眼を閉じてぐりぐりと己のこめかみを押した。
「その二人なら自室で待機中だろうよ。マスターが喧嘩ばかりで邪魔で仕方ないと二人まとめて追いやっているからな。手助けも問題の目途がつくまでお預けだろうさ」
エミヤは強張る己の身体をそっと伸ばし、喋る速さを意識しながら続けた。
「マスターと、現代の建物に比較的詳しいらしいアサシンと」
配電盤を前に思案する、己にどこかよく似たアサシンが心の中に浮かぶ。
「バベッジが手を貸しているようだ……、スタッフにな」
憔悴するマスターを嘲笑うかのように、原因の分からぬ電気系統の故障はカルデアから明かりを奪い、空調を奪い、多くのサーヴァントを繋ぎ止めるための魔力をすり減らし続けている。
「参考になる図書の心当たりでもあるのなら、差し入れるのも一考に値するかもしれんな。……見つかったかね、キャスター」
何十冊もの本によって構成されている奇蹟的なバランスの塔の下部から、一冊の本をいい加減に抜き取ろうとしていた男が
「簡単に見つかってくれさえしたら、この脳細胞をもっと有意義な事柄に使えるのですがなぁ!」
そう笑ったと同時に、ぐらついていた大量の本が大きな音を立てて崩れ落ちた。
***
英霊などと思っているのは本人だけで、また人間だと思っているのも当人だけで、この限られた最後の空間は亡霊が虚ろに満ちている難破船なのかもしれぬ、と下らぬ妄想をして滴り落ちる汗を拭った。屋内の耐えられぬ蒸し暑さに抗うため、建物の外縁に向かって進む。空気は徐々に冷め蒸し暑さは薄れていく。しかし涼しい、と思えたのは短い間だけだった。空気の温度は急速に低下し、余にも凍てつき過ぎていると感じるに至って抱いた疑念はすぐに答えを得た。掃除も行き届かぬ埃の積もった狭い通路の奥から、生身の人間では息をすることが困難なほど厳しい寒気が流れ込んでおり、それもそのはず、本来外と内を遮っている非常口が開け放たれたままなのだ。
非常口の灯が霞み光る中で、びゅごうびゅごうと暴力的な音を立てて人の身を切り裂かんばかりの寒風が吹きこんでいる。非常扉は解放されてから相当の時間が経過していることを見る者へ教えるように、びくともしない厚い氷によって固定されていた。瞼は乾き冷たさに肌はひりつき、睫毛には氷が付着し重くなる。一歩足を外へ踏み出すと、吹雪などという可愛らしい言葉では表すことの叶わない極限の雪山の嵐が宙を舞い、轟きながら山肌とカルデアへ凶器と化した雪を終わりなくぶつけている。
エミヤは前に出て、白くまっさらな雪を金属の靴で踏みしめる。人の手が入っていない、自然そのものの空気を胸一杯に吸う。厳しさに支配された山の大気はエミヤを魅了し、新鮮な歓びと共にエミヤの身体を満たした。
エミヤは召喚されてから初めて、カルデアの外で息をした。
ドクターの言葉が再生される。レイシフト先ならば兎も角、この地ではカルデア以外の全てが燃え尽き外には何も残っていないのだと、一度カルデアの建物が外へ開かれたら一体何が起きるのか誰も予測できないのだと、確かに最初数名が外へと出たが帰って来る者はいなかった、そして状況は常に変化する、この忠告は安全を保障したいがために君達へと向けた僕達なりの誠意でもあるのだ、と新たなサーヴァントが現れる度に飽きることなく繰り返す。
その文言はエミヤの身体に染み込み、内部からエミヤを拘束する。
だが、サーヴァントとしての仮初の肉体と、かつて人であった心が更なる喜びを求め外へと駆り立てる。雪の上に立つと、柔らかな雪の層の下はコンクリートだった。立っているのはカルデアの建物の一部で、固められた地と、外との境界を示す障壁と柱、張り出した屋根の内側にいた。金属製の非常階段が遠く上へと延びている。
本当の外には弓兵の目でも見通すことが困難な黒い濁りだけがあり、整地された地面が切れた先ではどこへ足を出せばいいのかも判断できない。ただ舞い続ける白い雪だけが明確な姿を持ちエミヤの身体へ纏わりつく。
まるで広々と横たわる奈落だ、と怖れながら覗きこむ。そのとき、非常階段の陰で意思を持って蠢くものがあった。反射的に身構えると、ころころと高い子供の声がリズムをとって笑う。
「おかしいわ、おかしいわね。1m先だって見えやしない。だってなにもない。夜の海を往く船ならば、星が光り女神が灯台へ導くけれど」
冷え切った空気は少女の指先を赤く染めていた。白く小さい手が厭わしそうに雪を払う。
「ココの女神は留守ね。だからただの人間が神なんて役割を割振られて……そのくせ毎日毎日海辺の地に煉瓦を積み上げているのよ……。灯台になぁれって、願いながら、地を這うように……」
黒い帽子が突風に揺れる。身体を震わせた少女は背後にある赤黒い尾へ寄り添った。
「まるで苦行。弱音さえ吐けない。まるで奈落。……海に地が削られていることさえ知らないで……、ねぇ、ねえ。……本当に火は灯台に燈るのかしら」
本に積もる雪を払い落とす。
「アーチャー、貴方はそれを信じているのかしら?」
少女の手元で分厚い本が青白い光を放っている。風は気まぐれに頁を進ませては戻らせる。エミヤは少女の問いに黙ったまま眉を上げ、首を振った。
「君が起きているにしては遅すぎる時間ではないかな、キャスター。そこの悪い竜にでも惑わされているのかね?」
エミヤの苦言を聞いた少女は、可笑しくてたまらぬとでもいうように肩を震わせた。
「虚ろな王様は私についてきただけ。わたしが手をひいただけ。わたしがひとりぼっちだったから」
話の中心になっている男は微動だにせず、伸びた長く巨大な尾は少女がいくら触れても応えない。
「だってジャックが一緒に寝てくれない。暑いから嫌だというの。でも一人はいや。わたしが芯から冷えたら同じベッドで寝てくれると思わない?ふふ、それだけ、それだけよ」
キャスターはふふ、ふふと話の内容にそぐわぬ陽気さで笑う。己と同様に、身体が自然に曝されて精神が高揚しているのかもしれない、とエミヤは理由の分からぬ小さな哀しみを感じた。
少女を雪や突風から守る位置に横たわる尾と、その奥に隠れる大柄な肉体へ目を遣った。首を軽く傾け、二人に近づかないまま問う。
「そいつはなにをしているんだ?」
二人の会話は聞こえているのだろうに、身体を闇へ溶け込ませ反応を一切見せぬ男へ、心配半分戸惑い半分の感情を滲ませながら言ったが、答えたのは少女だった。
「ひどいの。あの二人はちっとも相手をしてくれなかったの。だから私はこの人の手をひいてお願いしたの、外にいこう、ご本を読んでって。まったくあの作家っていう生き物は、物語が本になった途端に別の物語に浮気するものなのね」
少女は可愛らしく憤慨し、そして笑った。
「そう、本を読んでもらっていたの。ドラゴンの怪物が出る本をね。でもドラゴンが魔法使いをひとりひとり追いつめて、楽しく殺していくところで……なんて言ったと思う?」
「―――何と?」
「“まどろっこしい、全部一気に殺したらどうだ”……本を投げ出された。そこへ貴方がきた、アーチャー。ねぇ、貴方はご本を読んでくれる?」
やれやれ、とエミヤは首を振った。どっと疲労に襲われる。
「キャスター、君は、なんだ。読む本をもう少しよく選んだ方がいいのではないだろうか?いや、立ち入りすぎたのなら失礼したが」
「たとえば?」
「……」
「ふふ、困らせたい訳じゃないの。ねぇアーチャー、貴方は一緒に寝てくれる?わたしが眠るまでおとぎ話を読んでくれる?」
可憐な仕草で手を頬にあて、純真な笑顔をむける。目を思わず見開いたアーチャーは両掌を天に向け、それこそ私を困らせている、と駄々をこねる子供を諭す調子で説いた。
「…………帰って寝な」
巨大な尾がゆるり、と宙で動き、苛立つ猫の様に鋭い尾の先で地面を数度叩いた。低い声が、遊びはもう御仕舞いだと静かに告げる。
「そいつが”寝たい”のは俺だろうよ」
オルタの放った言葉の意味を理解するのに数秒かかった。あまりにも人を馬鹿にした物言いに血が上る。反論しようと口を開けたが、立ち上がったキャスターに注意を逸らされた。
少女は自身の周囲に広がる新雪を踏みしめ、黒い服に纏わりつく重い雪を頼りのない手で払い除ける。
「あぁ……、またあの暑くて苦しい部屋に戻るのね。せめてこの身体を痛めつける湿気だけでも、なくなればいいのだけど!」
少女はころころと笑いながらエミヤとオルタから遠ざかり、二人を一度も振り返ることなく屋内へと去った。少女の高い声が周囲にぼんやりと響く。
“そろそろ本を返してあげなくちゃ”
オルタは尾を丸め、背を向けたまま泰然と佇んでいる。エミヤの背後から通路の出口を知らせる人口の光が漏れ出ている。ぶつかってくる雪を受け止めながら、エミヤの胸の中で形のない孤独感の種がこぼれた。
***
「寒くないのか」
動きを止めた異形の男に困惑し、当たり障りのない声で、己でもあまりに愚かだと思う問いを発した。質量のある尾がのっそりと地を打った。
「この位の寒さなんざどうでもいい」
木で鼻をくくった端的な返答にエミヤは鼻白んだ。けれど無性に男の傍から離れ難く、その場で寒気に抗うように二度三度と足踏みした。
エミヤがオルタを初めて見たとき、この男はマスターの隣に立っていた。周囲へ与えるその身にまとった威圧感とは裏腹に、冷酷な顔に感情は一切浮かんでいなかった。棘に覆われた男は濁ってどろりとした深紅の半眼で退屈そうに周囲を眺め、偶然近くを横切ったエミヤの全身を這いずる視線で観察してきた。エミヤが男の視界から外れた後も、オルタの長く生暖かい舌で全身をくまなく舐めまわされているようなありありとした感触が残り、幻触であると理解しながらもそれを拭い去ることはしばらくの間できなかった。
右足首になめらかで硬い物体が擦れる感覚でエミヤの意識は引き戻される。
オルタの身を守っている甲殻は、毒々しい見た目に反してつるりとした肌触りの外殻を有し、強固な存在でありながら意外なしなやかさで動き、エミヤを取り囲む。棘と棘の間にぴたりと身体を入り込ませ、エミヤの脚を不穏に撫でては離れることを繰り返す。オルタはこちらへ背を向けながら、淫猥にさえ思える動きでエミヤの手足にじっとりと絡み、オルタの近くへ寄れと言葉なく要求する。
何故男の勝手に唯々諾々と従って、近くへ寄り添わねばならぬのか、そんな必要はない、とエミヤは思っているにも関わらず、断る理由を胸の内からうまく探し当てられなかった。
尾は強い力と意思でエミヤを囲む。たたらを踏み、促されるまま尾の内側に作られた空間に入り込む。そこはまるで最初からエミヤへ向けて作られていたかのように、すっぽりと収まることのできる親密な閉所だった。
先程エミヤの血液を沸騰させるような歓びをもたらした“外”はいま、人を拒む意思を隠そうとせずに示し、肌を切り裂く突風と会話を邪魔する轟音が気味悪く蠢いているだけだった。
胸の内にこぼれた孤独の種は己が肋骨の中の空洞に芽吹き、急速に成長してみちみちと張りつめていく。心臓も霊核も捕らえ、全身に絡みつき内側を埋め尽くす圧倒的な孤独感には覚えがあった。遠い昔、真実ヒトであった頃に抱いた青い感情と同一であるもの。
「君は外を判別できるのか、……オルタ?」
存在している場所の不安定さを警戒するがゆえに飛び出たエミヤの問いはオルタの不興を買ったらしく、不機嫌に鼻を鳴らす音が聞こえた。凍りつきぱりぱり音を立てる青い長髪の上を、薄く積もった雪がさらりとすべり落ちる。
「知りたいことも見通せないなんざ弓兵としちゃあ三流だな」
顔も合わせず背中に向け放つあからさまな侮辱にエミヤは苛立ち舌打ちした。今夜に限ってこの男は変に厭らしい絡み方をする。
「お言葉だな」
「こんなろくでもねえ空っぽの器に期待なんざするからだ」
腹立たしさのあまりエミヤは身体をひねってオルタの肩に手をかけた。無理矢理にでも相対しなければ、保護されながらいたぶられる体のいい玩具になってしまうと男との距離を一気に縮める。上半身を後方へ捻られる格好となったオルタは、エミヤを懐へ素直に迎え入れる。つくづくこの男は肉体と口先で言うことが異なっている、今日は殊更、と忌々しく思う。エミヤは凍り付くことのない、涙の膜で覆われた赤い瞳を覗きこむ。
口で叩きつけようとした嫌味は、赤い色のどこかで煌めいた光の破片によって押さえつけられた。エミヤにただ向けられたまなざしは、濁りと澄みわたる色が判別できぬまま複雑怪奇に混ざり合っている。
こんなもの、手に余る。
「君は……、けれど、君の中身は多少、ましになったようだ召喚された直後よりも。……君を刺激する“なにか”が……」
あるようだな。勢いの失せた声を絞り出す。オルタは立てた右膝に右ひじをおき、頬杖をついたまま顔を俯かせた。口の両端を吊り上げ、喉の奥底にこもった声で長く単調な笑いをこぼした。
エミヤを笑い、目を細めてそのまま薄く口を開き、尖った牙の間からずるりと長い舌を伸ばした。唇を舐める。
「随分甘ぇ野郎だ。高く評価しすぎているな。走ることをやめて濁り切った目をした奴に希望を見出すなんざァ、愚か者のすることだ」
毒ばかり流れ出る口とは対照的に、下半身に甘く柔くすりついてくる尾に負け、エミヤはのろのろと床へ腰を下ろした。暑く休息することの叶わなかったカルデアでの疲労と魔力切れが、影となってエミヤを侵食していることに気付き始めた。棘をまとう尾がエミヤへ吹き付ける雪風を遮ると、思考を停止させる冷え切った空気だけが残る。
オルタは口を閉じ、かつて人々が臨んだ空があったであろう空虚に顔を向ける気配だけがエミヤに伝わる。相対し、オルタの長い睫毛の先で白い氷の粒が球になっていたその瞬間をエミヤの心は鮮明に記憶し、その絵は胸の深い場所を澄み切った高い音を立てて打った。綺麗な音だ、と目を閉じる。
「星だけでもあれば、読む人もいるだろうに……」
腕に顔を埋めたまま発した曖昧な言葉に返答らしきものはなかった。それどころか微小な反応すらない。気難しい男と気難しい男の間では、成り立つ会話も成り立つまい、と朦朧とした頭を納得させる。
エミヤの耳は絶えず嵐の音に曝され、息をすると鋭い刃物で気管を切り裂かれている感覚を抱く。人であれば事実切り裂かれるのであろう。けれど、いくら苦しい思いをしても風で我が身が傷つくことはなく、吐く息が温もりをもって白くなることもない。この空しい人間じみた悲しみが、神世の虚ろな男に通じるのかはわからなかった。手は無意識に、はためく腰布を押さえる赤黒い殻を撫でる。
オルタはエミヤを構わない。だがオルタの尾がエミヤから離れることなく、居心地のいいゆりかごとなって慰め、高い体温で包みこむ。風の向きが変わればのそりと気怠く持ち上がり、ぱたん、ぱたんと音を立てて位置を変える。
オルタの広い背中は懐かしい郷愁を誘う。遠くに立つ青い男は、太陽を浴びた毛皮と汗の入り混じった甘い匂いをさせていた。もはや掬い上げることすら叶わぬ記憶の断片がふいに浮かぶ。同時に、この男へ全てを許せば楽になるぞと耳元で誰かが囁く。理性は優しく宥められ、緊張が失われていく。全身の力が抜ける。目を閉じていると、背骨がばらばらに解けていく甘い痺れが頭からつま先までさざ波となって広がり、眩しさを伴う多幸感が全身を支配する。
男のなにがこれほど強烈な安息をもたらすのか、戸惑うことさえ満足にできない。身体は与えられた休息にどこまでも貪欲だった。主のいない地で、深い深い安寧の地へ導かれる。
意識は現実と、二度と足を踏み入れられない夢との境目を彷徨う。
***
孤独な男が丘の上で一人立ちつくしている。瞼の裏に広がる鋼と砂でできた地をさすらい、システムの中の小さな歯車として数え切れぬ断片を繰り返し生きる。人間の心を自ら手放したこの男は、悲しみさえ忘れ去った無限の刻の果てで刃物に貫かれた身を晒し、赤い涙をとめどなく乾ききった両眼から流し続けている。
――――もういい。これだけでもう十分だ。私は嫌な位に知り尽くしている。この光景を。この男を。
“そうだろうか?”
丘の上に立つ赤い男は、ぎろりと鋼の目玉だけを動かした。
――――そうだとも。地を歩くことをやめ、空を見ることをやめ、摩耗しきった精神だけが唯一の存在理由である、つまらぬ男にすぎない。
“愚かだ。あまりにも愚かだ”
固まったように動かない人形の眼は平面的に光を反射し、人形そのものの不自然な動きで口を開閉する。妙にうすら寒い光景だった。
“足りぬ。私は私に足りぬものを未だ求め続けている。与えることにかまけるふりをして、奪うことにかまけるふりをして、その事実から逃げ続けている。それは果たして誰だ?”
――――やめてくれ。もう飽き飽きなんだ。
孤独な人形は突き刺さる剣の重みで丸まっていた上半身をじわじわと起こす。世界を構成する歯車は狂いなく規則正しく回り続ける。埃交じりの空気が漂う中で、男は威風堂々と擦り切れた身で胸を張り、ひび割れた指先でゆっくりと天を指した。神々の光に見放された曇天が告げる。
“天啓だ”
私は私に言う。
“その男こそ、我が上空に落ちた天啓なのだ”
私は私を嗤った。
捨てることのできぬ望みに縋りつく姿は見るに値しないと嗤った。嗤わなければならぬと知っていた。己ではなく、世界の道を歩くために。
***
互いの吐息で産毛が震える距離にオルタの白い顔があった。頬に刻まれた赤い刺青が肌の表面で曲がる。どろりとした瞳で己の裡に絡めとったエミヤを眺めまわし、緩慢な動作で手を伸ばしたかと思うと、冷え切ったエミヤの頬をざらざらとなでた。一切の感情を露わにせぬまま、新種の昆虫でも観察するかのような目つき手つきでエミヤの肌を撫で、そしてかさつくエミヤの唇の上を親指で二、三度往復した。億劫な動きは、男の抱える色のない欲望をエミヤに教えていた。
「君は暖かいんだな。……見た目は冷え冷えとしているのに」
彷徨った意識のままエミヤは平坦な声で呟く。オルタの、まるで恋人に対する振舞いは、そこに相応しい感情を伴わないからこそ、互いの交差せぬ孤独をくっきりと浮かび上がらせている。
「サーヴァントでも死ぬことがあるのかと思った」
低い声がエミヤの耳へ甘くすべりこむ。ただ一人で生きていた世界へ、誰かが入り込む。独りでは抱くことさえない感情へ孤独という名のラベルが貼られる。感情は自由に動き回り、胸を締め付け、痛みさえ感じる寂しさへと姿を変える。息ができぬ苦しみが全身を貫く。理性は慎重に、言葉で本心を覆い隠す。
「……まるで、君と二人で、取り残されてしまったようだ」
もう中へ戻るべき頃合いだ。戻ろうと上っ面な陽気さを交え告げる。陽気さはすべり落ち、本心は裡でもがく。
“私は君といるから孤独になる。まるで私は一人取り残されているようだ”
赤い人形が笑う。“そうだとも”
風が一瞬止んだ。静寂の中でオルタが気だるげに言う。
「それがどうした。お前が俺の物である限りなんの不具合もねえ」
嵐が轟音と共に暴れる。なにもかも雪に塗りつぶされる。顔に吹きつける尖った雪に耐えかねて腕で顔を覆った。オルタが尾と両腕で、全身でエミヤを強く抱く。荒い手つきで頭に乗った雪を払い落とし、そのままエミヤの手首を掴んだ。足と足が、胸と胸が、掌と掌が密着し、互いの指は深く相手を捕らえる。闇と現実の狭間で、色を持たぬオルタの視線が形ある力をもってエミヤを貫く。男に抱きしめられながら、纏まらぬ思いの断片が湧き出る。一人で戦っているマスター。なにかを隠している参謀役の男。壊れた空調と蔓延する苛立ち。人間は明らかに衰弱しつつある。魔力を欠いた英霊も、また。抑止力が出る場面でもない、ヒトの終わり。単純な人類の崩壊。そのなかで、輝くもの。
オルタはエミヤを捕らえたまま上にのしかかり、低すぎる温度の唇を重ね合う。ぬめる舌が遠慮なくエミヤの咥内を蹂躙する。あふれ出た唾液に肌がべたついても、口づけは終わらない。甘い思いなどない。合致する欲さえない。きっと人間はここで歴史を終える。
残された最果ての地で、人の到達できぬ境界を踏んだ。
いきついた極北で二人、朽ちるまで共にいたいと宛てなく祈った。
眠る気には到底なれず、己の下にある寝具をちらりと見て息を吐いた。就寝前のトレーニングをいつから始めたのか疾うに記憶にはないが、通常であれば習慣となった行動が仮初の眠りを呼び寄せる。しかし今のエミヤの頭は必要以上に回転している上、目は冴えて仕方なかった。
カルデアの中にいる複数の英霊の、特に神経質なサーヴァントも同じ思いを抱えているらしく闇の中を蠢く何かの気配があった。勿論どのような環境でも生き、眠り、戦うことを求められているサーヴァントにとって、停電や空調停止による室内温度と湿度の上昇、あるはそれらの極端な低下など些事にすぎぬと気に留めないものも多い。
だが、一度快適な環境に馴染んでしまっていたエミヤにとって、身体に贅沢を忘れさせ過酷な状況に適合するにはまだ時間が必要だった。
清潔に清掃された白い床へ足を下ろす。足裏は滑らかな表面にぴたりと吸い付き、温度が割合低い床から僅かな涼しさを少しでも多く得ようと神経がざわめいている。立ち上がって音を立てずに廊下へ出る。
目的がないまま非常灯だけが光る通路を進む。むっとした空気が充満し、弓兵の目でなければ見通せぬほど闇は深い。多くの人間と大半のサーヴァントは自室にこもっているようだが、時折ちらりちらりとサーヴァントの影が遠くを横切る。
長く暗い廊下は果てしなく続く。同じドアが幾つも現れては後ろへ遠ざかっていく。空気は湿り、暑い。水を含んだ雑巾のように絞ってしまえそうな空気が充満している。どこまで歩いていても、進んでいるのか止まっているのかわからない。同じ風景が延々と続いたかと思うと、唐突に廊下の左手に広大な空間が現れる。
硝子に包まれた中庭は重い沈黙に支配され、黒い木々はぴくりとも揺らがない。その陰に紛れて青い長髪の暗殺者と、黒子のある槍兵が地に座している。碁でも打っているのか、瞑想でもしているのか、風景に紛れて判別することが難しい。汗がぱたりと落ちた。終わりのない通路は、出口のない巨大な迷路を彷徨っている気分にさせる。服は汗ばんだ身体の水分を吸い、じっとりと纏わりつく。己の息が煩い。回廊を抜けた通路の先で一つの扉が開け放たれ、ぎいぎいと小さく軋んでいる。
軋みだ。心中を覆う影が言う。
マスターに寄り添う少女が倒れてから、カルデアの空気はどこか軋んでいる。目に見えぬところで巨大になりすぎた人類最後の地に歪みが出ているのだろう、と他人事のように思う。
「眠れませんか、アーチャー」
扉の奥でぽっかりと口を開けた空間から、低い女の声が響く。
「君こそ眠れていないようだ、ライダー。暑さは苦手か?」
答えはひっそりとした笑いだった。
「私は今帰ってきたばかりなんです、姉さまたちは我儘で……応えていたらこの時間」
一拍だけエミヤは口を閉じた。
「互いに大変だな、うるさい者が近くにいると」
見えていないと分かりながら、皮肉を滲ませて片側の口角だけを上げた。
「それが誰かは……聞かないでいてあげますよ……」
細くなる声と共にライダーの気配は薄くなり、鎖が擦れる金属音がした直後、気まぐれなライダーは闇へ完全に溶け込んだ。
足は無意識のうちに冷えた空気を求め外へと向かう。遠ざかる建物の中心では今も音を立てて様々な人、機械、魔力が動き、残されてしまった人間を守ろうとする力に満ちている。道に沿って進むと、擦り硝子越しにふわりと澄んだ光が漏れ、エミヤの横顔を照らした。眩しさに目を細める。ゆるゆると人が歩く速度で移動する橙の光は、面積が広い資料室の中を漂っているようだった。入口の扉の下にある狭間を光と影が動く。やがて足音と一緒に光は隣の部屋へ進む。
資料室の隣には、かつて倉庫か準備室として使用されていたらしい小部屋がある。だが人間が減りサーヴァントが増えた結果、その小部屋もまたサーヴァントに支配されることとなった。主に、書物と近い距離をとる英霊たちに。重厚な扉に、カラフルな画用紙がテープで無造作に貼りつけてある。クレヨンで書かれた「しっぴつしつ」という幼い字と絵は、重々しい扉と全く調和していなかった。
中にいる住人は光に恵まれている反面、暑さは如何ともし難いらしい。風を少しでも通すためか、扉は全開にされている。先程から忙しなく往復する高い靴音に苛立ったのか
「静かにしないか!」
と、男の声が怒鳴った。動き回る足音は発せられた大声に怯むことなく廊下に近づき、頭を突き出した。エミヤを見る前から遠慮なく問いを投げる。
「やあ、やあアーチャー!いい夜ですな!ところでいきなりだが、我輩の本を見なかったかね?確か表紙には竜が描かれていた筈なのだがなあ!」
廊下からは死角になっていた扉の内側には、クレヨンで書かれた似顔絵が地を埋め尽くすほど隙間なく貼ってあった。
「あぁキャスター。君の本かね?」
エミヤは偉大な劇作家を前に腕を組んだ。
ちらりと室内へ目をやると、一目で人を圧倒する大量の本、書類、原稿で出来た地層が天井まで築きあげられている。
地層に埋もれた机の中で、青い髪が動いた。
「キャスター、残念だが生憎、ここ数日“本”という存在そのものを見た記憶がない」
「それはいけない、このような生活に必要なのは文化というゆとりではありませんかな?」
無言のまま肩を竦めたエミヤへ、机に向かっていた青い髪の少年がうんざりしきった声で言い放った。
「アーチャー、お前そこのサーヴァントへ“諦め”と“片づけ”という言葉を教えてやってくれんかね!ただでさえ暑いのに煩くてかなわん!」
少年は腹を立てた様子のまま白く細い足先を金盥の中へ差し入れた。本の積み上げられた部屋に似合わぬ水の満ちた容器には、大きな氷が幾つか浮かんでいる。狭い室内は勝手に動く光によって柔らかく照らしされていた。盥を見つけ眉を上げたエミヤに、少年は高慢さを隠さぬ口調で言う。
「全く暑くてかなわん。いいだろう、狐はいつでも氷を作れるからな、貰いものさ。だが、勿論紙に水気は厳禁だとも……いつになったらこのうんざりする環境が復旧するのか知っているか?」
少年キャスターの言葉に青年のキャスターが大きく笑う。
「獅子と天才のどちらが電気回線を修復するか揉めに揉めているところなら見ましたがなぁ」
ははははは、という声に心底嫌気が差したらしい少年は、真顔のまま両眼を閉じてぐりぐりと己のこめかみを押した。
「その二人なら自室で待機中だろうよ。マスターが喧嘩ばかりで邪魔で仕方ないと二人まとめて追いやっているからな。手助けも問題の目途がつくまでお預けだろうさ」
エミヤは強張る己の身体をそっと伸ばし、喋る速さを意識しながら続けた。
「マスターと、現代の建物に比較的詳しいらしいアサシンと」
配電盤を前に思案する、己にどこかよく似たアサシンが心の中に浮かぶ。
「バベッジが手を貸しているようだ……、スタッフにな」
憔悴するマスターを嘲笑うかのように、原因の分からぬ電気系統の故障はカルデアから明かりを奪い、空調を奪い、多くのサーヴァントを繋ぎ止めるための魔力をすり減らし続けている。
「参考になる図書の心当たりでもあるのなら、差し入れるのも一考に値するかもしれんな。……見つかったかね、キャスター」
何十冊もの本によって構成されている奇蹟的なバランスの塔の下部から、一冊の本をいい加減に抜き取ろうとしていた男が
「簡単に見つかってくれさえしたら、この脳細胞をもっと有意義な事柄に使えるのですがなぁ!」
そう笑ったと同時に、ぐらついていた大量の本が大きな音を立てて崩れ落ちた。
***
英霊などと思っているのは本人だけで、また人間だと思っているのも当人だけで、この限られた最後の空間は亡霊が虚ろに満ちている難破船なのかもしれぬ、と下らぬ妄想をして滴り落ちる汗を拭った。屋内の耐えられぬ蒸し暑さに抗うため、建物の外縁に向かって進む。空気は徐々に冷め蒸し暑さは薄れていく。しかし涼しい、と思えたのは短い間だけだった。空気の温度は急速に低下し、余にも凍てつき過ぎていると感じるに至って抱いた疑念はすぐに答えを得た。掃除も行き届かぬ埃の積もった狭い通路の奥から、生身の人間では息をすることが困難なほど厳しい寒気が流れ込んでおり、それもそのはず、本来外と内を遮っている非常口が開け放たれたままなのだ。
非常口の灯が霞み光る中で、びゅごうびゅごうと暴力的な音を立てて人の身を切り裂かんばかりの寒風が吹きこんでいる。非常扉は解放されてから相当の時間が経過していることを見る者へ教えるように、びくともしない厚い氷によって固定されていた。瞼は乾き冷たさに肌はひりつき、睫毛には氷が付着し重くなる。一歩足を外へ踏み出すと、吹雪などという可愛らしい言葉では表すことの叶わない極限の雪山の嵐が宙を舞い、轟きながら山肌とカルデアへ凶器と化した雪を終わりなくぶつけている。
エミヤは前に出て、白くまっさらな雪を金属の靴で踏みしめる。人の手が入っていない、自然そのものの空気を胸一杯に吸う。厳しさに支配された山の大気はエミヤを魅了し、新鮮な歓びと共にエミヤの身体を満たした。
エミヤは召喚されてから初めて、カルデアの外で息をした。
ドクターの言葉が再生される。レイシフト先ならば兎も角、この地ではカルデア以外の全てが燃え尽き外には何も残っていないのだと、一度カルデアの建物が外へ開かれたら一体何が起きるのか誰も予測できないのだと、確かに最初数名が外へと出たが帰って来る者はいなかった、そして状況は常に変化する、この忠告は安全を保障したいがために君達へと向けた僕達なりの誠意でもあるのだ、と新たなサーヴァントが現れる度に飽きることなく繰り返す。
その文言はエミヤの身体に染み込み、内部からエミヤを拘束する。
だが、サーヴァントとしての仮初の肉体と、かつて人であった心が更なる喜びを求め外へと駆り立てる。雪の上に立つと、柔らかな雪の層の下はコンクリートだった。立っているのはカルデアの建物の一部で、固められた地と、外との境界を示す障壁と柱、張り出した屋根の内側にいた。金属製の非常階段が遠く上へと延びている。
本当の外には弓兵の目でも見通すことが困難な黒い濁りだけがあり、整地された地面が切れた先ではどこへ足を出せばいいのかも判断できない。ただ舞い続ける白い雪だけが明確な姿を持ちエミヤの身体へ纏わりつく。
まるで広々と横たわる奈落だ、と怖れながら覗きこむ。そのとき、非常階段の陰で意思を持って蠢くものがあった。反射的に身構えると、ころころと高い子供の声がリズムをとって笑う。
「おかしいわ、おかしいわね。1m先だって見えやしない。だってなにもない。夜の海を往く船ならば、星が光り女神が灯台へ導くけれど」
冷え切った空気は少女の指先を赤く染めていた。白く小さい手が厭わしそうに雪を払う。
「ココの女神は留守ね。だからただの人間が神なんて役割を割振られて……そのくせ毎日毎日海辺の地に煉瓦を積み上げているのよ……。灯台になぁれって、願いながら、地を這うように……」
黒い帽子が突風に揺れる。身体を震わせた少女は背後にある赤黒い尾へ寄り添った。
「まるで苦行。弱音さえ吐けない。まるで奈落。……海に地が削られていることさえ知らないで……、ねぇ、ねえ。……本当に火は灯台に燈るのかしら」
本に積もる雪を払い落とす。
「アーチャー、貴方はそれを信じているのかしら?」
少女の手元で分厚い本が青白い光を放っている。風は気まぐれに頁を進ませては戻らせる。エミヤは少女の問いに黙ったまま眉を上げ、首を振った。
「君が起きているにしては遅すぎる時間ではないかな、キャスター。そこの悪い竜にでも惑わされているのかね?」
エミヤの苦言を聞いた少女は、可笑しくてたまらぬとでもいうように肩を震わせた。
「虚ろな王様は私についてきただけ。わたしが手をひいただけ。わたしがひとりぼっちだったから」
話の中心になっている男は微動だにせず、伸びた長く巨大な尾は少女がいくら触れても応えない。
「だってジャックが一緒に寝てくれない。暑いから嫌だというの。でも一人はいや。わたしが芯から冷えたら同じベッドで寝てくれると思わない?ふふ、それだけ、それだけよ」
キャスターはふふ、ふふと話の内容にそぐわぬ陽気さで笑う。己と同様に、身体が自然に曝されて精神が高揚しているのかもしれない、とエミヤは理由の分からぬ小さな哀しみを感じた。
少女を雪や突風から守る位置に横たわる尾と、その奥に隠れる大柄な肉体へ目を遣った。首を軽く傾け、二人に近づかないまま問う。
「そいつはなにをしているんだ?」
二人の会話は聞こえているのだろうに、身体を闇へ溶け込ませ反応を一切見せぬ男へ、心配半分戸惑い半分の感情を滲ませながら言ったが、答えたのは少女だった。
「ひどいの。あの二人はちっとも相手をしてくれなかったの。だから私はこの人の手をひいてお願いしたの、外にいこう、ご本を読んでって。まったくあの作家っていう生き物は、物語が本になった途端に別の物語に浮気するものなのね」
少女は可愛らしく憤慨し、そして笑った。
「そう、本を読んでもらっていたの。ドラゴンの怪物が出る本をね。でもドラゴンが魔法使いをひとりひとり追いつめて、楽しく殺していくところで……なんて言ったと思う?」
「―――何と?」
「“まどろっこしい、全部一気に殺したらどうだ”……本を投げ出された。そこへ貴方がきた、アーチャー。ねぇ、貴方はご本を読んでくれる?」
やれやれ、とエミヤは首を振った。どっと疲労に襲われる。
「キャスター、君は、なんだ。読む本をもう少しよく選んだ方がいいのではないだろうか?いや、立ち入りすぎたのなら失礼したが」
「たとえば?」
「……」
「ふふ、困らせたい訳じゃないの。ねぇアーチャー、貴方は一緒に寝てくれる?わたしが眠るまでおとぎ話を読んでくれる?」
可憐な仕草で手を頬にあて、純真な笑顔をむける。目を思わず見開いたアーチャーは両掌を天に向け、それこそ私を困らせている、と駄々をこねる子供を諭す調子で説いた。
「…………帰って寝な」
巨大な尾がゆるり、と宙で動き、苛立つ猫の様に鋭い尾の先で地面を数度叩いた。低い声が、遊びはもう御仕舞いだと静かに告げる。
「そいつが”寝たい”のは俺だろうよ」
オルタの放った言葉の意味を理解するのに数秒かかった。あまりにも人を馬鹿にした物言いに血が上る。反論しようと口を開けたが、立ち上がったキャスターに注意を逸らされた。
少女は自身の周囲に広がる新雪を踏みしめ、黒い服に纏わりつく重い雪を頼りのない手で払い除ける。
「あぁ……、またあの暑くて苦しい部屋に戻るのね。せめてこの身体を痛めつける湿気だけでも、なくなればいいのだけど!」
少女はころころと笑いながらエミヤとオルタから遠ざかり、二人を一度も振り返ることなく屋内へと去った。少女の高い声が周囲にぼんやりと響く。
“そろそろ本を返してあげなくちゃ”
オルタは尾を丸め、背を向けたまま泰然と佇んでいる。エミヤの背後から通路の出口を知らせる人口の光が漏れ出ている。ぶつかってくる雪を受け止めながら、エミヤの胸の中で形のない孤独感の種がこぼれた。
***
「寒くないのか」
動きを止めた異形の男に困惑し、当たり障りのない声で、己でもあまりに愚かだと思う問いを発した。質量のある尾がのっそりと地を打った。
「この位の寒さなんざどうでもいい」
木で鼻をくくった端的な返答にエミヤは鼻白んだ。けれど無性に男の傍から離れ難く、その場で寒気に抗うように二度三度と足踏みした。
エミヤがオルタを初めて見たとき、この男はマスターの隣に立っていた。周囲へ与えるその身にまとった威圧感とは裏腹に、冷酷な顔に感情は一切浮かんでいなかった。棘に覆われた男は濁ってどろりとした深紅の半眼で退屈そうに周囲を眺め、偶然近くを横切ったエミヤの全身を這いずる視線で観察してきた。エミヤが男の視界から外れた後も、オルタの長く生暖かい舌で全身をくまなく舐めまわされているようなありありとした感触が残り、幻触であると理解しながらもそれを拭い去ることはしばらくの間できなかった。
右足首になめらかで硬い物体が擦れる感覚でエミヤの意識は引き戻される。
オルタの身を守っている甲殻は、毒々しい見た目に反してつるりとした肌触りの外殻を有し、強固な存在でありながら意外なしなやかさで動き、エミヤを取り囲む。棘と棘の間にぴたりと身体を入り込ませ、エミヤの脚を不穏に撫でては離れることを繰り返す。オルタはこちらへ背を向けながら、淫猥にさえ思える動きでエミヤの手足にじっとりと絡み、オルタの近くへ寄れと言葉なく要求する。
何故男の勝手に唯々諾々と従って、近くへ寄り添わねばならぬのか、そんな必要はない、とエミヤは思っているにも関わらず、断る理由を胸の内からうまく探し当てられなかった。
尾は強い力と意思でエミヤを囲む。たたらを踏み、促されるまま尾の内側に作られた空間に入り込む。そこはまるで最初からエミヤへ向けて作られていたかのように、すっぽりと収まることのできる親密な閉所だった。
先程エミヤの血液を沸騰させるような歓びをもたらした“外”はいま、人を拒む意思を隠そうとせずに示し、肌を切り裂く突風と会話を邪魔する轟音が気味悪く蠢いているだけだった。
胸の内にこぼれた孤独の種は己が肋骨の中の空洞に芽吹き、急速に成長してみちみちと張りつめていく。心臓も霊核も捕らえ、全身に絡みつき内側を埋め尽くす圧倒的な孤独感には覚えがあった。遠い昔、真実ヒトであった頃に抱いた青い感情と同一であるもの。
「君は外を判別できるのか、……オルタ?」
存在している場所の不安定さを警戒するがゆえに飛び出たエミヤの問いはオルタの不興を買ったらしく、不機嫌に鼻を鳴らす音が聞こえた。凍りつきぱりぱり音を立てる青い長髪の上を、薄く積もった雪がさらりとすべり落ちる。
「知りたいことも見通せないなんざ弓兵としちゃあ三流だな」
顔も合わせず背中に向け放つあからさまな侮辱にエミヤは苛立ち舌打ちした。今夜に限ってこの男は変に厭らしい絡み方をする。
「お言葉だな」
「こんなろくでもねえ空っぽの器に期待なんざするからだ」
腹立たしさのあまりエミヤは身体をひねってオルタの肩に手をかけた。無理矢理にでも相対しなければ、保護されながらいたぶられる体のいい玩具になってしまうと男との距離を一気に縮める。上半身を後方へ捻られる格好となったオルタは、エミヤを懐へ素直に迎え入れる。つくづくこの男は肉体と口先で言うことが異なっている、今日は殊更、と忌々しく思う。エミヤは凍り付くことのない、涙の膜で覆われた赤い瞳を覗きこむ。
口で叩きつけようとした嫌味は、赤い色のどこかで煌めいた光の破片によって押さえつけられた。エミヤにただ向けられたまなざしは、濁りと澄みわたる色が判別できぬまま複雑怪奇に混ざり合っている。
こんなもの、手に余る。
「君は……、けれど、君の中身は多少、ましになったようだ召喚された直後よりも。……君を刺激する“なにか”が……」
あるようだな。勢いの失せた声を絞り出す。オルタは立てた右膝に右ひじをおき、頬杖をついたまま顔を俯かせた。口の両端を吊り上げ、喉の奥底にこもった声で長く単調な笑いをこぼした。
エミヤを笑い、目を細めてそのまま薄く口を開き、尖った牙の間からずるりと長い舌を伸ばした。唇を舐める。
「随分甘ぇ野郎だ。高く評価しすぎているな。走ることをやめて濁り切った目をした奴に希望を見出すなんざァ、愚か者のすることだ」
毒ばかり流れ出る口とは対照的に、下半身に甘く柔くすりついてくる尾に負け、エミヤはのろのろと床へ腰を下ろした。暑く休息することの叶わなかったカルデアでの疲労と魔力切れが、影となってエミヤを侵食していることに気付き始めた。棘をまとう尾がエミヤへ吹き付ける雪風を遮ると、思考を停止させる冷え切った空気だけが残る。
オルタは口を閉じ、かつて人々が臨んだ空があったであろう空虚に顔を向ける気配だけがエミヤに伝わる。相対し、オルタの長い睫毛の先で白い氷の粒が球になっていたその瞬間をエミヤの心は鮮明に記憶し、その絵は胸の深い場所を澄み切った高い音を立てて打った。綺麗な音だ、と目を閉じる。
「星だけでもあれば、読む人もいるだろうに……」
腕に顔を埋めたまま発した曖昧な言葉に返答らしきものはなかった。それどころか微小な反応すらない。気難しい男と気難しい男の間では、成り立つ会話も成り立つまい、と朦朧とした頭を納得させる。
エミヤの耳は絶えず嵐の音に曝され、息をすると鋭い刃物で気管を切り裂かれている感覚を抱く。人であれば事実切り裂かれるのであろう。けれど、いくら苦しい思いをしても風で我が身が傷つくことはなく、吐く息が温もりをもって白くなることもない。この空しい人間じみた悲しみが、神世の虚ろな男に通じるのかはわからなかった。手は無意識に、はためく腰布を押さえる赤黒い殻を撫でる。
オルタはエミヤを構わない。だがオルタの尾がエミヤから離れることなく、居心地のいいゆりかごとなって慰め、高い体温で包みこむ。風の向きが変わればのそりと気怠く持ち上がり、ぱたん、ぱたんと音を立てて位置を変える。
オルタの広い背中は懐かしい郷愁を誘う。遠くに立つ青い男は、太陽を浴びた毛皮と汗の入り混じった甘い匂いをさせていた。もはや掬い上げることすら叶わぬ記憶の断片がふいに浮かぶ。同時に、この男へ全てを許せば楽になるぞと耳元で誰かが囁く。理性は優しく宥められ、緊張が失われていく。全身の力が抜ける。目を閉じていると、背骨がばらばらに解けていく甘い痺れが頭からつま先までさざ波となって広がり、眩しさを伴う多幸感が全身を支配する。
男のなにがこれほど強烈な安息をもたらすのか、戸惑うことさえ満足にできない。身体は与えられた休息にどこまでも貪欲だった。主のいない地で、深い深い安寧の地へ導かれる。
意識は現実と、二度と足を踏み入れられない夢との境目を彷徨う。
***
孤独な男が丘の上で一人立ちつくしている。瞼の裏に広がる鋼と砂でできた地をさすらい、システムの中の小さな歯車として数え切れぬ断片を繰り返し生きる。人間の心を自ら手放したこの男は、悲しみさえ忘れ去った無限の刻の果てで刃物に貫かれた身を晒し、赤い涙をとめどなく乾ききった両眼から流し続けている。
――――もういい。これだけでもう十分だ。私は嫌な位に知り尽くしている。この光景を。この男を。
“そうだろうか?”
丘の上に立つ赤い男は、ぎろりと鋼の目玉だけを動かした。
――――そうだとも。地を歩くことをやめ、空を見ることをやめ、摩耗しきった精神だけが唯一の存在理由である、つまらぬ男にすぎない。
“愚かだ。あまりにも愚かだ”
固まったように動かない人形の眼は平面的に光を反射し、人形そのものの不自然な動きで口を開閉する。妙にうすら寒い光景だった。
“足りぬ。私は私に足りぬものを未だ求め続けている。与えることにかまけるふりをして、奪うことにかまけるふりをして、その事実から逃げ続けている。それは果たして誰だ?”
――――やめてくれ。もう飽き飽きなんだ。
孤独な人形は突き刺さる剣の重みで丸まっていた上半身をじわじわと起こす。世界を構成する歯車は狂いなく規則正しく回り続ける。埃交じりの空気が漂う中で、男は威風堂々と擦り切れた身で胸を張り、ひび割れた指先でゆっくりと天を指した。神々の光に見放された曇天が告げる。
“天啓だ”
私は私に言う。
“その男こそ、我が上空に落ちた天啓なのだ”
私は私を嗤った。
捨てることのできぬ望みに縋りつく姿は見るに値しないと嗤った。嗤わなければならぬと知っていた。己ではなく、世界の道を歩くために。
***
互いの吐息で産毛が震える距離にオルタの白い顔があった。頬に刻まれた赤い刺青が肌の表面で曲がる。どろりとした瞳で己の裡に絡めとったエミヤを眺めまわし、緩慢な動作で手を伸ばしたかと思うと、冷え切ったエミヤの頬をざらざらとなでた。一切の感情を露わにせぬまま、新種の昆虫でも観察するかのような目つき手つきでエミヤの肌を撫で、そしてかさつくエミヤの唇の上を親指で二、三度往復した。億劫な動きは、男の抱える色のない欲望をエミヤに教えていた。
「君は暖かいんだな。……見た目は冷え冷えとしているのに」
彷徨った意識のままエミヤは平坦な声で呟く。オルタの、まるで恋人に対する振舞いは、そこに相応しい感情を伴わないからこそ、互いの交差せぬ孤独をくっきりと浮かび上がらせている。
「サーヴァントでも死ぬことがあるのかと思った」
低い声がエミヤの耳へ甘くすべりこむ。ただ一人で生きていた世界へ、誰かが入り込む。独りでは抱くことさえない感情へ孤独という名のラベルが貼られる。感情は自由に動き回り、胸を締め付け、痛みさえ感じる寂しさへと姿を変える。息ができぬ苦しみが全身を貫く。理性は慎重に、言葉で本心を覆い隠す。
「……まるで、君と二人で、取り残されてしまったようだ」
もう中へ戻るべき頃合いだ。戻ろうと上っ面な陽気さを交え告げる。陽気さはすべり落ち、本心は裡でもがく。
“私は君といるから孤独になる。まるで私は一人取り残されているようだ”
赤い人形が笑う。“そうだとも”
風が一瞬止んだ。静寂の中でオルタが気だるげに言う。
「それがどうした。お前が俺の物である限りなんの不具合もねえ」
嵐が轟音と共に暴れる。なにもかも雪に塗りつぶされる。顔に吹きつける尖った雪に耐えかねて腕で顔を覆った。オルタが尾と両腕で、全身でエミヤを強く抱く。荒い手つきで頭に乗った雪を払い落とし、そのままエミヤの手首を掴んだ。足と足が、胸と胸が、掌と掌が密着し、互いの指は深く相手を捕らえる。闇と現実の狭間で、色を持たぬオルタの視線が形ある力をもってエミヤを貫く。男に抱きしめられながら、纏まらぬ思いの断片が湧き出る。一人で戦っているマスター。なにかを隠している参謀役の男。壊れた空調と蔓延する苛立ち。人間は明らかに衰弱しつつある。魔力を欠いた英霊も、また。抑止力が出る場面でもない、ヒトの終わり。単純な人類の崩壊。そのなかで、輝くもの。
オルタはエミヤを捕らえたまま上にのしかかり、低すぎる温度の唇を重ね合う。ぬめる舌が遠慮なくエミヤの咥内を蹂躙する。あふれ出た唾液に肌がべたついても、口づけは終わらない。甘い思いなどない。合致する欲さえない。きっと人間はここで歴史を終える。
残された最果ての地で、人の到達できぬ境界を踏んだ。
いきついた極北で二人、朽ちるまで共にいたいと宛てなく祈った。
