fate(槍弓)

 塩辛くぬめる液体を咥内から吐き出した。


錆びた味がするそれは、口の周りとシーツを赤く汚す。奥歯の所々が欠け、そこが鋭く尖り粘膜を時折切り裂く。もたらされる痛みが不愉快ではあったが、それよりも最初に手加減なく殴られた腹がじくじくと、まるで膿んだときのように熱をはらんでいることの方がアーチャーを無性に苛立たせた。
 血が気道に流れ込み、数度湿った咳をした。痛めつけられた肋骨が体内で軋み嫌な音を立てる。肩の関節は頭の上へ捩じりあげられ、両腕の肘から先が正体のわからぬ力で拘束されている。動かそうと何度あがいても微動だにしない。魔術とは便利なものだと、己を棚に上げて内心で毒づく。アーチャーに覆い被さり好き勝手に動いている男は、少し前に組み敷いた褐色の肌と、軋み音を立てる関節へ遠慮なく噛みつき
「あぁ、いい気分だ」
と笑いながら至極満足そうに言い放った。
 全身が血に塗れている。
 暗い部屋には生臭い血の臭いが立ち込めている。アーチャーが意識を失っている間に運び込まれた空間は、街の中心部に近い何処かの一室であるようだった。遠くから車の走る低音と振動が響き、時折甲高いブレーキ音やサイレンが届く。がらんとした部屋にあるただ一つの窓からわずかに差し込む街灯の明かりが、アーチャーの上に圧し掛かるランサーの横顔を淡く照らしている。
 室内の冷え切った空気は、興奮し身体を汗ばませているランサーの体温を、アーチャーへ直接的に伝える手助けをしていた。上昇していくランサーの体温に反比例して、アーチャーの身体は手足の先から中心へ向かい冷え切っていく。己を理不尽に支配しようとする男を内心で果てしなく罵りながら、この状況へ至った己の失態について後悔していた。
 


 夜に出会ったことが何よりも間違いだったのだ。昼間の、多くの人間が活動し人目につきやすい街中では、サーヴァント同士互いに互いを見ていないふりをする。強大な力を白昼堂々ぶつけあうなど、理性の飛んだ自滅行為だと暗黙の裡に理解を共にしているからだ。
けれど、日中でもランサーが押し殺している獰猛さは垣間見えていた。周りを囲む人間を大らかに見守っている赤い瞳は、ひとたびサーヴァントを捉えると浅ましく舌なめずりをし、涎をたらしながら生きた肉へ突進する狂犬のごとき欲望を隠そうともしない。
 そして、そのあからさまな欲望は何故か、アーチャーに対してとりわけ強く向けられているようだった。
凛に対して皮肉を言っていると、不意に背中を虫が這いずり回るような寒気が襲う。小僧に説教しているとき、街中を歩いているときもそうだ。寒気に振り返れば、男が首を傾げ腰に手を当てながら笑顔で殺意を滾らせ佇んでいる。
 
 
 潰れた狭い喉からひゅう、ひゅうと息が漏れる。息苦しさに胸が忙しなく上下している。
両脚の上には体重をかけたランサーの膝が重く圧し掛かり、抗えば骨の一本や二本は容易く持っていかれそうだった。ランサーの外見が細くしなやかであっても、その中には戦士として必要な筋肉が隙間なく詰まっているのだ。
 アーチャーは己の上にいるランサーへ目をやった。力の加減なく殴り合ったことで口の端をどす黒く染め血を滲ませている槍兵は、アーチャーの視線に気づくと上半身を起こし、ぎらついた冷酷な目で組み伏せた褐色の肌の男を見下ろした。
「なんだ、抵抗は終わりか? つまんねぇな」
男が白けた表情で鼻を鳴らす。ひゅう、ひゅうと喉がしつこく悲鳴を上げている。止まらぬ血が絡みついた声は酷く掠れていた。
「つまらんのならいつでも止めてくれて構わんのだがね、ランサー」
「はっ、ろくでもねえこと言うんじゃねえよ。俺は俺のやりたいようにするだけだ」
ランサーは赤く長い舌で、口周りにこびりつく乾いた血を舐めとった。
「まぁ、抵抗しねえならせいぜい可愛がってやるよ。優しいだろ?」
この男がなにを「やりた」くて、どこが「優しい」のか考えるのもおぞましいが、アーチャーの服を乱暴に引き裂き、しつこく肌を撫でまわしては身体中へ噛みつく動きは、否応なしにランサーが望んでいる行為を伝えてくる。
 ランサーの食らいつくような視線が厭わしく、顔を背け口を固く結んだ。白くパサついた髪には血液がこびりつき、肌はヒリヒリと痛む。目の上を切り、頬を腫らすアーチャーを覗きこんだランサーは
「折角の顔が台無しだ」
と意外なほどやさしい手つきで、アーチャーの顔を汚す血と泥を片手で拭った。



 怪我など霊体化さえできれば治る。些細な事柄だ。互いに宝具という最後の一線を超えることはなかった。数刻前、ランサーは闇がとぐろを巻く袋小路へアーチャーを追い詰め、月の青白い逆光を背負いながら、卑猥極まりない数々の言葉でいたぶった。アーチャーは、己の心に残る僅かな男への情を総動員して宝具の開放を封じ、武器も持たずに右足を男のこめかみへ全力で振り上げたのだ。
 ランサーはとち狂っているなりに公正さはあるらしく、槍に頼らずにアーチャーの足を払い除け、右の拳を躱しきれぬ速度と強さで腹へ打ち込んできた。



 ランサーは押さえつけたアーチャーの身体を気ままに舐め、甘く噛んでいく。脇腹を歯を立てて食み、臍の周囲を熱い湿った舌で愛撫されると、アーチャーの冷える心とは裏腹に、ちりちりと腰が浮いてしまいそうな刺激がもたらされる。男は唾液で濡れる口を拭い、
 「お前の手を自由に出来ねえのは勿体ねえな」
と残念そうに呟く。何をされても己のどこも譲り渡すまいと、アーチャーは息を止め力を込めた。目を固く閉じながら、こんな色香もない男にさっさと飽きてくれと願う。厳つい男の身体を自由にしたとしても、楽しくもなんともないだろうにと苛立っていると、ランサーの重みが足の下方へ移動した。
 うんざりした心のまま足先を一応見遣ると、アーチャーの顔を観察していたランサーが皮肉な笑みを浮かべながら左足のかかとを万力のように掴み上げ、柔らかな舌を足の親指へと伸ばした。
「……やめ、ろ……、やめたまえ、ランサ」
 ァ、と息が漏れた。むずかる足を宥め、ランサーは親指から順にゆっくりと足の指をしゃぶっていく。割れた小指の爪を愛し気に力を込めず舐められると、全身の神経に電気が流される感覚におそわれた。指と指の間へ丹念に舌を這わせ、親指に、唇をあて扱くように愛撫する。飽きることなく幾度も足の指を往復して、唾液をこすりつけられる度に、アーチャーの腰では熱がわだかまる。


 はぁはぁと荒い息が止まらなくなる。ランサーが指を食みながら、ふっと息を吐くとアーチャーの敏感になった肌にかかり、あまりのじれったさにアーチャーは身を強くよじる。
 足の指には満足したのか、ランサーが土踏まずへ舌を緩慢に移動させる。もういっそ一思いに全身を痛めつけてくれと、アーチャーは願った。じれったい動きのまま、ランサーは足の甲をしゃぶり、脹脛へ舌を這わせ、膝へ歯を立て、噛み、吸いつき、太ももの内側にくっきりと赤い跡を残していく。
永遠に思える愛撫によって、アーチャーの身体は欲望の種火を植え付けられ、煽がれ、全身が欲望の熱に燃やされる。腰の熱は形を持ち、アーチャー自身を固く張りつめさせた。
 圧し掛かるランサーを嫌がりのたうつ身体は、腰骨をランサーの大きな両手でがっちりと押さえこまれたことにより逃げ場を失った。青い長髪を汗ばんだ身体に纏わりつかせている男は、身を起こし嗤った。
「おら、逃げんじゃねえよ。……は、気持ちよかったか?」
 ランサーは満足したように目を細めながら、組み敷いた男の中心で頭を擡げる性器を見下ろした。手を伸ばし触れると、強張り拒絶する身体に反してより一層硬くなる。
 アーチャーは屈辱と共に血の味がする奥歯をぎりぎりと噛みしめ、声も息も漏らすまいと顔を背けた。男に抱かれるどころか、人の肌の温もりさえ久しく記憶していない孤独な身体は、軽く口づけられるだけでその刺激の新鮮さに驚き、人の肌の懐かしさに泣きながら全ての愛撫を丁寧に拾い上げていく。

***
 

 ランサーは、目を力一杯に閉じ眉間へ深々と皺を寄せるアーチャーの顔に確かな興奮を見つけ、口角を吊り上げた。この堅物は随分とかわいらしく、だからこそ例え力ずくであっても俺の物にしてしまいと思わせる。己で己の歪な欲望を笑う。そして欲望に理性で抗い続けながら、そのくせ身体は快感に従っている、組み敷いた歪な男を笑った。
ふるふると揺れる、欲望に素直なアーチャーの硬くなった性器を目にした瞬間、悦びで胸が満ち堪らずに舌で唇を舐めた。男の中心へ顔を近づける。
「希望があるなら考えてやるよ。どうしてほしい?先を舐めてやろうか?」
中心で立ち上がったものへ、ふぅと息をかけてやると面白いほどびくりと身体が跳ねる。
「それともじっくり楽しませてやろうか?こうして、もどかしくてたまらねえように」
 尖らせた舌先だけで軽く、アーチャーの根元から先端へ向かいなぞりあげてやると、アーチャーは腰を全力で捻り足を振り上げようともだえた。抗う身体を力の加減なく押さえつける。アーチャーの口から、すすり泣くような切ない息がもれた。
 静かな暗い部屋では、小さな音が明瞭に響く。身体に汗を滲ませ赤みを帯びている褐色の男は自身の肩口に顔を埋め、だらしなく緩んだ半開きの口で熱っぽい吐息を何度も吐く。


艶めかしい姿態に欲望を煽られたランサーは、発した問いへの返答を待つのももどかしく、目の前で張りつめているものを口で深く銜えこんで、喉の奥で締め付ける。その途端銜えているものが一回り大きくなり、弓兵は耐えられぬといった様子で大きく体を仰け反らせた。押さえつけている足は細かく震え、ランサーが舌を動かし唇で扱いてやる度にぴくりぴくりとバネのように跳ねる。顔を見ようと目線を上げると、苦し気に悶えている気配が窺えた。あぁ、銜えながら顔をのぞきこめりゃ最高なのになあと、沸騰しつつある頭で思った。
 しかし予想以上に初心な反応だ、と心中でアーチャーの経験を量った。戦いでは容赦なく敵を叩き潰すくせに、押さえこめば心細そうに啼く。


 たまらねぇ。


 頬の内側で性器の側面を擦り、舌を先端に絡ませる。穴をぐじぐじと弄ってやると、腹の上に置いた掌の下で腹筋が痙攣した。全体を喉の奥まで使って収め、下生えに鼻をくすぐられながら力強く締め上げてやると、快感に堪え切れないのか、先端から苦い液を滲ませているにも拘らず腰を引こうとする。
 ちゅぱ、と口を離すと光る唾液が男の先端から己の口元まで糸をひいた。緊張によって凝り固まっている身体は、ランサーが離れた今ならば力を抜いてもいいのかと油断している。
 不意に悪戯な心が生まれた。唾液に濡れる芯の側面へ歯を軽く立ててやる。
「あっァ」
小さく、そして初めてアーチャーは快感に啼いた。ランサーは喉の奥で笑いながら、滑らかな感触の先端をざらついた舌の面で擦り、離れては気まぐれに深く銜える。アーチャーの身体は堰をきったように素直に応えだし、愛撫され続けた性器はがちがちと張りつめていた。


 あぁ、食っちまいてぇな。
内心が声に出ていたらしい。アーチャーは不安そうに身体を強張らせ、涙が表面を覆う鈍い光の眼をランサーへ向けていた。
 今ならば、舌を噛み千切られることなく口づけられるだろうか。腰にわだかまる熱に突き動かされながら身を起こし、アーチャーの顔を覗きこむ。ランサーの赤い瞳を厭ったのか、瞼を閉じて力なく俯いた男をしげしげと眺め、殴ったときに切れてしまった傷のある乾いた唇へ、唾液にぬめる己の口を押し当てた。
舌を差し込もうとすると、むずかりながら顔を振り、逃れようとする。力を込めた片手で顎を掴む。
「なんだ、口づけは嫌か」
 試しに親指を口内へ侵入させると、それは案外容易く許された。口の中を軽く擽ってやる。
眼の縁に涙を溜めたアーチャーが虚ろな目を僅かにのぞかせ、もごもごと言い訳する。
「だって、君の口は私のものをくわえたばかりだ」
男に無理矢理襲われ、且つ己の性器から雫を垂らしている男の現実的で潔癖じみたあまりな物言いに、思わず苦笑した。耳元に低く囁きかける。「駄々こねるんじゃねえよ、アーチャー。いい子だから口を開けな」
足を足に絡め、背中をさすってやる。肩が歪んだ形で拘束されているせいで、余分な力がかかり辛そうだった。頬へ何度も口づけし、血の味がする肌を舐めて清め、頬ずりする。
アーチャーの、白い髪の中で息衝く耳たぶへ噛り付くと、柔らかで気分が高揚した。
「ほら、素直になったら腕を緩めてやるよ。可愛い顔をこっちへ向けな」
ランサーの言葉にアーチャーはしばし動きを止め、やがて細く開いた瞳をランサーへ向けた。抵抗する最後の力が抜けていく。
「そうだ、いい子だな、アーチャー」
我慢しきれず口づけし舌を差し込む。鉄臭い血で汚れた口内は歯が欠け、傷が多くついている。上あごを舐めると小さく呻く声が聞こえた。奥で縮こまっているアーチャーの舌へ己の舌を絡める。より深く、と白髪の中へ指を滑り込ませ、後頭部を押して限界まで互いの口を合わせる。

 水音ががらんとした部屋に大きく響いた。


 血の味がする口づけに溺れながら、アーチャーの腕を拘束している魔術を解いてやると、アーチャーは強張って血の停留した筋肉を伸ばそうと身体をひねった。完全な自由を与えなくとも、腕の可動域が拡大されたことで安心したらしく、積極的にランサーを拒む仕草は現れなかった。
己の高ぶった雄をアーチャーの太腿にこすりつけ、また己の太腿でアーチャーの雄を圧迫する。たまらぬ快感が背骨を貫いた。
 アーチャーの下唇を噛み甘く引っ張りながら、あぁ早くつっこみてえな、と息を吐いた。
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